ガンディの家と癒しの愛玩竜

「散らかっているが、気にせんでくれ。好きな所に座って良いぞ」

 笑みを含んだ声でガンディにそう言われても、三人は連れて来られた部屋に入った所で、揃って困惑して立ち尽くしていた。

「……ええと、これ、どこに座ったら良いんだろうね」

 困ったようなレイの言葉に、二人も同意するように無言で頷くしかなかった。




 白の塔の敷地に到着した四人は、ラプトルを預けてガンディの案内で大きな建物の中へ入り、レイルズとクラウディアは案内された部屋でひとまず待っている様に言われた。

 その間にガンディがニーカと一緒に診察室へ行き、シルフとウィンディーネ達を使ってニーカのお腹の内出血の具合を確認した。

 もう腹部の内出血は止まっていた様で、痛み止めをもらって飲んだニーカを、レイルズ達と一緒に座らせておいて、またガンディは部屋を出て行ってしまった。



「大丈夫? お腹痛いの?」

 俯いて、お腹を抱えるように丸くなって座る無言のままのニーカを心配した二人は、交互に彼女の背中を一生懸命撫でて話しかけた。

「心配かけてごめんね。大丈夫。痛み止めが効くまでの間、ちょっとこうしてるわ……」

 それだけ言って目を閉じてしまった彼女を、クラウディアに言われて、レイはそっと抱き上げて壁際に置かれたソファーに横にさせてやった。

 しかし、抱き上げた時の余りのニーカの軽さに、また彼女を殴った男への怒りを思い出してしまい、思わず無言で拳を握り締めたレイだった。



 しばらくすると、目を開けたニーカは、照れたように笑って起き上がった。

「ごめんね、もう大丈夫。痛く無くなってきたわ」

「それはお薬が効いて来たからであって、治ったわけじゃ無いよ。構わないから横になってて」

 レイにそう言われても、ニーカは笑って首を振ると立ち上がった。

 しかし、ランプに照らされたその顔色は悪いし、いつもの彼女と比べたら無理をしているのは明らかだった。



 その時、ガンディが開いたままの扉から壁をノックをして入って来た。

「ニーカ、痛みはどうじゃ?」

「はい、もらった痛み止めが効いて来たみたいです」

 笑顔のニーカにガンディも笑って頷くと、二人に目配せをしてニーカをそっと抱き上げた。

「隣の部屋に夕食を用意させた故、まずは食事にしよう。ニーカ、其方はミルク粥だぞ」

「大丈夫なのに……」

 自分だけ別の料理だと言われて口を尖らせていたが、出された甘いミルク粥は口にあったようで、ゆっくりと嬉しそうに口に運んでいた。

 食事の後、初めて見る黄色い色の甘い果物を食べた。この辺りでは珍しい南の島国の果物なのだそうだ。嬉しそうに食べる三人を見て、ガンディは自分の分を三人の皿に分けて入れてくれた。



「今夜は、二人も部屋を用意しておる故ここに泊まりなさい。竜騎士隊の本部には連絡してある。しかし、その前に面白い所へ連れて行ってやろう。一緒においで。ああ、食器はそのままで良いぞ。係りの者が片付けてくれるからな」

 そう言ってまたニーカを抱き上げると、振り返ってそう言った。

 顔を見合わせたレイルズとクラウディアも、空になったお皿を重ねて置くと、慌てて立ち上がってガンディの後について行った。



 ニーカを抱えたガンディは、二人を伴って一旦外に出て、白の塔の敷地内にある別の建物へ向かった。

 其処は、独立した三階建ての石造りの大きな建物で、建物の右側の部分は、かなりの高さの丸い塔がそびえ立っていた。

 ガンディその右側の扉を開けて中に入って行った。

 入った目の前にあった螺旋階段を登りかなり登ったところで急に広い部屋に出た。螺旋階段はまだ上に続いているが、目的地はここだったようでガンディは部屋に足を踏み入れた。

「ほれ、ここが儂の住む家じゃ。まあ遠慮せずに入ると良い」



 其処は……はっきり言って異世界だった。



 塔の上の階がそのまま部屋になっているのだろう。吹き抜けになった広い部屋の天井は高い。

 彼らが部屋に来た瞬間、本棚のあちこちに吊り下げられたランタンに一気に明かりが灯り、薄暗かった部屋の中が明るくなった。

 壁に窓は無く、丸みのある壁一面のはるか上にまで作りつけられた本棚には、ぎっしりと分厚い本が隙間無く並んでいる。そのまま城の図書館のようだ。

 それどころか、床の至る所にもうず高く積み上げられた本の山が出来ていて、うっかり触って崩したら、全部が雪崩れて大変な大惨事になるのは簡単に予想が付いた。

 わずかに見える、恐らく足場であろう本の隙間の床には埃の一つも無く綺麗だが、はっきり言って全体に散らかり放題で足の踏み場が無い。当然、机の上にも本や書類が所狭しと積み上がっていて大変な事になっている。



