花祭りの終わりの歌

 皆で行った昼食の後、午後は部屋でのんびりと過ごすことにした。

「明日は、またマティルダ様方とご一緒に花祭りの会場の特別席ですよ。最後に、花の鳥の人気投票の結果発表がありますので、それを見て解散になります」

「分かりました。じゃあ、明日は竜騎士見習いの服だね」

 そんな話をしながら、部屋着に着替え終わった丁度その時、レイの目の前にブルーの使いの大きなシルフが現れた。

『お腹はいっぱいになったか?』

「あ、ブルー! うん、もうお腹いっぱいだよ。えっと、ブルーはもう湖に戻ってるの?」

『うむ。ようやく蒼の森の水源と繋ぐ事が出来たのでな。ここも中々に住み心地が良くなったぞ』

「へえ、そう言えばそんな事を言ってたね。凄いなあブルーは。あんな遠くの泉とここを繋いじゃうなんてね」

 ソファーに移動しながら、ブルーの声で話すシルフと平然と話す彼を見て、ラスティは小さく苦笑いをした。

 あの古竜の声がシルフから聞こえてくるのを見た時は、正直言ってもう息が止まりそうなくらいに驚いた。そんな声飛ばしは見た事も聞いた事も無い。だが、人間どんな事にでも慣れるものだ。その事をラスティは実感していた。



「今日はもう、ゆっくりしてて良いんだって」

 ソファーに寝転がって話すレイを見て、ブルーはニーカを襲った男が死んだ事を伝えた。

「どうして? どうしてあの男が死んだの? まさか処刑された訳じゃ無いんでしょう?」

 驚いて起き上がったレイに、ブルーはあまり詳しくは話さず、明らかに不審死である事。背後に確実に闇の精霊を扱う黒幕がいるであろう事を話した。

「どうしてそんな事……ねえ! じゃあまさか……闇の精霊使いがいるって事は、テシオス達の件も犯人は同じだっていうの?」

『確証は無い。同一犯かどうかは分からんが、恐らく……無関係では無いだろうな』

 小さく震えたレイは、ソファーに座ったまま自分の腕を抱きしめるように掴んだ。

「ここは……ここは平和なんじゃ無かったの?」

『どこにでも馬鹿はいる。そして、策を巡らすのが仕事の奴もな』

 不安気なレイの肩に座ったシルフは、その頬にそっとキスを贈った。

『心配はいらぬ、我が必ず守る。其方と、其方の住むこの国を守る』

 恐らくこれ以上心強い言葉は無いだろう。レイは笑顔になった。

「ありがとうねブルー。大好きだよ」

 シルフにキスを贈り、大きく一つ息をして腕を伸ばして大きく伸びをした。



「ブルーと一緒に思いっきり飛びたいな。力一杯ビューンって!」

 両手を広げて飛ぶ振りをしながら、そんな事を言って笑う。

『午後からは特に何も用事は無いんだろう? 何なら天気も良いし郊外へ出るか?』

 簡単にとんでもない事を言われて、慌てて首を振る。

「ええ? 魅力的なお誘いだけど、勝手に出て行くのは不味いんじゃない?」



 以前、ブルーに会いたい一心で勝手に部屋を駆け出してゼクスに乗って離宮まで行った時、皆がどれほど心配し、また騒ぎになったのかを目の当たりにしたレイは、今の自分の置かれた立場で勝手な行動をとればどれだけ周りに迷惑をかけるか身を以て知ったのだった。

