素敵な初恋に祝福を

「ありがとうございました。夢のような時間を過ごさせていただきました」

「お菓子美味しかったです。本当にありがとうございました」

 暮れ始めた空の下、笑顔で手を振る二人に手を振り返し、ガンディと共に白の塔へ戻る二人を見送って、レイは小さくため息を吐いた。



 何とか、クラウディアを竜騎士隊の皆に紹介出来た。

 帰ると言われた時は本気でどうしようかと焦ったが、ニーカが説得してくれて本当に良かった。

 それにニーカも、クロサイトに会えて少しは元気になったみたいだ。怪我の具合も良いとガンディが言っていたから、花祭りの期間中に神殿へ戻れるだろうとの事だ。

「せっかくの花祭りなんだから、もう、騒ぎは沢山だよ。良い事だけでいいよね」

 目の前に現れたシルフにそう言って小さく笑うと、伸びをして振り返った。

 横向きの三日月みたいな目をした四人が、揃ってこっちを見ているのとまともに目が合ってしまい、思わず仰け反るレイだった。

「だから、皆してさっきから何なんだよ!もう」

 叫ぶレイの首をルークが抱え込むようにして捕まえ、そのまま抵抗する間も無く休憩室へ連行された。当然三人も付いてくる。



 驚いた事に、そこにはアルス皇子とマイリーとヴィゴが揃って座っていたのだ。



「あ、おかえりなさい。たった今、ガンディと一緒に白の塔へ戻っちゃいました。もう少し早く戻って来てくれたら、ディーディーを紹介出来たのに」

 三人に気付いたレイが残念そうにそう言うのを、彼らは笑って見ていた。

 実は、彼らは衝立の奥で最初から隠れて様子を伺っていたのだ。

「彼女も疲れているだろうからね。そんなに急に大勢と会わせるものじゃないぞ」

 ルークに笑ってそう言われて、残念だったが納得した。

 竜を見て具合が悪くなったりもしていたので、確かに、いきなり全員と会わせるのは彼女の負担になっただろう。



 皆、それぞれに座るのを見て、レイもいつもの席に座った。

「世間慣れしていないのは、まあ巫女なら当然として、印象としては良い子でしたよ。緊張してはいましたが、変に俺達に媚びたりへつらったりしないで、うん、良い意味で自然体でしたね」

