アルジェント卿の孫達とルークの事
ロベリオ達に引きずられるようにしてその場を離れたレイは、城へ戻る為の臨時の馬車の乗り場まで来て、ようやく掴まれていた腕を離してもらえた。
「ああ、本気で寿命が縮んだぞ」
「俺は腹が痛くなって来た」
ロベリオとユージンが大きなため息と共にそう呟き、タドラは停留所に作られた仮設の椅子に無言で倒れ込むようにして座り込んでしまった。
「えっと、あの男の人……誰なの?」
ルークのあの不自然な様子も気になる。あのまま一人で置いてきて良かったのだろうか。
「まあ、詳しい話は城へ戻ったらしてやるよ。悪かったな。せっかくの楽しい花祭りに、水を差すような事して」
申し訳無さそうに言うロベリオの言葉に、レイは小さく笑って首を振った。
「平気、ちょっと驚いただけ。うん、でも花のお祭りなんだから水は必要なんじゃない?」
良い事思いついたと言わんばかりの満面の笑みで言うその言葉に、三人は小さく吹き出した。
「確かに、花には水が必要だな」
タドラが笑いながらレイの頭を抱えるようにして撫で、二人もそれを見てようやくほっとしたように笑った。
停留所に止まったトリケラトプスの引く馬車に乗り込む時、レイは来た時に乗った馬車とは違う事に気付いた。引いているトリケラトプスも、色がやや薄くてもっと大きい。
「君は初めて見るね。お城までよろしくね」
嬉しくなり、側まで行って話しかけて花の飾られた大きな角の付け根を撫でてやった。するとそのトリケラトプスは、嬉しそうに少し顔を上げて喉を鳴らした。
「良いなあ、お兄ちゃんは、その子と仲良しなの?」
不意に背後から幼い声で話しかけられ、驚いて振り返ると、そこには恐らく十歳前後の貴族の少年が二人、目を輝かせてレイの事を見つめていた。
「えっと、違うよ。でも騎竜の事は好きだからね。仲良くなれるんだよ」
勝手に触って不味かっただろうか? 慌てて言い訳するようにそう言うと、二人の少年達は顔を見合わせて悔しそうに言った。
「ここへ来る時に触ろうとしたら、お爺様に、危ないからトリケラトプスに触っちゃいけません、って言われたの」
「僕達も、騎竜が大好きなのにね」
口を尖らせる二人を見て、レイは困ってしまった。
この子がトケラなら、大人しくしているように言って好きなだけ子供達に触らせてやるのだが、軍の騎竜を自分が勝手に子供に触らせるのはまずいだろう。
それに以前ブレンウッドの街のキルガス司令官から、軍のトリケラトプスは、飼育員以外には殆ど慣れないと言われた事を思い出した。
「そうだね。お爺様の仰る通りだよ。勝手に触って怪我でもしたら大変でしょう?」
「だって、お兄ちゃんは触ってたのに」
「ずるい! 僕達だって触りたい!」
言い返されてしまい、さらに困った。
「えっと、僕が勝手に触ったのがいけなかったんだよ。ごめんね」
それでもまだ膨れる二人を持て余していると、見覚えのある男性がこちらへ向かって来た。
「こらこらお前達、勝手に動くで無いと言ったではないか。早く馬車に乗りなさい」
「アルジェント卿!」
思わず、レイは大きな声を出してしまい、慌てて口を塞いだ。
そこにいたのは、以前国境の砦で会った初老の元竜騎士であるアルジェント卿だったのだ。
「おお、其方か。久しいのう。元気でやっておるようで何よりだ」
笑顔で肩を叩かれ、改めて頭を下げた。
「お久しぶりです。アルジェント卿もお元気そうですね。えっと、この子達が以前言われていたお孫さんですか?」
その言葉に、卿は笑顔になった。
「そうじゃ、この子達は長男の子でな。ほら、二人共ご挨拶しなさい」
そう言うと、卿は子供達の耳元に口を寄せてレイルズの正体を教えた。
「他の人に言ってはならんぞ」
片目を閉じてそう言う卿に、二人は目を輝かせて満面の笑みで何度も頷いた。
「初めまして、レイルズ様。ヴォルクス伯爵の長男の、マシューと申します。あ、十一歳になりました」
「初めまして、レイルズ様。次男のフィリスです。九歳です」
きちんと挨拶されて、レイも思わず直立して応えた。
「初めまして。レイルズ・グレアムです。よろしくね」
「一緒に行きましょう!」
笑顔で手を引かれて、馬車に戻った。
「おや、マシューにフィリスじゃないか」
ロベリオの声に顔を上げると、二人は彼らにもきちんと挨拶をした。
「久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」
「相変わらず元気そうだ。また二人共背が伸びたんじゃないか?」
タドラが二人の頭を撫で、ユージンも感心したように笑っている。
「はい!いっぱい伸びてます!」
元気に答えてぴょんぴょんと飛び跳ねて答える二人に、皆笑顔になった。
