まじない紐とお留守番

 城から竜騎士隊の本部に戻ったアルス皇子とマイリーの二人は、寛ぐ間も無く着替えてすぐにまた城へ戻って行った。ルークも、レイルズの様子が落ち着いているのを確認すると、着替えて城に戻るのだと言った。

「わざわざ戻って来てくれたんだね、忙しいのにごめんなさい」

 廊下でルークを見送りながら、レイは頭を下げた。

「気にするなって。俺達がそうしたいから戻って来たんだよ」

 いつもの白い竜騎士の制服に着替えたルークも、そう言ってレイの頭を何度も撫でてから足早に城へ向かった。

「武具以外の贈り物は、全てお部屋に運んであります。夕食までまだ少し時間がありますから、着替えた後は本を読まれては?」

 ぼんやりと、ルークの後ろ姿を見送っていたレイは、ラスティの言葉に振り返った。

「読みます! 読みます!」

 促されて部屋に戻ったレイは、机の上やその足元に運ばれて来た贈り物の数々が、まだ箱に入れられたまま積み上げられているのを見て、堪え切れない歓声を上げて駆け寄った。改めて見てみて、また嬉しさがこみ上げて来たのだ。

 手伝ってもらって竜騎士見習いの服を脱ぎ、部屋着に着替える。

「じゃあ、まずはこれを全部片付けないとね」

「いえ、これは私がしますから、どうぞレイルズ様は座って本を読んでいてください」

 満面の笑みで振り返ったレイにラスティは自分がすると言ったのだが、首を振ったレイは、嬉しそうに早速本の入った大きな箱を抱えて本棚の前に順番に運んで中の本を取り出し始めた。

