竜の保養所の子竜達
食堂で皆と一緒に昼食を頂いた後は、草原に放された騎竜の子供達と一緒になって、レイは夢中になって走り回って遊んだ。
「ああ、もう駄目。もう走れません」
息を切らせて草地に倒れ込んだレイは、周りでまだまだ元気に走り回る騎竜の子供達に服を咥えて引っ張られて、笑いながら起き上がろうとして失敗し、また頭突きされて転がって、何度も立ち上がり損ねて揉みくちゃにされた。それを見た皆でまた大笑いして、最後に何とか立ち上がった。
「はあ。こんなに可愛いんだね、騎竜の子供って。ポリーやベラに子供が生まれるのが楽しみだな」
早く遊べと、服の中に頭を突っ込んで来るのを止めながら、嬉しそうなレイはそう言ってまた笑った。
「ご自宅のラプトルが、卵を産んだそうですね。五の月の頃には産まれるでしょうね」
シヴァ将軍が、笑顔で騎竜の子供を抑えながら教えてくれた。
「そうなんですね。楽しみにしてます。この子達はいつ産まれた子なの?」
てっきり、去年の春に生まれた子達だと思っていたが、ここにいるのは、生まれて三年から十年程度の子達で、それ以下の子供は、まだ親と一緒にいるのだと教えられた。
「って事は。まだ小さい子がいるの?」
目を輝かせるレイを見て、ルークとシヴァ将軍はほとんど同時に吹きだした。
「本当に騎竜がお好きなんですね。では此方へ。ただし、そこでは大きな声は禁物です。また、大きな音を立てたり急に動いたりしない事。よろしいですね?」
無言で何度も頷くレイを見て、シヴァ将軍は別の厩舎に案内してくれた。
「ここにはラプトルだけで無く、トリケラトプスの赤ちゃんもいます。彼らはとても臆病ですから、どうかお静かにお願いします」
そう言って、そっと扉を開けた。
今度はシヴァ将軍とルークも一緒に中に入った。
先ほどの厩舎よりもかなり小さな厩舎で、それぞれに大きな板で区割りがされており、一部屋に二匹のラプトルが見えた。
手近な小部屋を覗いたレイは、必死で我慢して声の無い歓声を上げた。
蹲るラプトルの足の間から、本当に小さな子竜が顔を出してキョトンとした顔でこっちを見ていた。
顔の大きさは、レイの握り拳よりも少し大きい程度だ。
「か、可愛い……」
しかし、手を出そうとした時、親のラプトルが二匹揃って威嚇するように口を開けて彼らの方に顔を向けた。
「カッ! カカカカカ!」
聞いた事の無いような甲高い声で鳴かれて、思わず出した手を引っ込めた。
「怒っていますね。そのまま後ろに下がってください」
小さな声で言われて、仕方なくゆっくりとそのまま後ろに下がった。
一定の距離が開くと、ラプトルの親は口を閉じてまた蹲ってしまった。もう、子竜は引っ込んでしまって見えなかった。
「ここにいるのは、去年から一昨年の春に生まれた一番小さな子竜達です。とにかく騎竜の親は子供を大切にします。いつも世話をしている職員達の顔は覚えていますが、それ以外の人が近付くと、先程のように近寄るなと威嚇するんです。竜の主ならば近付いても大丈夫かと思ったんですが、どうやら駄目なようですね」
残念そうなシヴァ将軍の言葉に、レイも小さく頷いた。しかしその目は、厩舎の奥に釘付けになっている。
「あれってもしかして……トリケラトプスの子供?」
ルークの言葉に、レイも無言で何度も頷いた。
突き当たりに作られたラプトルよりも広い部屋には、それぞれの部屋に一頭だけのトリケラトプスがいて、足元には、とても小さな三本角を持った子供が寄り添っていた。
「これはまた、可愛いな」
「小さい。トリケラトプスの子供ってあんなに小さいんだ」
ルークの呟きに、レイも出来るだけ小さな声で呟いた。
「子竜達って、何を食べてるんですか?」
ルークの質問に、シヴァ将軍が説明してくれた。
「干し草、小動物の肉、野菜などですね。小さな口でも食べられるように、細かく刻んだりはしますが、基本的には親と同じですよ」
「へえ、そうなんだ」
感心したようなルークの言葉を聞きながら、レイは納得していた。
「鳥と同じなんだね。卵で生まれて、親と同じものを食べるって。牛や山羊は人間と同じようにお母さんからお乳を貰うけど、騎竜の子供は鳥の雛と同じで、親と同じ物を食べて大きくなるんだね」
その言葉を聞いたシヴァ将軍は、感心したようにレイを見つめた。
「さすがによくご存知ですね。研究者の間では、鳥と騎竜は、実は同じ祖先を持つ仲間だと言われていますよ」
「へえ、そんな事まで分かるんですね。すごいや」
ゆっくりとトリケラトプスの方へ行ってみたが、やはりある程度まで近付くと、それまで全く反応しなかった親が、明らかに警戒してこっちに角を向けた。