「……お掃除は出来てるみたいだけど……これ、人が住む場所じゃ無いよね……」

 散らかっている割には案外埃っぽくは無い部屋だが、はっきり言って本と書類しか視界に入らない。

 半ば呆然と呟いたレイの言葉に、クラウディアも何度も頷いた。

「お片付けをして差し上げたいんですけれど……何をどうしたら良いのか、私には全くわかりませんね……」

 彼女も呆然としながらそう呟いたが、その声を聞いて、目の前にシルフが現れた。


『駄目よここは彼の場所』

『全部何処に何があるか彼には分かってるもの』

『勝手に置き換えては駄目よ』


「あ、そうなんですね……分かりました。では我慢します」

 目線は積み上がった本の山に向けられたまま、半ば呆然とシルフに答えるクラウディアを見て、レイは堪えきれずに吹き出した。

「確かに……そういう事なら片付けたいのを我慢だね。これは」



 改めて見回してみると、奥には幾らか空間があり大きなソファーが置かれているようなので、三人は壁に沿って何とか進み、ようやく到着したソファーにとにかく並んで座った。

 何故か、レイルズを間に挟んで二人が両側に座る。


 ソファーの前に置かれた低い机にも本や書類が置かれているが、入り口付近の散らかり具合に比べればまだかなりマシだと思えた。

 何しろ、一部とは言え机の面が見える。



「ちょっと、そこで待っておってくれるか」

 そう言って、ガンディが同じく散らかり放題の隣の部屋に行ってしまったのを見て、三人は堪えきれずにほぼ同時に吹き出した。

「これが、面白い所?」

 ニーカが笑いながらそう言い、二人も何度も頷いてまた笑った。

「た、確かに面白いかもね……」

 笑いすぎて涙をこらえてクラウディアが言い、レイも必死で笑いを堪えながら頷いた。

「それは言えてるかも。ここまで散らかすのも才能だよね」



 ひとしきり笑った後、顔を見合わせてまだ笑いながら小さくため息を吐いた時、突然何もしていないのに机の奥の本の山が崩れた。

「シルフ! 守って!」

 思わず立ち上がったレイが叫んだが、ほぼそれと同時に現れた大勢のシルフが当たり前のように本の山を守った。


『大丈夫ここは我らが守ってるよ』


 目の前に現れて胸を張るシルフを見て、三人はまた笑った。

「でも、何もしていないのに、何故本の山が突然動いたのかしら?」

 不安気なクラウディアの言葉に、レイも笑うのをやめた。ニーカも無言になる。



 三人は不安げな顔で、散らかり放題の部屋を見回した。



 埃は無かったが、これだけ散らかっていれば、何処かにネズミや虫がいる可能性に思い当たったのだ。

 レイが口を開こうとしたまさにその時、突然目の前の机の下で何かが動いた。



「きゃっ!」

「な、何?」

 女性二人に両側から抱きつかれ、更には二人に両手を握られてしまい、レイは違う意味で悲鳴を上げそうになった。

「ちょ、ちょっと二人共離してよ。動けないって!」

 万一ネズミか何か出るようなら、相手をするのは自分の役目だろう。

 若干名残惜しい気もしたが、二人の手を離して縋り付く腕も剥がして立ち上がると、机の下をそっと覗き込んだ。



 薄暗い机の下から、自分を見つめる大きなまん丸な瞳と目が合ってしまい、思わずレイの口から悲鳴を押し殺した妙な息が漏れた。

 何か分からないけど、明らかに何か変な生き物が机の下に潜んでいる。

 あの目の大きさからしたら、猫よりもはるかに大きいだろう。



「机の下に何かいる。ゆっくり足を上げてソファーの上に上がるんだ」

 小さな声でそう言うと二人は頷き、声を殺して言われた通りにゆっくりと足を上げてソファーの背に座った。

 二人の安全を確認したレイは、腰のナイフに手を掛けながら、ゆっくりともう一度机の下を覗き込んだ。しかし、もうあの目は見えなかった。

 唾を飲み込んで、息を殺して机に左手を掛けてゆっくりと押す。動かないそれに小さく舌打ちをして、レイはナイフから手を離して両手で机を後ろに押して空間を確保すると、改めてもう一度机の下を覗き込んだ。


