ブレンウッド到着

「春と違って人が少ないね」

 ラプトルの上からのんびりと周りを眺めながら、そう言ったレイの言葉にギードは頷いた。

「確かに、春は凄い人出でしたからな」

「そうですね。私がオルダムにいた頃に比べたら、全然人出は少ないですよ」

 タキスが、そんなレイとギードの会話を聞いて、同意するように周りを見ながらそう言った。

 ここに来るまで、本当に人が大勢いるところに来て大丈夫なのか、内心心配していたギードとニコスだったが、タキスの様子を見て、本当に大丈夫そうだと二人とも一安心していた。



 今回は、売り物用の荷物も最低限で持って来ている。ギードの鉱山から採れた原石が幾つかと、タキスの作るいつもの薬、瓶に詰めた特製スパイス。それだけだ。

「あれがドワーフギルドの建物じゃ。先に荷物を引き渡す故、今回はすぐ終わるから待っていてくだされ」

 建物横にあるアーチ状の門をくぐって、荷馬車とラプトルは後ろに並んで中に入っていった。

 指定された場所に荷馬車が止まると、建物の中からドワーフ達が何人も集まって来た。

「おお、ご苦労さん。ミスリル鉱山以来じゃな」

 先日の大口取引の時は結局、ギルドマスターであるバルテン自ら、若い者達を引き連れてギードの鉱山までやって来て、ミスリル鉱を運び出すために若い者達と共に汗を流したのだった。

「おう、そうじゃな。今回は少ないぞ。それほど持って来ておらんからな」

 いつものように二人は抱き合うようにしてお互いの背中を力一杯叩き合っていたが、バルテンは、顔を上げると、ギードの隣を見た。

「……いつもの坊やはどうした?」

 荷馬車の後ろには、いつものニコスと、初めて見る人間の若者と竜人がいるだけだ。辺りを見回して、竜人の子供がいない事に気付き、バルテンは心配そうに尋ねたのだった。

「ああ、あの子は……」

「郷に帰りましたよ。短い間でしたが、可愛がってくださりありがとうございました」

 ニコスの言葉に、バルテンは顔を上げて寂しそうに頷いた。

「訳ありで預かっておると言うておったな。そうか、帰ってしもうたのか。それは寂しいのう。それでそちらは?初めて見る顔じゃな」

「レイルズ。あの子と同じで皆レイと呼んどる。レンジャー志望の人間じゃ。と言っても、まだ本当の素人でな。まあ昔の知り合いからの紹介で、森の生活をさせる為にしばらく面倒見る事になった。冬までにはオルダムに行くんでな、今だけじゃ。そっちの竜人はタキス。いつもの薬を作ってくれとる竜人じゃよ。どう言う心境の変化か、引き篭もりをやめたらしい」

 ざっくりとした説明だったが、バルテンはそれ以上何も聞かずに、台車に乗せた荷物と一緒にギードを連れて建物の中に入って行った。

 何となくそのままラプトルに乗って待っていた三人だったが、レイは妙な居心地の悪さを感じていた。

「ねえタキス……」

 小さな声でそう言って、タキスの乗るベラのすぐ横にポリーを寄せた。

「どうしました?」

 何となくタキスも小さな声で答える。

「何だか、騙してたみたいで申し訳ないや」

 驚いたようにレイを見たタキスは、小さく頷いて苦笑いした。

「そうですね。確かに言われてみればそうかもしれませんね。なら、いつかきちんと知らせて謝るのも良いかもしれませんね」

 頷いたレイだったが、建物から出て来たギードに手招きされて驚いてポリーから降りた。

「レイ、すまんがちょっと来てくれるか」

「どうしたの?」

 振り返ると、タキスが頷いて建物を指差してくれたので、ギードと一緒に言われるままに中に入った。

 高い天井と石の壁には、一面に幾何学模様が彫り込まれていて、外側と同様に見事な造りだった。

 柱に座った妖魔の像を見て、レイはお城の渡り廊下で見た見事な石像を思い出していた。

「オルダムのお城で見たのと似てるや」

 壁の大きな石像と唐草模様を見ながらそう呟くレイの横顔を、バルテンは驚いたように見つめた。

 それからギードを見たが、あからさまに視線を逸らしたギードに、バルテンは何となく事情を察してそれ以上何も言わなかった。



 部屋に案内されたレイは、言われるままにギードと並んで椅子に座った。机の端には何枚かの書類が置かれている。その真ん中には、一辺が50セルテ程もある平らな石の板が机に二枚、横に並んで置かれていた。

