到着の報告
「一体……これは何事だい?」
三人が入ってきた事にすら気付かずにまだ笑い転げている二人に、呆れたようにアルス皇子が呟いた。
「うわあ……あんな笑い方をするマイリー、初めて見たぞ」
面白そうにそう呟くルークと、驚きのあまり口を開けたまま立ち尽くすレイに、横の机に座っていた若竜三人組が揃って手招きをした。
無言で頷いてそちらに行ったルーク達は、三人から事の次第を教えられて、もう一度振り返ってベッドを見た。
ようやく笑いの収まった二人は、まだ笑いを含んだ顔のまま慌ててそれぞれに身繕いをしようとして、ようやく部屋の人数が増えている事にほぼ同時に気付いた。
妙な声が二人の口から同時に漏れて、その瞬間、部屋にいた全員が吹き出した。
「もう勘弁してくれ……」
もう一度毛布に潜り込もうとするのを、慌ててヴィゴが止める。
「待て待て。腕の包帯が解けかけてる。ハン先生を呼んでやるから大人しくしてろ」
「もう駄目、いっそ殺してくれ……」
毛布に顔を突っ込んで引きつるように笑いながらそう言うマイリーを、ヴィゴがもう一度突いた。
タドラがハン先生を呼びに行き、一緒に戻って来るまでの間も部屋から笑い声は止まる事はなかった。
「本当に何をしているんですか、貴方達は」
マイリーの腕の包帯を一旦解きながら、呆れたようにそう言うハン先生だったが、その顔は楽しそうに笑っている。
湿布はそのままに改めて包帯を巻き直すと、ベッドの乱れを丁寧に戻して、ヴィゴに手伝ってもらってマイリーの体勢も整えてやる。
首元まで毛布を掛けてから立ち上がった。
「気晴らしも必要でしょうが、過激な遊びは程々にね。それでは失礼します」
ヴィゴの背中を力一杯叩いて、ハン先生は一礼して部屋を出て行った。
「それで、ドワーフギルドとやらの話はどうなったんだ?」
横になったマイリーに聞かれて、ルークは思わずロベリオ達を振り返った。
「お前ら!」
三人は一斉に首を振ってヴィゴを指差した。
「俺達じゃないぞ! 犯人はそっち!」
もう一度振り返って、あからさまに目を逸らすヴィゴを見た。
「ヴィゴ……相変わらず、隠し事には致命的に向いてませんね」
いっそ感心したようなルークの言葉に、また三人が小さく吹き出す。
「詳しい事は話はしてないぞ。まあその……何だ、考えがあって動いてくれている者がいると言う話をだな……」
「言ったんですね?」
「……すまん」
素直に頭を下げるヴィゴに、ルークとアルス皇子も吹き出した。その後ろではレイも笑っている。
「それで、結局どうなったんですか?」
ベッドの横に椅子を持って行って座ったアルス皇子に、マイリーが静かな声でそう尋ねた。
「待って、順を追って話すから。その前にまずは会議の成果だ。ルークが頑張ってくれたよ。こちらの希望は全て通った。本日付で正式に陛下の署名も頂いたので、今日からマイリー参謀だよ。改めてよろしく頼むよ」
「それでは?」
「ルークは参謀副官に。呼称は副官だね。それから、ヴィゴ副隊長だよ」
「そうですか。ありがとうルーク。よくやってくれた」
照れたように笑ったルークは、小さく頷いた。
「教えていただいた通りにしただけです。でもまあ、何と言うか……実際に直接話してみて分かりましたね。元老院の爺さん達の大体の傾向が」
「だろ? タガルノとの交渉に比べたら楽なもんだろ?」
マイリーの言葉に、首を振る。
「さすがに楽だとは言いませんよ。でもそうですね、素直な反応だったので話の誘導はまあ……やりやすかったですよ」
驚いて目を見開くヴィゴとアルス皇子だったが、ルークはマイリーと手を打ち合わせて笑い合っている。
「さすがだな。心配する事も無かったようだな。また順番に色んなやり方を教えてやるから、あとはお前の好きにすればいいさ」
「よろしくお願いします。でも、マイリーも別に引退するわけじゃないんだから、一緒に会議に出てくださいよ」
「そうだな……でもまだ、しばらくは動けないだろうからな」
その言葉に、アルス皇子が顔を上げた。