「レイルズ様、こちらは贈り物と一緒に届いた絹のシャツや部屋着です。せっかくですから片付ける前にご覧になられますか?」

 その言葉に、驚いて本を手にしたまま振り返る。ラスティの手には大きな袋があって、駆け寄って覗き込むと取り出して見せてくれた。

 見事な仕立ての絹の服の数々に、レイは、もう今日何度目かも分からない歓声を上げた。



 貰った本を一冊づつ取り出しては、何度も表紙を撫でてから本棚に並べる。

 少し考えて図鑑を下の段に、よく読むお気に入りの本をその上の段に、まだ読んでいない新しい本は、一番目につく三段めに並べた。

 一番下の大きな段には、以前ヴィゴからもらった図鑑やマイリーからもらった歴史書が並べてある。

 中身がぎっしり詰まってきた本棚を見て、嬉しくていつまででも眺めていられた。

 大きく深呼吸をして読みたいのを我慢して、先に残りの贈り物を片付ける事にした。



 セーターはラスティが片付けてくれているので、机の上に置かれたリースと植木鉢の箱を開けた。

 リースはちょっと考えて、ベッドの横の壁を見る。

 丁度、窓の横にランタンを掛ける為の金具がいくつか等間隔で並んでいるのに気が付いた。そのうちの普段使っていない一つにそっとリースを飾った。

「ラスティ、ここにリースを飾っても良い?」

 声をかけると、引き出しにセーターを片付けていたラスティが振り返ってこっちを見た。

「ええ、もちろん構いませんよ。これは綺麗だ。それに、そこだと部屋に入った時によく見えますね」

 笑って頷くと、もう一つの植木鉢を取り出して机の真ん中に置いた。

 ラスティが小さなレースの敷物を渡してくれたのでそれを敷いてみる。まるで誂えたみたいにぴったりの大きさに嬉しくなってお礼を言った。

 空になった箱を片付けようとした時、植木鉢の入っていた箱の中に、まだ何か入っているのに気が付いた。

「あれ、何だろうこれ?」

 細長い袋を取り出してみる。その声にラスティも顔を上げて振り返った。とにかく細いリボンで括られたその袋を開けてみた。

「あ、新しいまじない紐だ! それと、こっちは……何だろう?」

「おや、珍しいですね。それは剣の鞘に取り付ける房飾りですよ。これは見事に編まれていますね」

「房飾り?」

 初めて聞く言葉に、レイは首を傾げた。

 手首に付けているまじない紐よりも細く編まれた紐が二つ折りになっていて、沢山の糸を束ねて根元で括られた房が紐の端に取り付けられていた。

「これは、ここに取り付けるんです。これもまじない紐の一種で、厄災を退けると言われています」

 剣置き場に置かれていたミスリルの剣を鞘ごと持って来て説明しながら教えてくれる。

 見ると、ラスティが指差す鞘の剣帯に取り付ける金具の下に、言われてみれば小さな輪っかが出ている。

「この部分に取り付けるんです。最近ではあまり見かけなくなりましたが、年配の方などは、今でもお付けになっていますよ」

「えっと、どうやって取り付けるの?」

 目を輝かせるレイの手から、房飾りを受け取ったラスティは、笑ってその金具に取り付けてくれた。

「どう?」

 腰に剣を当てて見せる。今は剣帯をしていないので、当ててみただけだ。

「まるで誂えたようにぴったりですね。せっかくですから付けておきますか?」

「うん! もちろん! ええと……この新しいまじない紐はどうやって取り付けるんだろう?」

 ラスティも、さすがにこれの結び方は知らなかったようで、二人で顔を見合わせて困っていると、目の前にニコスのシルフ達が現れた。


『私達は知ってるよ』

『教えても良いが彼には我々が見えない』

『白の塔の竜人なら付け方を知っているよ』

『彼なら知ってるよ』


「えっと、シルフ達がガンディなら知ってるって言ってるから、明日にでもガンディに頼んで手首に付けてもらいます」

 一瞬驚いたように目を見開いたが、シルフ達が言っているのだと聞いて納得したように頷いた。

「そうですか、ではこれはここに置いておきますね」

 小さなトレーを持って来てくれて、まじない紐はそこに置かれた。一人のシルフが現れて、その上に嬉しそうに座るのが見えた。

「あ、番をしてくれてるんだね。ありがとう」

 笑って手を振って、空になった箱の中をもう一度確認してから机から下ろした。

「この箱は、隣の物置に置いておきますね」

 ラスティがそう言って箱を持って行ってくれた。

 ルークから貰った革の鞄や文房具などは、いつも使っている文具が置いてあるタンスの横の戸棚と小物入れに取り出して、一緒に片付けた。まじない紐が入っていた袋もそこに置いておく。



 マイリーから貰った、陣取り盤は、ちょっと考えて本棚の横の戸棚の一番下の段に置いた。駒の入った箱は、木製で金具が付いているので、きっとこのまま使うのだろうと思い箱ごと盤の隣に置く事にする。

 説明書や攻略本は、本棚の三段目の端に並べた。



 残りは、ニコスから貰ったハープだ。

「もっと教えてくれる?」

 小さくそう呟くと、ニコスのシルフ達が現れた。皆、嬉しそうに笑っている。


『持ち方はこう』


 袋から取り出して、椅子を大きく引き出して座った。シルフの格好を真似て、ハープを抱えるように持つ。


『そうそう』

『左手はこっち側から弾く』

『右手はこっち』


 シルフ達に教えられるまま、レイは嬉しくなって両手を使ってゆっくりとハープを爪弾いた。



「小川のせせらぎ雪解けの音、いざや歌えや春の訪れ。芽吹きの喜び愛しき春よ、いざや踊れや春のおとない。雲雀の歌声青空高く、いざや歌えや春の訪れ。新たな命の誕生祝え、いざや踊れや春の訪い」

 母さんが歌っていたその歌詞は、自分で思っていた以上にはっきりと覚えていた。

 ハープを爪弾きながら無意識に小さな声で歌っていると、不意に畑仕事をしていた母さんの姿を思い出して、少しだけ涙が出た。


『これは? 知ってる?』


 手を止めたレイを慰めるように、またシルフ達が別の曲を教えてくれる。

「あ、聞いたことがあるね。えっと……でも歌詞は知らないや」

 ゆっくりとだが、間違えもせず古い曲を両手で爪弾く彼を、ラスティは驚きの目で見つめていた。




 夕食の後部屋に戻って来た時に、袋に入れて、机に立てかけるようにして置かれたままだったハープを見たラスティが、モルトナに頼んでハープを入れる硬いケースを作った方が良いと教えてくれた。

「楽器は、倒れたりすると壊れたり歪んだりしますからね。使わない時は、しっかりとした入れ物に入れておくのが良いんですよ。これは一旦、戸棚の下に横向きに置いておきましょう。ここなら倒れる危険もありませんからね」

 そう言って、空いていた戸棚の一番下の段に片付けてくれた。

「モルトナも忙しそうだったけど、急にそんな事を頼んで大丈夫かな?」

 忙しいのだと言っていたモルトナの言葉を思い出して心配したが、ラスティは笑って教えてくれた。

「革工房には大勢の職人がおられますから大丈夫ですよ。それに、楽器の入れ物なら専門の職人がいますから、彼らがやってくれますよ」

「そうなの?じゃあ、お願いしようっと」

 嬉しそうに笑うレイに、ラスティも笑顔になった。

 その後は、寝るまでの時間を夢中になって部屋で本を読んで過ごした。




 翌日、いつもの時間にシルフ達に起こされたレイは、白服に着替えて朝練の訓練所に向かった。

「おはよう。ちゃんと来たな」

「おはよう。今日は僕達二人だけだよ」

 ルークとタドラの二人が先に来ていて、柔軟体操をしていた。

「おはようございます。皆、忙しいんだね」

「今日と明日は、多分兵舎には誰も帰れないと思うから、すまないけどラスティの言うことを聞いて自習していてくれるか。午後からは二日ともガンディが勉強を教えてくれる予定だよ」

