降誕祭の贈り物の山

 翌朝、いつもよりゆっくりと八点鐘の鐘が鳴った後に起き出したレイは、枕元に座っていたシルフ達に朝の挨拶をしてから力一杯伸びをして、強張った身体を解した。

 結局、あの後ルーク達が部屋に戻ってからもなかなか眠れず、ようやく眠る事が出来たのはもう空が白み始める時間になろうとする頃だったのだ。

「おはよう。ふわあ、まだちょっと眠いや」

 大きな欠伸をしてから静かな部屋を見渡すと、暖炉に火が入れられて部屋の中がとても暖かい事に気付いた。暖炉の中では、火蜥蜴が丸くなって眠っているのが見える。

「火蜥蜴君はお寝坊さんだね。でも僕はもう起きるよ」

 もう一度大きく伸びをして、まずは顔を洗う為に洗面所へ向かった。



「おはようございます。もっとゆっくり休んでいても良いんですよ」

 洗面所から戻って着替えようとした時、丁度ノックの音がしてラスティが部屋に入って来た。

「おはようございます。ええ? いつもよりずっとお寝坊さんだよ」

 手伝ってもらって、着替える前にまずは体に貼った湿布を交換してもらった。

「背中以外は、殆どもう分からなくなりましたね。痛みは如何ですか?」

 湯で絞った布で、患部を拭きながらそう聞かれたので、レイは笑って振り返った。

「もう、全然痛く無いよ。まだ湿布する?」

「背中は、念の為貼っておきましょう。それ以外はもう大丈夫そうですね」

「もう大丈夫なのに」

「念の為ですよ。はい、これで結構です。それでは着替えて食事に致しましょう」

 手伝ってもらい、いつもの騎士見習いの服に着替えた。

「昨日……あれから何かあった?」

 剣帯にミスリルの剣を取り付けながら、遠慮がちな声で聞かれて、ラスティは思わず膝をついて俯く顔を覗き込んだ。

「軍本部に拘束されたお二人は、素直に取り調べに応じているようです。今のところ、特に何かあったとの報告は来ておりませんから大きな変化は無いようですね。何かわかりましたら必ず報告致します」