 ロベリオがそう言い、ユージンとタドラも頷いている。

「確かに、思っていたよりも良い子だったな」

 ルークもそう言って頷いている。

「君達がそう言うのなら、我々から特に言う事は無いよ。彼女と上手くいくように祈ってるよ、レイルズ君」

 態とらしくからかうような口調でアルス皇子にそう言われて、レイはまた耳まで真っ赤になった。

「それより、重要な新情報があります。レイルズったら、彼女の事をニーカとはまた違った愛称で呼んでいました! これはちょっと、説明を求めても良いのでは?」

 ロベリオがまた目を三日月みたいにさせてそう言い、大人組が揃って身を乗り出した。

「ほお、それはそれは……」

「うん、確かに今言ったな。その辺りは詳しく聞きたい」

 アルス皇子とマイリーが、顔を見合わせてニンマリと笑う。

「俺もその話は知らないぞ。侮れんな。いつの間にそんな事になってる?」

 腕組みをしたヴィゴまでが、真顔でそんな事を言う。

「勘弁してください!」

 真っ赤な顔でそう叫んで、立ち上がって逃げようとした所を、あっという間に隣にいたルークに捕まえられてしまう。

「ふふふ、逃がさないよ。レイルズ君。諦めて全て吐きなさい」

「やだー! 絶対やですー!」

 笑いながらルークの腕から逃げる。

 本気で捕まえているわけでは無いのは腕の緩さで判ったので、冗談めかして誤魔化す事にする。



「あ、逃げたぞー!」

 態とらしくルークが叫び、立ち上がった若竜三人組に取り囲まれてしまった。レイはこれも態とらしい悲鳴をあげて、襲い掛かる四人の隙間を転がって逃げ回った。

 最後には、シルフ達まで乱入して来て白熱した本気の追いかけっこが展開されて、観戦に徹した大人組は座ったまま机に突っ伏して大笑いしていた。



「はあ、はあ、もう駄目。もう動けません……」

 笑いながら転がるレイルズの周りでは、同じく息を切らせた四人も笑いながらそれぞれ座り込んでいる。

「お前、逃げるの、上手過ぎ。何、なんだ、よ、その、素早さは」

「ああ笑った。笑い過ぎでお腹痛いぞ」

 ロベリオとユージンは、座り込んだまま息を整えている。

「もう駄目、僕もお腹痛い……」

 笑い過ぎたタドラが、転がってそう言いながらまだ笑っている。

「ああ、全く。病み上がりに何させるんだよ」

 ゆっくりと立ち上がったルークが、まだ座り込んでいるレイルズの手を取り立たせてやる。

 素直にその手を取って立ち上がった所を、いきなり引っ張り込まれて捕まえられた。

「で? もう一度聞くぞ。どう言う経緯で彼女を愛称で呼ぶ事になった訳だ? しかも、ニーカとは違うって事はどう言う事だ?」

 満面の笑みで問いかけられて、レイはまた悲鳴を上げて逃げた。



「絶対言わないもんねー! 彼女からそう呼んで欲しいって言ってくれたなん……て……あれ?」

 舌を出して逃げようとして、レイは自分が言った言葉に気付いて呆然とした。


 