「良いよ、今日はやめておく。ちょっと疲れたし、のんびりお昼寝する事にするよ」

 大きく欠伸をして、もう一度ソファーに寝転がった。

 背もたれに畳んで置かれていた、ふわふわの大きなひざ掛けを引っ張って被る。

「おやすみブルー、ちょっとはしゃぎ過ぎたみたいだよ」

 目を閉じたレイの腕に、ブルーのシルフが座る。

「あの男がやった事は絶対に許せないし、会ったらもう一度殴ってやるつもりだったけど……誰であれ、人が死ぬのは、嫌だな……」

 小さく呟き、ぎゅっと目を閉じて頭までひざ掛けを引っ張った。

『其方は優しいな……』

 ブルーの声に、レイは首を振った。

「臆病なだけだよ」

『臆病の定義について、一度話し合う必要がありそうだな』

 呆れたようなブルーの声に、レイは小さく吹き出した。

「おやすみ!僕は寝るの!」

 笑いながらそう言って、上を向いた。

「この国だけじゃなくて……世界中が平和になると良いね……」

 目を閉じてそう言うと、横向きになって毛布の端に抱きついた。

 しばらくして静かな寝息をたて始めるまで、シルフはずっと腕に座ったまま、愛おしそうに眠る横顔を眺めていたのだった。






 翌日の花祭り最終日、朝練に参加するつもりだったレイは、いきなり竜騎士見習いの服を着せられて驚いた。

「あれ?今日は朝練はおやすみなの?」

「はい、花祭りの最終日も、マティルダ様が皆様を朝食にお誘いくださいます。ですので、このままお城へ行きますからね」

 そう言って渡された剣は、いつものギードの短剣ではなく、降誕祭の日にアルス皇子からもらった、あのミスリルの剣だった。

 短剣の長さに慣れていたレイには、それはずいぶんと長い剣に思えた。

「今日からこれを使うようにとのヴィゴ様からの指示です。まずは、この長さと重さに慣れてくださいね」

 ギードの剣は、剣置き場に立てられたままだ。

「あの剣は、これからは予備の剣としてお使いください。いずれ正式に竜騎士となられた暁には、陛下から貴方の為に打たれた唯一の剣を賜ります。そうなれば、あの短剣はもう一本の剣として身に付けると良いですよ。そうなると、こちらの剣が予備になりますね」

