ささやかなお茶会
「ごめんね。お待たせして」
照れたように笑って、スマイリーの翼の下からニーカが出て来た。
「ほら、何してるのよ。早く出て来なさいって」
また、どちらが年上か分からないような口調でニーカが言い、畳まれた翼の下から真っ赤な顔のクラウディアが現れた。
「えっと、大丈夫? ディーディー」
遠慮がちなレイルズの言葉に、ようやく彼女は顔を上げた。
「ごめんね……」
しかし、また俯いてしまう。困ったようにニーカを見ると、彼女は笑ってクラウディアの背中を思い切り叩いた。
「きゃっ!」
驚いて飛び上がる彼女を見て、ニーカはもう一度、笑いながら背中を叩いた。
「行こう。お茶を用意してくれてるんだって」
差し出されたレイルズの右手を、躊躇ってからそっと取った。
その様子を少し離れたところから見ていた保護者達は、小さく笑って頷き合った。
「まずは中に入ろう。挨拶はそれからだね」
レイルズに手を引かれて、建物の中に入る。
滅多に入る事の出来ない竜騎士隊の本部だが、周りを見る余裕はクラウディアには無かった。
「ここだよ。入って」
開いた扉をくぐると、そこはとても広い部屋で、文字通り部屋中に花があふれていた。
真ん中に置かれた大きな丸い机の上にも、幾つもの花が飾られ、果物や見た事も無い綺麗なお菓子がいくつも並んでいた。
「まあ……なんて綺麗! 夢の世界だわ!」
顔を上げたクラウディアは、思わず声を上げ。半瞬遅れてニーカも歓声を上げた。
「素敵! 素敵!」
二人は、目を輝かせて入り口付近に立ったまま、揃って部屋を見渡していた。
レイルズの手をようやく離したクラウディアは、ニーカと手を取り合って嬉しそうにしている。
そんな二人を見て、レイルズも嬉しそうに笑った。
少女達には、花とお菓子の取り合わせは気に入ってもらえたようだ。
「ようやくのお越しだな。待ちくたびれたぞ」
その時、お茶の用意を乗せたワゴンと共に、ルークとグラントリーが入って来た。
「ルーク! 動いて大丈夫なの?」
口元や頬にまだ痛々しい傷の残る顔を見て、レイが驚いて駆け寄り声を掛ける。
「おかげさまで、ちゃんと生きてるよ。まあ、怪我は見た目程は酷く無いからご心配無く」
片目を閉じて笑いながらそう言われて、レイも小さく吹き出した。
「そっか、じゃあ良かった」
「お前にも迷惑かけたな。すまなかった」
頭を下げるルークを見て、レイは何度も首を振った。
「全然気にして無いから大丈夫だよ。えっと……お父さんと仲良くね」
苦笑いして頷く彼を見て、レイは安心した。
「お嬢様方は、こちらへどうぞ」
タドラの案内で、二人は並んで椅子に座った。
彼女達の両側には、レイルズとガンディが座り、少し離れてルーク達も座った。
彼らはもう、クラウディアと話をしたくて堪らないのだが、そんな様子はおくびにも出さず、素知らぬ顔でグラントリーが一礼してワゴンまで行き、お菓子を切り分け始めたのを見ていた。
「改めて、紹介させてもらおうかの」
それを見てガンディが口を開き、クラウディアに竜騎士達を一人ずつ紹介していった。
緊張してカチカチな彼女に配慮して握手は無く、テーブル越しに一礼する。
それでも一礼する度に、必死で息を飲み込んで緊張しているのを隠そうとしている彼女の様子を見て、ニーカが小さく笑ってそっと机の下で手を伸ばして彼女の手を握る。
「大丈夫よディア。皆とても優しい方ばかりだからね」
小さな声でそう言ってやる。
横を向いた彼女が自信無さ気に笑うのを見て、握った手に思いっきり力を込めてやった。
クラウディアの肩が跳ねる。
思わず吹き出したニーカの様子と、彼女の不自然に伸ばした右腕を見て、その場にいたレイルズ以外の全員が、机の下で何があったか大体の予想がついたのだった。
「どうぞ。緑の跳ね馬亭から届いた花祭り限定のケーキでございます」
グラントリーの言葉に、レイは目を輝かせた。
それぞれの前に置かれたそれは、切り分けられた四角い焼き菓子で薄いピンク色をしている。傍らには真っ白なクリームと一緒に、見覚えのある花のジャムがたっぷりと添えられている。
「あ、去年のとはまた違うね。ケーキに色が付いてる」
レイルズの言葉に、クラウディアが横を見る。
「緑の跳ね馬亭って? どこかのお店なんですか?」
「えっと、ブレンウッドにある食堂兼宿屋でね。そこの奥さんが作るお料理がとっても美味しいんだよ。このケーキはそこの季節限定の焼き菓子。美味しいから食べてみてよ」
彼女達のところは、大きめに切ったケーキを小さく一口で食べられるように切り分けて、山状に積み上げてある。これならフォークだけで食べられるだろう。
改まった場でのナイフやフォークの使い方など、知らないであろう彼女達への気遣いだ。
音も立てずに、各自の前にお茶を配り終えたグラントリーは、一礼して後ろに下がった。
二人は、湯気の立つお茶を見て嬉しそうに顔を見合わせて笑い合うと、そっと手を組み女神への感謝の祈りを捧げる。全員がそれに倣った。
横に置かれたフォークを手に取り、クラウディアは緊張しながら、ジャムとクリームをたっぷりと付けたケーキを口に運ぶ。
「美味しい……」
口元に手をやり、目を輝かせてレイルズを見た。
「レイ、美味しいです。すごく美味しいです。このジャム、花の香りがしますね」
「本当だ。美味しい。花のジャムなんて初めて食べました」
