花祭り四日目の始まり

『おはよう』

『おはよう』

『朝ですよ』

『起きて起きて』


 前髪を引っ張られて薄目を開けたレイは、目の前で覗き込むシルフ達におはようの挨拶をして、欠伸をしながら起き上がった。

「ふああ、今日も良いお天気みたいだね」


『良いお天気』

『だけど午後からはちょっと曇る』

『でも雨は降らないんだって』

『蒼竜様が仰ってた』

『そうそう』


 口々に話すシルフを見て、レイはもう一度欠伸をした。

「えっと、今日はどうするんだろう? 朝練は有るのかな?」

 ベッドから降りたところで、ノックの音がして白服を手にしたラスティが入って来た。

「おはようございます。朝練には行かれるんですよね?」

「おはようございます! もちろん行きます!」

 元気よく返事をして、まずは顔を洗うために洗面所へ向かった。



 ルークと若竜三人組と一緒に軽め走った後、棒術訓練で汗を流した。

「そう言えば、弓の訓練はうまくいってるの?」

 休憩している時にユージンに聞かれて、レイは困ったように首を振った。

「なんとか真っ直ぐ飛ぶようにはなったけど、中々思うところに飛んでくれないの。弓って難しいね」

「まあ、未経験ならさすがに簡単には出来ないよね。でも、弓はある程度は出来ないと実戦でも困るから、しっかり頑張ってね」

「はい。マイリーからもそう言われているから、上手く出来るように頑張ります!」

 真剣な顔でそう言うレイの背中を叩いて、ユージンと隣に座っていたタドラが揃って立ち上がった。

「それじゃあ、最後にもう一度木剣で手合わせするかい?」

 剣を構える振りをする二人を見て、レイは目を輝かせて立ち上がった。

「お願いします!」

 ロベリオとルークも一緒に来てくれて、彼らに教わりながらユージンとタドラに手合わせしてもらって、時間いっぱいまで汗を流した。



「それで、この後の予定ってどうなってるのかな」

 朝練の訓練所から部屋に戻る時にルークにそう尋ねると、彼はちょっと考えてから逆に質問してきた。

「その前にちょっと質問。クラウディアとニーカは、まだ神殿には戻らないんだよな」

「ええと、昨日ガンディが言ってたのは、花祭りの期間中には神殿に戻れるだろうって事だったよ。具体的にいつ帰るって話は無かったです」

「それなら明日、ニーカの具合が良いようなら一緒に行くか?」

「花祭りの会場?」

 首を傾げるレイに、ルークは笑って片目を閉じて見せた。

「ヴィゴが、明日お前を自宅に誘ってくれてるんだ。それで、良かったら彼女達も一緒にどうだってさ。本当は、お前に昨夜その話をする予定だったんだけど、彼女達が来ていたろう。一緒に誘っても良かったんだけど、あんまり急に話を進めても彼女達も戸惑うかと思ってさ」

「娘さん達が花の鳥を作ってるって言ってたもんね」

 目を輝かせるレイに、ルークも頷いた。

「それに、娘さん達も彼女達と似たような年齢だから、仲良くなれたら良いかとも思ったからさ」

「そうだね、神殿でも歳の近い子はいないってってたもんね」

 嬉しそうなレイを見て、ルークも笑った。

「って事で、ガンディに確認してみて大丈夫そうなら明日はヴィゴのところへ行く予定かな。今日は、特に予定は無いから好きにして良いぞ。俺達は今日は……まあ、ちょっと色々と予定があるから、悪いけど朝食の後には出掛けるから、留守番しててくれるか」

「分かりました。じゃあ今日はゆっくりするよ。ガンディに連絡して、白の塔へ行っても良いかな?」

「迷子にならずに、一人で行けるかな?」

 からかうように言われて、文句を言いかけて口籠った。

「大丈夫だよ! ……多分」

 それを聞いたルークと、後ろを歩いていた若竜三人組までが揃って吹き出した。

「何だよその間は」

「だって! このお城も街も複雑すぎるよ!」

 半泣きで叫んだレイを見て、四人は揃ってもう一度吹き出したのだった。


『主様は私達に聞けるのをまた忘れてる』

『私達は知ってるもんねー』

『ねー』


 背中や頭を叩かれて笑いながら逃げるレイを、渡り廊下の花に並んで座って見ながらニコスのシルフ達が呆れたようにため息を吐き、他のシルフ達は揃って笑い転げているのだった。