「分かりました、じゃあ大人しくしてます」

「はい、それでは食事に参りましょう」

 ラスティに連れられていつもの食堂へ向かうと、驚いた事にルークと若竜三人組が、揃って先に食事をしていたのだ。

「おう、おはようさん。なんだよ、せっかくなんだからもっとゆっくり寝ていても良かったのに」

 笑って手を振るロベリオにそう言われて、レイは彼らのいる机に駆け寄った。

「おはよう。昨夜はちゃんと眠れたかい?」

「おはよう。聞いたよ。窓に座ってたんだって? 無茶するなよな」

 タドラとユージンも、そう言って笑っている。

「おはようございます! ちゃんと眠ったよ。まあ……まだ少し眠いけどね。えっと、昨夜は流れ星をすっごく沢山見たんだよ」

「おはよう。確かに綺麗だったよな。ほら、取って来いよ」

 ルークに背中を叩かれて、レイは返事をしてラスティと一緒に自分の分を取りに行った。

「大丈夫そうだな」

「確かにね。でもまあ、しばらくは気を付けておかないと」

 ロベリオとユージンが、レイルズの後ろ姿を見ながら小さな声で話している。

「でも、僕にはかなり無理してるみたいに見える」

 タドラの言葉に、二人も小さく頷いた。

「プレゼントで、元気になってくれるかな?」

 ルークの声に、ロベリオとユージンが振り返った。

「だと良いよな。あんな悲壮な顔で泣いてる姿なんて、もう見たく無いよ」

「見ているこっち迄、胸が締め付けられるみたいだったよな」

「僕は、同調して一緒に泣きそうになるのを必死で我慢してたんだからね!」

 タドラは、他人の感情に同調しやすい。

 普段はそれ程でも無いのだが、特に身近な人物の激しい感情の変化には、影響されやすい。

「怒りや笑いの感情は、比較的我慢出来るんだけど、泣かれるのが正直言って一番影響受けるんだよ。特に、あんな風に身も世もなく号泣されると……弱いんだよね」

 ため息を吐きながらそんな事を言うタドラを慰めるように、ルークが彼の背中を撫でる、二人も、タドラの肩や背中を叩いたり撫でたりして無言で慰めてくれた。

「あんな純粋な悲しみの感情に触れたのって、僕でも初めてだったよ。テシオス達のこと、レイルズは本当に疑っていなかったみたいだね」

「今回は、あの純粋さが裏目に出たよな。まあ、これも人生経験だって言えばそれまでだけど、もうちょっと穏やかにしてもらえないもんかね」

 半ば呆れたようなルークの呟きに、三人も苦笑いしながら同意するように頷き合った。



「おいおい、朝からよく食べるな」

 戻ってきたレイルズのトレーを見て、ロベリオが呆れたようにそう言って笑う。

「だって、お腹空いてるんだもん!」

 笑って舌を出したレイは、タドラの隣に座って目を閉じてしっかりお祈りをしてから食べ始めた。

 山盛りに取ってきた薫製肉を、薄く切って焼いたパンの上に何枚も乗せてもう一枚で挟む。

 嬉しそうに大きな口を開けて食べている彼を、何となく皆笑顔で見ていた。

 周りの兵士達も、皆、昨日何があったか知っていたが、レイルズが平気そうにしているのを見て、敢えて知らんふりをしてくれていた。



 取ってきた料理を綺麗に平らげ、食後のお茶と一緒にミニマフィンと果物も食べたレイは、満足そうに笑った。

「ご馳走様でした。僕もうお腹いっぱいです」

「それじゃあ戻ろうか」

 ルークの言葉に、全員が立ち上がった。

 昨日、ちょっとした会議をすると聞かされていたので、レイは内心で一体何をするのか考えていて、休憩室に入った全員が立ち止まって自分を見ているのに気付くのが遅れた。



 皆、笑顔で自分を見ている。



「え? どうしたの?」

 見ると、真ん中に置かれた大きな机には、アルス皇子とヴィゴとマイリーの三人が座っているが、彼らも笑顔で自分を見ていた。

「えっと、おはようございます」

 一先ず挨拶をして部屋を見回した時、目に飛び込んできた光景にレイは堪え切れない歓声を上げた。

「ええ、すごい! 何ですか!これ!」

 思わずルークを見ると、彼は呆れたように背中を叩いて吹き出した。

「降誕祭の日のツリーの下に積み上がっているものなんて、一つしか無いだろうが!」

「でも……」



 今、この部屋にいる未成年は自分だけだ。まさかあんなにもらって良いのだろうか?



「えっと、じゃあ、あれって……」

「全部、お前の為のプレゼントだよ。ほら、何してる。行って見て来いよ」

 背中を押されてツリーの前に行く。大小様々な包みや箱が、所狭しと置かれている。

「こっちの山は、蒼の森のご家族から届いたものだよ。ちゃんと昨日届いたから、一緒に置かせてもらった」

 ヴィゴがツリーの右側に積まれた山を指差して笑って教えてくれた。

 という事は、ツリーの下にあるのは、竜騎士隊の皆からの贈り物なのだろうか。

 とにかく、一番手前にあった平たい箱を開けみる事にした。

 リボンを解いて、蓋を開けてみる。

「綺麗だけど、何だろうこれ?」

 周りが綺麗に彫刻された脚が付いた分厚いマス目の描かれた板と、さらに小さな箱が入っていた。その箱を開けると、中には親指程の大きさの幾つもの形の違う駒が並んでいた。それらも、見事な彫刻が施されている。

「それは陣取り盤と呼ばれるゲームでね。その名の通り、実際の戦いのように戦略を考えて互いの陣地を攻撃し合うんだ。駒の動きは全部決まりがあって覚えるのは大変だけど面白いぞ。是非とも覚えて俺と対戦してくれ。楽しみにしてるよ」

 マイリーに言われて、レイは彼を見た。

「ありがとうございます! 頑張って覚えます!」

 隣に積んでリボンがかかっていた分厚い本は、開いてみると、その陣取り盤の説明が描かれた本や初心者向けの攻略本だった。

「これ、俺達も勉強中なんだよ。早く覚えて一緒にやろうぜ!」

 ロベリオにもそう言われて、レイは笑顔で頷いた。

 蓋を閉めて一旦横に置き、隣の細長い箱を開ける。



 ミスリルの剣が出てきて、驚きに手が止まった。



 今、持っているギードが作ってくれた短剣よりも一回り長くて大きい。中剣と呼ばれる一般的な長さの剣だ。柄とガードの部分には細やかな模様が彫られていて、革製の鞘にもミスリルが当てられ、こちらも見事な細工が施されている。

