花祭りの会場にて

「おおい、準備は出来たか?」

 扉をノックされて、レイは元気に返事をして扉を開いた。

 観覧席から一旦城へ戻って来た一同は、城の中にある竜騎士隊専用の部屋で、外出のために目立たない一般兵の服に着替えていたのだ。

「おお、なかなか立派な兵隊さんになったな」

 からかうようなルークの言葉に、レイも笑顔になった。

「その言葉、そっくり返すよ。っていうか……どちらかと言うと、こんな立派な一般兵が何処にいるんだよって言って良い?」

 廊下には、第二部隊の一般兵の服に着替えた若竜三人組とルークが並んでいる。

 まあ、自分達の格好が、かなり無理のある一般兵の変装である事は自覚しているようで、レイの言葉に全員が小さく吹き出した。

「そもそも、一般兵でミスリルの剣を持ってる奴なんていないだろう」

「でも、これはそこらに置いて行くわけには行かないだろう?」

 ロベリオとユージンの言葉に、ルークとタドラは苦笑いして頷いている。

「えっと、第二部隊でも、士官の格好じゃ駄目なの?絶対そっちの方が皆不自然じゃ無いと思うけどな。士官なら、ミスリルの剣を持ってても不自然じゃないでしょう?」

 レイの言葉に、ルークが首を振る。

「士官は人数が限られているからな。皆自分の部隊の士官は大抵、直属じゃなくても顔ぐらいは知ってる。一般兵が俺達が士官の格好をしているのを見たら、そっちの方が思いっきりバレるぞ」

 納得して頷いた。

「まあ、そこまで他人の事を気にする奴はいないって。それじゃあ、花の鳥を見に行くとするか」

 ロベリオの言葉に、レイは振り返って大きく何度も頷くのだった。




 花祭りの会場である一の郭の広場まで、歩いて行ったらかなりの時間が掛かる。どうするのか密かに心配していたのだが、城から花祭りの会場まではトリケラトプスの引く大きな屋根の付いた馬車が、期間中は何度も往復していると聞き驚いた。

「城だけじゃなく、街と会場の間もトリケラトプスの引く馬車が何台も往復してるぞ。会場では騎竜は基本的に立ち入り出来ない。預かる場所もないからね。なので、こういう事になってる訳」

 ついて来た城の中庭には臨時の停留所が設けられ、第二部隊の兵士達が馬車に乗り込む貴族たちを案内していた。

 馬車を引くトリケラトプスは、首元の大きなフリルに幾つもの花を飾ってもらっている。特徴的な大きな三本の角も、それぞれに花輪が通されてリボンで繋げられていた。

 四隅に柱が立っていて、簡単な屋根があるだけの馬車だが、中には横長の木製の椅子が並べられていて、ゆったりと座れるようになっていた。柱や屋根の縁にも、花やリボンが綺麗に飾り付けられていてとても華やかだ。

 綺麗な馬車とトリケラトプスに見惚れていると、ルークがレイの背中に手を当てて進むように促し、手にした券を兵士に渡した。

「五名様ですね。お好きな席へどうぞ。混んでおりますので、申し訳ありませんが出来るだけ詰めてお座りください」

 券を受け取った兵士がそう言って一礼した。

「今、何を渡したの?」

 馬車に乗りながら振り返ってルークに尋ねると、彼は手にした券をひと束渡してくれた。

「花祭りの協賛券だよ。お祭りに支援のお金を出すとこの券をもらえるんだ。これがあるとこの花馬車に乗れるからな。それはお前の分だから渡しておくよ。帰りは自分で使えよ。花祭りの期間中はいつでも使えるから好きに使って良いぞ。あ、こっちの色の違うやつは気に入った花の鳥に投票する投票券だよ。これも渡しておくから好きに投票していいぞ」

