新たなる出逢い
「今回面会していただく竜は全部で四頭です。順に紹介しますね。あ、それからもしも気分が悪くなったらすぐに言ってください。精霊竜には覇気というものがあって、近くでそれを感じると、多くの方が具合が悪くなったり失神したりするんです。でもそれは最初だけですから、その時は少し休んで頂きます」
一生懸命、決まった通りに説明するレイをカウリ伍長は面白そうに眺めていた。
「了解だ。で、どこから行くんだ?」
「まず最初はこの子です。名前はブラックスター」
一番最初は、一番若いブラックスターが待っている。この子は大人しく待っていられないので、一番最初に配置してあるのだ。
「おお、格好良い、真っ黒で額に星があるからブラックスター様か」
「竜の名前は、その竜が持つ守護石なんです。この子の守護石はダイオプサイトって名前の石で、その中でも真っ黒で星のあるのはブラックスターって呼ばれるんですけれど、この子はまさにその柄なんです。なので、ブラックスターが呼び名になってるんです」
「へえ、竜って近くで見るのは初めてだけど、綺麗なんだな」
感心したように呟く伍長の横顔は、若干顔色は悪いようだがディーディーのように具合が悪くなる程では無いようだ。
「伍長、どうですか? 何か……」
「いんや。綺麗で格好良いな、とは思うけど、別に何も無いな。ちょっと息苦しく感じるのは、その覇気ってやつのせいか?」
目の前に現れたシルフが頷くのを見て、レイは一旦すぐそばに用意された休憩場所へ伍長を連れて行った。
ここに休憩場所が用意されているのは具合が悪くなる人は、ほぼ全員最初の一頭目で症状が出る為だ。
「念のため、もう一杯お茶とお薬をどうぞ」
担当兵が差し出すお茶とお薬を、椅子に座った伍長は素直に飲み干した。
「これも食べてください。カナエ草の成分の入った飴です」
三粒の飴を、まとめて口に入れて転がす。
「へえ、美味いじゃんか」
「僕もいつも舐めてますよ。美味しいでしょう」
少し休んで、顔色が元に戻った事を確認してから、レイは案内を続けた。
「この子はユナカイト。女の子ですよ」
「へえ、また変わった色の竜だな」
感心したようにそう言って竜を見ている伍長は、いつもと変わらないように見える。
周りを見ると、何人ものシルフが固唾を飲んで身を乗り出すようにしてこっちを見ている。
しかし、レイの視線に気付いた彼女達は一斉に首を振った。
残念だが仕方がない。笑って手を振り返して、隣の列に向かった。
「この子はトルマリン。良い出会いを待っている子です……」
無言で竜と見つめ合う伍長を、レイも固唾を飲んで見守った。
しかし、伍長は目を逸らしてこっちを向くと寂しそうに笑った。
「トルマリン様って……あの、マルチェロ様の竜だよな……」
「ご存知なんですか?」
「ファンラーゼンの兵士で、マルチェロ様とトルマリン様の事を知らない奴はいないよ。どちらもお気の毒に……」
俯いて、伍長は精霊王への祈りの言葉を小さく呟いた。
「俺がオルダムへ来る少し前だったな。タガルノとの小競り合いがあったのは。その後、体調を崩されて療養されてるって話だったのに、突然亡くなられたって発表があって、皆そりゃあ驚いたよ。竜熱症じゃなくて、心臓の病だったって聞いたな。そうか、まだあれから五年しか経っていないのに、もう面会に出ているのか……」
小さな呟きに、トルマリンは喉を鳴らした。
「あの方のために祈ってくれてありがとうございます。今でも愛しいですが、あの方は仰いました。次の出会いを諦めないでくれと。今度はもっと強い身体になって生まれてくるからって……」
「そうなんですね。それなら、待ってやらないとな」
そう言って笑った伍長は、今まで見た事がないほどの優しい顔をしていた。
「ありがとうございます。あなたの人生に幸多からん事を」
そう言って、丸くなってしまったトルマリンを見て、レイと伍長はそっと顔を見合わせた。
「次に行こう」
伍長の言葉に、レイも頷いて最後の竜の前に連れて行った。
「えっと、この子はカルサイト。この中では一番の年長で、この子だけが成竜なんです」
「へえ、これも綺麗な竜……」
言葉の途中で不意に口をつぐんだ伍長を、レイは驚いて見つめた。
伍長は、目を見開いてカルサイトを見上げたまま、まるで硬直したように腕を途中まで上げた不自然な状態で止まっていた。
いきなり、ものすごい数のシルフ達が現れて周りを取り囲んだ。しかし、彼女達も固唾を飲んで伍長を見つめているだけだ。
「あ……」
まるで怯えるかのように半歩下がった伍長は呆然と呟いた。しかし、視線は目の前のカルサイトを見つめたままだ。
「まさか……そんな……」
次の瞬間、カルサイトは大きく伸び上がって柵の向こう側から長い首を差し出して来た。
通常、面会の際には柵の外には出てはいけないと分かっているにもかかわらずだ。
それをする理由は一つしか無い。
目を輝かせて隣を見ると、伍長はまだ呆然としたまま、差し出されたカルサイトの頭に抱きついたのだ。
まるで、子供が母親に縋り付くかのように全身で力一杯に。