「まずは馬車に乗るとしよう。話は中でな」
アルジェント卿に言われて二人は馬車に乗り、嬉しそうに後ろを振り返る。
手を引かれたレイが後に続き、ロベリオ達は前の列の席に座った。
最後にアルジェント卿が馬車に乗り込んだが、レイは卿が杖を手にしていない事に気が付いた。砦では片時も離さなかったのに。
「えっと、アルジェント卿、杖を何処かにお忘れじゃないですか?」
思わずそう尋ねた。もし何処かに忘れて来たのなら、取りに行かないといけない。
しかし、卿は笑顔で首を振った。
「マイリーの補助具を改良して、腰と背骨を支えてもらう形の補助具を作ってもらったんじゃ。どうだ? 凄かろう? その補助具のおかげで、杖無しでも歩くのが平気になったぞ」
一人で馬車に乗るための踏み台に乗り、中に入って来て座りながら両手を広げてそう言い、腰に巻かれた幅の広いベルトを叩いた。
「腰の補助具は外に装着すると、どうにも厳つくなりすぎてな、結局、服の中に装着して、この幅広のベルトを固定する為にする事になった。付け心地も悪くないぞ」
「お爺様とお出掛けできるようになったんだよね」
「だよね!」
子供達が嬉しそうに笑うと、目を輝かせてレイルズを見つめた。
「レイルズ様が、これを考えたんでしょう?」
「すごいです!」
二人に尊敬の眼差しで見つめられて、レイは慌てて首を振った。
「違うよ。僕は伸びる革を見た時の事を話しただけで、これを作ってくれたのは、お城の職人のモルトナとロッカ、それから白の塔のガンディとブレンウッドのギルドマスターのバルテン男爵だよ」
身を乗り出す二人から質問責めにあい、必死で、ブレンウッドで彼らがどれだけ苦労してあの補助具を作り上げたのかを話すレイルズの事を、若竜三人組は面白そうに振り返って眺めていた。
「ありがとうございました!」
「レイルズ様。また遊んでください!」
到着した城の中庭で、飛び跳ねて嬉しそうに手を振る二人に笑って手を振り返した。
迎えに来た執事に連れられて、アルジェント卿と一緒に別の馬車に乗る彼らを見送り、姿が見えなくなった途端にレイは大きなため息を吐いた。
「何、あの元気さ。子供ってあんなに元気なの?」
少々花祭りで疲れていたレイにしてみれば、馬車の中でひっきりなしに話しかけてくる二人の元気さに圧倒されていたのだ。
「言っとくけど、あれでもまだ大人しくなった方だぞ」
「うん、そうだよね。かなり大人しくなった」
ロベリオの言葉に、タドラが大きく頷く。
「きちんと座ってたもんな」
ユージンの言葉に、二人は吹き出して何度も頷いた。
「俺はマシューに、何度背中を登られたか」
ロベリオが笑ってそう言い、タドラが胸元を叩きながら苦笑いした。
「僕は肩車してて何度蹴られたか」
「タドラは子供の扱いに慣れてないからな。悪気無く子供に蹴られるのは日常茶飯事だぞ」
「結構痛いんだよな、あれって」
三人が苦笑いする様子に、レイは首を傾げた。
「えっと、ロベリオ達って …もしかして子供がいるの?」
その瞬間に、三人は同時に吹き出した。
「おまっ、いきなり何言うんだよ。そんな訳あるか! 俺達全員独身だぞ!」
ロベリオの叫びに、もう一度ユージンとタドラは吹き出したのだった。
「ああ、笑った。お前といると退屈しないよ」
一旦城の中にある竜騎士隊の部屋に通された四人は、それぞれ着替えを済ませて休憩室へ集まった。
タドラとレイがお茶の用意をして、全員が席に着く。
しばらく皆、黙ってお茶を飲んでいた。
レイが沈黙に耐えかねて口を開こうとした時、ロベリオがため息を吐いて顔を上げた。
「まあ、とにかく今日何があったか先に話すよ。気になって仕方ないだろう?」
横目で見てそう言われ。レイは小さく頷いた。
「ルークと一緒に置いて来たあの男性、彼はディレント公爵だよ」
その名前には聞き覚えがある。グラントリーから城の貴族の人達について教えられた時、一番最初に聞いた名前だ。その時に身分についても教えてもらった。
公爵は、臣下の中では一番高い位で、王族と縁戚関係にある臣下の事だ。そして今の陛下にとっては無くてはならない片腕とも呼ばれるお方で、武勇に優れ、また政治手腕も素晴らしいのだと教えられた。
「そんな偉い方が、お一人で花祭りに行くの?」
「まあ、心配しなくても少し離れてお付きの人達が何人も付いてるよ」
ユージンが苦笑いしてそう言う。実は今日は自分達にも密かに何人もの護衛が付いていたのだが、それは彼は知らなくても良い事だ。
「そのディレント公爵は……」
ロベリオは、一度口ごもり、咳払いをしてから改めて口を開いた。
