追加の贈り物

「おい、お前ら。もうそろそろ良い加減にしろよ」

 走り回って息を切らせて床に転がったレイルズを見て、ヴィゴが笑いながら止めに入った。

「たしゅけて、くだしゃい」

 笑いすぎて呂律が回らなくなっているレイが、ヴィゴの腕に縋って笑いながらそう言い、ルークとタドラに脇腹を擽られてまた笑いながら悲鳴を上げた。

「ああ、笑った笑った」

「仕方がないなあ、じゃあこんなもんで、今日のところは勘弁しておいてやるとするか」

 タドラ達はまだ笑い転げているので、ルークが芝居染みた言い方で一礼して下り、それを見た全員がまた笑った。



「ほら、冷たい方が良いだろうと思って、冷やしておいたぞ」

 マイリーが、カナエ草のお茶を冷たくしたものを全員に入れてくれた。騒いでいる間に、ウィンディーネ達が冷やしてくれたらしい。

「ありがとうございます」

 若竜三人組が大喜びでそれを受け取り、レイとルークもそれぞれお茶を受け取った。

 喉を潤していた丁度その時、ノックの音がしてラスティと第二部隊の兵士が数名入って来た。

「失礼いたします。ドワーフギルドから追加の荷物が届いております」

「追加の荷物?」

「はい。どうやらこちらは別の便で届いていた様で、一緒にお届け出来なくて申し訳ありませんでしたとの事です」

 ラスティの後ろには、台車に積まれた大きな箱が一つ乗せられていた。

「ドワーフギルドからって事は、これも蒼の森からか?」

 ツリーの下に置かれた箱を見て、ロベリオが首を傾げる。わざわざここに置いて行ったという事は、レイルズ宛の荷物なのだろう。

「開けてみろよ」

 ルークの言葉に、レイは頷いてその箱を開けようとして困ってしまった。蓋を開いてみたが、中身はしっかりと梱包されていて、すぐには出せそうに無い。

 見兼ねたルークが手伝って、二人掛かりで布に包まれた中身を取り出した。

「何だろうこれ。それなりの重さがあるね?」

 不思議そうなレイに、周りも首を傾げている。

「これって……」

「何だろうな?」

「あ、何となく分かったかも」

 若竜三人組は、興味津々で覗き込んでいる。

 レイが苦労して包みを開くと中から出て来たのは、以前、綿兎の毛を梳く為に森に行った時にニコスが弾いていたものよりも一回り大きい、斜めの三角に形になった不思議な道具が入っていた。

「ほう、ハープか。これは珍しい形だな」

 感心した様なアルス皇子の言葉に、全員がの目が、レイルズが持ったその楽器に注がれた

 やや縦長のそれは、真ん中部分が大きな空洞になっていて、全部で20本の弦が張られていた。

「これは、ハープの中でもかなり古い形のものだ。しかし、これはまた見事な造りだね」

 皇子の言う通り、レイが持っている斜めになった太い土台部分には細やかな彫刻が彫られ、弦を支える直立した部分には、不思議な色を放つ石が一面に埋め込まれていた。それぞれの弦を締めている金具部分もよく見ると、細かな模様が一面に彫り込まれている。

「カードが入っているよ」

 箱を覗き込んだルークがそう言い、折りたたまれたカードをレイに手渡した。

 カードを開くと、そこには綺麗な文字が綴られていた。



「愛しいレイへ。私の主人が愛用していたハープを贈らせてもらいます。嗜みの一つとして楽器を勉強する事になると思いますので、候補の一つとして考えてもらえたら嬉しいです。色んな事をしっかり学んで、立派な竜騎士様になる日を楽しみにしています。愛を込めて。貴方の家族、ニコスより……」