その瞬間、周りにいたシルフ達が爆発したように騒ぎ出した。全員が手を叩き、その場で跳ね回るようにして踊り出したのだ。
『祝えよ祝えよ』
『新たなる主が現れた』
『祝えよ祝えよ』
『この出会いに祝福を!』
『新たな主に祝福を!』
『愛しき竜に祝福を!』
その言葉を聞いて、レイは満面の笑みになり大きな声で堂々と告げた。
「ここに、新たな竜の主が誕生しました!」
竜舎中にレイの大声が響いた直後、周り中から大歓声と拍手が沸き起こった。
「まさか……駄目だ……駄目だよ……俺なんかを選んじゃあ……そんなの、そんなの駄目だって……」
竜の頭に縋り付いたまま、伍長は怯えたように首を振りながらずっとその言葉を繰り返していた。
「私は、貴方が良いんです。貴方は? 私ではお嫌ですか?」
いつも素っ気なかったカルサイトの、蕩けるような優しい声にレイは堪らなくなった。
「おめでとう、カルサイト。君と新たな主のこれからが、良きものになるように祈ってるよ」
その言葉に、カルサイトは幸せそうに大きな音で喉を鳴らした。
そして、自分に縋り付く伍長を、大きな翼を広げて覆い隠してしまった。
新たな主の誕生の知らせを聞いて、外にいたロンハルト少佐が慌てて竜舎の中に走って来た。その後ろに続いて駆け寄って来た多くの兵士達を、レイは首を振ってそっと下がらせた。
「お願いです。少しだけ、少しだけ待ってやってください」
翼の中から、呻くような伍長の泣き声が聞こえて来て、少佐は黙って頷いた。
「本部にも知らせを送りました。落ち着かれましたら、彼を竜騎士隊の本部の事務所へお連れください。新たな主を迎える手続きは、そちらで行われますので」
「了解しました。ええと、まだ面会の方は他にもいるんですよね?」
周りを見回すレイに、少佐は小さく微笑んだ。
「今竜舎に入られた方で最後です。カルサイトはもう面会の必要は有りませんからね。貴方はここで彼についていて下さい」
「分かりました、では、落ち着いたら本部へ連れて行きます」
「お願いします。では失礼します」
少佐の指示で、集まっていた兵士達も順に敬礼していなくなった。
しばらくして静かになったが、一向に伍長は翼の中から出てこようとしない。
「えっと……ねえシルフ。伍長はどうしちゃったの? もしかして、中で具合が悪くなっていたりする?」
心配になってシルフに尋ねると、彼女達は揃って笑い転げた。
『彼は困ってる』
『彼は照れてる』
『どうしたら良いのかわからないって』
『可愛い』
『可愛い』
その言葉に、レイは思わず吹き出した。
「ねえカルサイト、伍長を事務所へ連れて行かないといけないんだけど、そろそろ返してもらえる?」
ちらりと薄眼を開けて翼の隙間からレイを見たカルサイトは、しぶしぶといった様子で、広げている翼の中で自分に抱きついたまま固まっている伍長に話し掛けた。
「カウリ。赤毛の新兵が困ってるよ。諦めて受け入れてよ」
「うう……本当に無理だって……俺は倉庫整理ぐらいしか能がないんだって」
「伍長。諦めて現状を受け入れて下さい」
呆れたようなレイの言葉にも、伍長は困ったように首を振るだけだ。
「んな事言ったってよお……」
ようやく翼が開いて中から伍長が現れたが、その様子は、先ほどまでの飄々とした様子とは全く違い、まるで見知らぬ場所に連れて来られて怯える子供のようで、レイは思わずその手を取った
「大丈夫です。もう貴方は一人じゃ有りません。カルサイトっていう素敵な人生の伴侶が出来たんですからね。おめでとうございます。貴方とカルサイトに心からの祝福を贈ります」
その言葉に唾を飲み込んだ伍長は、改めて己の伴侶となった竜を見上げた。
その視線に気付き、カルサイトは伍長の目の前まで首を伸ばして来た。
「我が名はシエラ。どうかそう呼んでください。最初の主がそう付けてくれた、大切な名前です」
「シエラ……」
大きく深呼吸して顔を上げた伍長は、晴れ晴れと笑った。
「ありがとうシエラ。今更、俺に何が出来るかなんて分からないけど、お前に恥ずかしくないように精一杯頑張るよ。精霊王の名にかけて約束する。最後まで、最後まで共にあると」
頬擦りしながら大きく喉を鳴らす愛しい竜に、伍長は心を込めてそっとキスを贈った。
竜舎の外には、報せを受けてヴィゴとルークの二人が迎えに来ていた。
面会が終わってもまだ帰っていなかった人々は、少し離れた場所から新しい竜の主を見つめていた。
「おめでとうございます。竜騎士隊の副参謀を勤めていますルークです。我らは貴方を歓迎します」
「おめでとうございます。竜騎士隊の副隊長を務めておりますヴィゴです。我ら一同。新たな主となられた貴方を心から祝福し、歓迎いたしますぞ」
「第二部隊、第一大隊所属の……カウリ・シュタインベルグ伍長です」
満面の笑みで差し出された手を握り返して、己の置かれた立場に戸惑う伍長は、ただ頷く事しか出来なかった。
周りでは、ずっと伍長と仲の良かったシルフ達が、手を取り合って大喜びしていたのだった。
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