竜騎士隊の若者達の想いと早朝の大騒ぎ

「ええ! レイルズの奴、お泊まりだって!?」

「いきなり早すぎだろう! まだそっち方面は教育してないぞ!」

「うわあ、案外やるね」

 その夜、遅くに竜騎士隊の本部に戻った若竜三人組は、休憩室に出て来ないレイルズを心配して部屋へ様子を見に来て、ラスティから彼は今夜は外泊ですと言われて揃って驚いてそう叫んだのだ。



「いやあの……皆様、幾ら何でも飛躍しすぎです!」

 焦るラスティは、今日はガンディと一緒に街へ出た事。そして、ガンディのシルフから聞いた、女神オフィーリアの神殿での事件のあらましを語った。

「何だよそれ! 何処のどいつだ!」

「今からでも行って、其奴をぶちのめしてやる!」

「それじゃあ生ぬるい! か弱い女性や子供に暴力振るうような奴は極刑で良い!」

 怒りを露わにする三人をなんとか宥め、レイルズは、ニーカやクラウディアと一緒にガンディの所にいると説明した。

「成る程、そう言う事か。納得だよ」

 苦笑いするロベリオに、タドラがふと思いついたように笑う。

「あ、って事は、あいつら今頃ピックと遊んでるんじゃない?」

「良いなあ。俺も遊びたい」

「クロサイトはどうなんだろうね?」

「いや、それよりラピスがどう反応したのか気になるな」

「帰ったらその辺りも詳しく聞く事にしよう」

 三人は納得して頷くと、ラスティの肩を叩いて一旦休憩室へ戻った。



「それにしても、いくら祭りの期間中で人の出入りが多いとは言っても、そう簡単に浮浪者が神殿に入り込めるか?」

「分からないけど……ちょっと気になるよね」

「ニーカ、可哀想……あんなに楽しそうに働いてたのに……」

 三人は顔を見合わせると、それぞれに想いを込めて精霊王に祈りを捧げた。

「シルフ、レイルズは今どうしてる?」

 ロベリオが、目の前のシルフにそう尋ねる。


『ガンディの所にいるよ』

『今湯を使ってる』


「って事は、ガンディは一人だな?」


『ピックを膝に乗せて飲んでるよ』


「呼んでくれ。詳しい話を聞きたい」

 真顔のロベリオがそう言い、すぐに何人ものシルフが現れて座った。

『そろそろこちらから連絡しようかと思うておったぞ』

「レイルズがそちらに世話になってるそうですね。それで、ラスティから聞きました。ニーカの怪我の具合は?」

 代表して話すロベリオとガンディの会話を、二人も真剣に聞いている。

 事件の詳しい内容を聞き、改めて怒りを覚える三人だった。



『怪我についてはまあ……大した事は無い』

『今回は未遂で済んだが彼女の心の傷は深かろう』

「未遂ですんだんだ……そうか……まだ、良かったと言うべきなんでしょうね」

 口元を覆いそう呟くロベリオに、両隣に座る二人も揃って安堵のため息を吐いた。

『しばらく彼女は白の塔で預かる事にした』

『施療院では安全面で不安が残るからな』

『環境を変えた方が彼女の気も晴れよう』

「確かに、白の塔で養生出来るならそれが一番です。俺達に出来る事があれば何でも言ってください。協力しますよ」

『そうじゃなその時は頼むとするよ』

『それと其方達にも知らせておこう』

『念の為陛下の許可は頂いたのだが』

『ニーカとクラウディアに精霊の指輪を持たせてやる事にした』

『レイルズと二人で選んだぞ』

 その言葉に、ロベリオは少し慌てたようにシルフに話しかけた。

「あ、そうだったんですね。ニーカが巫女に昇格したら、俺達でお祝いに精霊の指輪を贈ろうかって話していたんですよ」

『今回渡すのは儂が個人的に持っておる支援用の指輪だからな』

『それならば予定通りにそうしてやってくれ』

『それまでは儂が貸した指輪を使わせるからな』

「分かりました。それなら俺達は予定通りに、彼女が巫女になった時に精霊の指輪を贈る事にします」

 ガンディの言葉にロベリオは笑って頷き、二人も顔を見合わせて笑った。



 ガンディが持っていたあの幾つもの指輪は、精霊魔法を学ぶ者達の中でも農家や地方の出身で指輪を贈ってもらえる当てのない貧しい者達の為に、ガンディが個人的に貸与しているものなのだ。

