マイリーの意外な一面とギルドマスター

「ほら、隠し事が壊滅的に下手くそなヴィゴ君。死んだふりしてないでとっとと吐け。隠してる事全部吐いて楽になれ」

 横になったまま苦笑いしたマイリーが、自分のベッドに突っ伏したまま動こうとしないヴィゴの短い髪を引っ張りながら、ふざけた口調でそういうのを若竜三人組は驚いて無言で見つめていた。

 その二人の様子は、普段のマイリーとは全く違う、まるでいつも戯れあっている自分達のようだった。

 しかし、ヴィゴは突っ伏したまま唸り声を上げるばかりで顔を上げようとしない。

「おいおい、いい加減にしろよ。何ならハン先生を呼んでしてもらおうか?」

 それを聞いていきなり、ものすごい勢いでヴィゴが顔を上げた。

「謹んで遠慮するぞ」

「だったら、何でもいいから吐けって」

 伸ばした右手の指でヴィゴの頬を突くと、三人が見た事ないような優しい笑顔でヴィゴの髪をぐしゃぐしゃにかき回した。

「まだ、どうなるか我らにも分からないんだ。駄目になるかもしれないが、どんな形であれ段取りがついたら真っ先に報告する。それまで待ってくれ。だから、頼むから……頼むから諦めないでくれ」

 泣きそうなヴィゴの言葉に、手を戻したマイリーは小さくため息を吐いた。

「何だか誤魔化された気もするが、まあいい。ここはお前を信じて待ってやるよ。悪かったよ、お前の言う通りだ。何があっても諦めないって……そう言ったのにな」

 そう言って小さく笑ったマイリーは、これも、今まで見た事が無いような穏やかな顔をしていた。




「そ、そうですよマイリー! 会議で提案した件。全面的に認められたんですから!」

 思わず叫んだロベリオのその声に驚いたように横を見て、背後に三人が立っているのを確認したマイリーは、唐突に耳まで真っ赤になった。

「忘れてた……そうだ、お前らも……いたんだったな……」

 そう呟いて両手で顔を覆うと、顔を皆がいるのと反対側の左側に背けて、左手でこっそり毛布を頭まで引っ張り上げて潜り込んでしまった。

 毛布の端から亜麻色の髪が少し覗いているだけの、妙な塊が出来上がった。

 呆気にとられている若竜三人組を見て、ヴィゴは堪えきれずに吹き出した。

「こらこら、隠し事が上手なマイリー君が一体どうした? ちょっと見た事ないような失態続きだぞ」

 心の底から楽しそうな声でそう言うと、目の前の毛布の塊を何度も突いた。

「うるさい! あっち行け!」

 毛布の端から腕が出てきてヴィゴの腕を殴る。それを避けて声を上げて笑ったヴィゴは毛布をめくろうとして襲いかかり、中から毛布を掴んで離さないマイリーと、突然に攻防戦を繰り広げ始めた。

