幻獣の事と指輪選び
「愛玩竜、そんな竜がいるなんて初めて知りました」
まだクラウディアに甘えている竜を見ながら、ニーカがガンディを振り返った。
「まあ、精霊竜や騎竜達と区別する為に愛玩竜と呼んでいるが、少なくとも、愛玩竜なんて種類の竜はおらぬ。あれは幻獣の一種じゃよ」
愛しそうに彼女と竜を見つめるガンディは、そう言って笑った。
「幻獣って……タキス達から幻獣と人は関わっちゃいけないって聞きました」
驚いたように叫ぶレイルズを見て、ガンディは頷いた。
「そうじゃ。普通なら絶対に関わってはならぬ。しかし、この子はまあ……例外じゃな」
そう言うと、甘えるようにこっちを見てまた鳴いているピックの頭を、そっと手を伸ばして撫でてやる。クラウディアの腕に抱かれたまま、ガンディに撫でられたピックは、嬉しそうに目を細めて喉を鳴らした。
「ピックはもう百年近く前、竜の背山脈に近い深い森の奥から、密猟者によって人の世界に連れて来られた子でな。まだ当時、自分で獲物を狩る事も出来ぬ程に幼い子供だった。軍部と国境守備隊の活躍のおかげで、当時問題になっておった密猟者達を一網打尽に出来たのだが、その際に密猟者達が所有していた倉庫から発見されたんじゃ」
「密猟者……」
「奴らが、どう言った経緯でピックを捕まえたのかは、とうとう聞き出せなんだ。しかも発見当時、全く人の手から食べ物を受け付けなかったこいつは、衰弱して死ぬ寸前だった。子竜を託されたロディナの者達も、当然幻獣の扱いなど知る由もない。何をどうしたら良いのかさっぱり分からず、儂に泣きついて来たのじゃよ。そして、儂が助けて以来こいつはこの塔を終の住処に決めた様でな。おかげで儂は退屈する暇が無いぞ」
こっちを向いて自慢げに笑うガンディに、三人は驚きのあまり声もなかった。
「えっと、ガンディは幻獣の扱いを知っていたんですか?」
レイの質問に、ガンディは壁一面を埋め尽くす蔵書を見た。
「儂は、元々幻獣の事が大好きで、古い書物や文献。地方の言い伝えまで調べてまとめる研究を趣味でしておった。その理由というのが……儂が、それこそニーカよりも幼かった頃の話になるな。竜の背山脈の中にある、竜人の郷で生まれ育った儂は、幼い頃に、一度だけ間近で幻獣を見た事があるんじゃ。一角獣という四つ足の馬の様な幻獣で、額に細く長い一本の角を持っておる。その体も角も純白でな。それはそれは美しいんじゃよ。泉のほとりで水を飲んでおるその姿を見た時、儂はあまりの美しさに声も出せずにその姿に見惚れた。本来ならば、一角獣は獰猛で危険な幻獣なのだが、何故かその時のそいつは、ごく近くにいる儂に気付いてもそ知らぬ顔で水を飲んでおった」
話を聞いて目を輝かせる三人に、ガンディは笑顔で頷いて話を続けた。
「あの一角獣にもう一度会いたい。他にどんな幻獣がいるのか知りたい。強い想いに駆られて、それからは書物だけでは飽き足らず、折をみてはあちこち足を伸ばして調べて回った。幻獣を見た者がいると聞けば、話を聞きたい一心でそれこそオルベラートまで行った事もあるぞ」
「凄いね、まさしく好きだから出来る事だね」
レイの言葉に、ガンディも頷いた。
「そうしてるうちに、まあ色々あって白の塔の長の地位を押し付けられてな。おかげで気軽に出歩く事は出来なくなってしもうた。それならばもうこの際だからと開き直って、金にモノを言わせて古い文献や書物を買い漁ったわい。そっちの本棚にあるのは、全て幻獣関係の書物や文献じゃよ」
「凄い……」
レイルズの言葉に、揃って本棚を見上げた二人も無言で何度も頷いていた。
「とにかく、こいつが食べられるものを見つけるまでが一番大変じゃった。
満面の笑みでそう言われて、三人は揃って首を傾げた。
「お花?」
ニーカが手を打ってそう言った。