「レイ、右の掌を上にしてここに出してくれるか」

 ギードに言われて、目の前の石の板の上に右手を上向きにして置いた。隣の石の板の上に、ギードが同じく右手を置いた。

 唐突に、石の中からそれぞれにノームが現れた。

『これは良き手だ主様の手だ』

 嬉しそうにノームがそう言って、レイの掌を覗き込んで叩いた。

 隣のギードの手の横にもノームが現れている。

「あれ、もしかしてこの子達って鍵のノーム?」

 小さな声で隣のギードにそう言うと、ギードは笑って頷いてくれた。

『譲渡は完了した』

『今後は良き手に渡すべし』

 鍵のノームはそう言って、ギードの掌を叩いていなくなった。

「えっと、今何をしたの?」

 よく分からず、呆然とノームのいなくなった石の板を見つめていたレイだったが、ギードに背中を叩かれて我に返った。

「あとで説明してやるよ。それじゃあバルテン、これで以上だな」

 目の前に出された一枚の書類にサインをしたギードは、それをバルテンに渡しながらそう言って笑った。

「ああ、これで手続きは終わりじゃ。まあ、何だ……聞きたい事も言いたい事も山程あるが、それはまた次回にしてやるわい。好きなだけブレンウッドを街を観光してこい!」

 書類を受け取ったバルテンは、横に置いてあった封筒ごとそう言ってギードに渡した。

「それから、これは今回の分の買取金額じゃ。明細はここにあるからな」

 見慣れた、硬貨を入れた袋を手渡すと、バルテンはレイを見つめた。

「お若いの、其方のこれからの人生に幸多からん事を。良き風が吹くように祈っておりますぞ。もしも、何かお困りの事があれば、ワシの名前を言ってくだされば、各地のドワーフギルドがきっと力になりましょう。どうか忘れんでくだされ。一度でも共に肩を並べて歩み共に戦えば、それはもう立派な仲間ですぞ」

 自分よりも背の高いレイを見上げて、机越しに右手を差し出して目を細めながらそう言った。

「あ、ありがとうございます。改めてよろしくお願いします」

 レイは、慌てて差し出された手を握り返した。それは分厚くて大きく、硬いタコがいくつも出来た、ギードと同じ様な頼もしい職人の手をしていた。



 バルテンは、レイが腰に装備しているミスリルの剣に気付いていた。そして背中に、見覚えのあるリュックを背負っている事も。

 しかし、それ以上何も言わずに黙って手を離して立ち上がった。

「さてと、これで手続きは終わりじゃ。腹が減ったわい。まずは緑の跳ね馬亭へ行って腹ごしらえじゃな」

 何事もなかったかのようにそう言って、ギードも立ち上がった。

「何なら、観光案内の地図でも渡そうか?」

 からかうようなバルテンの言葉に、レイは嬉しそうに笑った。

「え? 街の地図があるの?」

「もちろんございますぞ。お待ちくだされ。差し上げましょう」

 一緒に外に出たバルテンはそう言って、一度建物に戻り、すぐに出て来た。

「どうぞ。お持ちくだされ」

「ありがとうございます」

 地図を受け取ったレイは、目を輝かせてそれを覗き込んだ。

「ここが今いるドワーフギルド。緑の跳ね馬亭は……」

「あ、これだね!」

 地図の意味が分かっているレイを見て、バルテンは満足そうに頷いた。

「それじゃあ、また春にな。その時はゆっくり飲みたいもんじゃな」

 意味ありげに笑ってそう言うと、ギードの背中を思いっきり叩いた。

「おお、奢ってやるから好きなだけ飲むがいいさ!」

 ギードも笑ってそう言うと、力一杯バルテンの背中を叩き返した。

 二人とも笑顔じゃなかったら、本気で止めに入っている程の大きな音だった。




「いらっしゃいませ。緑の跳ね馬亭へようこそ!」

 大きな噴水のある広場を通り抜け、見覚えのある道を通って到着した緑の跳ね馬亭は、いつものように大勢の人でごった返していた。

 一行に気付いたバルナルが両手を広げて笑顔でそう言うと、荷馬車に駆け寄り、ギードと抱き合うようにして互いの背中を叩き合って笑っていた。

「今回は顔ぶれが違うんだな。あの子はどうした?」

「あの子は郷に帰りました。仲良くしてくださりありがとうございました」

 ニコスの言葉に、バルナルは小さなため息を吐いて頷いた。

「そうか、元気なら良いさ。ああクルト、荷馬車と騎竜達を頼むぞ。いつもの場所だからな」

 顔を上げると、出て来たクルトにそう声をかけた。

「いや、飯を食ったらラプトルに乗って出掛けるから、すまんがこいつらは表に繋いでおいてくれ」

 ギードが慌ててそう言うと、バルナルは納得したように頷いた。

「あ、ギードさんいらっしゃいませ。了解です。じゃあ、この子達はこちらに繋いでおきますね」

 笑顔のクルトがそう言って、壁に掛かっていた小さな木札を取って渡した。四頭のラプトルは、おとなしく壁側のその空いた場所に並んだ。背中には、シルフが座って退屈そうに欠伸をしていた。