「おやおや。それなら白の塔へ行く時にはご案内致しましょうか?」

 部屋へ戻って騎士見習いの服に着替えながら話をすると、ラスティに笑ってそう言われた。

「多分大丈夫だと思うんだけど、自信は……」

 その時、ラスティの肩に、ニコスのシルフ達が現れた。笑って胸を張っている。

「あ、そっか。えっと多分大丈夫です。一人でも行けます」

「そうですか。まあこれも経験です。もしどうしても分からなければ、近くにいる警備の衛兵に聞くと良いですよ。それなら、服はこのままの方がよろしいですね。第二部隊の一般兵の服を着たままでは、一人で城へは入れませんからね」

 ここから白の塔へ行こうとしたら、城を大回りしていかなくては行けない。歩いて行くのなら、ちょっと無理がある距離だ。しかし、一旦城へ入って中庭を突っ切っていけば、かなり早く行ける。

 竜騎士隊の皆も、マイリーやルークが白の塔へ入院している時は、そうやって見舞いに行っていたのだ。

「ねえ。ルークから花祭りの券を貰ったんだけど、これで彼女達も花祭りの会場へ行ける? 花馬車に乗せても構わない?」

 ふと思いついて、小物入れに入れたままになっている、ルークからもらった券の束を見せた。

「もちろん構いませんよ。その券があれば、花馬車に乗れますから、ニーカ様の具合が良ければ花祭りの会場へ行かれても良いですね」

「うん、ガンディが良いって言ったら、皆で行ってみても良いかもね」

 嬉しそうなレイの言葉に、ラスティはもうひと束券を渡した。

「それでは念の為もうひと束渡しておきます。花の鳥の投票券もありますから、お嬢様方にも渡して差し上げてください。好きなだけ投票していただけますよ」

「ありがとう。じゃあもらうね」

 嬉しそうに、受け取ったその券の束も小物入れに入れた。

「お小遣いもまだいっぱいあるしね」

 顔を上げて笑うレイの服のシワを直してやり、ラスティも笑った。

「レイルズ、準備出来たか? 食事に行くぞ」

 ノックの音がして、ロベリオの声が聞こえる。

「はあい、今行きます!」

 元気な声で返事をして、手渡されたミスリルの剣を剣帯の金具に装着した。



 今日の食堂に出されていた花祭り限定デザートは、ふわふわの綿飴と呼ばれる、まるで雲のような真っ白な砂糖菓子だった。その雲のような上に、所々色のついた粒が混じっている。

 棒の突き刺さった、顔くらいの大きさのあるそのお菓子を、大きなお皿に乗せてもらってきたものの、どうやって食べるのか分からなくて困っていると、同じく綿飴を取ってきたタドラが、笑って手でちぎって食べ始めた。それを見て頷いたレイもそれに倣う。

「ええ、口に入れた瞬間、綿飴が無くなったよ!」

 驚きのあまり声を上げたレイルズを見て、竜騎士隊の者達だけでなく、ラスティ達や周りにいた者達までが吹き出した。

「レイルズ、それはまさしくそういうお菓子なんだよ。口に入れた瞬間、溶けて消えてしまうんだよ。でも、甘いだろう?」

「うん、甘さは口に残るね。へえ、面白い。初めて食べました」

 嬉しそうにちぎって口に入れていると、綿飴に乗っていた色のついた粒がお皿に転がり落ちた。

「あれ、これも面白い形だね」

 拾って見ると、小指の爪よりも小さな丸い粒だが、幾つもの棘が出ていて不思議な形をしている。

「それは金平糖。お砂糖で作ったお菓子だよ。形が面白いよな。それは小さいけど甘いぞ」

 口に放り込み笑顔になった。

「本当だ。美味しいね」

 嬉しそうなその笑顔に、周りの皆も笑顔になる。

「ここにいると、僕の知らない事がいっぱいある。すごいな」

 あっという間に綿飴を食べてしまったレイは、目を輝かせてもう一つ綿飴を取りに行き、その無邪気な後ろ姿を見送って、皆で揃ってまた笑い合った。



 食堂からの帰りに、ルークに今日は白の塔の二人の様子を見に行って、行けそうなら一緒に花祭りの会場へ行って見るつもりだと話した。

「彼女と花祭りの会場へ行くのか! それなら良い事教えてやるよ!」

 突然、それが聞こえたのか、前を歩くロベリオが満面の笑みで振り返った。タドラとユージンの二人も、ルークと顔を見合わせて頷き合っている。

「ええ、なんですか、また皆で揃って!」

 思わず仰け反りながらそう言って後ろに下がると、ルークに背中を叩かれて押し戻された。

 ロベリオが顔を寄せ来て、まるで内緒話をするように耳元に口を寄せる。思わず立ち止まり、何と無く端に寄った。

「初日に、大人組とルークが会場に花を撒いていたのを見ただろう。男達が揃って女性に花を渡していた意味を知ってるか?」

 肩を組まれて、抱え込むようにされてそう言われる。

「うん、皆嬉しそうだったね。マティルダ様に聞いたよ。結婚してくださいって意味なんでしょう?」

「おお、分かってるな、よしよし。マティルダ様が仰った通り、成人男性が女性に花束を渡すのは、求婚、つまり自分と結婚して下さい。って意味なんだけど、未成年の場合はちょっと違うんだよ。お前も彼女もまだ未成年だろう?」