「残念、やってみたが見向きもされんかった」
「じゃあ果物とか?」
クラウディアの言葉にも、ガンディは首を振る。
「えっと……」
二人に、次は貴方の番だとばかりに見つめられてレイは焦った。
「えっと……ミスリル……とか?」
「レイルズ、幾ら何でもそれは食べ物じゃ無いと思うけどね」
ニーカに呆れた様に言われて、レイも笑った。
「あはは、そうだよね、さすがに鉱石は食べないよね」
顔を見合わせて笑っている三人を見て、しかしガンディは笑わなかった。
「惜しい。しかし、答えとしてはレイルズが一番近いぞ」
驚きに目を見張る三人を見て、ガンディは壁際の戸棚から何かを取り出して見せてくれた。
「これは
ガンディが手にしているのは、名前の通り、透明な石の中から数え切れないくらいの細くて鋭い銀色の針が四方に飛び出している、棘だらけの、見ているだけで痛くなりそうな鉱石だった。
「うわあ、冗談でしょう。そんな棘だらけの石をどうやって食べるの?」
悲鳴の様なニーカの言葉に、二人も揃って頷く。
「これは鋭い針の様に見えるが、とても繊細で脆い、柔らかい鉱石でな」
やや深めのスープ皿の様な形のお皿の中にその鉱石を置いたガンディは、大きめの銀色のフォークと木槌を取り出した。
フォークを使って飛び出した針を簡単に折ると、真ん中の石の部分にフォークを突き立てる様にして木槌で軽く叩いた。
弾ける様な甲高い綺麗な音がして、真ん中の透明な石があっという間に砕けて粉々になった。
「ピキー! ピルルルルリュ!」
それを見たクラウディアの腕の中にいたピックが嬉しそうに鳴くと、体をくねらせてクラウディアの腕から飛び降り、一目散にガンディの元へ駆け寄った。
「ほれ、食べなさい」
ガンディは自分の足元にじゃれつくピックを見て笑うと、砕けた石と折った針の山の入ったそのお皿を床に置いた。
「ウキュウ!」
妙な声で鳴くと、お皿に顔を突っ込む様にして、石を次々と口に入れて飲み込み始めたのだ。
「うわあ、本当に食べてる」
「ええ? 石なんて食べて大丈夫なの?」
レイとニーカが、驚きのあまりそう叫ぶ。
「あの針、お腹の中で突き刺さったりしないのかしら?」
クラウディアは、妙な事を心配しているが、三人共驚きのあまり、目は嬉々として石の針を食べるピックに釘付けだった。
「これが食べられると分かったのは、儂が個人的に商人から手に入れた希少鉱石の見本の箱から、このシリル銀針をうっかり床に落とした時でな。当然床に落ちたシリル銀針は砕け散ってしまった。当時、部屋の隅で寝床を作って弱っていたこいつを寝かせていたのだが、シリル銀針が落ちるのを見た途端に物凄い声で鳴き始めてな。何事かと驚いて側へ行ったら、儂の服についていたこの針の破片を嬉しそうに舐めて食べてしまったんじゃ。どうせ、砕けてしまっては標本としては使えぬからな。精製して薬にするつもりで集めていたそれを見せると、あっと言う間に全部食べられてしまった。いやあ、驚いたなんてもんじゃなかったぞ。まさか、石を食う竜がいたとはな」
あっと言う間に空になってしまったお皿を手に取り、ガンディは笑った。
「色々出してみたが、結局食べたのはこれだけだった。しかも、これと水があればどうやら大丈夫だった様でな。月に一度程度、これを食べさせてやれば良い事も分かった。以来、国中のドワーフギルドに頼んで儂の私財でシリル銀針を集めておるぞ。まあ、自分で言うのもなんじゃが普通は飼えぬな。とんでも無く金のかかる子じゃ」
「うわあ、希少鉱石が食べ物って、お前、どれだけ偏食なんだよ!」
レイルズの叫び声に、その場にいた全員が同時に吹き出したのだった。
「ピピー!ピルルポピキュー!」
何やら怒った様な様子で鳴いて、レイの足元に来たピックは、彼の足に頭突きを始めた。
「痛いってピック。何を怒ってるんだよ」
