祝福の真っ赤な花束

「はい、これがあれば乗合馬車に乗れるからね」

 小物入れから、それぞれに乗合馬車の券を抜き取って渡した。

「あ、それからこっちが花の鳥の投票券だよ。良いと思った花の鳥に投票出来るんだ。好きなのに投票して良いからね」

 ガンディにも渡そうとしたら、笑って首を振り断られた。

「儂の分は彼女達に渡してやってくれ」

「分かりました、じゃあ半分こだね」

「こんなに沢山、よろしいんですか? レイの分は?」

 投票券の束を受け取りながら、クラウディアが不安そうに尋ねるので、レイはもうひと束あるのを見せた。

「まだいっぱいあるからね、減らすのを手伝ってよ。僕一人じゃ使い切れないって」

 その言葉に、不安そうにしていた彼女だけでなく、ニーカも笑って頷いた。

「ありがとうレイ、大事に使うね」

「ありがとうレイルズ、私、花祭りってこんな事をするお祭りなんだって、この国へ来て初めて知ったわ。花の鳥、すごく楽しみ」

 二人揃って、投票券の束を握りしめて嬉しそうにお礼を言った。




 乗合馬車の行列に大人しく並び、二台見送ってようやく乗り込むことが出来た。

 ガンディの膝にニーカが座り、クラウディア、レイの順に座った。

 彼の隣には、妙に体格の良い女性が座り、前後にもやたらと体格の良い人達が並んで座る。

「皆大きいね。軍人さんの団体かな?」

「そうかもしれませんね」

 二人は、無邪気に顔を寄せてそんな話をしていた。

 その団体が、まさか彼らの為の護衛達だなんて、想像もしていないレイだった。

「ご苦労だな」

 唯一、この状況が分かっているガンディが、小さな声で前に座る大柄の男性にそっと声をかける。

「これが我らの仕事ですので、どうぞお気遣いなく。ご自由に花祭りをお楽しみください」

 一礼してそう言うと、素知らぬ顔で前を向いてしまった。

 驚いて目を瞬かせているニーカに、ガンディは片目を閉じて見せた。

「まあ、大人には色々と心配事があるでな。難しい事は彼らに任せて、我らは気にせず楽しむとしよう」

 自分にも、見張りが付いている事を理解してるニーカは、小さく頷いて笑った。

「そうだね、守ってくれてるんだよね」

 その言葉にガンディは驚いたように目を瞬かせて、それから愛しそうに彼女をそっと抱きしめた。

「其方は賢いな。そして優しい子じゃ。心配いらぬ。もうあのような事の無いよう、其方がこの国にいる限り、出来る限り守って見せますぞ」

「ありがとうございます。本当に……感謝してます」

 俯いて小さな声でそう言うと、ガンディの腕にしがみついて目を閉じてしまった。

「寝ておっても良いぞ。着いたら起こしてやるからな」

 抱きかかえられて背中をゆっくりと叩かれて、守られている安心感に包まれて、ニーカはいつのまにか眠ってしまった。




「ほれ、到着したぞ。起きなさい」

 そっと背中を叩かれて、ニーカは目を開いた。間近に覗き込むクラウディアとレイルズの顔がある。

「ふ、ふえ? あれ、いつの間に寝ちゃったんだろう私……」

 慌てて起き上がると、そこは乗合馬車の停留所の椅子の上だった。