 つまり、これがあれば、期間中はいつでも好きに花祭りの会場へ行けるという事だ。

「ありがとう。大事に使います」

 嬉しそうに券の束を抱きしめて笑うレイに、ルークも笑顔になった。



 奥に一人だけ座っている空いている席に座り、周りに乗っている人を見ると、皆、普段着のような身軽な服だ。自分達のように一般兵士の服を着ている者も多い。

「皆、変装してる」

 面白そうにレイが呟くと、隣に座っていた妙に貫禄のある年配の男性が、真面目な顔で頷きながらこう言ったのだ。

「君、それは思っていても知らぬふりをするのが大人の対応ってものだよ。分かったかね?」

 小さく吹き出し、レイも大真面目に頷いた。

「失礼しました。そうだよね。その場所に合わせて着ている服を変えるのも、時には必要だって教えてもらいました」

「そうそう、よく分かってるじゃないか」

 その男性は、腰に剣も無い身軽な軽装だった。

「僕、オルダムの花祭りを見に行くのは初めてなんです。だからすごく楽しみなんです」

「おや、そうなのかね?なら楽しみにしていたまえ。今年の花の鳥は本当に見事だぞ……」

 レイの言葉に、嬉しそうに横を向いてレイの顔を見たその男性は、レイの隣に座ったルークの顔を見て、無言になった。

 あ、これはルークの事を知っている方だな。

 内心でレイがそう呟いた瞬間、その紳士は突然無言でそっぽを向いてしまった。

 不自然なまでに横を向くその姿は、ムキになってルークの姿を目に入れまいとしている風にも見えた。

「えっと……」

 唐突に会話が終わってしまい、レイは戸惑う事しか出来ない。

「どうした?」

 ロベリオの声に、レイは慌てて首を振った。

「な、なんでもないです」

 何故かは分からないけど、何も言わない方が良いような気がしたのだ。

 ルークもその声に横を向いてレイを見て、その時レイの隣に座った男性に気付いた。驚いた事に次の瞬間、彼も思いっきり横を向いたのだ。

 それはまるで、レイの隣に座った男性が、見てはいけないものであったかのような反応だった。

 それっきり、横を向いたままルークは一言も口を開かなかった。

 どうしたら良いのか分からなくて困っているうちに、気がつくと馬車は普段着姿の男女で埋め尽くされていた。

「それでは出発いたします。少し揺れますのでご注意ください」

 御者席に座った兵士が大きな声でそう言うと、力綱を打つ音がして、ゆっくりと馬車は進み始めた。




 ギシギシと音を立ててゆっくりと進む馬車の中で、レイの左右に座った二人が、どちらも不自然なまでにそれぞれを視界に入れないようにそっぽを向いている状態だ。

 訳の分からない重すぎる居心地の悪い沈黙が続き、ようやく花祭りの会場のざわめきが聞こえて来た時、レイは心底安堵のため息を吐いた。

「会場に到着いたしました。それでは花祭りをお楽しみください。お帰りの際も、花馬車のご利用をお待ちしております」

 馬車の側面にある扉を大きく開き、足場を置いた兵士の声に、馬車に座っていた人々は順番に外へ出て行った。

 ロベリオ達が立ち上がり先に降りる。ルークに続いてレイも立ち上がった。

 しかし、一番奥に座っていた男性は、まだ立ち上がろうとしない。

 外に出て振り返ると、その男性はレイの視線に気付いて苦笑いしながら手を振ってくれた。

 一礼して手を振り返してから、先を行くルーク達の後を慌てて追いかけた。



「えっと……ねえルーク、さっきの馬車に乗ってた人って」

 ルークに話しかけた瞬間、ロベリオがいきなり後ろからレイの頭を叩いた。