「マイリー、ヴィゴが言っていた話なんだけどね、もう少し待ってくれるかい? どうなるか未知数な部分が多くて、私達にもまだよく分からないんだ。関わってくれる人も多くなりそうだ。話がまとまればちゃんと話すよ」
「分かりました。とにかく、しばらくは大人しくして体力を戻す事に専念しますよ」
苦笑いするマイリーの肩をそっと叩いて、アルス皇子は立ち上がった。
「それじゃあ、すっかり遅くなってしまったけど戻って食事にしよう。マイリーはもう食べたのかい?」
「いや、そう言えばまだですね」
すっかり食事の事など忘れていたマイリーの言葉に、ルークが少し開いたままになった扉を指差した。
「先程から、衛生兵の方がワゴンを持ったまま廊下で困ってますので、入ってもらっても良いですかね?」
「ああ、すまない。仕事の邪魔をしてしまったね。それじゃあ私達は退散するよ。マイリー、今はとにかくゆっくり食べて休んでくれ」
恐縮しながら入って来た衛生兵達に謝ると、一礼して部屋を出て行った。それぞれが振り返ってマイリーに敬礼して後に続いた。
最後になったレイも、笑って頭を下げてから皆の後を追った。
竜騎士隊の本部まで戻って、揃って食堂に向かった。
本日二度目の食堂に、レイは嬉しそうにトレーを持って列に並んだ。
食事が終わると、一旦部屋に戻って用意されていた竜騎士見習いの制服に着替える。
「あれ? これって……」
袖を通して見て気が付いた。今まで着ていたものよりも身体に合っているし生地も少し分厚いように思った。更に、剣帯を渡されて気が付いた。
それは、麦で作った水飴のような優しい茶色い色をしていた。斜めになった肩掛けの部分を身に付けてからベルトを締める。
「はい、革工房から届きました。新しい剣帯です。よくお似合いですよ」
「この服も新しいね」
襟元を触りながら笑った、今まで首回りが少し緩くて気になっていたのだが、これは不自然さがどこにも無い。完璧な仕上がりだった。
「如何ですか? どこか窮屈なところや動きにくいところはありませんか?」
言われてゆっくりと腕を回して飛び跳ねてみる、それから大きくしゃがんで立ち上がった。
「すごい! 全然窮屈じゃ無いです! 今まで着ていたのと全然違います!」
目を輝かせるレイに、ラスティは頷いた。
「大丈夫なようですね。それではそう報告しておきます。これは、ご自分で取り付けてみてください」
そう言って置いてあったミスリルの剣を手渡してくれたので、受け取って自分で装着した。ちょっと手間取ったが、上手に取り付けることが出来た。
「上手く出来たよ」
嬉しそうに顔を上げると、ラスティも嬉しそうに笑ってくれた。
「よく出来ました。それから、これはこちら側に付けてください。カナエ草の飴が入っていますからね」
掌ほどの角の丸くなった金属の入れ物を手渡された。
よくみると、横のところに開ける箇所がある。指で押してみると、小さな金属音がして蓋が開いた。中には見覚えのある飴がぎっしり入っていた。
腰に回した剣帯のベルトには、金具がいくつも付いている。
右横側には、エドガーさんからもらったあのナイフも、ギードが作ってくれた鞘ごとベルトに取り付けられているのに気が付いて嬉しくなった。
教えてもらって、その隣の右後ろ側の金具に飴の箱を取り付けた。薄くて平たいその箱は、思ったよりも邪魔にならずに身体に沿ってくれた。
「思ったほど邪魔にならないね。ここに入ってる飴は食べて良いんだよね?」
「はい、皆様持っておられますよ。ただし、部屋の中は構いませんが、飴を舐めながら廊下や城の中を歩くのは駄目です」
「分かりました。食べて良いか思った時に聞いてみます」
「そうですね。順に覚えていきましょう」
廊下に出ると、アルス皇子とヴィゴ、ルークが待っていてくれた。
「お待たせして申し訳ありません」
ラスティがそう言って頭を下げるのを見て、レイも慌てて頭を下げた。
「構わないよ。説明しながら着替えたんだろ?」