「駄目だね。刺激するといけないからもう戻ろう」
ルークの声にレイも頷いた。もっと見ていたいが、明らかに部外者だと認識されている自分達がここにいると、親達を確かに必要以上に刺激してしまいそうだった。
出来るだけ音を立てないように、静かに外に出て扉を閉めた。
「申し訳ありませんでした。子育て中の騎竜は、普段は人懐っこい子でもとても警戒心が強くなるんです」
申し訳なさそうなシヴァ将軍の言葉に、レイは首を振った。
「いいえ、大丈夫です。子竜達を見せてくれて、ありがとうございました。皆早く大きくなるといいね」
扉を見ながらそう言ったレイは、笑顔で将軍を振り返った。
「えっと、精霊竜は? 精霊竜の子供はいないんですか?」
目を輝かせるレイを見て、シヴァ将軍はまた小さく笑う。
「し、失礼しました。精霊竜の子供はここにはいません。精霊竜の卵や、雛は、竜の保養所の森にいますよ」
北にある森を指差して、にっこりと笑った。
「精霊竜は滅多に卵を産みません。そもそも
ルークを振り返ると、彼も頷いて教えてくれた。
「俺達の伴侶である竜達は、言ってみれば人間の事を自分の伴侶だと思ってるから、主がいる間は他の竜とは番いにならない。主を失った後も、何年も新しい主を求めようとしないからね。結果として、なかなか竜同士で番いにならないんだよ」
思わず、振り返って草原で丸くなっているブルーを見た。
視線を感じたブルーが、顔を上げてこっちを見たので、笑って手を振ってからちょっと考えた。
「ブルーの子供なら見てみたいのにな。残念」
『それは聞き逃せぬ言葉だな』
肩の上に現れたシルフが、ブルーの声でそう話した。
「ごめんごめん。そんなつもりじゃないって。じゃあ、精霊竜の子竜の世話ってどうするんですか?」
シルフにキスして消えるのを見送ってから、レイは改めてシヴァ将軍を見た。
「卵を身ごもった精霊竜は、生まれる前になると、自分で森へ行きます。そして、森に卵を産んだらすぐに戻って来ますね。産卵の後は、栄養のあるものを食べさせてやらなければいけないので、付きっ切りでしばらく世話をしますよ」
「えっと、産んだ卵は? 誰が温めてるの?」
首を傾げるレイに、将軍は地面を指差した。
「ノーム達が卵を守り、火蜥蜴が番をします。それから、母親の竜の属性の精霊達に守られて、約一年間卵の中で成長します。生まれる数日前になると精霊達が教えてくれるので、母親が卵の元へ行き世話をしますが、世話をするのは数日程度ですぐにまた戻って来ますよ。子竜はその後親が戻って来た事を確認してから我々が森へ迎えに行きます。しかし、子竜の育成は簡単ではありません。どちらかというと自由に森に放した方が生存率が高いので、ある程度の大きさになった子竜は、また竜の保養所の森に放されるんですよ」
「へえすごいや。じゃあ、どうやって大きくなった子竜を捕まえるんですか?」
「そこが我が一族の秘術です。子竜にとある術を使っておくと、約数年間森で過ごした後、精霊と共生出来る年齢になると、不思議な事に自分で戻って来るんですよ」
言葉も無く感心するレイを見て、胸を張った将軍は、また別の建物を指差した。
「あちらの竜舎に、まだここで暮らしている少し育った精霊竜がいますので、ご案内しましょう」
歩きながら、ここに初めて来た時の事を思い出した。
「えっと、あの子竜はどうなりましたか。クロサイトだっけ」
レイの言葉に、ルークも笑顔になった。それを聞いた将軍は嬉しそうに教えてくれた。
「はい、あの時の子竜はすっかり元気になってもう飛行訓練を始めていますよ。もうかなりの距離を飛べるようになったので、そろそろ主の元へ行かせてやるべきかと考えています」
「主はここにいるんじゃないんだね」
「クロサイトの主は、オルダムの女神オフィーリアの神殿で見習い巫女として働いているよ。この子はオルダムでは、基本的には神殿じゃ無くて竜騎士隊の本部の竜舎で過ごす事になるね」
ルークの言葉に、レイは振り返った。
「えっと、主の側にいて神殿では暮らさないの?」
「だって、考えてみろよ。神殿には大勢の参拝者が毎日来るんだぞ。熱心な信者の誰かが竜熱症になったらどうするんだよ」
納得して頷いた。
「そうだね。街中の人にお薬とお茶を飲んでもらうわけにはいかないもんね」
到着した竜舎は、扉が開け放たれていてシルフ達が中に風を送っていた。
「ご苦労様。ああ、いた!」
立ち上がってこっちを見ているクロサイトは、記憶にあるよりも一回り以上大きくなっていた。