「えへへ、ごめんね。お待たせしました」

 照れたように笑う彼女を見て、三人も揃って笑顔になった。

「それじゃあニーカも起きた事だし、花の鳥見物に行くとしようか」

 ガンディがそう言って、またニーカを抱き上げる。

「歩けますよ、ガンディ様」

 慌てるようにそう言う彼女に、ガンディは寂しそうな顔をした。

「なんじゃ、ようやく名前で呼んでくれておったのに、また様付けに逆戻りか?」

「だって……」

 そう言えば、いつの間にかレイルズにつられて、ガンディ様のことを呼び捨てにしていた事に気付き、ニーカは無言で焦った。

「言ったであろう? 竜の主にはその権利があると。ん?」

「でも……」

「まあ良い、無理にとは言わぬ、好きにしなさい」

 慰めるように笑って背中を叩くと、待っていた二人と一緒に会場へ出て行った。




「うわあ……すごい……」

「夢みたい……動いてますよね、これ……」

 間近で花の鳥を見るのは初めてなニーカだけでなく、遠目になら何度か見た事のあるクラウディアまでもが、動く花の鳥を見上げたきり揃って口を開けて動かなくなった。

 そんな二人を見て、レイは嬉しそうに笑った。

「この動く花の鳥のからくりには、マイリー……様の、補助具に使われている、あの伸びる革を使ってるんだよ」

 うっかりマイリーの事を呼び捨てにしそうになり、慌てて様を付けた。周りに大勢の人がいるのに、さすがにそれはまずいだろう。

「そう言えば、噂には聞いていましたが、本当に歩けるようになられたんですね」

 昨夜のお茶会で、マイリーの補助具の話を聞いた二人も納得したように頷いた。

「あの伸びる革は本当に応用範囲が広い、これから研究が進めば、あれとはまた別の使い方が出来るようになるかもしれんな。楽しみな事だ」

「私達には想像もつきませんが、それで助かる方がいるのなら、とても良い事だと思いますね」

 ガンディの言葉に、クラウディアは嬉しそうに笑って、手を組んで目についた一体の像の前で目を閉じて祈った。

 それは、花の鳥ではなく、女神オフィーリアを忠実に再現した、見事な女神像だったのだ。

 女神のお顔や見える手足は細やかな木彫りの彫刻で出来ていて、髪や身に付ける衣、肩や頭に留まる何羽もの鳥達を見事に花々で表現している。

 会場の主流である動く巨大な花の鳥達の中にあって、その女神像はこう言ってはなんだが、目立たない地味な存在だった。

 しかし、木目の薄い白い色の木で彫られた女神像のお顔はとても美しく優しい。少し俯き加減で笑って見ているその足元には、花束を手に座る小さな木彫りの少年像も再現されていて、お互いに手を伸ばしあって、手を取り合う寸前の位置で表現されていた。その少年の肩や腕にも小さな花の鳥が何羽も留まっていた。

「これこそまさしく、女神に捧げる花の鳥だな」

 ガンディの言葉に、レイも頷いて目を閉じて祈りを捧げた。

 少女達は頷きあって、持ってた投票券の殆どをこの女神像に入れたのだった。それを見ていた周りの人々が、驚いたように顔を見合わせ、改めて女神像を覗き込み、不思議な事に殆どの人が投票して行った。




