蒼の森への贈り物と癒しの流星群

「ああ、ギードに貰った金剛棒が……」

 ようやく笑いの収まったレイが、体を起こしながら落ちている金剛棒を見て思わず呟いた。

 ルークもゆっくりと立ち上がりその塊を拾う。

「離れない……うわあ、完全に食い込んでるぞ。おいおい、お前、どれだけ力一杯打ち込んだんだよ」

 呆れたようにそう言って、手にした二本の棒を見せてくれた。

 確かに、打ち合って曲がった部分が互いに減り込んでいて完全に一体化してしまっている。

「面白いから、しばらく飾っとこう。馬鹿力の成果だな」

 笑ったルークが、壁の空いた金具にその棒を引っ掛ける。歪なばつ印が壁に描かれた。

「せっかく作ってもらったのに、謝らないと……」

 壁のばつ印を見てしょんぼりしながらそう呟くと、隣にいたルークに優しく背中を叩かれた。

「レイルズ、覚えときな。訓練用の道具は消耗品だよ。あれは、比較的初心者向けの白樫の木で作られた棒だから、もう今のお前の力を受け止めきれなくなっていたんだな。ギードにそう報告したらきっと喜ばれるぞ。でもまあ、普通は打ち合っててもヒビが入る程度で、あそこまで見事にへし折れる事は無いよ。全くこの馬鹿力が!」