「すっかり元気になったんだね」
レイが話しかけると、クロサイトは嬉しそうに尻尾を振り回した。
「ラピスの主だね。お久しぶりです」
喉を鳴らしながら差し出された首を抱きしめて、ブルーよりもはるかに小さなその額にキスを贈った。
「大きくなったね。良かった元気そうで」
首筋を掻いてやりながら話しかけると、クロサイトは嬉しそうに大きく喉を鳴らして目を細めた。
「笑ってるみたいだね、この子」
額を撫でながらレイが笑うと、シヴァ将軍とルークは堪える間も無く吹き出した。
「この子の主は、スマイリーという名をこの子に贈りました。これ以上ないくらいに、この子にぴったりの名前ですよね」
「そっか、良かったね。良い名前をもらって」
レイの言葉に、クロサイトはまた大きく喉を鳴らした。
『如何する。もう、オルダムへ行っても良いのなら、一緒に連れて帰ってやるぞ』
レイの肩に座ったシルフの言葉に、シヴァ将軍は大きく頷いた。
「はい、まさにそれをお願いしようと思っておりました。ターコイズをここまで飛ばせる事の出来た貴方なら、子竜を守ってオルダムまで連れて行けるのではありませんか?」
『あい分かった。ならば戻る時に一緒に行こう』
「ありがとうございます、どうぞよろしくお願いいたします」
深々を頭を下げるシヴァ将軍に、シルフは鷹揚に頷いた。
「じゃあまた後でね。一緒にオルダムへ行こうね」
クロサイトの額を撫でてもう一度キスすると、レイは奥にいる別の子竜のところへ向かった。
この竜舎には、クロサイト以外に後四頭の精霊竜がいた。
一頭は真っ白な竜だが、手足の先と鼻先が、まるでチョコレートのように濃い茶色をしている。鬣も濃い茶色だった。
「この子はゼオライト。まだ二十才です」
クロサイトよりは大きいが、確かに竜騎士隊の他の竜に比べるとはるかに小さい。
「初めまして、古竜の主」
そっと差し出された鼻先を、レイはそっと撫でてやった。
隣にいたのは、これも不思議な色の竜だった。
全身は優しい緑色だが、朱色のような鱗が混ざり合っていて、鬣はやや赤みのあるオレンジで白い毛も混じっていた。
「この子はユナカイト。四十五才ですから、そろそろ面会に出しても良いかと思っております」
「面会?」
不思議そうなレイを見て、ルークがユナカイトを撫でながら教えてくれた。
「年に一度、主を持たない竜達を希望者の人と会わせるんだよ。俺もそれでパティと出会ったんだ」
その話は聞いた事があったので、納得して頷いた。
「早く新しい主に会えるといいね」
小さく喉を鳴らすその竜の額にもキスをあげてからその隣に向かった。
そこにいたのは、見事なまでに鬣も体も真っ黒な竜だった。しかし、その額には綺麗な十字が真っ白に浮き出ている。
「この子はブラックスター。ほら、額に綺麗な十字が出ているでしょう。少し気の荒い子で、三十五才になりますが、まだ一般人との面会はさせられませんね」
シヴァ将軍の言葉にブラックスターは、そんなの知らないよ、と言わんばかりに鼻を鳴らした。
「こいつはまだ、転がりまわって遊ぶ方が良いようですね。精霊竜は本当に皆性格が違うので、何度育てても同じではありませんよ」
愛おしそうにそう言って、ブラックスターの額を撫でてやる。大きな手に撫でられて、嬉しそうに大人しく喉を鳴らした。
最後の一頭は、これもまた不思議な色をしていた。
乳白色で半透明の鱗の中に、まるで針のような金色の細い線が何本も走っている。同じく乳白色の鬣にも、金色の毛があちこちに混ざっていた。
「この子はルチルクオーツ。我々はルチルと呼んでいます。この子は間も無く二十才になる女の子ですよ」
シヴァ将軍の言葉に、レイは笑って手を差し出した。
他の竜達よりもやや細身のその竜は、目を閉じて撫でられている間中、ずっと喉を鳴らしていた。
「すごいや、、本当に沢山の竜達がいるんだね。まさしくここは竜の保養所だね」
竜舎から出てきたレイの言葉に、ルークやシヴァ将軍も嬉しそうに笑っていた。
「さてと、それじゃあ一休みしたらそろそろ戻るか」
「そうだね、冬の日暮れは早いから、暗くなる前に戻らないとね」
大きく伸びをする二人に、将軍は笑って別の建物を指差した。
「少し冷えましたね。暖かい飲み物を用意しますので、どうぞ中へ。料理長自慢の、蜂蜜たっぷりの蒸しケーキをどうぞ召し上がって行ってください」
その言葉に目を輝かせて大きな声で返事をしたレイを見て、ルークはまた堪える間も無く吹き出したのだった。
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