逃げるレイルズをピックが追いかけ、笑った彼とピックでソファーを挟んで追いかけっこが始まった。
「ああ、言い忘れておった。ピックは精霊竜の様に話す事は出来んが、我々の言っている言葉はほぼ正確に理解しておるぞ。迂闊な事を言うと、怒るからな」
「それを早く言ってくださいよ! ごめんって、ピック」
ソファーの上に飛び乗ったレイに、ピックがもう一度頭突きをして足を踏み鳴らした。
「もう許してあげて、ピック」
笑ったクラウディアが、後ろからピックを抱き上げる。
「ウキュー! クピピピクルッポー!」
抱き上げられたピックは、もうすっかり機嫌を直してクラウディアの腕を甘噛みして顔に頬擦りをした。
「良い子ね。レイルズを許してくれてありがとう」
抱きしめられて喜ぶピックと、満面の笑みのクラウディアを見て、レイはもう笑うしかなかった。
いつのまにかレイの肩に現れて座ったブルーの大きなシルフが、笑ってレイの頬に何度もキスを贈った。
満足したピックを部屋に残して、四人は揃って、白の塔の入院棟に用意されたニーカの入院する部屋に向かった。
思った以上の豪華な部屋に、ニーカとクラウディアは驚いて声も無く天井を見上げていた。
「クラウディア、其方は隣の付き添い用の部屋を使うと良い。奥にベッドがあるから使いなさい」
ガンディがそう言って開いた扉の奥には、少し小さいが付き添い用の部屋があった。奥に綺麗に整えられたベッドも見える。
「それではゆっくり休むと良い。もしも夜中に痛みが出る様なら、いつでもそこのベルを鳴らして人を呼ぶのじゃぞ」
持って来ていた包みは、部屋に届けられていたので二人はそれぞれ自分の荷物を手に取ると、揃って頷いた。
「それじゃあ、おやすみ。ニーカ、痛かったら我慢しないでお薬をもらってね」
レイの言葉に、ニーカは真剣な顔で頷いた。
「はい、我慢しないでちゃんと言います」
「それじゃあクラウディアも、ニーカの事よろしくね」
「はい、それではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
手を振って部屋を出て行くガンディとレイルズを見送り、二人は顔を見合わせて笑い合った。
「可愛かったね、ピック」
「うん、まさか竜を飼ってるとは思わなかったね」
「ニーカは、あんまり触れなかったね」
「まさか、スマイリーにヤキモチ焼かれるとは思わなかったわ。でも、嬉しかった」
包みを抱きしめてはにかむ様に笑うと、ニーカはベッドに座った。そして、ふと思いついて二人が出て行った扉を見た。
「でもそう言えば、レイルズはどこで寝るのかしら?」
「そう言えばそうね。今から竜騎士隊のお家に帰るのかしら?」
顔を見合わせて首を傾げる二人の事を、楽しそうに窓辺に座ったシルフ達が眺めていた。
「ほれ、其方はこっちじゃ」
ガンディに言われてもう一度彼の家である塔へ戻った。
嬉しそうなピックがレイに突進して来て、またブルーのシルフ達に捕まって放り投げられていた。
「ほれ、ピック。儂はレイルズとちょっと仕事がある。向こうで寝ていなさい」
抱きしめて背中を叩いて床に下ろしてやると、ピックは大人しく部屋の奥へ向かって行った。
ピックが通ると床に積み上げられた本の山が、次から次へと倒れそうになる。その度に大勢のシルフ達が現れては本の山を守っているのを、レイは感心したように見つめていた。
言われるままに奥のソファーに座って待っていると、ガンディが隣の部屋から平たい大きな箱を持って出て来て、隣に座ってその箱を机に置いた。
「ニーカとクラウディアに貸してやろうと思うてな。其方はどれが良いと思う?」
蓋を開けた箱を覗き込んで、レイは思わず息を飲んだ。
そこには親指の爪ほどの大きさの石の付いた指輪が並んでいたのだ。