 顔を上げて改めてハープを見る。その上にはあの大きなシルフが嬉しそうに座っていた。


『ここを弾いてごらん』


 もう一人が、弦の根元に立って一本の弦を指差している。

 嬉しくなったレイはカードを箱の隅に置くと、以前ニコスがしていた様に抱える様にしてハープを持ち直した。

 言われた弦をそっと弾いてみる。優しい音が部屋に響いた。

 次々と言われるままにポロポロと爪弾いていると、聞き覚えのある旋律である事に気付いた。

「これって春の歌だ」

 雪が溶けて春が来たと喜びを表すその歌は、母さんが春の畑仕事を手伝いながらよく歌っていた歌だ。何だか楽しくなってた。

「小川のせせらぎ雪解けの音、いざや歌えや春の訪れ。芽吹きの喜び愛しき春よ……」

 もう一度言われるままに爪弾きながらそこまで歌って我に返った。呆気にとられたロベリオ達の視線を感じて、照れた様に笑って誤魔化す。

「えへへ。素敵なハープだね」

「お前、すごいな。ハープが弾けるのか?」

 感心した様なルークの言葉に、精霊達が教えてくれたとは言えず、以前、ニコスに少しだけ教えてもらった事にした。

「へえ、ニコスはハープが弾けるんだ。さすがだね」

 ロベリオ達も感心している。

「これは、ゴシックハープと呼ばれるハープの一種で、ここまで細やかな細工が施されてあるのは珍しいよ。元の持ち主は余程の趣味人だったのだろうね。良い楽器だ。大切になさい」

 アルス皇子の言葉に、レイはハープを抱きしめて嬉しそうに頷いた。


『教えてあげるからね』

『弾き方は我らが知ってるよ』

『知ってるよ』


 シルフ達がこっそりそう言ってくれて、レイは嬉しくなって、もう一度ハープを抱きしめた。



 一旦入っていた袋にそのハープを戻して、プレゼントの山の横に置いた。

「これは、後ほどお部屋に運んでおきます。武器防具の類は、登録の上、保管庫へお運びしておきます」

 ラスティがそう言ってくれたので、お願いして皆を振り返った。

「えっと、それで会議って何をするんですか?」

 プレゼントを渡す為の口実で会議だと言っていた事に気付かないレイに、大人達は全員揃ってまた吹き出したのだった。



「それじゃあ、無事にプレゼントの開封も終わったし、俺達は城へ戻ります。レイルズそれじゃあね」

 若竜三人組とヴィゴが、そう言って手を振って足早に部屋を出て行った。

「それじゃあ、我々は昼食の後、準備をして父上のところへ挨拶に行くからね」

 皇子にそう言われて、レイは大きな声で返事をした。

 まだ、完全に元気になったわけでは無いが、皆からの心のこもった贈り物に、ずいぶんと慰められたレイだった。




 アルス皇子とマイリー、ルークという珍しい顔ぶれで一緒に食堂で食事をしてから一旦部屋に戻り、ラスティに手伝ってもらって竜騎士見習いの制服に着替える。それから四人揃って歩いて城へ向かった。

「ほら、あれがお城のツリーだよ」

 途中立ち寄った広い部屋には、見事なツリーが置かれていた。

 大きさは休憩室のツリーと然程変わらないが、飾ってある物が、どれも見事なガラス細工で出来ていた。英雄達の人形や、星、ベル、リースや柊の枝もある。一番上の一際大きなお星様は、金細工が施されていて蝋燭の明かりを跳ね返して、キラキラと本物の星の様に輝いていた。

「綺麗だね……」

 ツリーを見上げながら、何もなければ昨日、授業が終わってからここに来るつもりだった事を思い出して少しだけ涙が出た。

 慌てて必死で誤魔化し、不意に怪我をしたマークの事が心配になった。あの時は自分のことで精一杯だったが、確か、運ばれて行った時頭から血を流していたのだ。

「えっと、ねえルーク……」

 思わず、近くにいたルークに、小さな声で話しかける。

「どうした?」

 振り返って、同じく小さな声で応えてくれた。

「マークの怪我って大丈夫だったの? 確か、たくさん血が出ていて運ばれて行ったよね」

 思い出したら心配で堪らなくなった。

「ああ、マーク上等兵だね。知らせを聞く限り大丈夫そうだよ。昨夜は、少しめまいの症状があったらしくて、念の為三日間医療棟に入院になったそうだ。でも今日は、めまいも殆ど治って落ち着いているそうだよ」