「今は、そのギードが作ってくれた短剣で充分だけれど、もう少しして剣術を本格的に習うようになると、そのくらいの長さの剣が必要になるからね」

 アルス皇子にそう言われて、レイは嬉しくて咄嗟に言葉が出なかった。

「あ、ありがとうございます。大切にします」

 捧げるように持って、皇子を見ると笑って頷いてくれた。

 深呼吸してゆっくりと剣を抜いてみる。

 紛う事なきミスリルの輝きに、全員の口から感嘆の声が聞こえた。

「これは見事だ。良い剣を頂いたな。しっかり精進しなさい」

 ヴィゴの言葉に、目を輝かせて返事をした。



 一旦箱に戻して、その隣の袋を開ける。

 そこには、革製の防具一式が入っていた。ギードからもらったものよりも、かなり分厚い革で作られていて、胸当ても大きく体全体を守れるようになっていた。それから、持っていなかった脛当てや肘当て、頭に付ける鋼の板のついたバンドや、兜もあった。

 顔を上げると、ヴィゴが笑ってこっちを見ている。

「年が明けたら、剣術だけでは無く、弓や槍など、騎士として最低限の武術を学ぶぞ。其方の身体を守ってくれる大切な防具だ。大事にしなさい」

「ありがとうございます! 大切にします!」

 袋ごと抱きしめてお礼を言った。嬉しくて、顔が笑ったまま戻らない。

 立てかけてあった細長い袋を手に取ってみる、重くて驚いた。

 そっと分厚い布で作られた袋を開いてみると、大きな槍が出て来た。穂先の部分には、革と金属で作られた鞘が嵌めてある。

 一緒に置いてあったその隣の箱には、弓と矢のセットが入っていた。これもよく見ると、細やかな細工の彫られた見事なものだ。

 マイリーとヴィゴが二人揃って手を上げてくれた。

「これらは持っていなかったろう? これも、これから先の訓練で必要になるからね、しっかり精進しておくれ」

 思わず、直立してお礼を言った。



 次の箱には、本が何冊も入っていた。どれも読んだ事の無い本ばかりで、目を輝かせて振り返るとロベリオとユージンとタドラの三人が笑いながら手を上げてくれた。

「本、好きだろ。俺達のお勧め本。時間のある時にゆっくり読んでよね。あ、そっちの箱もそうだよ。そっちには画集や図鑑が色々入ってる」

 驚いて、もう一つ横に置かれた箱を開ける。言われた通り、中には分厚くて大きな本が、これも何冊も入っていた。

「あ! 版画の幻獣図鑑。こっちは精霊図鑑。植物図鑑に動物図鑑。これは……天候と天体図鑑。すごいすごい! どれも欲しかった本ばっかりです! ありがとうございます!大切に読みます!」

