マークの覚悟
寝ぼけたまま返事をしたマークは、入って来た三人を見た瞬間に、大慌てで腹筋だけで寝ていたベッドから飛び起きた。
「うわあ……」
しかし、いきなり大きく頭を動かしたせいで、せっかく落ち着いためまいがまた再発してしまい、マークは咄嗟に頭を押さえて呻き声を上げた。
「無理をするな。ほら、横になれ。安静にしておくように言われたのだろう」
ヴィゴが駆け寄ってきて、手を貸してマークが横になるのを助けた。
「も、申し訳ありません……」
めまいが落ち着いて来たので、なんとか無理矢理目を開くと心配そうに覗き込む彼と目が合った。
「驚かせてすまん。今しか時間が取れなかったもんでな」
マークのすぐ横の丸椅子にヴィゴが座り、少し離れたソファーにアルス皇子とマイリーが並んで座る。
何となく、無駄に広かった個室はこの為だったのかと、妙に納得する光景だった。
何とか落ち着くと、余裕が出てきたマークはマイリーの左足に目を奪われた。
「マイリー様、普通に歩いてた……すっげえ……それが噂のドワーフが作ったって言う補助具なんだ。すげえ格好良い!」
思った事がそのまま口に出てしまい、慌てて口を押さえた。それを見た皇子とヴィゴが、同時に小さく吹き出し、マイリーは照れたように笑っている。
鉄仮面と言われ、笑わない事で有名なマイリーの自然な笑顔にマークは無言で感動していた。その後、我に返って更に慌てた。
「良いからちょっと落ち着け」
ヴィゴが笑ってそう言い、ソファーから大きなクッションを取って、ゆっくりと起き上がったマークの背中に当てた。
「構わないから、無理せず楽にしていろ」
暖炉に火が入った部屋は暖かく、マークは座り直すと改めて三人に向き直った。
「あの、大変、失礼致しました」
今度は、めまいを起こさないようにゆっくりと頭を下げる。
「構わないよ、驚かせたのはこちらの方だ」
優しい声で皇子にそう言われ、マークは下げた頭を上げる事が出来なかった。顔は恐らく真っ赤になっているだろう。
「まずは、君にお礼を言いたかった。レイルズを庇い、守ってくれてありがとう。彼が挫けずに闇蛇と対峙する事が出来たのは、君がいてくれたおかげだよ」
「ラピスも感心していた。君は本当に凄いよ。レイルズと一緒だったとは言えただの人間が、あの青い稲妻に間接的に触れていて、その程度の影響で済んでいるのだからね」
「え……?」
意味が分からなくて、思わず顔を上げる。
「君のその酷い出血とめまいはその影響だ。あの闇蛇を打ち砕いた稲妻は、ラピス……あの古竜が放ったものなのだが、あれは古竜のみが使える最高位の精霊魔法の一つで、通常の精霊魔法の威力とは文字通り桁が違う。一歩間違えれば、闇蛇同様に木っ端微塵の黒焦げになっていた所だったそうだぞ」
ヴィゴに言われたその言葉の意味を理解した時、マークの全身に鳥肌が立った。
「そ、そんな事……今更言われても、俺どうしたらいいんですか!」
思わず大きな声で叫び、まためまいがして慌てて頭を抑える。
「落ち着け。それで、要するにまず我々が言いたいのは、今回の件、君に落ち度は無いから気に病むな、と言う事なんだ」
ヴィゴの言葉に、マークは顔を上げる。
「私は、レイルズ様を危険な目に合わせたからって……てっきり処罰されるんだと思ってました。だって、一般兵としてのあの場での一番正しい対処は、とにかくあの場から彼ら三人を逃がす事です。俺……私の命なんかとは、比べ物になりません」
「確かに、レイルズが只の貴族の騎士見習いだったらそうする事が君の務めだろうな。この場合、君の命はその危険性も含めて斟酌されないだろう」
マイリーの言葉に無言でマークは頷いた。その程度は自分だって分かっている。実際に、その場でそれが出来るとは思っていなかったが、あの時は、本当にそうする事が一番正しいのだと素直に思えたのだ。
「あの時、レイルズ様は、一緒に、と言ってくださり、俺が持っていたミスリルの剣を取り上げて一緒に戦ってくださいました。いや、お……私が、どちらかと言うとレイルズ様の戦いに、横からちょこっとだけご一緒させていただいたようなものです」
