今月の予定

「うう、もう……勘弁してください……」

『駄目駄目、それでその時の彼女はなんて言ったの?』

「だから……それはその、さっき話しました……」

『もう一度よ! 彼女はなんて言って花束を受け取ってくれたの?』

『ねえ、手は握ったの?』

『ねえ!もしかして、それ以上だったりするのかしら?』

「あ、あの……」

『ねえ!』

『ねえ!』

『聞かせて!』

『もうキ……はしたの?』



「うわあああ!」



 あまりの恥ずかしさに、声を上げて逃げ出そうとしたところで、唐突に目が覚めた。

 目の前には、必死になって笑いを堪えたルークが寝ていた自分を覗き込むようにしてベッドの縁に座っている。その後ろには、同じく吹き出すのを必死で堪えているラスティの姿もあった。

「えっと……これってどういう状況ですか?」

 何が何だかよく分からなくてそう呟いた瞬間、二人揃って思いっきり吹き出した。

「いやあ、本当にすまない。お前が一人で奥殿へ行ったって聞かされてさ。さすがに慌てたんだけど……手遅れだったみたいだな」

 笑いを堪えてそう言うルークを見て、レイは腹筋だけで勢いよく起き上がった。

「待って! ルークも行ったら何があるか知ってたの? 酷いよ! 僕……僕、もう大変だったんだからね!」

 そう叫んだレイを見て、もう一度盛大にルークは吹き出した。

 それを見て、レイもなんだか可笑しくなって一緒になって笑った。いつまでも笑いは止まらず、部屋はしばらく笑いに包まれたのだった。



「レイルズ君、今から重要な事を君に教えてあげよう。心して聞きたまえ」

 ようやく笑いの収まったルークが、妙に胸を反らせて唐突にそう言ったが、その顔はまだ笑っている。

「はい、心して聞かせて頂きましょう」

 なんとなく言いたい事が分かって、必死になって真顔でそう返した。

「良いか。騎士の心得だ。女性には決して逆らうなよ。目を輝かせた女性達に単独で捕まったらもはや逃げ場は無い。己の最後だと思え。それからもう一つ。彼女達は他人の恋の話が大好きだ。特に初恋の話を持っていると知られたら最後、最後の一滴まで搾り取られるぞ」

「それ、行く前に教えて欲しかったですー!」

 自分に膝に顔を埋めて叫ぶレイを見て、ルークはもう一度盛大に吹き出したのだった。



「まあ、これで単独で女性のお相手をするのがいかに大変か分かったろう? 言っとくけど、これも仕事のうちになるんだからな。お前が正式に竜騎士見習いとして紹介されたら、お茶会へのお誘いは日常茶飯事だぞ」

「絶対無理ですー!」

「諦めろ」

「ルーク、酷い!」

 断言されてもう一度叫び、そのままベッドに突っ伏した。



 ひとしきり笑い合った後、ようやくベッドから起き上がる。

 丁度、ラスティがタイミングよくお茶を入れてくれたので、揃って座りまずは一服した。

「ああ、笑った笑った。しかしお前も災難だったな」

 苦笑いするルークに、レイは思いっきり舌を出した。

「どうぞ。夕食まで、まだ時間がありますので」

 目の前に出されたパンケーキに、レイは笑顔になった。

 何しろ、奥殿では目の前に沢山のお菓子があったにも関わらず、最初のビスケット以外、ほとんど何も口に出来なかったのだから。

「まあ、食べながらで良いから聞いてくれ。今月のこれからの予定を知らせておくからな」

 ルークが、すっかり見慣れた分厚い書類の束を叩いて、そう言ってお茶を飲んだ。

「精霊魔法訓練所は、明日から再開だって聞いたよ」

 てっきり今日から再開だと思っていたのに、今日は花祭りの飾りの後片付けと、期間中に訓練所の見学に来た来訪者の相手をしてくれた職員達を、交代で休ませているのだと聞いたのだ。

「ああ、明日は訓練所へ行ってくれて構わないんだけどな。それ以降は今月末まで、訓練所はお休みしてもらうよ」

「ええ、どう言う事? 訓練所はお休みって……」

「お前が今考えた事が、そのまま俺の頭の中に聞こえたぞ。彼女とそんなに長い間会えないなんて悲し過ぎるー!」

 堪える間も無く吹き出してから、机の下でルークの足を蹴る。しかし、簡単にバレて避けられてしまった。

「残念だけど諦めてくれ。って言いたいんだけど、今月は、彼女達も訓練所はお休みだと思うぞ」

「ええ? どうして、また何かあったの?」

 思わず心配になって身を乗り出したが、首を振るルークに、笑って肩を抑えて座らされた。



「花祭りって、その名の通り大量の花を使うだろう。だから女神オフィーリアの神殿では花祭りが終わった後、今日と明日は普通通りに外出出来るけど、八日以降六の月の終わりまで、見習いも含めて全員が花喪に服するんだ。期間中は神殿のお勤め以外は、急な怪我や病人などの例外を除き外出は原則禁止。当然、訓練所はお休みする事になる」

「はなもにふくする……って何?」

 初めて聞く言葉に、レイは首を傾げた。

「誰かが亡くなった後、決められた期間、家族や親族が喪に服するのを知ってるか?」

 もちろん。それくらいは自由開拓民の子供でも知っている。頷くレイを見て、ルークも頷いた。

 それからルークは、机に飾られている花を見た。花祭りの残りの花なのだろう。短く切られているが、色とりどりの花達は華やかでとても綺麗だ。

「花祭りの期間中って、花の鳥を始め、花人形やあちこちの飾りとしても大量の花を使う。当然その花は期間が過ぎればごみ屑として処分される。その量は、とんでもなくすごい量だ」