「痛い! 何するんだよ!」

 思わず顔を上げて振り返って叫んだ。

「ごめんごめん。手がすべったよ」

 笑いながらそう言い、いきなり肩を組んで顔を寄せて来た。

「あとで教えてやるから、馬車の中での事は今は忘れてろ。良いな」

 思いの外真剣な声で耳元でそう言われ、思わず横を見ると、真剣なロベリオの顔がすぐ近くにある。無言で何度も小さく頷いた。

「よし。この話は終わり! それで、どこから見るんだ?」

 まだ肩を組んだまま、ロベリオは振り返って平然とルーク達に話しかける。

「まずは順番に花の鳥を見て回ろう。屋台巡りはそれからな」

 ルークも平然とそう言うと、先に立ってさっさと歩き始めた。

 若竜三人組も何か言いたげだったが、それぞれ肩を竦めると顔を見合わせてルークの後を追った。

 慌ててレイもその後を追った。

 そんな彼らを、ようやく馬車から降りて来た先程の男性が無言で見送っていた。



「ディレント公、少々大人気無いですぞ」

 咎めるような声で彼らの前の列に座っていた年配の男性がそう言い、ディレント公と呼ばれたその人は、小さなため息を吐いた。

「久し振りにあれほど近くで顔を見たな。ふむ、元気にしておるようだな」

「……行きましょう。カルディ達の力作を見なければなりませんぞ」

「そうだな。祭りは楽しむのだ。難しい話は今日は忘れよう」

 ディレント公はそう言って頷くと、もう一度ため息を吐いてから会場へ向かった。




「うわあ、すごい。大きいし動いてる!」

 レイは目の前に並んだ幾つもの花の鳥を前にして思わず声を上げていた。

 周りでも、大勢の人達が同じように歓声を上げて顔を上げ、並んだ花の鳥に見惚れていた。中には口を開けて呆然としている人もいた。

 それは、ブレンウッドで見たバルテン達が作った首を振る花の鳥を更に改良したような、どれも、それは見事な出来栄えだった。

 今、レイ達の目の前にあるのが、恐らくこの会場で一番大きな花の鳥だろう。その花の鳥は、胸をそらすように顔を上げて大きく嘴を開いたり閉じたりしながら、ゆっくりと羽ばたいていたのだ。

 木製の翼の土台に生けられた色とりどりの花は、見事な模様を描いて羽ばたくその鳥の翼を彩っている。胴体部分も、盛り上がるように花がぎっしりと生けられていた。

「これは見事だな。しかしどうやって動いているのか全く分からないぞ」

 ルークの言葉に、レイも大きく頷いた。

「あの伸びる革を使ってるんだろうけど……どういう仕組みなのか全然分からないね」

「製作者は誰だ? カルディと仲間達。うーん、誰だか分からないな。でも、これは投票すべきだな」

 ルークはそう言って笑い、何枚かの投票券を花の鳥の前に設置された箱に入れた。レイも頷いてとりあえず投票券を一枚だけ入れた。

 それから順番にゆっくりと歩いて見て回ったが、とにかくどれもあまりにも見事で一番が決められない。

 羽ばたく鳥。首を振る鳥。親子で仲良く首を絡め合う鳥。番になった二羽の鳥は、翼を広げて求愛の踊りのように、交互に首を上下に振って踊っていた。

「今年は本当に見応えがあるよ。動くだけで、こんなに変化が出るんだね」

「本当だよな。どれが一番なんて決められないぞ」

 ユージンとロベリオの言葉に、ルークとレイも同意するように頷いた。

「どうする? 噴水広場まで行ってみるか? それとも、今日はここまでにして屋台巡りにするか?」

「えっと……どうするの?」

 レイの言葉に、ルークは片目を閉じて笑った。

「明日も来るからさ。俺はちょっと小腹が空いてきたよ」

「僕もお腹すいた!

