陣取り盤と見習い巫女の竜

 翌日、いつもの時間にシルフ達に起こされたレイは、若竜三人組と一緒に朝練を終え、城に戻る三人と一緒に廊下へ出た。

「明日は、降誕祭の最終日だろ。夜には誰か戻るから待ってろよな。精霊王宛に書いた手紙を燃やさないとな」

 ロベリオの言葉に、レイは嬉しくなって大きく頷いた。

「それじゃあ、しっかり勉強するんだよ」

「じゃあね。また明日」

 ユージンとタドラも笑顔で手を振ってくれた。

「お仕事頑張ってくださいね!」

 手を振るレイの言葉に、三人はもう一度笑って手を振ってくれた。

「それでは戻って着替えたら朝食ですね」

 迎えに来てくれたラスティと一緒に一旦部屋に戻り、また世話係の従卒達と一緒にまずは食堂で朝食を食べた。



 午前中は、ヘルガーが部屋に来てくれて、約束通り陣取り盤の詳しいやり方を教えてくれた。

「実際に触って覚えるのが一番ですからね。ラスティ、お前が仮の対戦相手を努めろ。まずは一番基本な駒の動きの説明からだ」

「了解です。ではとにかく一度触ってみましょう」

 ラスティが陣取り盤の向かい側に座り、二人の横にヘルガーが座った。

「よろしくお願いします」

 レイの言葉に、二人は笑顔で頷いてくれた。

「歩兵は一度に前に一歩しか動けない。攻撃出来るのは左右のみ。その場合のみ斜めに進める。騎馬兵は一度に全方向へ三歩うごける……変な動き方だね?」

 騎馬兵の駒は、三歩だが二歩前に進んだ後は左右どちらかに動くのだ。

「騎竜に乗っている時を思い出してください。乗った状態では武器を持っていたら騎竜の正面にいる敵は攻撃出来ないでしょう?」

「右手や左手に武器を持っているので、自分の斜め前の左右にいる敵を攻撃します。分かりますか?」

 確かに、騎竜に乗った状態で考えたら、真正面にいる相手に乗り手の武器は届かないだろう。

「分かった! 確かにそうだね」

「騎馬兵は、他の駒を飛び越えられます。そして、行った先に敵の駒があればそれを取れます。つまり、こういう事」

 そう言って、ラスティが動かした先にあったレイの歩兵を取って盤から降ろした。

「落とされた駒は、もう使えません。ここに置いておきます」

 真剣な顔で頷くレイに、二人は説明書を見せながら順に駒の動きや取り方を説明していく。

「歩兵のみ、敵陣の奥、つまり盤の端まで進めたら駒が昇格します」

「昇格?」

「そうです。言ってみれば手柄を立てたから位が上がるという事ですよ。この場合、全方向に好きなだけ進める駒になります。但し、女王と同じで他の駒は飛び越えられません」

 前後左右、そして各斜め方面へ指で示す。

「歩兵が昇格した場合、分かるように、この赤い色した帽子を被せてやるんですよ」

 そう言って、駒の入れ物の端に入っていた小さな赤い玉を取り出して歩兵の駒の頭に乗せた。

 とんがった頭をしていた歩兵が、赤い帽子を被せてもらい嬉しそうだ。

「赤い刺客なんて呼び方をしますね。特に、後半の駒が少なくなってきた時には、こいつの動きに注意しないと、迂闊に動くと背後から取られますよ」

「王様は全方向へ一歩だけ進める。僧侶は斜めに前後左右に進める。馬車は前後左右に真っ直ぐ好きなだけ進める……」

 実際に駒を動かしながら、小さな声で真剣に呟いているレイを見て、ヘルガーとラスティは頷いた。

「それでは一度対戦してみましょう。駒の置き方は覚えましたか?」

「うん、それは覚えた……と、思います」

 自信無さ気に駒を置くレイを見て、二人は頷いた。

「それで大丈夫ですよ、では説明しながら進めましょう」