 それは正に、枕投げで毛布を片手に遊んでいた自分達と同じだった。



 呆れたように呆然とその光景を見ていた三人だったが、しばらくすると顔を見合わせて同時に吹き出してしまった。

「好きにさせとこう。その内勝負がつくだろ」

「楽しそうだしな。それになんか、珍しいもの見られたしな」

「うんそうだね。面白かった」

 離れた場所にある机に、お茶の用意がされているのに気付いた三人は、手早く三人分のお茶を入れると、何事も無かったかの様に座ってお茶を飲み始めた。




「マイリー、念の為痛み止めの薬を置いておきますから、痛みで眠れないようなら飲んでください。これにも例の薬と同じ成分が使われていてかなり効きますから……」

 その時、薬の入った箱を抱えたハン先生が、ノックの音と共に扉を開けて入って来た。

 説明しかけて、ベッドで毛布を引っ張り合う大人二人を見て無言になる。

「いい歳して何を遊んでるんですか?」

 呆れたようなハン先生の声が背後から聞こえても、聞こえないふりをする大きな子供二人による毛布を挟んだ攻防戦は、その後もまだしばらくの間終わらなかったのだった。




 本部に取り急ぎ戻った三人は、まずはロッカの所に向かった。

「おお、殿下。ルーク様にレイルズ様まで。如何なさいましたか?何か装備に問題でも?」

 慌てて立ち上がったロッカに、アルス皇子は、すぐ側の椅子に座って、簡単にレイから聞いた伸びる革の話をした。

「ブレンウッドの首を振る不思議な花の鳥の事は、私も噂で聞きました。しかし、その伸びる革の話は初耳でございます。分かりました、すぐにブレンウッドのギルドマスターに連絡致します。お待ちください」

 ロッカはそう言って席を外そうとしたが、アルス皇子がそれを止めた。

「連絡室まで行かなくてもいい。ここで呼んでやる」

 ロッカは火の精霊魔法は上位まで使えるのだが、通常の声飛ばししか使えない。なので、こう言った込み入った話をする時は、第三部隊の伝令と精霊通信を行う部署まで行って、複数の精霊達を使う上位の声飛ばしを使うのだ。

『お待ちください』

 アルス皇子がシルフを呼んで、ブレンウッドのドワーフギルドのギルドマスターを呼ぶように伝えた。

 頷いたシルフがそう言って何人も並んで座る。

 しばらくすると端に座ったシルフが顔を上げて、やや慌てたようにシルフが言葉を伝えた。

『殿下お待たせいたしましたギルドマスターのバルテンございます』

「忙しいところを申し訳ない。どうしても聞きたい事があって直接連絡をさせてもらった。ここにはドワーフのロッカもいるので、技術的な詳しい話は彼にしてもらいたいのだが、そちらで最近開発された、伸びる革について教えてもらいたい」

 アルス皇子の言葉に、バルテンが驚いて小さく呟く声までシルフは律儀に伝えてくれた。

『どちらからそれを? まだ人形は献上してはおらぬのに……』

 我慢出来なくなって、思わずレイは殿下を見た。彼が頷いてくれたので、横からシルフに話しかける。

「バルテン、僕です。先日、蒼の森のギードと一緒にからくり博物館で伸びる革を見せてもらったレイルズです」

『ええ?レイルズですと?』

『いやいや彼がここに来たのはついこの間ですぞ』

『それがどうしてオルダムにおるのだ?』

 明らかに信じていない様子のその言葉に、レイは困ってしまった。

「アルスです。黙っていましたが、今、彼は新しい竜騎士見習いとしてオルダムにいます。その意味はお分かりですね?」

「ご、ごめんなさい。レンジャー見習いだなんて嘘ついてました。でも言ってくれましたよね。何か困ってる時には力になってくれるって。一度でも共に肩を並べて歩み共に戦えば、それはもう立派な仲間だって」