 当然、誰にでも貸すわけでは無い。彼なりに将来有望だと見極めた者だけだ。

 表向き貸すと言っているが、ガンディには返してもらうつもりは毛頭無い。それはガンディからの密かな贈り物なのだ。



「それではおやすみなさい。レイルズの事よろしくお願いします」

 ロベリオの言葉に頷き笑って手を振ると、順にシルフはいなくなった。

 三人はシルフがいなくなってからも、しばらくの間誰も口を開かなかった。



 沈黙が部屋に落ちる。



 その時、休憩室の扉がノックされてルークとヴィゴが入って来た。

 ルークの頬や口元は、湿布が貼られて痛々しい状態だが、思っていたほどの腫れでは無い。

「お帰りなさい。今夜は城に泊まるとばかり思ってたよ」

 慌てたように三人は立ち上がってルークの元に駆け寄って、それぞれの想いを込めて肩や背中を叩いて労った。

 苦笑いしたルークは照れたように笑って、三人とそれぞれにまだ包帯をしたままの握り拳をぶつけ合った。

「まあ、全部解決したから。今まで心配かけてすまなかった」

 改めて頭を下げる彼を見て。三人は慌てて首を振った。

「全然、気にして無いから大丈夫だって」

「そうだよ。でも本当に良かった……」

「良かったね。これからはお父上と仲良くね」

 感極まったように笑う三人だったが、ルークはヴィゴを振り返って真剣な顔で頷いた。

「まあ、俺の事はもう良いよ。それより、聞いてくれ。ニーカが大変だったんだよ」

 話そうとするルークを、ロベリオが手を出して止める。

「ラスティから事件があった事を聞いて、たった今、ガンディから詳しい話を聞きました」

「とにかく座ろう。犯人についての情報もいくつか分かったので知らせておく」

 ヴィゴの言葉に、改めていつもの席に着いた。立っていたルークが人数分のお茶を手早く入れて、ヴィゴの隣に座った。

「まず、犯人についてだが、ニーカの証言通りタガルノ人らしい。彼女が働いていた竜舎にいた男で、彼女は日常的に暴力を振るわれていたらしい」

 三人の口から舌打ちが漏れる。

「一発じゃなくて、もっと殴ってくれても良かったよな。それで、取り調べの結果、大変な事が分かった。国境警備を根本的に見直した方が良いって話になってる」

 目を見開く三人に、ルークは嫌そうに口を歪めて手元の資料を見た。

「あの男は、自分のいた竜舎での仕事が嫌でタガルノから逃げ出したらしいんだが、国境を越える際、商人の荷馬車の荷物の中に勝手に潜り込んで密入国したらしい。挙句に、エピで入国してから街道沿いを進んで最初の砦に到着前に、その商人を殺している」

 驚きに声も無い三人に、ルークは首を振った。



 タガルノとの国境沿いから少し離れて南北に走る街道は、関所のある南のエピの街から北のピケの街まで通じている。しかし、この街道はいくつもの高低差のある山を越えなければならず、しかも、途中には殆ど人の住む街が無い。その為この街道を通れば、途中でどうしても野宿を強いられる事になる。それもあってこの街道を利用するのは、国境沿いにある三つの砦へ向かう軍人達が殆どで、それ以外は砦への届け物をする商人ぐらいのものだ。

 もしもピケの街からエピの街の間を行き来するのなら、時間はかかるが大きく西に回って、東の交差点と呼ばれるバークホルドの街を経由した方が道もなだらかで安全なのだ。



「荷物を届ける予定の商人が予定の日を過ぎても到着しないとの知らせを受けて、エピの街から兵士達が街道を順に確認に出向いたところ、途中で積荷を荒らされて放置された荷馬車を発見、更に奥の草むらで殺されていた商人を発見して通報。それがひと月半ほど前の話だ」

 それぞれに唸り声をあげて顔を覆った。

「こうなると、そんな男に襲われてニーカの命があっただけ、まだましだったって事かよ」

 吐き捨てるようなロベリオの言葉に、ルークも同意するように頷いて手元の資料を机に置いた。

「逮捕された時、男は身分証はおろか鉛貨の一枚も持っていなかったそうだ。どうやってオルダムに入ったのかは現在、担当部署が取り調べ中」

「花祭りの期間中とはいえ、城門の警備はしっかりしておると思っていたのだがな……」

 悔しそうなヴィゴの言葉に、全員が無言で頷いた。

「会わせてあげたいな。クロサイトと一緒にいたら、きっと心の傷が癒えるのも早いんじゃ無いか?」

 ユージンの言葉に、皆笑顔になった。

「全くだな。ガンディに連絡して、彼女が動けそうならこっちへ連れて来てもらえば良い」

「そうですね。連絡しておきます」

 ヴィゴの言葉にルークがそう言って、書類を束ねて立ち上がった。

「まあ、そんな事情だから、各自お遊びは程々にな」

 肩を竦めるルークの言葉に、その場にいた全員が堪えきれずに吹き出したのだった。






 その夜、レイはガンディの家の客間で泊まらせてもらった。

 さすがにここは散らかっていない。しかし壁一面が本棚になっていて、隙間無く本がぎっしり詰まっているのはまあ予想の範疇だった。

 湯を使った後、いつの間にか届いていた自分の寝間着に着替えてベッドに入った。

「おやすみ、シルフ……明日は八点鐘で起きるんだって。その時間に起こしてね」

 見慣れない天井を見上げてため息を吐いた。

 なんだかとても疲れた一日だった。

 気は昂ぶっているが、ベッドに横になり目を閉じるとあっという間に眠りの国へ旅立ってしまったのだった。

 枕元では、並んだシルフ達が静かに寝息を立てる彼を見つめ、愛おしそうにふわふわの赤毛を飽きもせずに撫で続け、その柔らかな頬にキスを贈っていたのだった。




 翌朝、レイは八点鐘の鐘が鳴る時間よりもかなり早く目を覚ました。

 自分で目が覚めたのでは無く、いつのまにか扉を開けて入り込んでレイのベッドへ突撃しようとするピックと、それを阻止しようとするブルーの代理のシルフ達による大乱闘の大騒ぎでのおかげで、はっきり言って叩き起こされたのだ。



「ピキー! ピポポポロー!」


『だからお前は飼い主のところへ行けと言っておろうが!』

「ピポプー!キュルルルグキュー!」

 まるで歯ぎしりのような奇妙な鳴き声を立てて、足をふみ鳴らしたピックがまたベッドへ向かって突撃した。

 シルフが三人がかりで突撃してくるピックを捕まえて扉へ向かって投げ飛ばす。

 しかし、尻尾と頭を丸めて本当に玉のようにまん丸になったピックは、ポヨンと音を立てて扉から跳ね返り、そのまま床で一回転して何事もなかったかのように起き上がった。そしてまた甲高い鳴き声と共に、レイのベッドへ飛び込もうとしたのだ。

『だーかーらー!お前は飼い主のところへ戻れ!』

 ブルーの叫び声と共に、シルフがまたピックを放り投げる。

 またしても跳ね返るピックを、ベッドから起き上がったレイは呆れて眺めていた。



 はっきり言って、寝ていて突然あの大きさの竜に勢い良く飛び乗られたら、本気で悶絶しそうだ。

「おはよう……シルフ、今何時? 鐘はいくつ鳴ってた?」

 もう何度目か分からないピックの突撃を阻みながら、シルフは律儀に答えてくれた。


『さっき六回鳴ってたよ』


 六点鐘の鐘で起きる事も珍しくは無いが、正直まだ眠い。

「じゃあもう一眠り出来るね。僕は寝るから静かにしてね」

 もう一度大きな欠伸をしてそう言うと、扉に背を向けるようにして毛布に潜り込んだ。

「ピルルルルピポプー!」

『静かにしろと言われただろうが!』

 低い声でブルーがそう言うと、一気に大勢のシルフが現れて暴れるピックを確保して扉の向こうへ連れて行った。

 扉の閉まる音がして鳴き声が遠去かり、一気に部屋の中が静かになる。堪えきれずにレイは小さく吹き出した。

「ブルーご苦労様。なんだよ。あんな事出来るんなら、最初からああやって連れ出せば良かったのに」

『ちょっと憂さ晴らしに遊んでやったまでだ。うるさくしてすまなかったな。もう少し眠ると良い』

 枕元に現れた大きなシルフが額にキスしてくれる。

「そうだね。もうちょっとだけ……」

 すぐに安らかな寝息を立て始めたレイに、もう一度キスを贈ると、シルフは扉の取っ手に座った。



 それは、もう絶対にあの竜をこの部屋に入れないんだと言わんばかりの、ものすごい自己主張の行動だった。

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