 その時、目の前にニコスのシルフが一人だけ現れた。胸を張って笑っている。

「もしかして、これ、知ってるの?」


『知ってるよ! 全部教えてあげる』


 目を輝かせるシルフに笑いかけると、真剣な顔で座り直した。左腕に座ったシルフは、二人の説明を捕捉する形で、更に詳しい動きや考え方を教えてくれた。

 確かに、これは面白い。

 夢中になって時々質問しながら駒を進めていると、気が付けばほぼ互角の展開になっていた。



「ええ、これってもしかして王手!」

 僧侶の駒を動かして、大声でそう言った。

「おお、これは見事だ! してやられましたね」

「素晴らしい。初めてでここまで考えられるのは本当に素晴らしい」

 感心しきりの二人に手放しで褒められて、レイは困ってしまった。実はほぼ知識の精霊に教えてもらった通りに動かしただけなのに。

「これ、面白いね。以前、森の家族と一緒にカードで遊んだ事はあるけど、これは初めてだよ」

 駒を手に取って見ながら言うと、二人は驚いてレイを見た。

「カードでは、どんな事を?」

「えっと……同じ札が二枚あると出していって、互いにカードを取り合って最後に道化師を持っていた人が負け、っていうのと、全部の札を伏せておいて、同じ札を二枚めくるって言うのをしました」

 納得した二人は、何故かホッとしているように見えた。

 その後もう一度対戦してもらい、今度はシルフ達の応援を断って自分だけでやってみた。負けてしまったが、かなりやり方が分かってきたので、時間のある時に攻略本を読み込む事にした。



 昼食の後は、またガンディが来てくれたので、昨日の続きの歴史と地理の勉強を中心に教えてもらった。

 ガンディも陣取り盤が強いと聞き、途中から陣取り盤を取り出して対戦してもらっていたら、見兼ねたブルーまでが乱入してきてあれこれと教えてくれ、一緒に夢中になって遊んだのだった。

「其方はなかなかに筋が良いな。またいつでも教えてやる故しっかり頑張りなさい。これも騎士の嗜みの一つとされておるからな。あまり弱いと馬鹿にされるぞ」

「が、頑張ります」

 真剣な顔でそんな事を言われてしまい、誤魔化すように笑うしかないレイだった。






「ニーカ、それはこっちに運んでくれる」

「はい。全部運んで良いんですか?」

「ええ、お願い。子供達が来る前に並べてしまわないとね」

 沢山の、お菓子の入った袋が詰まった箱を抱えて、ニーカは担当の僧侶達に指示された通りに次々と運んだ。中に入ったお菓子を取り出して、机の上に一緒に並べていく。

 これは、参拝に来た子供達に配る為のお菓子だ。

 城から届けられた、竜騎士様が手ずから詰めてくださったというこのお菓子の袋は、毎年大人気で、すぐに無くなってしまうのだそうだ。



 タガルノでは、こんなお祭りは無かった。

 秋の収穫祭はあったが、大人達が呑んだくれるだけで、正直言って怖いばかりの記憶しかない。



 もう折れた足もすっかり元気になり、少し前から白の塔を退院して、この女神オフィーリアの神殿に住み込みで見習い巫女として勤めているのだ。

 愛しい竜は、まだロディナの竜の保養所にいるが、降誕祭が終わったらこっちに来てくれる事になっているのだ。と言っても、竜は街の中にある神殿にはいられないから、普段はお城の竜舎にいて、精霊達を通じて神殿の水の管理をしてくれるらしい。

 見習い期間が終わって、正式な巫女になれたら、城の中にある精霊王の神殿の分所に勤める事になる予定で、そうなればいつでも竜に会えると聞かされたニーカは、真剣にいろんな事を必死になって勉強しているのだった。