石の色は様々で、無色透明なものから、レイがしているラピスラズリのような不透明なものまで、幾つもの指輪が整然と並べられていた。土台はどれも銀色で緻密な細工が見て取れる。
「ここにあるのは、それほど貴重な石は無いぞ。まあ、初心者が持つには丁度良いものばかりじゃ」
「どれも綺麗だね。でも、これなら彼女達に直接見せて好きなのを選ばせてあげれば?」
当然の意見だったが、ガンディは首を振った。
「精霊の入る石というのは、自分で選ぶよりも、誰かに選んでもらう方が親和性が高くなるんじゃ」
「親和性?」
知らない言葉に反応して質問すると、笑って教えてくれた。
「つまり、精霊達が入りやすくなるかどうかという事じゃよ。親和性が高い程精霊達は住み心地が良くなる。身近な者から選んでもらうと、その者の心も一緒に届く。どうじゃ? 其方なら彼女にどれを贈る?」
そう言われて、思わず真っ赤になった。
しかし、ガンディは素知らぬ顔でレイの左手を見た。
「其方の石も、母上からと家族であるギードからの贈り物であろう?」
思わず、レイも自分の左手のラピスラズリの指輪を見る。
「見事なラピスラズリじゃな。それほどの良き石、儂も久方振りに見たな」
指輪を突かれて、レイは笑った。
「これは、ギードが冒険者時代に身につけていた腕輪の石を加工して作り直してくれたんだって聞いたよ。長い間、ギードの腕で共に旅をしてくれた良き石なんだって」
それを聞いたガンディは納得したように大きく頷いた。
「成る程。既に旅を経験しておる古き良き石なんじゃな。それは素晴らしい。大事になされよ」
笑って机の上に視線を戻した。
「ここにあるのは、まだ削り出されたきり未だ無垢のままの指輪達じゃ。ふむ、クラウディアに贈るなら、其方ならどれを選ぶ?」
もう一度真剣な顔でそう言われて、レイも思わず真剣に箱の中の指輪を見た。
「あ、これ……」
何度か指輪を見て回っていると、何故か不意に一つの指輪が目についた。
それは薄紅色の透明な石で、楕円形に磨かれたとても綺麗な指輪だった。
楕円形の優しい丸みを帯びたその石の周りには、レイの指輪のように細かな透明の石が並んでいて、土台部分も細やかな茨の細工が施されている。
「ほう、それを選んだか。其方は中々に目利きじゃな」
嬉しそうな声でガンディがそう言うと、満足そうに頷いてその指輪を手に取った。
いつのまにか、小さな箱が二つ指輪の箱の横に置かれていて、ガンディは手に取った指輪をしげしげと眺めて頷くと、指輪をその箱に入れた。
「ニーカはどれが良いかのう」
二人はしばらく無言でまた箱の中を見つめる。
しかし、今度はレイもどれが良いか思い付かなかった。
「よし、これにしよう」
しばらくの沈黙の後、ガンディが嬉しそうにそう言って一つ取り上げて手に取った。
それは、半透明の綺麗なやや色の薄い赤い石だった。時折、白っぽい縞模様が透けて見える。
「綺麗な石だね」
「これはロードクロサイト、つまりあの子の竜の守護石じゃ。まあこの石は透明度によって値打ちが変わる。これはそれほどの値打ちものでは無いが、精霊の住処としては中々の良き石だな」
自慢気にそう言うと、顔を寄せて状態を確認した。もう一つの箱にその指輪を入れて蓋を閉じると、満足気に頷いた。
「偶然じゃが、二人揃って薄紅色の石になったな。其方が選んだのは、モルガナイトと言う名の石じゃ。まあ……うら若き女性に贈るにはぴったりの石じゃな」
何やら言いたげなガンディの視線に気付かず、レイは箱に入った自分の選んだ指輪をいつまでも飽きもせずに眺めていた。
そんな彼を箱の上に並んだシルフ達が、愛おしくて堪らないと言わんばかりにずっと見つめていたのだった。
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