ニーカも、二口目を口に運んで満面の笑みになる。それを見て笑顔になった全員が、それぞれケーキを口にした。
「花のジャムって何度か食べた事があるけど、案外難しいみたいで、美味しいのって滅多にないんだよね。でもこれは本当に美味しい。さすがだね」
ユージンの言葉に、ロベリオ達も頷く。
「バルテン男爵が、皆様でどうぞって、他の荷物と一緒に送ってきてくれたんだよ。丁度、このケーキの事を噂していたろ?それで、届いた時には、聞こえてたのかもなって言って、皆で笑ったよ」
ルークの言葉に、レイは目を輝かせた。
「ガンディから聞いたよ。ねえ、ここにも届いた? ジグソーパズル!」
それを聞いたガンディが、堪える間も無く吹き出す。
「茶を飲んでいる時に、笑わせるな。全く」
口元を拭きながら、笑ってそう言うと休憩室の奥の棚を指差した。
「色々届いてるようだぞ」
「しばらく、時間つぶしで苦労する暇は無さそうだね」
タドラがそう言って立ち上がると、奥の戸棚から箱を持って戻って来た。
「ほら、こんな感じで各サイズを送って来てくれたよ。マイリーが大喜びで一番難しい2000枚のを確保していた」
「2000枚!」
ニーカとクラウディアが声を揃えて叫ぶ。
「私達、白の塔で1000枚のを四人で作りました。大変だったんです。最後はガンディにも手伝ってもらったの」
ニーカの言葉に、ガンディも笑っている。
そして、そんな彼女を見て、ガンディは密かに安堵していた。
ニーカは、ガンディの事を、いつの間にか敬称を付けずに呼ぶようになった。
竜の主にはその権利があると言っても、頑なに言わなかったのに。
「忌々しい出来事であったが、彼女の心に、今までとは違う新たな決意が芽生えたようだな……ふむ、良い事だ」
彼の肩に座った大きなシルフ達も、嬉しそうに一緒に頷いていた。
次第に緊張の解けてきたクラウディアに、さり気なくルークやロベリオが話を振り、最後にはクラウディアも笑顔で答えるようになっていた。二人の女性の扱いの上手さはさすがだった。
お茶とお菓子を堪能した後は、皆に言われてレイルズが部屋からニコスからもらったあのハープを持って来た。
しっかりしたケースの蓋を開ける。
モルトナにお願いして、ハープのケースを専門の職人に作ってもらったのだ。
「まあ、綺麗な竪琴ですね」
目を輝かせて覗き込むクラウディアに、レイルズは驚いて彼女を見た。
「ディーディーはこの楽器を知ってるの?」
頷いた彼女は、そっと手を伸ばしてハープを撫でた。
「以前いた、フルームの神殿では、私、音楽隊の一員だったんです。こんな立派なものではありませんでしたが、竪琴を担当していたんです」
「弾いてみる?」
ハープを取り出しながら、目を輝かせてレイルズがそう言った。彼は、日常の勉強の中で、音楽担当の先生から、この楽器についても教えてもらっている。
「無理言わないでください。私が使っていたのは、弦の数が十二本でした。これはどんな風に弾くのですか?」
「変わらないよ。音はこんな感じ」
椅子に座ったレイルズが、ハープを抱えて端から一本ずつ鳴らしていく。
「綺麗な音ね」
椅子に座ったニーカが、嬉しそうにそう言う。
「ねえ、レイルズ。何か弾いて見せてよ」
「良いよ、えっと、何が良いかな?」
少し考えて、彼女達も知っているであろう歌を思い付いた。母さんも歌っていたあの歌だ。
彼女達を見て頷くと、レイはゆっくりと弾き始めた。
彼の爪弾く優しいその音に、彼女達は声も無く聞き惚れた。
「小川のせせらぎ雪解けの音、いざや歌えや春の訪れ。芽吹きの喜び愛しき春よ、いざや踊れや春の
途中からは、クラウディアとニーカも一緒になって歌った。
微笑ましいその様子を、保護者達は優しい目で見つめていたのだった。
そして、ハープの縁に座ったシルフ達もその様子を見て、楽しそうに一緒になって春を讃えるその歌を歌っていたのだった。
ささやかなお茶会だったが、沢山の花と甘いお菓子の効果は抜群だったようで、もう少女達に始まった時のような緊張感は無かった。
請われて何曲か披露したレイルズが喉の渇きを訴えた頃、グラントリーが持って来た綺麗に切って飾られた果物の大皿を見て、また少女達は歓声を上げるのだった。
「やはり生きていたか」
「はい、顔を知る者が確認致しました」
「しかし、衛兵に捕らえられるとは度し難い愚か者が。もう良い。あれは始末しろ」
「畏まりました。して、あの少女はいかが致しますか?」
「聖なる結界の中に、こちらの意図せぬ事であったとはいえ、あの方の血族の者を紛れ込ませる事が出来たのだ。有効に使わせていただこう。今はせいぜい、平和な時を謳歌しておれば良い。あのお方が復活なされた暁には、その彼女にも、せいぜい役に立ってもらうとしよう」
真っ暗な部屋の中で交わされるその会話は唐突に途切れ、直後に部屋に明かりが灯る。
部屋にいたのは、一人だけだ。何事もなかったように立ち上がったその男は、神殿の衛兵の服を着ていた。
男が差し出した手の上から、小さな黒い影が飛び出す。その影はすぐに消えてしまった。
「うまく始末しろよ」
宙に向かってそう言うと、右手の指を鳴らす。
何かが割れる音がしてすぐに消える。
もう男は振り返りもせずに、物置になっていたその部屋からいくつかの箱を持って平然と出て行くのだった。
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