楽しい花祭り

 音楽隊と花人形の行列を見送った後、ざわめいていた広場が再び静まり、また別の人達が次々と門から出て来た。

 その人達は、全員色とりどりの華やかな衣装に身を包み、数人ずつ並んで現れた。

 手拍子が沸き起こる広場のあちこちに数人ずつ移動すると、こちらに向かって揃って一礼して一斉に動き始めた。

 彼らは、軽業師の一団だ。

 真ん中では、一際大きな体格の男性が、次々と右に左に仲間を放り上げている。飛ばされた人達は、空中で一回転して、下で構えていた別の人の肩の上に見事に立ち上がった。その人の上に、また別の人が立ち、その隣に同じく肩に人を乗せた人が並ぶ。その二人の肩にまた別の人が立ち上がり、あっという間に四段重ねの人で出来た塔が完成した。

 一番上に乗った、小柄な女性が手元の布を翻すと、中から真っ白な鳥が現れ、よく晴れた空を飛び回り、その女性の肩に戻って来た。

 肩に鳥を乗せた女性が、高い場所から優雅に一礼する。

 それを固唾を飲んで見守っていた会場から、拍手が一斉に沸き起こった。

 次々と上から順番に地面に飛び降り、くるりと転がってそのまま優雅に立ち上がってそれぞれに一礼して出て来た門へ戻って行った。

「うわあ……あれって、シルフの守りも何にも無しにやってるんだ。凄いや。怖く無いのかな?」

 感心したように呟くレイを見て、カナシア様が何度も頷いている。

「本当に凄いわよね。毎年見ているけれど今年は一段と高かったわ。そうそう、私が初めてあの軽業師達の曲芸を見た時、まだ小さな子供だったのだけれど、彼らがあんな風に高く飛ぶのを見て、毎回本気で背中に翼を探したわ。絶対畳んで隠してあるのだと思ったもの」

 アデライド様がそう言って笑い、カナシア様も一緒になって笑った。

「そうそう。絶対どこかにあるはずだから、今度こそ絶対見つけるんだって言って、二人して手摺から身を乗り出して観ていて、父上に危ないからやめなさいって言われて襟首を掴まれたわね」

「そうだったわ。引っ張り戻されてすごく叱られたわよね。大勢の人が見ているのに、淑女としてみっともない事をするんじゃありません。ってね」

「初めて父上に口答えしたのもその時だったわ。違います。父上! 彼らの背中に翼があるはずなのに見えないから探していたんです!って真顔で言ったのよ」

 アデライド様の言葉に、その場にいた全員が堪える間も無く吹き出した。

「そうであったな。二人から口答えされて、呆気にとられて口をパクパクさせていたアシュレイの姿を思い出すぞ」

 後ろから陛下の笑いながら言う声が聞こえて、また皆で笑った。

「確かに。実は背中に小さな翼が生えてますって言われたら、僕も信じそう」

 レイの言葉に前列でロベリオとユージンが吹き出す音が聞こえた。

「分かります!俺も子供の時、本気で背中に翼を探しました!」

「俺も!」

 二人の声を聞いて、また皆でもう何度目かも分からないくらいに笑い合った。



 次に現れた一団は、一抱えもある大きなまん丸な玉に乗って転がしたり飛び跳ねたりする、曲芸師の一団だった。

 幾つもの小さな球を、まるで生きているかのように放り投げて自在に手に取り操っていたる人もいれば、また別の人物は、幾つもの掌ほどの箱を放り投げては軽々と積み上げて見せた。周りから歓声と拍手が上がる。レイも手摺から身を乗り出す様にして鮮やかなその技術に見惚れていた。

 彼らが一礼して門から退場すると、会場が妙にざわめき出した。

「お、来たぞ」

 その時、陛下がそう言って上を向いた。

 広場に集まった人々が皆、一斉に上を向く。一際高い大歓声が沸き起こった。

「え? 何ですか?」

 レイも驚いて空を見上げ、堪え切れない歓声を上げた。



 そこには、見覚えのある四頭の竜が飛んで来ていたのだ。



 一番大きな真っ赤な竜は、アルス皇子の乗るフレアだ。

 その隣には、年代物のワインのような黒っぽい赤色のヴィゴの乗るシリル。台形を描くようにそれぞれの斜め後ろに付いているのは、マイリーの乗るアンジーとルークの乗るパティだ。