思い出すと、また震えが止まらなくなりそうで、マークは両手で自分の両腕を抱きしめるようにして何度もさすった。
ヴィゴが、そんな彼の背中を優しく叩いてくれた。
「それから、君の意見を聞きたかった。テシオス達二人が、どうしてあんな事をしたと思う?」
マイリーの言葉に驚きつつも、マークは少し考えてから正直に答えた。
「その……正直言って、俺は驚かなかったです。彼らなら、こんな軽率な事をやらかしても不思議は無いだろうなって思えます。それに何て言うか、今から考えたら色々とおかしい所がありましたから」
「何でも良い。君の意見を聞かせてくれ」
真剣なマイリーの言葉に、マークは小さく頷いた。
「まず、彼自身の性格の変化です。ご存知無いかも知れませんが、俺の知る限りテシオスとバルドの学習態度は最悪で、座学の教室でも実技の教室でも、とにかく大人しく座っていることすら出来ないような奴らでした。そして、何でも周りのせいにして当たり散らし、俺はその……ずっと目の敵にして苛められていました。まあ、実害なんて精々が服を濡らされたり、文具が無くなる程度でしたから……そんなの可愛いものでしたけれど」
「その程度、で済む事か?」
責めるようなヴィゴの言葉に、マークは以前キムにも言った、いかに田舎の農村が閉鎖的で酷いものか、と言う話しをした。
それを聞いた三人が、何とも言えない顔になる。
「ああ、話が逸れてしまいましたね。失礼しました。俺の事はいいんです。そんな授業態度の話は教授からも聞いていましたし、実際に教室で教授相手に怒鳴り散らしている場面を何度も見ています。それなのにレイルズ様との一件以来、謹慎後は驚くほど素直に俺達にも接してきて、俺はキムと二人で、まるで別人みたいだって何度も言ってました」
「別人……?」
「はい、でも、恐らくですが、元々はあんな風に素直で可愛い性格だったんだろうと思います。出来ない事や、叱られた事に対して認めたくなくて鬱屈して当たり散らすうちに、引っ込みがつかなくなっていたんだと考えました」
「成る程な。謹慎して叱られた事で、元の性格が出て来たと考えた訳か」
マイリーの言葉に、もう一度頷く。
「只、根っこは甘やかされて育った我が儘な一面が間違いなくあります。俺は今回の一件、何となくですが、こうなった状況が想像が出来ます」
「言ってくれ」
皇子の真剣な言葉に、マークは若干気後れしながらも、自分が考えていた事を話した。
「あくまで自分の個人的な意見です。恐らく、テシオスは身近にいたその悪意を持った誰かに
そこで一度言葉を切り、深呼吸をした。
「テシオスはあの時言いました。小さな虫を呼ぶ魔法陣だと聞き、ちょっと悪戯するつもりだったって。つまり、最初に出て来ていた黒い羽虫みたいな奴を何匹か呼び出して、それを使ってレイルズに悪戯を仕掛けるつもりだったんでしょう。恐らくは、人前でなにか恥をかかせるような……」
「しかし蓋を開けてみれば、はるかに危険で凶暴な闇蛇が出て来た訳だな」
ヴィゴの言葉に、マークは頷き言葉を続けた。
「ただ、魔法陣で何かをしようとしたら、それなりの供物が必要です。ミスリルに代表される鉄鉱石や宝石などがよく使われますよね。でも、本で読んだ限りですが、闇の精霊魔法に使われる供物は生き物です。今回程の大物を呼ぶ為の供物は、恐らく……」
その先を言えなくて、口ごもるマークに、マイリーが後を継いだ。
「今回の供物は、間違いなく彼ら自身だったろうな」
また震えがきて、マークは思わず首を振った。
「考えたくはありませんが、自分も同意見です。これを計画した犯人は、それで彼らの口を永遠に塞ぐ事が出来る。結果としてどれ程の被害が出るのかも、恐らくは予想の範囲だったでしょう……」
「犯人の計算外は、あの場に古竜の主がいた事だな」
マイリーの言葉に、その場にいた全員がため息を吐いた。
「その……レイルズ……様は、どうしておられますか?」
「ずっと泣いているよ。それに彼らがどうしてあんな事をしたのか、全くわからないと言っている」