 全部のお菓子を並べ終わり、よく晴れた空を見上げたニーカは、少し前にロベリオ様達三人にロディナに連れて行ってもらった時の事を思い出していた。




 白の塔の部屋で、これを着るようにと手渡された綺麗な服に着替えた彼女は、ガンディと一緒に竜車に乗って何処かへ向かった。

 到着した場所には、見た事もない程の何頭もの竜達がいて興味津々で自分の事を見ている。どの竜達も、皆とても綺麗で大きく鱗は光り輝いていた。

「クロサイトの主だね。もう怪我は良いのかい?」

 一番大きな、見上げる程に巨大な真っ赤な竜に突然話しかけられて、ニーカは思わず後ろに下がった。

 怖い訳では無かったが、自分はタガルノの人間で、国境での戦いで自分が何をしたのかを思い出してしまったのだ。

「怯える事はない。大丈夫だ。ここには其方に危害を加える者はいないよ」

 巨大な竜に優しい声でそう言われて、ニーカは震えながら小さく頷くことしか出来なかった。

「この竜は、皇子の竜で、この国の守護竜だよ」

 ロベリオの言葉に、ニーカは振り返った。

「守護竜って、何ですか?」

「この国を守る中心になる竜の事だよ。俺達が呼ぶ時はルビー。皇子が呼ぶ時は……フレアって呼ぶよ」

 見ていると、ロベリオは差し出された赤い竜の額を撫でながら話しかけている。

「紹介しただけだからね。気にしないでください」

「大丈夫だ。分かっておるぞ」

 しかし、ニーカは意味がわからなかった。

「どうして名前が二つもあるの?」

 首を傾げる彼女に、ロベリオが教えてくれた内容は驚くべきものだった。

「主だけが呼ぶ事の出来る名前……守護石がその竜の一般的な呼び名……」

 呆然と、竜舎にいる竜達を見上げた。

「君の竜の守護石はロードクロサイトって石なんだ、だから俺達はクロサイトって呼んでる」

 無言で真っ赤な竜を見上げるニーカに、ロベリオはそっと背中を叩いた。

「君の竜には、なんて名前をつけてあげたの?」

 生まれて間も無いあの竜にとってみれば、これから一生大切にする最初の主がくれる名前だ。シルフ達も知らないと言っていたという事は、もしかしたらまだ決めていないのかもしれない。

 振り返ったニーカは、困ったような顔をした。

「まあ良いや。まずはクロサイトのところへ行こう。話はそれからだね」

 そう言って、特に問い詰める事もされずにその話は終わりになり、ロディナに行く為に、真っ黒なロベリオの竜に一緒に乗せてもらう事になった。

「こいつはオニキス、俺が呼ぶ時はアーテルって名だよ」

「よろしく……オニキス」

 遠慮がちに話しかけると、真っ黒な身体と真っ赤なたてがみを持った竜は、首を伸ばして鼻先を近付けてくれた。

 震える手を伸ばしてそっと鼻先を撫でてやる。滑らかなその手触りに、思わず笑顔になった。

 三人は、そんな彼女のする事を黙って見守っていた。

 ロディナへ向かう間、竜の背の上で彼女は無言だった。ずっと顔を俯かせたままロベリオの背にしがみついていた。




 到着したロディナの竜の保養所にある竜舎の前には、愛しい竜がすっかり元気になって自分を見上げていた。

 ゆっくりと地面に降りるのが待ちきれなくて、何度も立ち上がりそうになりロベリオに笑われた。

 地面に降り立った途端に転げ落ちるようにして飛び降り、そのまま自分の竜に飛びついた。

 他の竜達に比べたらはるかに小さなその体が、ただただ愛しかった。

 ようやく会えた嬉しさに、彼女は竜の首に抱きついたまま声を上げて泣いた。生まれて初めて、嬉しくて泣いた。

「竜よ……こんなに大きくなって、こんなに綺麗になって……ごめんね。何も出来ない私を許してね……」

 まだ細い首を抱きしめて、何度も何度もそう言ってはまた泣いた。静かに喉を鳴らしてくれる竜が愛しくて、また声を上げて泣いた。

 皆、黙って見守り、彼女が泣き止むまでずっと側にいてくれた。



「落ち着いたかい?」

 タドラの優しい声に、泣き止んだままじっとしていたニーカは顔を上げた。

 目の前の竜が、まっすぐに自分を見つめている。

 吸い込まれそうな薄紅色の瞳に、自分が写っている。

「主、呼んで……あなたが僕にくれた名前を……」



「スマイリー」



 小さな、けれどはっきりとした声で彼女がそう言った時、目の前に見た事もない程の大勢のシルフ達が現れた。


『祝えよ』

『祝えよ』

『めでたき日』

『新たな名前が与えられた』

『愛しき竜に祝福を!』

『幼き主に祝福を!』


 皆嬉しそうに、手を取り合って踊るようにクルクルと飛び回っている。

「良い名前だね」

「うん、良い名だ」

「でも、何故その名前なの?」

 三人の言葉に、ニーカは不意に恥ずかしくなった。

「だって……この子、正面から見ると、笑ってるでしょう?」

 思わず飛びついた首に力を入れて、竜の顔を上げて彼らの方に向ける。

 その瞬間、正面から竜の顔を見た三人は、堪える間も無く吹き出した。

「た、確かに笑ってるな」

「言われてみれば、口角が上がってる」

「目も少し垂れ気味だもんね。本当だ。確かに笑ってる!」

 三人は声を上げて笑いながら駆け寄り、クロサイトの首や背中を何度も叩いてまた笑った。

「良かったな。最高の名前だよ」

「本当にそうだね。お前は皆を笑顔にしてくれるんだな」

「良かったな、クロサイト」

 喉を鳴らして、竜騎士達に祝福されたスマイリーは、ゆっくりと顔を寄せてニーカに頬擦りした。

「ありがとう主。最高の名前だよ」

 幸せそうに目を細めてそう言う竜のその顔は、尚更幸せそうに笑って見えた。

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