 即座に返事をするレイに、四人は堪える間も無く吹き出したのだった。




「うん、これは美味い」

「毎年、これが楽しみなんだよね」

 満面の笑みの五人は、それぞれ屋台で買って来たお菓子や団子を手に、休憩用に用意された椅子に座っていた。

「この蜜がかかってるやつ美味い。もう一つ買って来よう」

 ルークがそう言って、食べ終わった包みを屑入れに放り込んで立ち上がり、また屋台の並んでいる場所に向かった。

「待ってルーク、僕もそれ欲しい!」

 慌てたように後を追うレイの後ろ姿を見て、若竜三人組は小さく吹き出した。

「良かった。さっきはどうなることかと思ったけど、レイルズがいてくれて助かったよ。隣同士になってたら……」

「やめて。考えたく無いです!」

 ロベリオの言葉に、ユージンが小さく叫んで顔を覆った。

「レイルズには悪い事したね。後で謝って、何があったか教えておかないと」

 タドラの言葉に、二人は頷いた。

「さてと、俺達ももうちょっと買うか。ええと、何にしようかな?」

 気分を変えるようにロベリオがそう言い、ユージンとタドラも笑顔で立ち上がった。

「あの、最初に食べたパリパリに焼いたのが良いな。いつも思うけど、あれって何だろうね」

 タドラの言葉に、ユージンが振り返った。

「あ、それ、レイルズが教えてくれた。あれ、どんぐりの実をすりつぶして小麦粉やお砂糖と一緒に焼いてあるらしい。でも、どんぐりって、栗とは違って苦い灰汁あくがあって、そのままでは食べられないから、その灰汁を手間暇かけて取り除かないといけないんだってさ。俺達何も知らずに簡単に食べてたけど、食べられるようになるまでにすごく手間が掛かってるらしいよ」

「へえ、そうなんだ。さすがによく知ってるな。じゃあ、二度目は味わってゆっくり食べさせていただこう」

 そう言って笑い合うと、三人も屋台の方へ向かった。

 入れ違いにレイとルークが両手に買ってきたお菓子を持って戻って来て、先ほどの席に座った。

 それぞれ買って来たものを交換しながら食べていると、ロベリオ達も戻って来て、また交換しながらそれぞれに満足するまで食べた。



 もう、西の空が少しずつ色付き始める時間だ。



「さてと、腹もいっぱいになったし、そろそろ戻るか。明日も来るんだろ……」

 振り返ったロベリオが急に無言になる。

 その視線は、レイの後ろを見たまま動かない。何事かと顔を上げて見たユージンとタドラも、同じく固まったまま動かなくなった。そしてルークだけは一瞬だけ振り返ったあと、また横を向いたまま頑なにそちらを見ようとしない。

「どうしたの?」

 不思議に思って振り返って驚いた。

 そこには、先程馬車で隣に座っていたあの男性が立っていたのだ。

「久しぶりだな。ルーク」

 その男性がそう言うと、ロベリオ達が急に立ち上がってレイの首根っこを掴んで無理矢理立ち上がらせ、ユージンとタドラが二人同時に。固まったまま動こうとしないルークの両脇を掴んで立たせて、一礼して連れて行こうとした。

 しかし、立ち上がったルークは無言のまま首を振ると、二人の腕から両手を抜いて顔を上げた。

「悪いけど、レイルズを連れて帰ってやってくれるか。俺はこの人とちょっと話がある」

「お前……」

 ロベリオが思わず何か言いかけたが、真剣な顔で小さく頷くと、ルークの肩を叩いて、レイの首根っこを掴んだまま、男性に一礼した。

「俺達は失礼します。どうぞ、ごゆっくり」

 ユージンとタドラも改めてあの男性に一礼すると、それぞれルークの背中と肩を叩いて急いでその場を離れた。




「ねえ、何があったの? あの人は誰?」

 堪えきれずに小さな声で尋ねると、ロベリオが口元に指を立てた。

「悪いけど、もうちょっとだけ我慢してくれ。城に戻ったら教えてやるからさ」

 先程と同じように、真剣な声でそう言われて、レイは小さく頷いた。



 何があったのかは分からないが、自分の知らない、何か重要な事が起きているのだというのは理解出来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る