「そっか、良かった。お見舞に……」

 事件の後の彼の態度を思い出して、俯いてしまった。レイは、嘘をついていた為にマークに嫌われたと思い込んでいる。

 そんな彼を見て、大人達は口を開きかけたが、ルークが黙って首を振るのを見て皆、口を噤んだ。

 これは当事者同士、まずはとことん話をさせるべきだろう。



「ほら、行くぞ」

 レイの様子には気付かないふりをして、ルークは彼の背中を叩いて歩く様に促す。顔を上げたレイも、平気な振りをして言われるままについて行った。

 何となく見覚えのある廊下を通り、大勢の人達が自分を見ているのには気付かない振りをして必死になって前を見ていたレイだった。

 到着した部屋は、以前始めてマティルダ様とお会いした時の、庭を見る為の部屋だった。

 通されて中庭を見たレイは、思わず歓声を上げた。

 中庭には、レイの背丈よりも少し大きい程度のツリーが飾ってあったのだが、それは全ての飾りが金色のベルで、一番上には同じく金色のお星様が飾られていた。

「うわあ、こんなツリーもあるんだね。すごく綺麗……」

 振り返ると王子とマイリーが頷いてくれたので、扉を開いて中庭に出てみる。

 少し離れたところからツリーを眺めた後、その後ろの、英雄サディアスとオフィーリアの像の前に行ってみた。

 それぞれの像の前には小さな机が置かれて、果物やお菓子が綺麗に飾られていた、その前には燭台が置かれて、蝋燭には火が灯されている。

 その時、小さな鳴き声がして、石像の背後から見覚えのある白と黒のふわふわの猫が出て来た。

「あ、レイ。久し振りだね。元気にしていたかい?」

 寒くなって、更に毛が増えた様でふわふわさが増して一段と丸くなっている。

 甘える様に擦り寄って来るそのふわふわの体をそっと抱き上げてやった。大人しく抱かれたレイは、甘える様に肩にしがみついて顎を乗せ、大きく喉を鳴らし始めた。

 ブルーの鳴らす喉の音とは全く違うその優しい音に、レイは目を閉じて聞き惚れた。

「良い子だね……良い子だね……」

 その音を聞いていると波立っていた心が鎮まる様な気がして、何度も背中を撫でてそう言いながら、サディアス像の前で、レイはじっと立ち尽くしていた。




「外は寒いよ、中に入りなさい」

 すっかりここがどこだったか忘れていたレイは、アルス皇子に声を掛けられて慌てて顔を上げた。

 部屋の中には、いつの間には陛下とマティルダ様が来られて、こっちを見ている。

「し、失礼いたしました!」

 大急ぎで戻ろうとしたが、レイが肩にしがみついたまま降りてくれない。

「ええと、この子も一緒で良いですか?」

 恐る恐るそういうと、お二人とも笑って頷いてくれた。

「レイったら、すっかり貴方の事が気に入ってしまったようね」

 マティルダ様の言葉に、レイは猫を抱いたままでいささか間抜けではあるが、教えられた通りに片膝をついて挨拶をした。



「会えて嬉しいよ。さあ立ちなさい」

 陛下にそう言われて立ち上がったが、猫のレイは全く降りる気配がない。

 仕方がないので、そのまま勧められた椅子に座る。すると、嬉しそうに猫のレイは肩から降りて彼の膝に座ってしまった。

「何だよ。座り心地悪いと思うけど、ここが良いのかい?」

 そっと額を撫でてやると、目を閉じてうっとりと鼻先を擦り付けて来た。

「でも、こっちへいらっしゃい。レイルズにはする事があるからね」

 マティルダ様がそう言って、膝の上のレイを抱き上げて自分の膝の上に座らせた。

 仕方がないな、と言わんばかりに大きく伸びをすると、丸くなってマティルダ様の膝の上で寝てしまった。

 自分がする事って何だろう? 不思議に思って振り返ったら、部屋の隅にこれも大きなツリーが飾ってあるのに気が付いた。ツリーの下にはリボンの掛かった大小の箱が並んで置かれている。