 ルークにそう言われて、レイは元気に返事をした。それなら、来てくれた時にまじない紐の付け方を聞いてみようと思った。

「朝練には誰か来てるから、頑張って起きてね」

 タドラも言葉にも、元気に返事をした。もちろん毎日朝練には参加するつもりだ。

 柔軟体操の後は、ルークに教えてもらってタドラと何度も手合わせをした。

 その後は、第二部隊の兵士達の乱打戦に参加させてもらった。かなり打ち合えて、ルークに褒めてもらって大満足で朝練を終えた。

 城に戻る二人を見送ってから、ラスティと一緒に部屋に戻った。



 軽く汗を拭いてから騎士見習いの服に着替えて、ラスティや他の従卒達と一緒に食堂で朝食を食べる。

 部屋に戻ると、そのまま午前中はまた本を読んで過ごした。

 軽い好奇心から、陣取り盤の説明書を開いて読み始めたら止まらなくなり、我慢出来ずに戸棚から陣取り盤と駒のセットを全部取り出して、机の上で説明書通りにせっせと並べた。

 説明書を手に駒を順に確認しながら、実際に駒を動かしてそれぞれの動きの決まりを確認していく。

 夢中になっていたら、昼食まではあっという間だった。

 机の上はそのままにして、また皆と一緒に食堂へ向かう。

 タドラの担当の、世話係の中では一番年長のヘルガーが陣取り盤が上手いと聞き、目を輝かせるレイだった。

 明日の午前中教えてもらう約束をして、ご機嫌で部屋に戻った。

「陣取り盤の対戦では、マイリー様と殿下が竜騎士隊の中では最強ですね。お二人はヴィゴ様でも歯が立たないといつも仰っておられますよ。まあ、我々では、ヴィゴ様にも到底敵わないのですけれどね」

 ヘルガーの言葉に、レイは感心したように何度も頷いた。

「すごいや。僕はまだ、駒の動きを覚えるので精一杯だよ」

「最初は戸惑いますが、覚えてしまえば、あれはとても勉強になりますからね。しっかり覚えて、頑張って強くなってください」

「はい、よろしくお願いします!」

 ヘルガーにそう言われて無邪気に返事をする様子に、見ていた皆も笑顔になるのだった。



 午後からは、ガンディが来てくれて、苦手な歴史や地理を中心に、精霊魔法の歴史の勉強もした。

 途中からブルーが一緒に参加してくれて、歴史の話は一緒になって教えてくれた。それどころか、歴史ではガンディも知らなかったような事をブルーが話し出して、何度も中断していたのは気にしない事にした。

 途中の休憩時間に、お願いして左の手首にまじない紐を結んでもらった。

 その時に、これは竜人達の習慣で、大切な家族や友人に贈る物だと聞かされて、今まで以上に嬉しく思った。

「ただし、言っておくがこれが切れたら気にせず手放しなさい。手元に置いておいてはならんぞ」

「どうして? せっかく作ってくれたんだから、切れたら修理すれば良いんじゃないの?」

 しかし、ガンディは笑って首を振った。

「これが切れた時というのは、厄災を断ち切ってくれた時だと言われておる。つまり、身代わりじゃ。だから、厄災を受けた物を手元に残してはならない。分かるか?」

「じゃあどうするの? 捨てちゃうの?」

 捨てろと言われたら悲しいと思っていると、良い方法を教えてくれた。

「捨てるのが嫌なら、神殿にお願いして焼いて貰えば良い。窓口で頼むと受け取ってくれるぞ」

「分かりました。じゃあもしも切れたのに気付いたらそうします」

「まあ、大抵は、気付けば無くなっているのだがな」

 そういうガンディの手首にも、擦り切れて色の変わったまじない紐が見えた。

「これは儂の友人が結んでくれたものだ。そろそろ切れそうじゃな」

「じゃあ、今度、これの結び方を教えてください。次は僕が結んであげるよ」

 驚いて目を瞬かせたガンディだったが、嬉しそうに笑うとレイの背中を叩いた。

「これは嬉しい事を言ってくれる。では、時間がある時に教えて進ぜよう」

「よろしくお願いします!」

 顔を見合わせて、手を叩き合った。



 夕食にはガンディも一緒に行き、その後寝るまでの時間もレイは夢中になって陣取り盤の説明書を熟読したのだった。

 陣取り盤の駒の上には、そんな彼を優しく見つめるシルフ達が楽しそうに並んで座っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る