 からかうように力一杯背中を叩かれて、レイは態とらしい悲鳴を上げて逃げ出した。

「こら待て!」

 いきなりそこから素手の格闘訓練が始まり、最後に捕まってルークに投げ飛ばされるまで、レイは必死になって逃げ続けたのだった。




「……もう無理……動けません」

「俺も疲れた。ちょっと大人気なく本気出しちまったよ」

 息を切らせて床に二人揃って伸びているのを、遠巻きにした兵士達は半ば呆れて見ていた。

「あの、大丈夫ですか?」

 何人かの兵士が、起きてこない二人の側に心配そうに近寄って来る。

「大丈夫だよ。ちょっと本気で遊んだだけ。そういえば外はもう暗くなってるな。ええと、何点鐘の鐘が鳴ってた?」

 身体を起こして、窓を見ながら尋ねる。

「少し前に、六点鐘の鐘が鳴っていました」

 兵士の言葉に、ルークは立ち上がった。

「もうそんな時間なんだ。おい、レイルズ。起きられるか?」

 床に転がるレイの頭を突く。

「あい……起きます……」

 しかし、そう返事をしたきりそのまま床に転がっているレイを見て、ルークとその兵士は顔を見合わせた。

「担架を持って来ましょうか?」

「いや、そこまでする程じゃないだろう。よし、このままハン先生のところへ担ぎ込んでやろう」

 笑ったルークはレイの横にしゃがみこむと、そのまま彼を抱き上げて、右肩に、ひょいっとまるで荷物を運ぶみたいに軽々と担ぎ上げてしまった。

 はっきり言ってこれは屈辱的な体勢だ。

「うわあ! 待って! ルーク! 大丈夫です! 自分で歩けます!」

 背中を力一杯叩いて、大丈夫な事を必死で訴える。

「ええ? 連れて行ってやるから遠慮しなくて良いんだぞ」

 笑いながらそう言い、今にも廊下に出て行きそうなルークに、レイはもう一度力一杯背中を叩いて訴えた。

「大丈夫です!ちゃんと、自分で、歩けます!」

「なんだ、そこまで言うならまあ降ろしてやるよ。でも言っとくけど、一度でもふらついたらまた担ぐからな」

 降ろしてもらったは良いが、満面の笑みでそんな事を言われてしまい、何度も飛び跳ねて元気である事を必死でアピールした。

「でもまあ、一応ハン先生に見てもらえよな。多分、打ち身は出来てると思うからさ。それが終わったら一旦部屋に戻って少し休んでから夕食かな」

「はい! 僕、お腹空いた!」

 手を叩き合い、笑いながらまずは医務室へ向かう二人だった。




 医務室でハン先生に診てもらう。今回は打ち身程度だと言われ念の為湿布を出してもらった。

 一旦部屋に戻って湯を使って着替える。湿布はラスティが貼ってくれた。

「まあ、今回は大した怪我は無かったようですね」

 ホッとしたようなラスティの言葉に、顔を上げたレイはしょんぼりと、ギードからもらった訓練用の金剛棒を折ってしまった事を話した。

「打ち合いでそこまで見事に折ったのは、私も初めて聞きますね」

 苦笑いしたラスティは、休憩室のツリーの下に積み上がった贈り物の数々を思い出していた。でも、あれは明日の朝、自分で気が付いてもらうべきだろう。

「では、夕食まで少しお休みください。念の為、ベッドを温めてありますから横になられても良いですよ。食事の時間になったら起こして差し上げます」

 そう言ってラスティが一礼して出て行こうとした時、突然レイが立ち上がって、何か言いたそうにこっちを見た。

「どうされましたか?」

 驚いて戻ると、目を輝かせたレイがベッドを指差しながら勢い込んで尋ねてきた。

「ラスティ! ねえ、教えてください! あの、あったかい湯たんぽって何処かで売っていますか?」

「湯たんぽですか? 今お使いのあれはロッカの工房で作られた物ですが、街へ出れば、今の時期なら売っていると思いますが? どうなさったんですか?」

「あのね、蒼の森のタキス達にあの湯たんぽを贈りたいんだけど、どうしたら良いですか? 蒼の森の冬は本当に寒いの。特に年明けから二の月の間が特別に寒いんだよ。だから、あれがあれば、寝る時に寒く無いかなって思って……」

 納得したラスティは、笑って頷いた。

「それでは出入りの業者に頼みましょう。すぐに用意してくれますよ。数は三つでよろしいですか?」

 目を輝かせるレイに頷いて、今度こそ部屋を出ようとしたら、遠慮がちにレイに袖口を掴まれた。

「あ、あの、もう一つ質問です。えっと、お金はどうしたら良いですか?」

 既に、軍部ギルドにレイルズの口座は作られていて、ガンディから多額の入金があったと知らされている。この辺りの話は、ルークが教える事になっているので、ひとまず安心させてやる事にした。