 四頭の竜は、会場の上空へ来ると、ゆっくりと止まった。会場が静まり返る。

 よく見ると、それぞれの竜の背にはいくつもの箱が乗せられている。



「めでたき祭りの日に、我らより皆様への贈り物を!」



 広場中に響き渡るような、朗々と響く声でアルス皇子がそう言い、四人が手元の箱の蓋を開いた。次々に現れたシルフ達が、背に乗った全ての箱の蓋を開く。

 箱の中には、小さな色とりどりの花束がぎっしりと入っていたのだ。

 皇子が、それを手に取り下へ向かってそっと投げる。

 また大歓声が沸き起こって、会場にいた人々が、花を掴もうと手をあげる。

 四人は一斉に花束を投げ始めた。シルフ達がそれを手伝って、沢山の箱の中から、あふれるように花が会場中に撒かれていく。



「竜騎士様! こっちへ!」

「お願いします!」

「この子に祝福を!」

 皆、我先にと花束を取り合っているようだが、そこには暗黙の了解があり、女性と子供に優先権があるのだ。男性が受け取ると、声を上げて再度小さな花束を頭上へ放り投げるのだ。

「女神の祝福を贈ります!」

 歓声を上げて、再度投げられたそれを取りに行く子供達もいた。

 しかし別の男性が受け取ると、慌てたように隣にいる女性に跪いて手渡している光景もあちこち見受けられ、その度に周りからは冷やかすような歓声が上がっている。

「男性が女性に跪いて花を贈っているでしょう。あれには大事な意味があるのよ」

 内緒話をするように、マティルダ様が顔を寄せて教えてくれた。

「えっと、どう言う意味があるんですか?」

 意味が分からなくて、レイは不思議そうに質問する。

「私と結婚してください。って意味なのよ」

 片目を閉じて嬉しそうにそう言うマティルダ様を見て、驚いてもう一度下を見る。

 あちこちで男女が歓声を上げて抱き合っていて、その周りの人達は皆、笑顔で拍手している。

「花祭りの日に求婚した男女は、女神オフィーリアの祝福を受けて幸せになれるって言われてるの。どう、素敵でしょ?」

「はい。素敵ですね」

 目を輝かせるレイに、皆も笑顔になった。

「あの花束には、時々引換券が付いてるの。それ以外には飴が付いているわ」

「引換券?」

「子供が、それを六の月の間に女神オフィーリアの神殿へ持って行くと、特別なお菓子と交換してくれるのよ。そして、結婚を約束した男女の花束にその引換券が入っていたら、神殿で結婚式を挙げた時に特製のお祝いの花束をもらえるの。だから、皆、必死になって花束を貰おうとするのよ」

「だけど、花束は一人に一つしか取っちゃ駄目なの。その場で誰かにあげるのは構わないけどね。どう、運試しには最適でしょう?」

 マティルダ様の説明に、カナシア様も横から教えてくれる。

 改めて会場を見ると、あちこちで拍手がわき起こり、皆笑顔になっている。嬉しそうに花束を持って手を振る子供達の姿も見えた。

 上空では、花を全て撒き終えた四人も笑顔で下に手を振っている。

「花撒きは、祭りの期間中、毎日お昼前に交代で行われるわ。一人でも多くの人に届くようにとの配慮からね」

 四人が手を振って城へ戻って行き。また広場からは大歓声が沸き起こったのだった。



「催しがあるのはここまでだ。昼食の後は、何ならこっそり会場へ降りても良いぞ。ただし、行くならその服は着替えろよ」

 笑顔の陛下にそう言われて、レイは本気で驚いてしまった。

「私も、後日こっそり降りるぞ。毎年これが楽しみでな」

 片目を閉じてそう言われて、レイは本気で困ってカナシア様を振り返った。

「気にするな。いつもの事だ。もちろん私も行くよ」

「俺達も行きますよ!」

 下からロベリオの声と一緒に、二人の笑い声も聞こえた。

「だって、花の鳥はやっぱり近くで見たいだろう?」

 下を覗くと、振り返ったロベリオが、満面の笑みでそう言って笑っている。

「僕も行きたいです!」

「じゃあ、行く時には誘ってやるよ。どうせ、祭りの期間中は訓練所もお休みだしな」

「レイルズはどっちかって言うと、花の鳥より街の女神オフィーリアの神殿へ行きたいんじゃないか?」

 ロベリオのからかうような声に、レイは真っ赤になった。

「ど、どうしてだよ! 別に、別にそんな事、思って……無いです」

「何だよ、その間は!」

 三人が手を叩いて大笑いしているのを見て、レイはそっぽを向いた。

「もう知らない!」

 しかし、その顔は隠しきれないくらいに真っ赤になっている。

「おやおや。どうして真っ赤になっているのかな?」

 カナシア様が、満面の笑みで顔を寄せてくる。マティルダ様とアデライド様も、何度も頷いてこっちを見ているが、その目は揃って三日月みたいになっている。

「別に何でもありません!」

 目の前でばつ印を作って顔を隠しながらレイが叫び、それを聞いた女性陣が笑った。

「これは詳しく話を聞かせてもらわないとね。あらあら、もう花人形達が戻って来たわ」

 賑やかな音楽が聞こえて来て、また会場が歓声と拍手に包まれた。

 右側の門から戻って来た音楽隊と花人形の行列は、ゆっくりと会場をもう一周してから大歓声に見送られて左の門へ戻って行った。

 全ての行列が門の奥に消えると、第四部隊と第二部隊の兵士達が出て来て花の鳥の周りに作られていた柵をもう少し中に置き直した。それを待っていたかのように、大勢の人達が花の鳥の周りに集まり歓声を上げた。