 その瞬間、休憩室は全員が同時に吹き出して大爆笑になった。



 現れた大勢のシルフ達も、飾られた花の上で笑いながら、手を打ったり飛び跳ねたりして大喜びしている。


『素敵な恋』

『素敵な恋』

『甘いよ』

『甘いよ』

『どんなお菓子よりも甘いよ』

『可愛い』

『可愛い』

『主様は可愛い』

『ディアも可愛い』

『大事な呼び名』

『大切な呼び名』

『主様だけが呼ぶ名』

『素敵素敵!』

『甘くて可愛い恋は素敵〜!』


 最後の言葉は、シルフ達全員が声を揃えて、嬉しそうに音程をつけて歌う。



「やめてー! それ以上言ったら、僕は泣く!」

 そう叫んで顔を覆った。

 もう、見えるところは全部真っ赤になっている。

『それ位で勘弁してやってくれ。これ以上揶揄からかうと、もう本当に泣くぞ』

 現れた大きなシルフがブルーの声でそう言ってくれたが、どう聞いてもその声も笑っている。

「もう知らない!」

 床に座り込んで顔を覆うレイを見て、ブルーのシルフが、慰める様に真っ赤な頬にキスを贈った。






 竜騎士隊の本部を出て、綺麗に花の飾られた渡り廊下を歩きながら、クラウディアは俯いて小さなため息を吐いた。

 今日お会いした方々が、どれだけ偉い人達だったのかを思い出してしまい、今になって足が震えてきたのだ。

「ガンディ様、あの……私、おかしくなかったですか? 何処か失礼があったりしませんでしたか?」

 隣を歩くガンディに小さな声でそう話しかけた。顔は俯いたままだ。

「大丈夫、心配はいらぬよ。其方は良くやった」

 そう言って笑いながら背中をそっと叩かれても、言葉も無く頷く事しか出来なかった。

「大丈夫よ。貴女はとても素敵だったわ」

 ニーカまでが、そう言って笑ってくれた。

「もう、失礼の無いようにと夢中だったから……正直、最初の頃の記憶があまり無いわ」

 真っ赤になりながらも、そう言って笑う彼女を見てガンディも笑顔になった。

「まずは、最初の顔合わせとしては、上手くいったと思って良いのでは無いか?」

「ガンディ様。顔合わせって……」

「確かに、顔合わせだったね」

 ニーカまでがそんな事を言う。

「もう、知らない!」

 顔を覆って逃げるように走った。

「こら、廊下は走ってはならんぞ」

 呆れたようなガンディの声が聞こえて、クラウディアは立ち止まって振り返り小さく舌を出した。

「そんなの知りません!」

 三人は、顔を見合わせて同時に吹き出した。






 大人組とルークは、会食があるからと言ってまた城へ戻ってしまい、若竜三人組とレイルズだけが休憩室へ残された。

「まだ夕食まで時間があるな。レイルズは着替えて来いよ」

 ロベリオの声に、レイは自分の服を見た。

 白の塔から戻って来て。そのままここに来たので、彼は第二部隊の服を着たままだ。

「そうだね。じゃあ着替えて来ます」

 照れたように笑って、自分の部屋へ向かった。

 その後ろ姿を見送って、三人も小さくため息を吐いて笑った。

「まあ、微笑ましくて何よりだね」

「甘い初恋! ああ、遠い記憶の彼方だな」

「確かに、あんなに初々しかったかな?」

 タドラの言葉に、ユージンとロベリオが揃ってそう言って笑った。

「僕は、人を好きになるって……よく分からないや」

 困ったようにそう言うタドラを見て、二人は慰めるように肩を叩いた。

「いずれお前にも現れるよ。この人じゃなきゃ嫌だって思える人がね」

 俯くタドラに、二人が両側からそっと抱きしめた。

「大丈夫。お前にだって、その時が来ればちゃんと分かるさ」

 ロベリオの言葉に、タドラは俯いたまま小さく頷くのだった。



「まあ、俺たち全員独り身だから。本当はこれを言える権利があるのは、今の所ヴィゴと殿下だけだな」

「マイリーは?」

「今は独り身なんだから、駄目だろう?」

「まあ、あれは別の意味で良いお手本だけどね」

 顔を見合わせてまた笑い合った。



「恋ってどんな風なの?」

 タドラの言葉に、二人は顔を見合わせて考えた。

「なんて言うか、その人がいるだけで世界が明るくなるよ」

「気が付いたら、その人の事をずっと目で追ってたりね」

「その人が笑うだけで、最高に幸せになれる。その人が悲しそうだと自分まで悲しくなる」

「その人に嫌われたりした日にはもう、世界の終わりが来たのかと思えるほどに絶望する」

 二人は顔を見合わせて同時に吹き出した。

「まさにその通りだね」

「あとはそうだな……ちょっと手の先が触れただけで、身体中が痺れるぐらいに幸せになるんだよ」

「ああ、分かる。初めて手を握れた時のあの幸福感」

「へえ、素敵だね……」

 ソファーに座ったタドラは、大きなクッションを抱えるようにして顔を埋めてしまった。

「僕には分からないよ……誰かを好きになるなんて、僕にそんな日が来るかな?」

 ロベリオとユージンは、顔を見合わせてタドラの両側に座った。

「安心しろ。お前は立派な竜騎士だよ」

「そうだ。俺達が保証してやる。お前は立派な竜騎士で。一人の独立した人間だよ」

「……ありがとう」

 クッションに顔を埋めたまま、消えそうな声でそう言うタドラを、二人はもう一度力一杯両側から抱きしめてやった。



「何してるの?」

 無邪気な問いに顔を上げると、陣取り盤を持ったレイルズが、いつもの騎士見習いの服を着て立っていた。

「ああ、ちょっとした内緒話。やるか? それ」

「うん、そう思って出して来たの」

 嬉しそうに、ソファーの前の机に陣取り盤と駒を置く。

 何事も無かったかのように顔を上げた二人も、嬉しそうに駒を並べるのを手伝った。

 ロベリオとレイルズ、ユージンとタドラの二対二に分かれて、攻略本を片手に、お互い好き勝手言いながら駒を進めていた。

 途中からヘルガーが先生役で来てくれて、教えてもらいながら夕食までの時間を過ごした。




 皆で揃っていつものように食堂へ行った。

「わあ、なんだか華やかだね」

 目を輝かせるレイルズに、三人も嬉しそうに頷いた。

「毎年、花祭りの期間中は、料理も華やかなんだよね。楽しみはお菓子。ほら、これも期間限定だぞ」

 花の形の焼き菓子には、真っ白なお砂糖が振りかけられ、スミレの花の砂糖漬けが乗せられている。ミントの葉の色と相まってとても綺麗だ。

「このお菓子は決定だね」

 タドラと二人で、顔を見合わせて頷き合った。



 タドラは、レイルズが来てから一緒に甘い物を食べる機会が増えた。レイルズも美味しいと言って一緒に食べてくれるタドラが大好きだった。

「美味しいものは、皆で一緒に食べる方がもっと美味しくなるんだよ」

 初めの頃に何気なくレイルズが言ったその言葉は、タドラにとっては最高に素敵な言葉だったのだ。

 そして、当たり前のようにそう言えるレイルズの事が、タドラは少し羨ましかった。

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