 その時、机の下から突然現れたそれは、レイに向かって勢い良く飛び掛かって来た。

「うわっ!」

 咄嗟に腕で顔を守ったが、そのまま後ろに押し倒されてしまう。

 丁度空いたソファーに倒れ込んだ勢いのままに、座面に手をついて必死で起き上がってとにかく時間を稼ぐ為にそいつを殴って引き離そうとした。

 しかし次の瞬間、そいつはレイに伸し掛かったまま嬉しそうに、妙に甲高い可愛い声で鳴いたのだ。



「ピイ! ピルルルルリリルラピイ!」



「はあ?」

 我ながら情けない声が出た。

 そして、自分の上で嬉しそうにさえずる、その生き物を見た。

「え? もしかして……りゅ……竜なの?」

 その生き物は、小さいが、どこから見ても丸々と太った竜そのものだったのだ。






「ええ? ちょっと待って! 子竜なのかい? 君?」

 腹筋だけで起き上がって、必死になって自分に甘えるその竜を抱き起こしてやる。

「か……可愛い……」

「可愛い! 可愛い! 可愛い!」

 レイの後ろでは、抱き合った二人が、竜を見てひたすらに同じ言葉を言い続けていた。



「ピピイ! ピルルルルピプポー!」

 妙に間抜けな声で鳴きながら、物凄い勢いで甘える竜の腕からなんとか自力で抜け出したレイは、すっかり乱れた服を叩いて引っ張って戻した。それを見て小さく吹き出したクラウディアが、笑って手伝ってくれた。

 レイに逃げられてしまった竜は、次の相手をニーカに定めたようで、今度は彼女の側へ駆けて行くと、また囀りながら頭を彼女に擦り付けて甘え始めた。

「何この子。可愛い!」

 笑顔になったニーカが、そう叫んでその竜を抱きしめた時、彼女の目の前に突然シルフが現れた。



『ニーカ! 駄目! 浮気しないで!』



 それを聞いたレイとクラウディアは同時に吹き出した。

『そうだぞ。我に隠れて浮気とは感心せんぞ。レイよ』

 レイの肩に現れたシルフがブルーの声でそう言った。若干、声が怒っているようにも聞こえる。

「ええ! それは言い掛かりだよブルー。突然飛び掛かられて押し倒されたんだよ、僕」

 思わずそう言うと、肩に座ったシルフは小さく笑って頬にキスしてくれた。

『冗談だ。しかし、我の目の届かぬところで他の竜と仲良くするとは、あまり良い気分では無いぞ』

「あはは、気をつけるよ。えっと、この子って、やっぱり竜……だよね? どうして、竜舎や竜の保養所じゃ無くて、こんな所にいるの? もしかして病気でガンディが面倒見てるとか?」

「その子は儂の竜じゃよ」

 トレーを持ったガンディが、戻って来てそう言って三人を見て笑っている。



 机の上に置かれたトレーには、カナエ草のお茶のセットが置かれていた。

 手早く全員分のお茶を入れると、ガンディはソファーの隣にあった大きな一人用の椅子に座った。

「ええ! ガンディも竜の主だったの?」

 目を輝かせる三人に、ガンディは笑って首を振った。

「竜の主になるのは人間のみだ。その子は儂の相棒で、精霊竜では無く、愛玩竜のピックじゃ。どうじゃ、可愛かろう?」

「愛玩竜? へえ、そんな竜がいるんだ」

 感心したように、ニーカに甘えるその竜を見る。

 視線を感じたのか、ピックと呼ばれた丸い竜は振り返ってレイを見た。

「ピルルルルー!」

 嬉しそうに鳴くと、また彼に向かって突進して来る。

『だから嫌だと言っておろうが!』

 いきなり現れた大きなシルフが二人、ブルーの声でそう叫んでピックを掴んで軽々と釣り上げると、ガンディの腕の中に放り投げた。

「おいおい、儂の可愛いピックに手荒な真似をするで無いぞ、ラピスよ。なあピックよ、怖かったな」

 慌てて受け止めたガンディがそう言って笑い、頬擦りしてピックを抱きしめた。

「ピキー!ピチュルルピポプー!」

 何だかよく分からないが、ピックが喜んでいるのであろう事だけはレイ達にも分かった。



「か、可愛い……」

 クラウディアは我慢しきれないように立ち上がると、ガンディの側へ行き、ピックの頭をそっと撫でた。

「ピポプー!ピルルルルクルッポー!」

 首を伸ばしてクラウディアの腕を甘噛みすると、ガンディの腕から飛び出して今度は彼女に飛びついた。

「可愛いー!」

 飛び込んできたピックを受け止め、満面の笑みでそう叫んだクラウディアは、力一杯そのまん丸な竜を抱きしめた。



「あ、良いなあ……」

「そっか、彼女は抱っこしても誰からも怒られないね」

 自分たちの竜にヤキモチを妬かれてしまい、ピックに触れない竜の主二人は、クラウディアにじゃれつくまん丸な竜を見て、二人揃って羨ましそうに顔を見合わせて、ため息を吐いたのだった。

 そんな二人の肩や頭には、何人ものシルフが現れて面白そうに笑っていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る