 上から見ていても、花の鳥の巨大さが分かる。そして、去年ブレンウッドで見たように動いている花の鳥がいくつもあるのも見えた。




「これで午前中は終わりね。それじゃあ、まずは食事にしましょう」

 マティルダ様の言葉に、執事達が籠をそれぞれの席に持って来てくれた。その籠には、平たく焼いたパンの間に薫製肉や卵、野菜などが彩りよく挟まれて並んでいた。レイのところには、カナエ草のお茶の入った水筒も置かれた。

「野外で食べる時は、こう言うのが良いのだろう?」

 綺麗な椅子には柔らかなクッションが敷かれているし、上には大きな天幕が張られていて、直接日差しが座席に当たらないようになっている。それでも通り抜ける風は気持ちの良い初夏の爽やかな風だ。

「はい、お外で食べるお弁当はいつも以上に美味しいんですよ」

 陛下の言葉に目を輝かせてそう答えるレイに、その場にいた全員が笑顔になった。



 精霊王への感謝の祈りと、女神オフィーリアへの祈りの後、皆で一緒にそのパンを食べた。

 パンは、ニコスが焼いているようなふわふわの柔らかなパンで、中に挟んでいる薫製肉や生ハムもどれも最高に美味しかった。

 夢中になって食べていると、カナシア様が生ハムの入ったパンをレイの籠に入れてくれた。

「私には少し多いから、食べてくれる?」

「えっと……」

 目の前に現れたニコスのシルフが笑って頷いてくれたので、安心して頂く事にした。

「ありがとうございます! もう一つ位余裕で食べられます」

「頼もしいわね。まだまだ背も伸びそうだし、貴方はしっかり食べないとね」

 カナシア様にそう言われてもう一度頷くと、隣にいたアデライド様も一番大きな薫製肉の挟まったパンを渡してくれた。

「それじゃあ、良かったら私のも手伝ってくれるかしら?」

 思わずそれも受け取ったが、お二人の籠には、まだほとんどのパンが残っている事に気が付いた。

「えっと、食べないんですか?」

 思わず聞いてしまったが、二人はもちろん食べるけれど、これでも多いくらいだと言って笑っている。

 レイはこの時初めて、貴族の女性が本当に驚くくらいに少食なのだと言う事を知ったのだった。



「こんなに美味しいのにね。残すなんて勿体無いよね」

 籠の縁に座ったシルフ達にそう言って笑い、レイは自分の最後のパンをまずは片付ける事にした。

『しっかり食べなさい。其方は育ち盛りなのだからな』

 一際大きなシルフが現れて籠の縁に座り、ブルーの声で話し始めた。

「ブルー! ねえ、お祭りの花人形や音楽隊、それから軽業師の曲芸もあったんだよ。すごかったよ、まるで鳥みたいにすごく高く飛んでたよ」

 パンを飲み込んでから、ブルーのシルフに話しかけた。

 陛下とマティルダ様は、食べながらその声に顔を上げてそっとこっちを見た。

『うむ、もちろん見ていたぞ。なかなかに見事だったな』

 頷くシルフに、パンを食べながらレイも何度も頷いた。

「殿下やマイリー、ヴィゴとルークが竜と一緒に来て上から花束をすごく沢山撒いたんだよ。皆、大喜びで取り合ってたんだよ」

 お茶を飲みながらそう言うと、ブルーのシルフがにっこり笑ってとんでも無いことを言ったのだ。

『うむ、皆幸せそうだったな。それで其方はいつ彼女に花を贈るんだ?』


 それを聞いた瞬間、レイは飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。



「うわあ! 何するんだよ!」

 下の段からロベリオ達、若竜三人組の悲鳴が聞こえる。しかし、その声は笑っていた。

 背後でも、女性陣が堪える間も無く吹き出す音が聞こえ、少し遅れて陛下までもが吹き出した。

「ラピスよ。その話、詳しく教えてはくれぬか?」

 陛下が大喜びで身を乗り出しながらそう言い、周りでは女性陣も無言で拍手している。

『うむ、実は精霊魔法訓練所に来ている……』

「やめて! ブルー! それ以上言ったら、僕は泣くからね!」

 また真っ赤になったレイの叫びに、その場にいた全員が堪えきれずにもう一度吹き出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る