 慌てたようなレイの言葉に、ようやく納得したバルテンは、小さく笑った。

『これはまたとんでもないお方が現れたもんだな』

『分かりました詳しい話は後程ギードから聞きますわい』

『それであの革を何に使われるおつもりですか?』

 そこで、アルス皇子とルークが順を追ってマイリーの怪我の話をして、太腿の切れた腱の代わりに、その伸びる革を使えないか考えている事を話した。

 一通りの話を聞いたバルテンは、何度も頷いた。これこそ正に、彼が考えていた伸びる革の活用方法の一つだったのだ。

『出来ると思います』

『伸びる革の強度は使う薬品の濃度を調整する事で可能です』

『耐久性はまだ未確認の部分もございますが』

『それは日々の手入れで確認出来ましょう』

『分かりました』

『何種類かの強度の革を試作いたします』

『出来上がり次第その革をそちらにお届け致します』

『とにかく現物を見て頂いてから詳しい話を致しましょう』

 それを黙って聞いていたロッカが、顔を上げてアルス皇子を見た。

「工房がブレンウッドにある事を考えれば、試作が出来次第私が向こうへ行くのが話が早いですな」

 その言葉に、アルス皇子は目を見張った。

「行ってくれるか?」

「当然です。こういう事は、顔を付き合わせて現物を前にしてやるのが、一番でございますからな」

 もう既に行く気になっているロッカに笑いかけて背中を叩くと、アルス皇子はシルフに話しかけた。

「それでは、試作品が出来次第、ロッカをそちらに向かわせます。革の試作の完成までにどれぐらいかかりますか?」

『今ならば材料も豊富に揃っております』

『試作ならば数日あれば可能でございます』

 自信ありげに、シルフが胸を張って見せる。

「ならばすぐにでも出発せねばなりませぬな」

 それを聞いて、笑ってそう言ったロッカを見て、レイは思わず横から言ってしまった。

「良かったら僕が送るよ。ブルーに乗せて貰えば数刻で到着するし……」

 驚いて振り返ったアルス皇子とまともに目があってしまって、レイは慌てた。

 考えてみれば、今の自分は竜騎士見習いの勉強をする為にここに来ているのだ。今までのように、自分勝手な行動はしてはいけないだろう。

「す、すみません。勝手なこと言って……」

 慌てて頭を下げたレイだったが、アルス皇子は怒らなかった。

「いや、行ってもらえるならそれが一番だ。ルーク、それならばお前も一緒に行って、詳しい話を一緒に聞いてきてくれ。何なら、モルトナにも行ってもらうか……」

 驚いている一同に笑いかける。

「大事な事だ。竜騎士が行けば、それだけ重要な要件だと周りに認めさせる事になる。覚えておけよレイルズ。こういった周囲への意思表示も時には必要なんだぞ」

 納得したレイに笑って頷くと、アルス皇子はまたシルフに話しかけた。

「試作品が出来上がったら、こちらのロッカに連絡を。竜騎士が彼ともう一人の革工房の責任者と共にそちらに参ります。専門家同士で詳しい話をしてください」

『了解致しました』

『大至急試作品の製作に入ります』

「無理を言ってすみません。話は以上です」

『分かりました』

『お越しになるのをお待ち致しております』

 そう言って、一礼したシルフ達は次々にいなくなった。



 シルフ達を見送った一同の口から、ほぼ同時に安堵のため息が漏れた。

「良かった、何とかなりそうですね」

「そうだな、何処まで出来るか分からないが、やってみる価値はあるだろう。うまく行けば、他の怪我をして動けない人達への希望にもなるかもしれない」

 アルス皇子がそう言って、立ち上がった。

「モルトナに無断で勝手に予定を決めてしまったな。事後報告で申し訳ないが、行って頼んでおこう」

 レイとルークも頷いて立ち上がると、ロッカに後を頼んでアルス皇子と一緒に革工房へ向かった。

 突然のアルス皇子の訪問に、先程のロッカのように何か不備があったのかと慌てたモルトナだったが、詳しい話を聞いて納得して頷いた。

「了解致しました。いつでも動けるように準備しておきます。確かに、これは現物を前にして一緒に相談するのが一番早いでしょう」

「勝手に決めて申し訳ないが、よろしく頼む」

「私の技術がお役に立てるのでしたら、何処なりと参りますとも」

 胸を叩いて頷いてくれたモルトナにもう一度礼を言って、三人はマイリーの様子を見る為に白の塔へ戻る事にした。

「マイリーの様子を見たら、すっかり遅くなってしまったが皆で昼食にしよう。それから、父上と母上の所へ、レイルズの到着の挨拶に行くよ」

 アルス皇子にそう言われて、後ろを歩いていたレイは慌てて返事をした。

 マティルダ様や陛下にお会いするのは、とても楽しみだった。




 しかし、心配しながら到着した白の塔の入院棟で三人が見たのは、大接戦だった毛布攻防戦がようやく終結を見て、服も髪もぐしゃぐしゃになったまま笑い転げるマイリーとヴィゴと、それを呆れて眺める若竜三人組という、世にも珍しい光景だった。

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