「改めて宜しくな。彼はレイルズ、レンジャー志望の見習いだ。そっちはタキス、ご覧の通り竜人じゃよ」

 簡単なギードの紹介に、バルナルは笑顔で二人と握手を交わした。

「ようこそ緑の跳ね馬亭へ。どうぞ我が家と思ってお寛ぎください」

 当然だが、初対面の挨拶に、また申し訳なさが募るレイだった。




 クルトに荷馬車を預けた一行は、バルナルの案内で階段を上って先に泊まる部屋に入った。

「今回は四人との事だったから、いつもとは別の部屋にしたぞ」

 窓のカーテンを開きながらそう言うバルナルだったが、ギード以外の三人は、案内された部屋に驚きを隠せなかった。

「いつも泊まっている部屋が、みすぼらしく見えるな」

 呆れたようなニコスの言葉に、レイも頷いたが目は天井の見事な彫刻に釘付けだった。

「これって、オルダムのお城の最初の部屋みたいだね」

 タキスが苦笑いしながら頷いて、豪華な革張りのソファに座った。

「確かにそうですね。これはちょっと……予想以上の部屋ですね」

 しかし、バルナルとギードは彼らの戸惑いにも素知らぬ顔だ。

「ベッドルームは四つあるから、お好きな部屋を使ってくれ。それじゃあごゆっくり」

 笑顔のバルナルがいなくなっても、それぞれ何となく落ち着かなくて顔を見合わせた。

「ギード、どう考えてもこの部屋、ちょっと豪華過ぎじゃないか?」

 ニコスが荷物を持ったままそう言ったが、ギードは笑って首を振った。

「せっかく四人一緒の旅なんじゃからな。構わんだろう?」

「まあ、広すぎると文句を言うのも変ですね。じゃあ先ずは、荷物を置いて食事にしましょう」

「お腹すいたよ!」

 レイも大きな声でそう言うと、部屋を見渡して壁の扉を見た。

「どの部屋を使う?」

「見てみましょう」

 タキスとレイが、嬉しそうに順番に扉を開けて回った。

 どうやら部屋の広さは殆ど同じだが、壁の色や模様はそれぞれ違う作りになっていた。

 相談の結果、レイが窓側の青の部屋、タキスが隣の薄紅色の部屋。ニコスが反対側にある白の部屋で、ギードがその隣の緑の部屋をそれぞれ使う事になった。




 昼食は肉のたっぷり入ったシチューと、ふわふわの焼きたてパン、たっぷりの野菜もあり、お腹の空いていた四人は大満足で食事を終えたのだった。

「ああ、すまんが一人分はポットにお湯だけもらえるか」

 食後のお茶を入れようとしていたバルナルに、慌ててギードがそう言った。

「ちょっと訳ありでな。こいつの分は別なんじゃよ」

 用意されたポットに、レイは持ってきたカナエ草の茶葉を入れた。

「あ、蜂蜜……」

「はい、持ってきてるよ」

 ニコスが、笑って蜂蜜の瓶を鞄から出してくれた。

「ありがとう、無かったらどうしようかと思っちゃった」

「その瓶はレイが持っててくれ。これだけあれば足りるだろ?」

「うん大丈夫だよ。じゃあこのままもらうね」

 たっぷりカップに入れると、しっかり蓋を閉めて渡された小さな袋に蜂蜜の瓶を入れてリュックに入れた。

「まずは、女神オフィーリアの神殿かな。それならついでに旧市街も観光するか」

 お茶を飲みながら、ニコスとギードはどう言うルートで動くか相談していた。

 レイは、出されたビスケットを齧りながらタキスと一緒にそんな二人を眺めていた。

「楽しみだね。またエイベルに会えるよ」

 レイの呟いた言葉に、タキスも嬉しそうに頷いてビスケットを齧りながら笑った。

 お茶のカップの取っ手にはシルフが現れて、そんなタキスを見上げて一緒に嬉しそうに頷いていたのだった。

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