「さて、そろそろ昼時だな。腹は空かぬか?」

 ガンディの声に、三人は顔を見合わせて揃って頷いた。

「では、屋台を見るとしよう」

 そう言われて、それぞれに満面の笑みになった。



「今日の花撒きは、午後の一点鐘らしいぞ」

「日によって、昼の前後で時間はまちまちだからな。よし、今日こそは花を取るぞ!」

 並んで屋台を見ていると、側を通った兵士二人の会話が不意に聞こえてきて、レイは真っ赤になった。

「今日こそ俺は彼女に言うんだ。結婚してくださいって」

「おお、頑張れよ。俺も協力するからな!」

 力一杯背中を叩かれたその男性は、悲鳴を上げつつも笑っている。

 少し耳をすますと、そんな会話があちこちから聞こえてきた。

「うう、これは……絶対無理だよ。取れないって」

 ロベリオの声が頭の中で木霊するが、レイは小さく呟いて泣きそうになった。

 突然、この会場中にいる人全員が花束争奪戦の相手なのだと気付いたのだ。

「無理! 絶対無理だよ!!」

 心の中でそう叫び、本気で泣きそうになったレイだった。




「美味しいねこれ」

 ニーカは、買ってもらった串に刺さった甘い団子と揚げた芋を食べてご満悦だ。クラウディアも、同じものを食べて笑顔になっている。

 レイは自分で買った肉を挟んだパンを食べながら、やたらと時間を気にしていた。

 そんなレイの様子に気付いていたが、ガンディは会えて素知らぬ顔で自分の大きな串焼き肉を頬張っていた。


「あ、これ美味しいんだよ。おばさん、四つください」

 レイが前回も食べた、どんぐりのせんべいの屋台を見つけて四人分買って皆に渡した。

「あ、これどんぐりですね。懐かしい……秋になると街外れの森へ拾いに行って、母さんとアク抜きの作業をしました。あれってすごく手間が掛かるんですよね」

 一口齧ってそう言うクラウディアを見て、屋台の女将さんが嬉しそうに笑って頷いた。

「巫女様はよくご存知だね。そうだよ、どんぐりはアク抜きするのが大変なんだよ。でも手間が掛かる分美味しいからね」

 片目を閉じてそう言われて、彼女とレイは二人揃って大きく頷いた。

「おやおや、お似合いのお二人だね。お幸せに!」

 からかうようにそう言われて、二人は揃って真っ赤になった。




 すっかりお腹いっぱいになった四人は、のんびりと会場を歩きながら、レイが持っていた残りの投票券を手に、あれが良い、いやこっちだと、好きに言い合っていた。

 その時、大きな音で鐘が一度だけ鳴った。


 会場中がピタリと静まり返り、一斉に皆が上を見上げた。レイも思わず上を見上げる。

 城の方から、見覚えのある影が四つ、綺麗に並んでこっちへ向かって飛んでくるのが見えた。


 先頭はアルス皇子、その後ろはマイリーとヴィゴ、その後ろにはルークの姿が見える。初日と同じ顔ぶれだ。

 四頭の竜は、綺麗に編隊を組んで会場の上空へ来て止まった。

「めでたき祭りの日に、我らより皆様への贈り物を!」

 アルス皇子の声が響き、会場から一斉に声が上がる。

「竜騎士様! こっちへ!」

「この子に祝福を!」

「お願いします! 僕にチャンスを!」

 皆がそう叫んで、一斉に手を伸ばす。

 ガンディに背中を叩かれて前に出たレイは、必死になって周りと同じように空に向かって手を伸ばした。



 花束が、竜の上から一斉に撒かれる。



「こっちへお願いします!」

 必死になってそう叫んだ時、前方から誰かが掴んだ真っ赤な花束がポーンと音を立ててこっちへ向かって飛んで来た。

「女神の祝福を贈ります!」

 その声が聞こえた瞬間、周りにいた全員が一斉にその花束に手を伸ばした。しかし、皆レイよりも背が低い。

 一番背の高いレイが必死で伸ばした手に、まるで吸い込まれるようにその花束が飛び込んで来た。必死で掴んで抱え込む。

 周りにいた人達が、一斉に笑ってレイの背中を叩き頭を揉みくちゃにした。

「ほら行っておいで、お坊ちゃん」

 知らない女性に力一杯背中を叩かれて、レイは転びそうになって必死に踏ん張った。

 顔を上げると、満面の笑みのガンディとニーカがこっちを見ている。何故か、ニーカの手にも花束がある。

「あ、あの……」

 花束を手に振り返ると、ガンディが小さく頷いてそっと下がり、それを見た周りにいた人達が一斉に後ろに下がった。

 ぽっかりと開いたその人垣の真ん中には、レイと、呆然と立つクラウディアだけが残された。



「あの……これ、貰ってください」

 震える手で差し出す花束を、彼女は小さく首を振って手に取ろうとしない。

「だ、駄目です、私なんかに……」

 周りの人達は固唾を飲んで見守っている。



「貴女が好きです。受け取ってください!」



 花束を差し出したまま、そう叫んで頭を下げた。

 もし受け取ってもらえなければ、正直言って立ち直れる自信は無い。

 花束を差し出す手は、みっともないくらいに震えていた。



「……良いの? 私なんかで?」

 消えそうに小さな声で彼女がそう言う。

「貴女が良い!僕は貴女が良いんです!」

 俯いたまま、必死になってそう叫んだ。



 不意に手が軽くなる。



 恐る恐る顔を上げると、真っ赤な花束を手にしたクラウディアが、花に負けないくらいに真っ赤になっていた。

 その瞬間、周りから一斉に冷やかすような口笛や囃し立てる声が聞こえて、レイも同じくらいに真っ赤になった。




 誰かに背中を押されて、前へ飛び出す。クラウディアも誰かに背中を押されて前に来た。

 咄嗟に飛び込んで来た彼女を、花束ごと抱きしめた。

 その瞬間、一斉に拍手がわき起こり、歓声が上がった。

「おめでとう!」

「お幸せに!」

「素敵! なんて可愛い子達なのかしら」

「俺の若い頃を思い出すなぁ」



 好き勝手言う周りだったが、咄嗟に抱き合ってしまった二人は、真っ赤になったままお互いにどうして良いのか分からなくて固まっていた。

 拍手はいつまでも鳴り止まず、二人を祝福する声は途切れることが無かった。

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