最後の花撒きと翌日のお疲れ様の事

 竜騎士達と合唱隊が退場した会場は、また静かな騒めきに包まれていた。

「えっと、この後は何があるんですか?」

 第二部隊の兵士達が出てきて整列しているが、特に何かする様子は無い。

「花の鳥の人気投票の結果発表よ」

 カナシア様の言葉に、思わず身を乗り出した。

 第二部隊の兵士達は、観覧席に向かって一列に綺麗に並んで一斉に直立して敬礼した。左右の一番端の兵士は大きな旗を捧げ持っている。

 陛下が右手を上げるのを見て一斉に後ろを向いた。つまりこっちに向いている市民達の方を向いたのだ。

 身を乗り出して見ていると、整列した第二部隊の兵士達の前にアルス皇子が出て来た。背後にはヴィゴとマイリーが並んでいる。彼らが手にしているのは何だろう?

 真ん中で止まった三人は、同じくこっちへ向かって敬礼してから反対を向いた。

「静粛に。只今より、花の鳥の投票結果を発表致します」

 第四部隊の士官が出て来て、とても大きな声でそう言った。

「へえ、シルフに声を拡大させてるんだ。声飛ばしってこんな使い方が出来るんだね」

 思わず感心したように呟いた。

「気付かなかったか? 花撒きの時や降誕祭の開始の言葉の時などにも、拡声の技を使っていたんだぞ」

 陛下の言葉に、納得して頷いた。

「そうか。上空にいるのに、すごく声が鮮明に聞こえていたのはそのおかげだったんですね。勉強になりました。今度、機会があればやってみます」

 目を輝かせるレイに、陛下も嬉しそうに頷いた。

「まあ、普段は使う事など滅多にないが……戦場では必要になる。竜騎士には、絶対に覚えてもらわねばならぬ技だな」

 最後の言葉は真剣だった。

 戦場で、上空から直接聞こえる竜騎士の言葉は、一般の兵士達にとってこれ以上ない激励の言葉となる。

 実際に、竜騎士の言葉が戦況を左右する事さえあるのだ。

 真剣な顔で頷くレイに、陛下はもう一度頷いた。

「しっかり精進しなさい。来年が楽しみだな」

 そう言って、会場へ目をやった。



 特別賞。激励賞。女神の花束賞。からくり特別賞。

 まずは四つの特別賞が発表される。これらは、陛下をはじめとする皇族達と貴族達、および竜騎士達の投票により決定する賞だ。人気投票とは別の賞だから、これを取ったからといって人気投票の順位には関係しない。

 順に発表され、女神の花束賞にはあの女神像が受賞していて、思わず力一杯拍手したレイだった。

 それぞれの受賞者の代表者が出て来て、アルス皇子から受賞記念の木製の盾と賞金の入った袋が手渡されていく。ヴィゴ達が持っていたのは、その盾や賞金の入った袋だったのだ。

 あの女神像は、精霊王の神官達が作ったものだったらしく、まだ若い神官が代表で出て来て、真っ赤な顔で盾と賞金を受け取っていた。

 人気投票は三位から発表されたが、どうやら受賞したのは全て動く花の鳥だったようだ。

 第一位は、カルディと仲間達が作った一番大きな花の鳥だった。

「あれは確かに凄かったな。受賞するのも納得だ」

 陛下の呟きに、レイも大きく頷いたのだった。



 人気投票の発表も終わり、まずは陛下をはじめとする観覧席の特別席の人達が拍手の中退場した。

 レイも当然一緒に退場したのだが、花祭りの期間中に一度も皇太后様をお見かけしなかったのが気になった。

「ねえカナシア様、サマンサ様はどうなさったの?」

 階段を下りながら、小さな声で尋ねた。

「ああ、サマンサ様は足がお悪いからね。さすがにここへ来るのは無理があるから、城でゆっくりお休みになっておられるのよ。別に、お加減が悪いわけじゃいから安心してね」

 以前離宮でお会いした時も、半分は車椅子を使っていたのを思い出した。

「そうですね。この階段はサマンサ様にはちょっと無理ですね」

 誰かに抱いて貰えばお城の階段は登れるかもしれないけれど、この狭くて急な特設の階段では、それもかなり無理があるだろう。

「退屈していらっしゃるから、良かったら奥殿へ遊びに来て差し上げてね。きっと喜ばれるわよ」

「えっと、明日からの予定が分からないので、帰ったら聞いてみます」

 幾ら何でも、勝手に遊びに行って良い場所では無いくらい、レイでも分かる。

 思わず本気で焦ったが、カナシア様は笑って彼の背中を叩いた。

「忘れてるみたいだけど、あなたの後見人は誰だったっけ?」

「えへへ。じゃあ、是非行かせてもらいます」

 困ったように笑う彼の背中をもう一度叩いて、観覧席の裏に出た。

 そこには、竜騎士隊の皆が整列して待っていたのだ。

「ご苦労だったな。では我らは戻るとしよう」

 陛下の声に、全員が揃って直立して敬礼した。

 慌ててレイも直立する。

「どうする? レイルズも一緒に行くのか?」

 陛下の言葉に、アルス皇子が頷いた。

「出来れば彼にも来てもらおうと思いますが、よろしいですか?」

「もちろんだ、ならそうすると良い」

 二人の会話は自分についてのようだが、一体どこへ行くんだろう?