 何冊もの取り出した本を抱きしめて、昨日とは違う涙が出そうになり、慌てて袖で拭った。

 二つ目の箱には、それらの図鑑以外にも、英雄達の肖像画の版画を集めた画集や、国内の各街の地図が詳しく載った本などもあった。

 思わず開いて読み出しそうになり慌てて閉じる。今ここでこれを読み始めたら、絶対に我慢出来なくなるのは自分でも分かった。

 周りは、そんな彼を見て堪えきれずに笑っている。

「そうだね。それは後の楽しみに置いておきなさい」

 マイリーにそう言われて頷いたレイは、隣の大きな袋を開けてみた。



 中には、革製の細やかな柄の入った大きな肩から掛ける鞄が入っていた、鞄の中にも何か入っている。

「うわあ、綺麗な鞄。中には……ああ! 文具がいっぱい入ってる!」

 中には、これも見事な細工のされた革細工の筆入れや万年筆やインク壺、何冊ものノート、折りたたみ式の大きな画板や絵の具や筆も入っていた。

「しっかり勉強しろよな」

 ルークにそう言われて、大きな声で返事をした。

「ありがとうございます!大事に使います!」

 その隣の箱には、見た事の無いお菓子が、袋に入れられてぎっしりと詰まって並んでいた。

「それはおまけ。俺のお勧めのお菓子の詰め合わせだよ」

 とても、おまけというような量ではない。

「どれも美味しそうだね。でも僕一人じゃ食べきれないから、これはみんなで食べようよ!」

 その言葉に、ルークだけで無く全員が吹き出した。

「そうか、じゃあこれはここに置いておくか」

 笑いながらルークがその箱を受け取って机の上に置いた。皆、まだ笑っている。



 最後に、ツリーの植木鉢の上に置かれた封筒を手にした。

 てっきり手紙だと思ったら、中には分厚い紙に何か書かれている。

「竜騎士一同より、ラプトルを二頭ここに贈る。ええ……これって何ですか?」

 思わず振り返ると、アルス皇子が教えてくれた。

「それは、我々全員からの贈り物だよ。一頭は、今、君が毎日乗っているゼクス。君によく懐いているそうだからね。もう一頭は、ゼクスよりももっと大きなラプトルで、これは君の戦闘訓練が始まると乗る事になる、戦闘専門の訓練を受けたラプトルだ。実際に君が騎竜に乗って戦う事は無いだろうが、騎士としては覚えておかなければならない事だからね。名前はレイド。世話は厩舎の担当者がしてくれるから、特に君が何かする必要は無いよ」

 自分のラプトルを持てるなんて、夢のようだった。

「あ、ありがとうございます……僕、なんてお礼を言ったら良いのか……」

 感動のあまり、言葉が出て来ないレイルズの背中を、ルークが笑って叩いてくれた。

「ほら、そっちも開けてみろよ。それは俺達も何が入ってるか知らないんだ。何を送って来てくれたのかな?」

 右側に積まれた、蒼の森からの贈り物を見た。

 深呼吸をして、最初の箱を開けてみる。

 見覚えのある、去年も貰ったタキスが作ってくれた陶器の鉢に植えられた飾りが入っていた。

 乾かした花や木の枝、木の実などで作られたそれは、開けた途端に良い香りが部屋中にあふれた。隣の箱には、去年よりも一回り大きなリースも入っていた。

 リースに刺されたカードには、愛を込めて我ら三人から守りと癒しの贈り物を、と書いてあった。

「これはタキスが作ってくれたんだよ。嬉しい、これは持って来られなかったもんね」

 部屋に置いてあった去年貰ったそれは、すっかり香りも抜けてしまっていたし、壊れやすいものだから置いていきなさいと言われて、持って来られなかったのだ。

「これは見事な細工だな。どうやって作っているんだ? まるで生の花みたいだな」

 若竜三人組が覗き込んで、口々に感心していた。



 隣の袋には、セーターやベストが、それぞれ何枚も入っていた、どれもふかふかの優しい色合いの綿兎の毛糸で編まれていて、細やかで複雑な模様が立体的に編み込まれていた。

「これはニコスが編んでくれたんだよ。綿兎の毛を紡いで糸にして、それを染めてから編むんだよ。凄いよね」

 ふかふかのセーターに顔を埋めて説明した。

 蒼の森でへ綿兎の毛を梳きに行った時の事も思い出して、少しだけ笑ってしまった。



 最後に床に置かれた細長い袋を手にした。

「あれ? これってもしかして……」

 持ち上げた時の重みで、中身の想像が付いた。急いで袋を開いて堪え切れない歓声を上げる。

 そこには、真新しい、大小の長さの二本の金剛棒が入っていたのだ。しかも、以前もらったものとは、色が違う。

「ほう。赤樫の棒か。さすがだな」

 ヴィゴの言葉に、レイは棒を手に振り返った。立ち上がったヴィゴが、手を差し出したので持っていた棒を渡す。

「やはりそうだ。これは赤樫と言って、こういった武具の中では最高の品だ。お前が今まで持っていた白樫とは強さも桁違いだぞ。大事にしなさい。良い品だ」

 まるで、折れる事が分かっていたかのような見事なタイミングの贈り物に、レイはもう溢れる涙を堪えられなかった。



 でも、これは昨日とは違う、とても嬉しく温かい涙だった。



「あ、ありがとうございます……僕、こんなにもらってばかりで、良いんでしょうか……」

「良いに決まってるだろうが! 子供が降誕祭の日に遠慮なんかするんじゃねえよ!」

 ルークに力一杯背中を叩かれて、悲鳴をあげて隣にいたロベリオの後ろに隠れた。ルークとユージンが両手を広げてその後を追いかける。歓声を上げてタドラの後ろに隠れ、捕まりそうになって更にツリーの後ろに走って逃げる。

 最後は四人がかりで追いかけられて、あっという間に捕まってしまい、四人から擽られて悲鳴をあげて床に転がった。


『嬉しい嬉しい』

『プレゼントがいっぱいいっぱい』

『嬉しい嬉しい』

『楽しい楽しい』


 何人ものシルフ達が現れて、転がって逃げ回るレイの周りを一緒になって飛び回った。

 大人達は、そんな彼らを見て大笑いしていた。

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