 ラスティの説明に、レイは納得して頷いた。

 確かに言われてみれば、マイリーやルークは腰の剣以外にも、ベルトの後ろに横向きにもう一本短剣を身に付けている。

 ヴィゴは左の腰の部分に、大小二本の剣を装備している。思い出してみれば、アルカディアの民のお兄さん達も皆、二本の剣を腰に装備していた。

「うん、頑張って大きな剣の扱いにも慣れないとね」

 照れたようにそう言って笑うレイを見て、ラスティも笑顔になった。

「はい、これで良いですよ。では参りましょう」

 廊下には、ヘルガーが待っていてくれて、花祭り初日のようにヘルガーとラスティと一緒にまずはお城へ向かった。



「うう、やっぱり慣れないよ……」

 一気に人の増えた城で、やはりレイは前回と同じく注目の的になった。

 恥ずかしそうに俯いて呟くレイの声に、まるで見えているかのようなタイミングで、前を歩くヘルガーが小さな声で叱る。

「胸を張ってしっかり前を向いていてください。竜騎士様は、何処にいても注目されます。一人の恥は、皆の恥になりますよ」

「はい、気を付けます」

 小さな声でそう答えて、慌てて顔を上げて胸を張る。

「うう、でもやっぱり恥ずかしいよ……」

 着飾った女性陣にキラキラした目で見られて、内心本気で逃げたくなったレイだった。



 いくつも角を曲がり、何となく見覚えのある階段を上って降りる。ようやく人がいなくなって、レイは小さなため息を吐いた。

「やっぱり一生かかっても慣れる気がしないよ」

 情けないレイの呟きに、現れたニコスのシルフ達が慰めるようにキスを贈ってくれた。



 出迎えてくれた執事と交代して二人と別れ、前回と同じ部屋に案内された。

 そしてやっぱり案内された席はマティルダ様の隣の席だった。

 既に全員が着席している。

「おはようございます。遅くなって申し訳ありません」

 一礼するレイに、マティルダ様が嬉しそうに笑った。

「構わないわ。さあ座ってちょうだい」

 彼が座るのを見て、執事達が朝食を運んで来た。

 こっそりニコスのシルフに助けてもらいつつ、今回も、何とか無事に食事を終えることが出来た。



「前回も思ったが、もうすっかり貴族の子息のようだな。見る限り礼儀作法も完璧だぞ」

 感心したような陛下の言葉にレイは慌てた。はっきり言って半分近くニコスのシルフに助けてもらっているのだが、皆には本当にこの子達が見えていないらしい。

「全然です。正直言って、上手く出来ている自信は……無いんです」

「あらあら、とても立派な騎士様振りよ。それに、この前会った時に思ったんだけれど、また背が伸びたのではなくて?」

 マティルダ様の言葉に、レイは笑って頷いた。

「はい、実はここに来てから5セルテは伸びました。最初に作ってもらった服は、もうどれも着られなくなりました」

「さすがは育ち盛りね。どこまで大きくなるのか楽しみだわ」

 目を細めて嬉しそうに言うマティルダ様の声を聞いて、レイは無意識に母の姿を重ねていた。

「亡くなった僕の父も大きな人だったって聞きました。だから多分、僕も大きくなるんじゃ無いかなって。実は楽しみにしています」

 出そうになった涙をこっそりと飲み込んで、レイはそう言って笑った。

「さすがに、ヴィゴまではいかないだろうけど、確かにどこまで大きくなるか楽しみだよ。もう、俺達と変わらないんじゃないか?」

 ルークの言葉に、隣にいたタドラが悔しそうに頷いた。

「もう僕は完全に追い越された。また一番小さくなっちゃったよ」

 その言葉に、ルークが吹き出した。

「まあ、お前だって決して小さくはないぞ。周りが大きすぎるだけだって」

「それ、慰めになってないよ!」

 二人の会話に、皆笑顔になった。



 竜騎士隊で一番背が高いのは確実にヴィゴだ、彼の身長は2メルトを余裕で越す。その次は実はマイリーだ。彼は190セルテ近くある。次がルークで180セルテに少し超えるぐらい。ロベリオとユージンは180セルテ丁度だ。タドラが170セルテ程だから、今のレイはロベリオとタドラの中間ぐらいだろう。

 ここへ来た時に比べると、背の高さだけでなく身体全体がひとまわり大きくなった。特に、弓や槍の訓練を始めてから、全身の筋肉がバランスよく付くようになった。子供だった身体が、次第に大人の男性の身体になってきている証拠でもあった。