「開けてごらん」

 笑顔の陛下にそう言われて、思わず息を飲む。

「ほら、行ってこいよ」

 隣に座ったルークが、そう言って背中を叩いてくれた。

 立ち上がってツリーの元へ行く。まずは一抱えはありそうな大きな方の木箱のリボンを解き、蓋を開けてみる。

 見事な細工の施された鞍としなやかな革を編み込んだ手綱が入っていた。分厚い皮のベルトも何本も束ねて一緒に入っている。

「騎竜は竜騎士達から贈られたそうだからね。これは戦闘訓練が始まったら使うと良い。通常の鞍よりもしっかりと作られている」

 陛下の言葉に、レイは改めてそれを見る。確かに、自分が持っている鞍よりも一回り大きくしっかりしているのが分かった。

「ありがとうざいます。大事にします!」

 目を輝かせてお礼を言った。

 次に、その隣の小さな平たい箱を開けてみる。

 平たい輪切りにした木の板が入っていた。しかし、表面は真っ平らに磨かれていて、見事な艶があり光り輝いている。細かな木目はまるで炎の揺らぎの様な不思議な模様をしていた。

「それは、持っているミスリル鉱石を置く台にしなさい。千年樹と呼ばれる古木の板から作られた飾り台だよ」

 陛下がそう言ってくれたので、改めてその板を見てみる。確かに、あの石を置くのにぴったりの大きさだった。

「ありがとうございます。じゃあ、あの石を置かせてもらいます」

 嬉しそうに笑うと、マティルダ様から一通の封筒を手渡された。

 お礼を言って受け取って、そっと開いてみると、そのカードにも綺麗な文字で何か書いてある。

「えっと、一の郭の『瑠璃の館』を贈る……ええ! これって……」

 言葉を失って陛下を見ると、マティルダ様と二人並んで笑って頷いてくれた。

「まあ、其方はまだ未成年だからね。正式な譲渡は成人してからになるだろう。それまでは、ラピスのいる湖の横にある離宮を自由に使いなさい」

 声も無く、二人を見つめる事しか出来なかった。降誕祭の贈り物って、こんなに凄い物を貰える日だったっけ? ……そうか、自分は今夢を見ているのか。

 余りの凄い贈り物に、思わず現実逃避してしまうレイルズだった。




 ようやく衝撃から立ち直って何度もお礼を言った後、用意されたお茶とお菓子を一緒に頂いた。

 真っ白なお砂糖が沢山掛けられた、ドライフルーツのたっぷり入ったパンの様なお菓子はとても美味しかった。

 しかし話題は、どうしても昨日の事件の事になる。

 そこでレイは、彼ら二人が精霊達から見放され、全く精霊が見えなくなっている事を知らされた。既に聞いて知っていた竜騎士達も、改めて聞かされて無言で黙り込んでいた。

「そんな……」

 驚きのあまり、何と言って良いのかわからない。すると、目の前にニコスのシルフが現れてそっと頬にキスをしてくれた。


『決してやってはいけない事がある』

『彼らは無知故の悪戯心でそれに手を出した』

『取り返しのつかぬ事がある』

『これはその一つ』

『決して許されぬ行い』


 また涙が出そうになって、必死で唇を噛んで堪えた。

 猫のレイが、そっと膝に上がって来て、慰める様に俯く鼻先を舐めてくれた。

「痛いよ。君の舌はザラザラなんだね」

 そう言って、そっとふかふかのレイを抱きしめた。優しく鳴らす喉の音を、いつまでも聞いていた。



「彼らの処分については、未成年である事も鑑みて判断されるだろう。其方が心を痛める事は無いぞ」

 優しく背中を撫でられて、レイは頷く事しか出来なかった。落ち着いたら、出来れば彼らと話をしたいと密かに考えているレイルズだった。



 初めてのオルダムでの降誕祭は、レイにとっては一生忘れられない数日間となったのだった。

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