アルス皇子がそう言って笑い、皆笑顔になった。今の彼らが着ているのは、以前離宮で見た事のある第一礼装だ。
「良い色だな。うん、竜騎士見習いの服の色と合ってるね」
ルークがそう言ってレイの剣帯を撫でた。
今のレイが着ている竜騎士見習いの服は、真っ白な皆のそれとは違い、中に着ているシャツとズボンは白だが上着は濃い赤い色をしている。腕と足の両サイドにある金線は一本だ。そして胸元には聖なる柊を抱いた竜の紋章が入っている。しかし、その紋章も他の皆と少し違っていて、色も少し薄くて銀線で周りが何重にも縁取られている。これは竜騎士見習いの為の紋章だ。そして当然だが、今、この制服を着ているのはただ一人、レイルズだけだ。
「さて、それでは行こうか。城で父上と母上がお待ちかねだよ」
アルス皇子にそう言われて、レイは顔を上げて嬉しそうに返事をした。
世話係の従卒達と若竜三人組に見送られて、一行は揃って城に向かった。
城に入った途端、周りから一斉に注目を浴びることになったのは、もう仕方がないのだろう。
以前、城での面会に行った時とは比べものにならない程の注目を浴びる事になり、緊張のあまり、またレイは右手と右足が一緒に出て
城にある竜騎士専用の部屋に通された時には、もう本気で森のお家に帰りたくなっていた。
「うう、緊張したよ……」
泣きそうな声でそう言って椅子に座り込んだレイを見て、ルークが笑いながら頭を叩いた。
「今からそんな事言っててどうするんだよ。言っておくけど、どこに行ってもこれだぞ。諦めて慣れろ」
「絶対無理ですー!」
自分を叩いた右腕に縋り付くレイに、ルークも笑うしかなかった。
「お待たせしました。ご案内致します」
執事が現れて、一行はまた移動する。
「城の中も、順に覚えような。まあ、今は無理だと思うよ。とにかく複雑だからね」
ルークにそう言われて、もう本気で泣きそうになったレイだった。
案内されるままにどんどん城の奥に入って行き、最後に通された広い部屋には、陛下と王妃様が揃って待っていてくれた。
ここから先の部屋には、特別な者達しか入れないのだと聞かされて、さらに緊張したレイだった。
嬉しそうに自分を見つめる二人に、レイは跪いてルークに教えられた通りに頭を下げた。
「昨日無事に到着いたしました。未熟者ですが、これから……精進いたしますので、どうぞ……ご指導ください」
ちょっとつっかえたが、教えてもらった言葉を何とか言う事が出来た。
「うむ。しっかり学ぶが良い。期待しているぞ」
変わらない優しい声に、嬉しくなった。
「待っていたわ、レイルズ。ようやくの到着ね」
そっと立ち上がった王妃が、すぐ近くに来て手を取って立たせてくれた。
「もう良いわね? お茶の用意がしてあるの。どうぞこっちに来てちょうだい」
満面の笑みの王妃の言葉に、皆立ち上がって隣の部屋に移動した。
見た事も無い立派な部屋で、真ん中に置かれた大きな机に並んで座って執事にお茶を入れてもらう間、改めて部屋にいる人達の顔ぶれを見て、本当にこれは現実なのかと思わずにはいられないレイだった。
しかし夢では無い証拠に、お茶の横に置かれたチョコレートのたっぷりかかったケーキの横には、見覚えのある大きなシルフが座って手を振っていた。
『大丈夫だよちゃんと教えてあげるから安心してね』
その姿を見ると、ニコスが側にいてくれる気がして安心出来た。笑ったシルフはレイの肩に飛んできて座って、その頬にキスしてくれた。
そっとシルフを撫でて不思議に思った。誰もレイの肩に乗った大きなシルフを見ない。
口を開こうとした時、頭の中に声が聞こえた。
『今は貴方にしか私は見えないよ』
『安心してね』
レイは驚きのあまり声を上げそうになって、慌てて口を噤んだ。
「どうした?大丈夫か?」
隣に座ったルークに顔を覗き込まれて、無言で首を振るしかなかった。肩に座ったシルフは、そんなレイを見て嬉しそうに笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます