想えば想わるる?
「ええ! 例の、女神オフィーリアの巫女の彼女がここに来てるって!」
ユージンの叫び声に、タドラとロベリオは大きく頷いた。
「今、ガンディやレイルズ、ニーカと一緒に竜舎へ来てるんだって。ニーカをクロサイトに会わせる為だね」
タドラの言葉に、納得して頷いた。
「ニーカの付き添いだね」
「まるで姉妹みたいに仲が良いって聞いてるからね。昨夜は一緒に白の塔の入院棟に泊まったらしいよ」
ロベリオがそう言い、ニンマリと笑った。
「って事で、休憩室で、ニーカを慰める為のお茶会を開催しようと思います。その席で、レイルズ君の想い人を紹介して頂こうと思うんだけど……ユージン君も行くかね?」
態とらしいロベリオの言葉に、ユージンも態とらしく礼をした。
「それは魅力的なお誘いだね。もちろん、喜んでご一緒させていただきましょう」
顔を見合わせて揃って吹き出した。隣ではタドラも笑っている。
「噂の花祭り限定ケーキも届いたしね」
「レイルズの喜ぶ顔が楽しみだよ」
「それから、殿下と大人組から、ここは任せるって伝言だ。ルークはもう戻ってくるはずだよ」
立ち上がった三人は、休憩室へ向かった。
そこは、ラスティ達やグラントリーも手伝って、あちこちに花が溢れんばかりに飾られていた。
机の真ん中には、花を加工して作った掌ほどの大きさの花の鳥達が、水盤の縁に並んで仲良く水を飲んでいる姿が表現されていた。
「これは見事だ。シルフ、彼女達はどうしている?」
ロベリオの言葉に、現れたシルフは首を振った。
『巫女様はお加減が悪くなった』
『詰め所で休ませてる』
驚いた三人は、慌ててシルフを覗き込んだ。
「どうした、何があったんだ?」
『竜に会って具合が悪くなったって言ってる』
「ああ……精霊竜の覇気に当てられたか」
「無理ないよね。おそらく精霊竜を間近で見るのなんて生まれて初めてだろうし」
納得したようにそう言い、顔を見合わせた。
「彼女は光の精霊魔法を使えるって言ってたけど、それでも駄目だったんだね。どうやら精霊魔法が使えるかどうかは関係無いみたいだな」
ロベリオの言葉に、揃って頷いた。
「まあ、そっちはガンディが付いているんだからこれは彼に任せよう。少し休めば、ほとんどが良くなるしね」
「そうだね。何か手伝う事ある?」
タドラが、振り返って花を直していたグラントリーに声を掛けた。
「いえ、大丈夫です。飾りつけはもう終わりました。今からお菓子や果物を持って参ります」
そう言って一礼すると、彼らは音も無く部屋を出て行った。
「それじゃあ、準備は任せるか。それなら俺達は迎えに行くか」
そう言って、座っていたソファーから立ち上がった。
「それじゃあスマイリー、また来るね」
差し出された顔に抱きついて額にキスを贈ると、ニーカは笑って手を離した。
「うん。いつでも待ってるよニーカ。花祭りの間に、一度空へ上がってみたいね。きっと綺麗だよ」
無邪気なスマイリーの言葉に、ニーカは咄嗟に答えられなかった。
「そうね……それは素敵ね。でも、私達は……勝手に外に出ては駄目なんじゃない?」
城門を抜けようとした時に、声を掛けられた事を思い出して俯いた。あの兵士は言ったのだ、貴女は街の外へ出る事を許されていないと。
「もちろん、勝手に出かけたりしないよ。行く時はちゃんとお願いして許可を得てからだよ」
全部分かっているのだと言わんばかりの言葉に、ニーカの目に、また涙があふれた。
「ありがとう。お前は頼りになる子ね」
「そうだよ。知らなかった? 皆に教えてもらって、僕もいっぱいお勉強しているんだからね」
自慢気な言い方がおかしくて、こっそり涙を拭いて、もう一度抱きついた。
「精霊達の扱い方。この国での精霊竜の役割。そして……我らの精霊王より授かりし聖なる務め」
「え? 何の事?」
耳元でごく小さな声で言われた思いがけない程の真剣な言葉に、ニーカは驚いて顔を上げた。
「ニーカ。僕は、この国に来て本当に良かったと思ってるよ。あの国は、真の務めを放棄して己の欲望に走ってしまった。そのしわ寄せは、全て精霊竜達が背負っている。だけどそれももう限界に近い。あのままではいずれ……」
「スマイリー?」
急に、自分に分からない事を言うスマイリーに不安になった。思わず、力を込めて抱きしめるとゆっくりと喉を鳴らしてくれた。
「大好きだよ、ニーカ。まだまだ未熟な僕だけど……今度は必ず、僕が貴女を守るからね」
そっと頬擦りして、ひときわ大きく喉を鳴らした。
「大好きよ、スマイリー。私の方こそ……そうよね、一緒に成長しようね」
笑ってそう言うと、改めてキスをして手を離した。
「おお、迎えが来てくれたようだ。それでは行くとしよう」
背後から聞こえたガンディの声に、ニーカは不思議に思って振り返った。ここまでは、神殿の人は迎えには来られないだろうに、誰が迎えに来てくれたんだろう?
竜舎の入り口で笑って手を振る白い服を着た彼らに気付き、ニーカは歓声を上げた。
「ロベリオ様! ユージン様! タドラ様!」
自分達を見て笑顔になる彼女に、三人は揃ってもう一度手を振った。
「お迎えに来たよ。竜騎士隊の本部にある休憩室にお茶の用意をしているから、皆一緒においで」
「迎えに来てくれてありがとう。ニーカとディーディーを一緒に休憩室へ連れて行って良いか分からなかったから、こっそりグラントリーに聞こうかと思ってたんだよ」
レイの言葉に、三人は思わず目を輝かせた。
「ほお、聞いたか? レイルズは、いつの間にか彼女の事をちゃっかり愛称で呼んでいるぞ」
「これは報告に無かったね。いつからなのか、その辺りも後で詳しく聞かないとね」
「そうだよね。それにずいぶんと……良さそうな雰囲気じゃない?」
笑い過ぎて目が横向きの三日月みたいになっている三人は、揃ってレイルズを見つめた。
「え? どうしたの皆?」
全く分かっていないレイの言葉に三人は堪える間も無く吹き出して、揃って彼を捕まえて頭を揉みくちゃにした。
この時、クラウディアはクロサイトの隣にいたのだが、やって来た竜騎士隊の方々と、ニーカやレイルズが平然と話をしているのを見て、自分がここにいるのは余りにも場違いである事に唐突に気付いた。
先程とは全く違う不安と戸惑いに、クラウディアは胸元で右手を握りしめた。
そっと後ろに下がった彼女に気付かず、レイルズが振り返ってこっちを見る。
「ディーディー、竜騎士隊の仲間を紹介するよ……えっと、どうしてそんなに離れてるの?」
さっきまですぐ近くにいたのに、振り返った時、彼女は3メルト以上離れていたのだ。
「あの、私は白の塔に戻ります。ニーカ、貴女は好きなだけゆっくりして来て」
深々と頭を下げる彼女を見て、レイは慌てて駆け寄った。
「どうして? やっぱりまだ具合が悪いの?」
側へ来て心配そうに自分を覗き込む彼が、竜騎士見習いである事実を、クラウディアは改めて思い知らされていた。
彼は、自分とは住む世界が違う。
竜騎士様に無邪気に憧れていられたのは、それは自分には手が届かないお方だとはっきりと分かっていたからだ。
こんな風に優しくされてしまったら、自分に都合が良いように誤解してしまいそうになる。
後ろに下がって小さく首を振る彼女に、レイは本気で困ってしまった。
「どうしたのディーディー。何か嫌な事したのなら謝るから、戻るなんて言わないでよ」
「違います。あの……そうではなくて……」
顔を見合わせて困っている二人を、外野は、揃って呆れたように眺めていた。
「うん、これは重症だな」
「どこから助け舟を出すべきだと思う?」
「個人的には、面白いから黙って見ていたいんだけどなあ」
薄情なロベリオの言葉に、ニーカが思い切り肘で突いた。
「意地悪! もう良いです。それなら私が行くわ」
脇腹を押さえて態とらしく悶絶する彼を見てそう言うと、二人の元へ駆け寄った。
「ディア、ちょっとこっちに来てくれる」
レイルズの隣を通る時、彼の脇腹もこっそり肘で一発突いてから、彼女の元へ駆け寄った。
「スマイリー、ちょっと助けてくれる」
平然とそう言うと、彼女を引っ張るようにしてスマイリーの足のすぐ横まで来た。
驚く彼女に構わず大きな足に座る。恐る恐る彼女も促されるままに座ると、スマイリーは翼を広げて彼女達を隠してしまった。
綺麗に揃えて並んだ靴の先が、翼の下からわずかに覗いているだけになる。
それを見た一同は、小さく笑うとそっと後ろに下がった。少女達の内緒話を聞かないようにする為だ。
「レイルズ。何してるんだよ。お前もこっちへ来い!」
ロベリオに襟首を掴まれて有無を言わさず後ろに下がる。レイは彼女達の行動の意味が全く分かっていない。
それを見た三人とガンディはにんまりと笑い、また彼らの目が揃って横向きの三日月になった。
「怖いよ、皆して。さっきから一体何なの?」
思わず叫ぶレイルズの首を抱えるようにして捕まえると、ロベリオは顔を寄せて真剣な顔で言った。
「お前に本気で聞きたい。彼女の事、好きか?」
その言葉を聞いた瞬間、レイは首まで真っ赤になった。
「な、な、なんのことだかわかりま……」
「それは良いから。はい、いいえ、どちらかで答えろ。でもも、だっても無しだぞ」
気がつくと、ロベリオだけでなくユージンとタドラ、ガンディまでもが真剣な顔で自分を見つめている。
「……そんなの、はい、に、決まってる……」
いっそ開き直って答えたレイルズに、ロベリオは破顔した。
「よし、よく言った。それなら俺達も協力してやるよ」
力一杯背中を叩かれて、レイは思わず仰け反って悲鳴を上げた。
「ねえ、まさか本気で帰るつもりじゃ無いよね?」
スマイリーの翼の中で、顔を寄せるようにして二人は話をしていた。
「だって、どう考えてもこの場では私だけが場違いよ」
「どうしてそんな風に考えるの? レイルズの事、好きなんでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、彼女は首まで真っ赤になった。
「愛称で呼び合ってるから、私はてっきり上手くいったんだとばかり思っていたのに。違うの?」
もはや、どちらが年上か分からない会話だが、これは二人の間ではいつもの事だ。
「レイルズが、ニーカが私を愛称で呼んでるね、って言ってくれて……それで……」
「言ってたみたいに、ディーディーって呼んでもらえたのね?」
無言で真っ赤になったまま頷く彼女を見て、ニーカは小さくため息を吐いた。
「だったら、どうして帰るなんて言うのよ」
「だって……私、自信が無いわ。私は身寄りも無い孤児で、全部神殿にお世話になってる。精霊魔法だって、まだまだ勉強中よ。唯一自慢出来る光の精霊魔法だって、それ程得意って訳じゃ無いし……」
「でも好きなんでしょう?」
ニーカの真剣で真っ直ぐな質問に、無言で真っ赤になったままもう一度頷く彼女の背中を、ニーカは笑って叩いた。
「ねえ、私は貴女の事を大切な友達だって思ってるわ。だから力になりたい。ほら、考えてみてよ。私がいる事で、貴女はここにいる大義名分があるわ。私の付き添いっていうね」
片目を閉じて、自慢気にそう言う彼女を見て、クラウディアは小さく吹き出した。
「ありがとう。大好きよニーカ。良いのかな、私……ここにいて」
「もちろんよ。一緒に行こう。竜騎士隊の人達は皆、とっても優しいから」
手を取って笑う彼女を見て、クラウディアも笑った。
「好きで良いのかな……私なんかが……」
「それは自信を持って! 絶対! 想えば想わるるって言うでしょう!」
レイルズが貴女をあんなにも好きな事に、どうして気が付かないの! 鈍いにも程があるわよ!
ニーカは咄嗟に叫びそうになるのを、必死で我慢して歯を食いしばり。妙な声が口から漏れた。
「え? どうしたのニーカ、大丈夫? お腹、痛いんじゃ無い?」
見当違いな事を言う彼女を呆れたように見て、ニーカはもう、これ以上ないくらいに大きなため息を吐いたのだった。
そんな彼女達をスマイリーの翼の根元辺りに集まったシルフ達が、楽しそうに笑いながら、すっかり野次馬気分で目を輝かせて見つめていたのだった。
精霊達は、実は恋のお話が大好きなのである。
しかし、この二人の恋の成就にはまだまだ時間が掛かりそうで、黙って見ていたブルーのシルフも、ニーカと一緒に大きなため息を吐いたのだった。
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