「大丈夫です。レイルズ様名義で、既に軍部ギルドに口座が作られています。そこから引き落としになりますので、直接支払う必要はありませんよ」

「えっと、でもお金は入ってないでしょう?」

 首を傾げるレイに、ラスティは笑って正面から彼を見た。

「この辺りのお話は、今度ルーク様が詳しく教えてくださいます。大丈夫ですよ。ちゃんとレイルズ様の口座にはお金が入金されていますから、ご心配無く」

 そう言って背中を叩くと、今度こそ部屋を後にした。

「良かった、これでタキス達も暖かく寝られるね」

 肩に座ったシルフにそう言って笑いかけると、夕食までちょっとだけ寝る事にした。

 暖かい毛布に潜り込み、枕に抱きついてレイは目を閉じた。しかし、眠りはなかなか訪れてくれなかった。

 枕元に並んだシルフ達が交代で、レイのふわふわな赤毛を愛しそうに何度も何度も撫でて続けていた。




 夕食は、ルークとラスティと一緒に三人でいつもの食堂で食べた。

 いつもより少し控えめに食べていたレイの様子を、二人とも心配そうに見ていたが、特に何も言わずに彼らも食事を終えた。

「もう疲れたから、今日は早く休むね。えっと、明日はどうしたら良いですか?」

 訓練所は当分の間閉鎖されると聞いたので、明日からの予定が丸ごと無くなってしまった。

「どっちにしても明日はお休みだろう? 忘れているかもしれないけど、明日は降誕祭当日だぞ」

 ルークにそう言われて、レイは照れたように笑った。

「そうだったね。じゃあ明日はゆっくり休ませてもらうね」

「明日は、朝練も休みだからな。まあ、たまにはゆっくり休めって」

 ここに来てから、朝練はずっと続けていた。明日も当然行くつもりだったのだが、降誕祭当日は朝練そのものがお休みなんだと笑って言われた。

「あ、でも午前中には起きろよな。休憩所でちょっとした会議をするから、それにはお前も参加だぞ」

「分かりました。じゃあ朝ご飯の後で休憩所へ行けば良いんだね?」

「まあ、その辺りはラスティが教えてくれるから、彼に聞いてくれれば良いよ」

「分かりました。それじゃあ、おやすみなさい」

 きちんと挨拶をして、ラスティと一緒に部屋に戻った。

 少し休んでからもう一度ゆっくり湯を使い、湿布を交換してもらった。背中の一番大きかった青痣は、もう殆ど痛みは無くなっていた。




「何だか疲れたから、もう休みます」

 暖炉の薪を追加してくれていたラスティにそう言い、寝巻きに着替えたレイはベッドに潜り込んだ。

 部屋の明かりを落としてくれたラスティが、そっとレイの額にキスをしてくれる。

「それではおやすみなさい。明日も貴方に蒼竜様の守りがありますように」

「おやすみなさい。ラスティにもブルーの守りがありますように」

 頬にキスを返して笑い合った。

 一礼して出て行く後ろ姿を見送り、レイは小さなため息を吐いた。

「何だかすごく疲れちゃったよ……お休み、明日はゆっくり休んで良いんだって」

 ぼんやりと天井を見上げてそう言うと、視界に入ったシルフ達が笑って手を振ってくれ、次々に頬にキスを送ってくれた。

「お休み……明日は、降誕祭なんだよ……」

 不意にあふれそうになった涙を飲み込んで、レイは枕を抱きしめた。

「もう泣かない!」

 大きく何度も深呼吸をして、ぎゅっと目をつぶった。



 しかし、レイルズはベッドに入ってからも何度も今日の出来事を思い出しては考えてしまい、全く眠る事が出来なかった。

 何度も寝返りを打って動き回るレイを見かねて、ブルーが話しかけてきた。

『もう良いから今日は休みなさい。疲れているだろうに』

 枕元に座った大きなシルフに、目を開いたレイは笑いかけた。

「分かってるよ、でも眠れないんだ……なんて言ったらいいのか分からないけど、身体から何かがあふれそうで叫び出しそうなの。でも、もう悲しいわけでも腹が立つ訳でも無いんだ。自分で自分の気持ちが分からないって不思議な気分だよ」

 天井を見上げたレイの視界に、またシルフが現れて手を振った。

『それは、気が高ぶってる、と言うんだ。眠れないなら無理せずに逆に少し起きてみろ。カーテンを開けて空を見上げてみればどうだ?』

 頷いたレイは、静かに起き上がると、ニコスが作ってくれたセーターを寝巻きの上から着て窓に向かった。足元は、同じく家から持ってきたいつもの綿兎のスリッパだ。

 カーテンを開けたレイは、思わず小さく声を上げた。

 雲ひとつない空には、満天の星が瞬いていたのだ。時折流れ星の姿も確認できる。

『丁度、流星群が来る時期だ。しばらく眺めていれば好きなだけ流れ星が見られるぞ』

 寒さを構わず窓を全開にし、スリッパを脱いでからよじ登って、器用に開いた窓枠に足を出して座った。寒さに吐いた息が真っ白になる。

 それでも構わず空を見上げた。

「あ、また流れた!」

 満天の星を背景に、一気に尾を引いて落ちる流れ星を夢中になって探した。

 鼻の頭が寒さに真っ赤になった時、指輪から火蜥蜴がするりと出て来て、座っているレイの胸元に潜り込んでくれた。

「ありがとうね。君がいてくれるとあったかいね」

 お腹を撫でながらそう言い、また上を見上げる。



 ここは三階で地面が遙か遠い。何人かの見回りの兵士がこっちを見上げているのに気付かないレイは、夢中になって空を見上げていた。

 不思議と、もうすっかり気分は落ち着きを取り戻していた。



 18個まで流れ星を数えた時、そっとノックの音が聞こえた。

 返事をして慌てて窓枠から室内に降りた時、扉が開いてルークが顔を覗かせた。後ろにはラスティの姿もあった。

「お前、無茶するなよ。お前が窓から飛び降りそうだって、第二部隊の見回りの兵士が泡食って飛び込んで来たぞ」

 自分はシルフ達が守ってくれているから、全く危険は無いと思っていたのだが、確かに外からは丸見えだったろう。

 まだ寝るには少し早い時間だが、確かに寝巻き姿の人が窓枠に足を外に出して座っていたら、下から見た人はさぞかしびっくりしただろう。

 慌てて外を見ると、まだ何人かの兵士が心配そうにこっちを見上げているのが見えた。

「ごめんなさい! 流れ星を見てただけです!」

 思わず大きな声で叫ぶと、下にいた兵士達が笑って手を振ってくれた。

「ええと、お騒がせしてごめんなさい」

 ルークとラスティにも、頭を下げた。

「流れ星ね。そっか、丁度流星群の来てる時期だな。それで見つかったのか?」

 ルークも窓から空を見上げてそう聞いてくれた。

「うん、えっと18個まで数えたよ」

 その答えに、ルークは驚いてもう一度空を見上げた。

「へえ、そんなに見えるんだ。どの辺りに見えるんだ?」

「えっと、あっちの方にたくさん見えたよ」

「向こうか……あ!本当だ、今流れた!」

「うん!19個目!」

「あ、あっちにも流れたぞ!」

「ええ! 待って! 僕、見なかったよ!」

 二人は肩を並べて、いつまでも仲良く流れ星を数えていた。

 二人の肩には、楽しそうなシルフ達が何人も並んで、二人と一緒に空を見上げていた。

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