 男性は十六歳、女性は十八歳が基本的な成人とされる年齢だ。


「クラウディアは何歳だ?」

「えっと、確か十六歳だって言ってたよ」

「だったら! 落ちてくる花束を何とかして掴んで、勇気を出して彼女に渡すんだよ。跪かずにそのまま渡せば良い。未成年の男女の場合は、ただ単に貴女が好きです、って意味になるんだよ。分かるか? 彼女は街育ちなんだろう? 心配しなくても、間違いなく花束の意味を知ってるから」

「言っておくけど、シルフに協力してもらうのは無しだぞ。あくまで落ちてくるのを自力で確保する事!」

 隣で、ルークも顔を寄せて来てそう言って笑う。

「ええ、そんなの無理だよ!」

 情けない声で叫ぶレイルズを見て、ルーク達は揃って吹き出した。

「まあ、運試しだと思って頑張れ。今日の花撒きは、午後の一点鐘の後だからな、行くなら、それまでに会場にいるようにしろよ」

 笑ってもう一度背中を力一杯叩かれて、レイは悲鳴を上げて真っ赤な顔でその場から逃げ出したのだった。




 部屋に戻ったレイは、まだ真っ赤な顔のままで、剣も外さないでベッドに飛び込んだ。

 驚いて駆け寄ろうとしたラスティにルークが耳打ちし、納得した彼も笑顔になった。

「レイルズ様、剣は定位置へ置いてください」

 何でもないように言って、うつ伏せのままの背中を軽く叩く。

「あい、ちゃんとします……」

 まだ真っ赤なまま起き上がって、まずは言われた通りに剣を定位置に置いて、剣帯も外して壁の金具に掛ける。

 小さくため息を吐いてから、顔を上げた。真っ赤だった顔色は少し元に戻っている。

「えっとシルフ、ガンディやディーディー、ニーカはどうしてる?」


『朝ごはんが終わって部屋にいるよ』

『今日は何をしようかって話してる』


 それを聞いて、レイはシルフに頼んだ。

「じゃあ大丈夫だね。ガンディを呼んでくれる」

 頷いて並んだシルフが口を開いた。

『おはよう今こっちから連絡しようと思っておったところだ』

 シルフの口からガンディの声がそのまま聞こえるのを見て、ラスティは驚きのあまり声も無く、 呆然とレイルズの後ろ姿を見つめていた。

「おはようございます。えっとね、良いお天気だしニーカの具合が良いようなら、一緒に花祭りの会場へ行けないかなって思ったんです」

 すると、シルフは笑って手を打った。

『おお正に今その話をしておったところじゃ』

『其方の予定が無ければ一緒に花祭りの会場へ行っても良いとな』

 それを聞いたレイは笑顔になった。

「じゃあ、僕がそっちへ行くから出かける準備をしていて下さい。花馬車の券もあるから、皆で乗って行けるよ」

 もちろん、ガンディも沢山の寄付をしているので、余る程に券をもらった。しかし、彼は普段は祭り見物には行かないので、全部まとめて生徒達や白の塔の職員達に配ってしまった後で、全く手元に残っていなかったのだ。今からでも改めて追加の寄付をして券を貰おうかと考えていたので、思わず笑顔になった。

『おおそれは良かった』

『儂が貰った分は全部職員や生徒達に配ってしまったからな』

『それじゃあ遠慮無く使わせてもらおう』

「じゃあ、今からそっちへ向かいますね」

『了解じゃ』

『あの……レイおはようございます』

『おはようレイルズ』

 手を振るシルフに手を振り返し、レイも笑顔になって挨拶をした。

「おはよう、ディーディー、ニーカ。聞いてくれた? 一緒に花祭りの花の鳥を見に行こうよ」

『ありがとうございます嬉しいです』

『私花祭りを見るの初めて』

『待ってるから早く来てね!』

 最後は二人揃って言われて、レイは声を上げて笑った。

「じゃあ、僕が迷子にならずにそっちへ行けるように祈ってて下さい」

 レイがそう言った瞬間、吹き出したガンディの様子まで、律儀にシルフは再現してくれたのだった。

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