 思わず殿下を見ると、彼は笑って後ろに並ぶヴィゴ達を見た。彼らも揃って笑顔でこっちを見ている。

「今日の花撒きは、竜騎士隊全員で出るんだけど、レイルズも行くかい?」

 片目を閉じてそう言われて、言われている意味がわかった。

「はい! 行きます!」

 目を輝かせて即答する彼を見て、カナシア様とマティルダ様が揃って吹き出した。

「ではいってらっしゃい。幸せをたくさん届けないとね」

 お二人に背中を叩かれて、大きな声で返事をした。


 竜車に乗って去って行く一行を見送り、レイも用意されていたラプトルに乗って、皆と一緒に本部へ大急ぎで戻った。


 本部で用意された昼食を交代で済ませて、用意されていた沢山の花束を積んだブルーに乗って時間になると会場へ戻った。

 大歓声に迎えられた最後の花撒きは大盛況のうちに終わり、レイは今回も力一杯、あちこちに花束を撒き、終始笑顔で過ごしたのだった。



「お疲れ様でした。どうでしたか? オルダムの花祭りは」

 本部の部屋に戻ったレイを出迎えてくれたラスティにそう言われて、レイは大喜びで、着替えながら花祭りがどれだけ素敵だったかを話し続けた。

「夢みたいだったよ。色々あったけど……うん、楽しかったよ」

 笑顔でそう言って、着替えの終わったレイは思い出してラスティを見た。

「えっと、この後の予定ってどうなってるんですか? 実はカナシア様からこんな事言われちゃったんですけれど……」

 一度奥殿へ遊びに来るように誘われた話をした。

 正直言って、これを誰に聞いたら良いのか分からなかったのだが、少なくとも、ラスティに聞けばどうすれば良いかは教えてくれるだろう。

「了解致しました。予定を確認しておきます」

 簡単に言われて、驚いた。

「えっと……良いの?」

「竜騎士様には、幾つもの特権がございます。例えば、佩刀したまま、つまり腰に剣を差したまま皇王様に拝謁できる権利を持ちます。それから、皇族の方々がお住まいになる奥殿へも、自由に出入りが許されています。つまり、行きたい時にいつでも行って構わない、という事です。もちろん、お相手の方に予定があれば無理ですから、緊急の場合以外はそのような無礼はしませんね。きちんと事前に連絡をして、訪問の日時を知らせてから行くのが普通です。逆に言えば、緊急事態など特別な場合には、事前の知らせ無しに行っても構わないという事です」

「ああ、それ最初の頃にグラントリーから聞きました! そういう事だったんだね。全然意味が分かってませんでした」

 納得したレイの言葉に、ラスティは苦笑いしている。

「では、予定が決まりましたらお知らせしますね。今日はもうこの後は何も予定はありませんから、夕食までゆっくりしてください」

 頷いたレイは、大きく伸びをしてソファーに座り、のんびりと本を読んで過ごした。



 その日の夜は、竜騎士隊の皆は、全員何処かへ出掛けていて誰も帰って来ず、ちょっと寂しい夜を過ごしたのだった。

 そしてまさかその翌日に奥殿へ一人で行く事になり、サマンサ様を筆頭に目を輝かせるマティルダ様、カナシア様、アデライド様達女性陣に取り囲まれて、彼女との馴れ初めを一から全部話す事になるなんてその時のレイは知る由も無かったのだった。






「うああ……疲れたよ、もう駄目。僕もう今日は何もしない!」

 ようやく解放されてヘトヘトになって奥殿から帰ってきたレイは、部屋に入るなり着替えもせずにそう叫んでベッドに転がった。

「まあ、すぐに来るようにと言われた時点で、なんとなく予想はしていましたが……やっぱりこうなりましたね」

 呆れたようなラスティの言葉に、レイは寝転がったまま仰向けになり顔を覆った。

「分かってるなら、せめて忠告くらいして欲しかったですー!」

 その言葉に、ラスティは思わず吹き出した。

「失礼しました。でも、言ったところでどうしようも無いでしょう?」

「それはそうだけどさあ!」

 耳まで真っ赤になってベッドに転がる彼を見て、ラスティはもう一度小さく吹き出すのだった。



「ルーク様が後程お話があると仰っていましたので、お越しになると思いますよ。さすがにその時は起きてくださいね」

「うう……了解です。とにかく、着替えます」

 今着ているのは竜騎士見習いの服だ。ルークが来るのなら、それまでにいつもの騎士見習いの服に着替えておきべきだろう。

 ラスティに手伝ってもらって、とにかく着替えを済ませた。

 新しい剣は大きくて扱いにくく、長い鞘の剣先があちこちにぶつかりそうで動く時にかなり気を使っていたのだ。ようやくこの長さにも慣れてきた。

 剣帯だけ身に付けて、剣はそのまま置いておく。



 改めてベッドに転がって、ルークが訪ねて来るまで、そのままうたた寝をして過ごしたのだった。

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