「そのディレント公爵っていうのが、ルークのお父上なんだよ。以前、本人の口から聞いたろう。ルークが妾腹だったって話を」
「じゃあ、ルークって公爵様の息子なんだね」
城の貴族達の身分について知った今となっては、その意味が分かる。
「まあ、それでルークは竜との面会に強制的に参加させられて、結果としてパティと出会った。うん、出会ってしまったんだよ」
ユージンの言い方は、まるで出会ってはいけなかったかのような言い方だ。
「えっと、どうして? 何か問題がある?」
レイにしてみれば、死んだと思っていた父が生きていて、自分を裕福な家へ呼んでくれた。この国一の高い身分だ。
しかもそこで竜と出会ったのだから、結果として全て上手く行っているように思うのだが、彼らの表情と今日のルークの様子を見る限り、そうでは無さそうだ。
三人は顔を見合わせて、誰が話すか無言で譲り合い、結局ロベリオが口を開いた。
「まあ、ルークがそれまでいたところは、聞いたと思うけどハイラントのスラム街。とても貧しい暮らしだったらしい。子供の頃は、それこそ今日食べる物にも困る生活だったって聞いたよ。お母上が市場の荷物運びなんかの下働きをしていて、残り物の野菜屑を、時々譲ってもらうのがご馳走だったって言うんだからな……」
レイは、ゴドの村での生活を思い出していた。
確かに、村での生活も貧しかった。
母さんと二人、村の皆の助けが無ければ食うにも困る生活だっただろう。
それでも、カケラみたいなベーコンがスープには入っていたし、秋の収穫の後には母さんがパンケーキを焼いてくれたりもした。
それよりも貧しい生活。考えたく無くて思わず手を握りしめた。
「ルークにしてみれば、自分達は父親から見捨てられていたと思ったんだろうな。それなのに、義務だからと有無を言わさずオルダムまで連行された。そこで初めて、自分の父親だと名乗る人物と会ったわけだよ。結果として、感動の再会……ってわけにはいかなかった」
「どうして。せっかく呼んでくれたのに……」
レイの言葉にロベリオが肩を竦めた。
「まあ、これは俺達も直接見たわけじゃ無いけど。マイリーによると、公爵に会ったルークは開口一番こう言ったそうだ」
「こんな所に来たくて来たわけじゃ無い、用が済んだらすぐに戻る。ってね」
ロベリオの言葉に、ユージンがルークの言った言葉を被せる。
「ディレント公爵には、ルークよりも一つ年下の嫡男、つまり正式な跡取りの息子がいる。だから、その彼にしてみれば自分よりも年上の妾腹の息子が突然現れて、戦々恐々だったわけだよ。公爵家を乗っ取られるんじゃないかって考えてね」
「ルークはそんな事……」
「もちろん、ルークにそんなつもりはないさ。それですぐに帰るなんて言ったわけだけど、結局、彼はハイラントへは帰れなくなった。オパールと出会ってしまったからね」
「それでお父さんと仲直り……にはならなかったんだね?」
レイの言葉に、三人は無言で頷いた。
「とにかくルークは、公爵の事を自分の父親だと頑として認めようとしなかった。正式な場でも、目も合わさず完全に無視する。公爵も何というか頑固な方でね。彼がその気なら好きにすれば良い。なんて言って、全く関係を改善しようとしない。最後には見兼ねた周りが気を使って、二人を公式の場で合わせないように配慮しているんだ。それで、関係がこじれ続けたまま今に至る」
「今となっては、ルークもマイリーの正式な副官だろ。一緒に城の会議に出る機会も増えた。さすがにこのままでは色々と問題が出るって、俺達も心配してたんだよ」
ようやく、ルークのあの不自然な様子に納得がいった。
不意に会ってしまった、認めていない父親を見まいとしていたのだろう。
でも、どれだけ本人が否定しても、周りから見れば血の繋がりは一目瞭然だった。
「公爵様とルーク、よく似てたね。二人が親子ですって言われて、すんなり納得したよ。目の辺りとかそっくりだったよね」
「まあ、本人達もそれは思ってるだろう。だからこそ、ルークにしてみれば認めたくないのかもな」
四人揃って大きなため息を吐いた。
「お父さんが生きているんだから……仲良くなって欲しいな」
小さく呟いたレイの言葉に、三人は無言になり、そっと彼の背中や頭を何度も撫でた。
「そうだな。話し合いが上手くいくように、皆で祈ろう」
慰めるようなタドラの言葉に、レイは顔を上げて頷いた。
「俺も祈るよ。ってか、精霊王でも女神オフィーリアでも、もうこの際エイベル様でも良いから、誰か頑張って、二人の仲を取りもってくれないかな」
思わず呟いたロベリオの言葉に、その場にいた全員が吹き出したのだった。
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