 ルークの言葉に、レイも納得して頷いた。

 確かに、あれだけの花の鳥と街中の至る所に飾られていた花々。そのほとんどが切り花だった事を考えると、その後始末は大変だろう。

「女神オフィーリアの神殿では、花祭りの期間中に切られた花々を供養する為に、神殿の人々が花を弔って喪に服するんだ。自分達の女神オフィーリアを飾ってくれた花々に感謝を込めてね」

「すごいや、そんな事をするんだ。でも、確かに言われてみたら、花にしてみたら災難だよね。一斉に切られて、種も残せず全部捨てられちゃうんだもんね。そっか、じゃあ彼女達もその期間は当然、外出禁止なんだね」

「まあ別に出掛けても罪になる訳じゃ無いんだけどな。真面目な彼女達なら、勝手に抜け出すような事はしないだろう?」

 何度も頷くレイを見て、ルークは書類を叩いた。



「まあ、花祭りが終わったらその瞬間から、軍では今月末の閲兵式の準備が始まるから皆大忙しなんだよ。そこで、こんな時の為に、部隊間交流と命名された便利な制度があってね。人が足りない部署へ、別の部隊から応援を寄越すんだよ」

 驚きに眼を見張るレイに、ルークは書類の一部を取り分けてレイの目の前に差し出した

「後で目を通しておいてくれ。明後日からしばらく、お前は第四部隊の一般兵として、城の第二部隊へ応援要員として行ってもらうからな。その期間中は、城の兵舎に泊まってもらうぞ。当然一般兵扱いだ。第二部隊の者達と寝食を共にしてもらう。ちなみにお前が行くのは、城の第二部隊の第九小隊の第六班、第九小隊は通称何でも屋って呼ばれてる部署だよ」

「それって……」

「実際の倉庫管理もする総務部みたいなもんだよ。ここは後方支援部隊なんだけど、とにかく色んな仕事がある。変わり者も多いけど、皆仕事は出来る奴らだからね。しっかり色んな事を教えてもらって来い」

 何となく、求められている事を理解して、手元の書類に目を落とした。

 要は、一般人との接点の殆ど無い自分に、色々な人と接する機会を与えてくれているのだろう。

「分かりました。えっと、じゃあそこに行くのは竜騎士見習いのレイルズじゃ無くて、一般兵士のレイルズなんだね」

 目を輝かせるレイを見て、ルークも笑って頷いた。

「そうだ。詳しい説明はここに書いてある。お前の身分を知ってるのは、期間中直属の上司となるダイルゼント少佐だけだよ。まあ、身分が知られるような事はもう無いと思うからさ、そこは上手くやれよ」

 背中を叩かれて、レイは態とらしく悲鳴を上げた。

「行っても何をするのか全く分からないけど、それじゃあとにかく頑張って行って来ます」

 照れたように笑うレイに、ルークは真顔で頷いた。

「難しく考える必要は無いよ。お前はそのままで良い。竜騎士見習いとして正式に紹介されてしまったらもう自由はないと思って良い。だからその前に、一般兵が何を考えどんな生活をしているのか、自分のその目でしっかり見ておいで」

「分かりました。ちゃんと、色んな事を見てきます」

 真剣な顔でもう一度頷くレイの背中を、ルークは笑ってもう一度力一杯叩いた。またレイが悲鳴をあげる。

 食べ終わったパンケーキのお皿の縁に座ったブルーのシルフが、子供のように戯れ合う二人を、優しい目でいつまでも見つめていた。





「ええ! そんなに長い間、訓練所をお休みしなきゃならないの?」

 クラウディアから今月の予定を聞かされて、ニーカは情けない悲鳴を上げた。

 明日から、またいつものように訓練所へ行けると思い楽しみにしていたのに。まさかの今月一杯、神殿の全員にお籠り命令。

 しかし、これは毎年の事なので、慣れているクラウディアは当然の事だと言わんばかりに平然としている。

「会えなくなっちゃうね」

 ニーカが小さな声でそう言うと、彼女もちょっと寂しそうに笑って頷いた。

「でも、これは大切なお勤めだからね。きっとレイルズも解ってくれるわ」

「誰もレイルズの事だなんて言ってないんだけどなあ」

 呆れたようにそう言うと、唐突に彼女は真っ赤になった。それを見てニーカは堪えきれずに吹き出した。

「酷い! ニーカったら! もう知らない!」

「待って。行かないでディア!」

 顔を覆って逃げだす彼女を、ニーカは笑いながら追いかけた。



「こらこら。廊下を走ってはいけませんよ」

 呆れたような優しい声に、二人は慌てて立ち止まった。

 そこにいたのは、イサドナ僧侶だった。数名の僧侶達とその後ろにはニーカとも仲の良い見習い巫女のラティエルがいた。

 彼女は大きな箱を幾つも抱えている。中に入っているのは、花の鳥の顔に使った小さな木彫りの鳥の頭と胴体部分の木枠だ。

「丁度良かった。ニーカ、今から花の鳥の木枠を洗うから手伝ってくれる」

 ラティエルの言葉に、ニーカは大きな声で返事をして積み上がっていた箱を半分受け取った。

「任せてください。洗い物は得意ですから!」

 笑って胸を張るニーカと一緒に、ラティエルは一礼して洗い場へ向かった。

「では、我々はまずはいつものお勤めですね」

 イサドナ様の言葉にクラウディアも頷き、まだ杖を突いて歩いている彼女の横で、その小柄な体をそっと支えて皆と一緒に礼拝所に向かった。

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