「まあ、中身はまだまだ子供みたいですけどね」

 ロベリオの小さな呟きに、ユージンも頷く、

「でも、まあ彼女も出来た事だし、これからどうなるか楽しみだね」

「まあ、未来は未知数だけどね」

 二人の呟きは、レイには聞こえなかった。



「そうそう。レイルズ、会場で竜騎士が配った花束を彼女に渡したそうじゃないか」

 突然の陛下の言葉に、ビスケットを食べていたレイは思わず喉を詰まらせそうになって思いっきりせた。

「あ、あの…… そ、それ、は……」

 首まで真っ赤になって、必死になって息を整えるレイを見て、その場にいた全員が吹き出す。

「すまんすまん。からかうつもりじゃ無かったんだがな。しかしまあ、子供だと思っていても男の子はすぐに大人になるな」

「中身はまだまだ子供ですけれどね」

 アルス皇子の言葉に、もう一度その場は笑いに包まれた。



「あ、おはようレイ。今日も可愛いね」

 足元に来た猫のレイに気付いて、レイは慌てて話題を変えようとした。

 猫のレイは当然のようにレイの膝に上がると、彼の身体に乗り上がるようにして肩に顎を乗せ、抱きついたまま喉を鳴らし始めた。

「良い子だね。君の毛はふわふわで気持ち良いよ」

 その柔らかな背中に頬擦りする彼を、皆微笑ましい気持ちで眺めていた。

 静かな部屋に、猫のレイが鳴らす喉の音が響く。

「すごい音だな。レイったらご機嫌だね」

「どっちかって言うと、レイルズの事、自分の椅子みたいなものだと思ってるに千点」

「それはかなり座り心地の良い椅子だな」

 若竜三人組の勝手な言い分に、レイは堪えきれずに吹き出した。

「もう、皆酷いよ。でも、僕も椅子扱いされてるのは間違ってない気がしてきた」

 完全に脱力している猫のレイを抱きしめたまま、レイはもう笑うしかなかった。

 結局、皆が立ち上がるまで、猫のレイはずっとレイの膝から動こうとしなかった。

「ありがとうね。君のおかげで話を反らせたよ」

 猫のレイを椅子に下ろしてやり、立ち上がったレイは優しく頭を撫でた。

「ウミャウ」

 目を細めて一声鳴くと、そのまま椅子に丸くなってしまった。

「えっと、この子はこのままでいいですか?」

 振り返って執事に尋ねる。追い出されたら可哀想だと思ったのだ。

「はい、どうぞそのままで。この子は基本的に、奥殿の扉は、全て出入り自由だと陛下から特別許可を頂いておりますから」

「すごいね、もしかして君って偉かったんだね」

 もう一度、柔らかな毛を撫でてから、レイは急いで皆の後に続いた。




 花祭りの最終日も賑やかな出し物が続き、初日と同じ軽業師や曲芸団の出し物の後、大きな花束を持って出てきた子供達の可愛いダンスに、皆笑顔になった。

「あれ? 皆どこへ行くの?」

 子供達が退場して次の出し物が始まる前に、一段下の特別席にいた竜騎士隊の皆が、次々に立ち上がっていなくなってしまったのだ。

「もしかして、また花を撒くの?」

「今日の花撒きは、午後の一点鐘よ」

 カナシア様の言葉に、レイは首を傾げた。

 騒めきの残っていた会場は、しばらくして静かになった。

「ほら、出てきたわよ」

 隣にいたマティルダ様の言葉に、レイは会場を見て目を見張った。

 そこにいたのは、竜騎士隊全員と、大勢の男女混成の合唱隊だった。

 合唱隊の皆は、お揃いの真っ白な服を着て、頭に花冠を飾っている。そして手には、以前、降誕祭の時に見たのと同じミスリルの鈴の付いた短い笏を持っている。

 中央に並んだ竜騎士隊の後ろに、合唱隊が綺麗に四列で並んだ。おそらく百人以上いるだろう。

「花祭りの終わりをここに宣言する。精霊王に祝福あれ」

 立ち上がった陛下が、会場に響き渡る声でそう告げた。

「精霊王に祝福あれ」

 背後の合唱隊の皆が、一斉に声を揃えて唱和する。

「女神オフィーリアに祝福を」

 続いてアルス皇子がそう言って、竜騎士隊の皆が揃ってミスリルの剣を軽く抜いて聖なる火花を散らした。

 それを合図に、一斉に合唱隊が歌い始めた。続いて竜騎士隊の皆も、声を揃えて歌い始める。

 一斉に鳴らされるミスリルの美しい鈴の音と、見事に調和したその美しい歌声に、レイはただ声も無く聞き惚れた。

 女神オフィーリアを讃える歌は二曲続き、最後に、以前降誕祭で聞いた精霊王を讃える歌を歌って一同は割れんばかりの拍手の中を去っていった。



「すごい……なんて綺麗な歌声なんだろう……」

 感激のあまり、それ以上の言葉が出ない。

「あらあら、来年には貴方もあそこに立つのよ。きっと立派でしょうね」

 隣から聞こえたマティルダ様の言葉に、レイは文字通り飛び上がった。

「ええ、だって正式なお披露目まではまだ二年あるって……」

「だって、もう貴方がここに来てから半年以上過ぎているのよ。来年の春には竜騎士見習いとして正式に発表されるわ。そうしたら一年間、皆と一緒に実際の竜騎士としての仕事を覚えてもらうのよ。今貴方がやっているのは、その前の基礎段階ね。お勉強、頑張っているって聞いているわよ」

 言葉も無く慌てるレイを見て、マティルダ様とカナシア様は楽しそうに笑った。

「楽しみだわ。貴方が正式に竜騎士となって、陛下に剣を捧げてくれる日が来るのを待っているわ」

「えっと、ごきたいにそえるようにがんばります……」

 衝撃のあまり、子供のような言葉になってしまった。

「二年あるって思って安心してたけど、全然大丈夫じゃないよこれ」

 頭を抱えて思わず呟いた。



 気付けばあっという間に過ぎる時に、本気で気が遠くなりそうなレイだった。

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