皇子の言葉に、マークは思わず叫んだ。
「あいつら本当の大馬鹿野郎共だよ。せっかく寄せてくれていたレイルズの信頼を粉々に叩き潰しやがって。この一件で、素直な彼がどれだけ傷付くかなんて、考えなかったのかよ」
握りこぶしを膝に叩きつける。
彼が泣いていると聞かされて、マークはまるで自分の事のように悲しかった。涙があふれて、慌てて袖で拭う。
それを見たヴィゴが、慰めるように背中を撫でてくれた。
「それから、もう一つ聞きたい。テシオス達は座学の単位を取っていたかどうか知らないか?」
「あ、それ……」
思わず顔を上げてヴィゴを見る。
「一番最初にテシオス達が謝ってきて仲直りした後、一緒に図書館で勉強したんですけれど、その時にそんな事を言っていました。座学は満点で全部取ってるって。でも、彼らの学習態度を思い出せばそんな事有り得ないですよね。俺達は、どうせレイルズに格好付けて言ってるだけだろうって思っていましたが、確かに、今から考えると知識に妙な偏りが見られました」
「妙な偏り?」
「はい、あの時レイルズに分からないところを教えて、更にはどこを勉強すればいいかまで教えていました。でも、別の日には精霊魔法の活用法など、きちんと座学を勉強していれば当たり前に知っている筈の事を全く知らなかったりもしたんです。その時は、勉強した事が活用出来てないんだ、で、終わりましたが……」
「つまり、何者かに操られていた可能性も否定出来ない訳か?」
「今から、考えれば……ですが」
言いにくそうなマークの言葉に、三人は大きく頷いた。
「やはりそうか。先にキム上等兵からも話を聞いたが、ほぼ君と同意見だったよ」
「疲れているところを悪かったね。それでは、最後に改めて君の意見を聞きたい」
アルス皇子に改めてそう言われ、座ったままで少々情けないが、マークは出来るだけ居住まいを正した。
「レイルズと、今まで通りに友達でいてくれるかい?」
まさか皇子の口からそんな事を言われるなんて思わず、マークは言葉を失ってしまった。
「本当なら、明日の降誕祭当日に、君とキム上等兵を竜騎士隊の本部に招待して彼の正体を明かしてこの話をするつもりだったんだ」
「しかし、今回の一件で色々とこちらにも問題が出てしまってね。後始末に追われているところだ」
壁が崩れたあの景色を思い出して、マークは若干遠い目になった。
「自分は、辺境農家の八男で下級兵士です。竜騎士様になられる方の友として、とても相応しいとは思えません。きっと、もっと彼に相応しい方がおられます……」
改めて口に出してそう言うと、不意に悲しくなってまた涙が出そうになり、慌てて鼻を啜って誤魔化した。
「君は光の精霊を見る事が出来ると聞いた。兵士としての能力も勇気も申し分無い。身分が必要なら、いくらでも用意してやるぞ」
皇子に真顔でそう言われ、慌てて首を振る。
「いえ、そんな、とんでも有りません……そんなつもりで言ったのでは有りません!」
「なら問題無いね?」
声も無く慌てるマークの背中を、ヴィゴが軽く叩いた。
「返事は急がないよ。よく考えてくれ。とにかく、今は傷を癒す事に専念しなさい。そして、退院するまでに答えを聞かせてくれれば良い」
笑みを含んだその言葉に、マークは不意に心が軽くなるのを感じた。自分の気持ちなんて、そんなの最初から決まっている。
一つ深呼吸をして、正面からヴィゴを見つめる。
「俺なんかで良いのであれば……友達でいたいです。彼が、今でも俺の事を友達だって思ってくれているのなら。俺はこれからも友達でいたいです!」
大声で叫んだその言葉に、三人は嬉しそうに頷いた。
「ようやく言ってくれたな。では改めてよろしく頼むよ」
皇子の言葉に、二人も笑って頷いている、マークは笑いながら泣きそうになるのを必死で堪えていた。
それは、マークがレイルズに対して、彼が寄せてくれた信頼以上の信頼を彼に返し、これから一生をかけて付き合い尽くすのだと心に決めた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます