小旅行
「今年の雪は早そうだ。お前達の備えは万全か?」
上の草原で家畜と騎竜達の世話を終え、大きく伸びをしたレイの背後から、ブルーが覗き込むようにしてそう言った。
「大丈夫です。それで街への買い出しをどうしようかと、昨夜話していたんです」
ブルーを見上げて、タキスがそう言って肩を竦めた。
「え? 街へ行かないの?」
林の訓練所に向かいながら、レイがタキスの言葉に顔を上げた。
「元々、秋は毎年は行っていないんですよ。去年は貴方の分の買い出しが色々とありましたからね」
「食料も、レイが帰った時に土産でたくさん頂いたからな。肉の在庫も山程あるしな」
「そっか。じゃあゆっくり出来るね」
レイも、これだけ気温が下がれば、マイリー達からいつ王都に来いと言われてもおかしく無いと分かっている。今は少しでも皆と一緒にここにいたかった。
「しかしお前も行くんなら、人が多い春よりは秋の方が良いかとも思ったんだがな」
「もうそれは大丈夫ですよ。ご心配頂きありがとうございます」
タキスが笑ってそういうのを聞いて、レイは目を輝かせた。
「次はタキスも行くんだね! そっか、ブレンウッドの女神オフィーリアの神殿にもエイベルがいるって言ってたもんね! 会いに行かないと!」
「子供の竜人の像? 気付かなかったよな。何処にあったんだろう」
「そうじゃな。記憶に無いな」
ニコスとギードも、顔を見合わせて考えている。
「花の鳥を作ったのはオフィーリア様の神殿の別館だったもんね。あるとしたら、あの綺麗な女神像があった場所じゃないの?」
考えていたギードが、何か思い出したようで手を打った。
「ああ、確か女神像のあった横の一段下がった場所に小さな霊廟があったぞ。てっきり息子のマルコット様をお祀りしているのだとばかり思っておった。しかし、それならば水の神殿でサディアス様と一緒にいるのが普通だよな」
「ちょっと見てみたかったな……」
レイが残念そうにそう言って笑うのを見て、三人は顔を見合わせた。
「一泊ぐらいなら、ブラウニー達に頼めるかのう?」
「どうかな? でも、せっかくだから聞いておくよ」
「四人揃って行けるのなんて、考えたら最初で最後かも知れんからな」
顔を寄せ合って相談している三人を、レイは不思議そうに覗き込んだ。
「どうしたの?」
顔を上げたギードが、レイを見て笑った。
「それ程買う物は無いが、旅行気分で皆で出掛けるのも良いかも知れんな」
「行きたい! 行きたい!」
飛び跳ねるレイを見て、三人は頷いた。
「決定じゃな。ならレイはこのまま、レンジャー希望の見習いの人間として連れて行こう。住民登録はどうするかな?」
「あ、レイの分は、マイリー様がオルダム在住で身分証明書を発行してくださいましたよ。ブレンウッドに行く事があれば、これを使えと」
「至れり尽くせりじゃな。なら有り難く使わせてもらおう」
ニコスとレイが林の訓練所で走り始めたのを見て、石に座ったギードはシルフを呼び出して、緑の跳ね馬亭のバルナルにこっそり連絡を取って、宿を押さえてもらったのだった。
その夜、食事の時に明後日から一泊二日でブレンウッドの街へ四人で出掛けると聞いて、レイは嬉しさの余り食事中にフォークを持ったまま立ち上がって跳ね回り、ニコスに本気で叱られて、凹んで皆に笑われてしまった。
「嬉しい。四人で一緒に行けるなんてね。夢みたいだ」
食後のお茶を飲みながら、ずっとレイはそればかり言っていて、また皆に笑われていた。
翌日は、いつもの家畜と騎竜達の世話の後は、一日訓練所で棒術訓練と格闘訓練に汗を流した。
レイはヴィゴがどれだけ強くて格好良かったかを、ずっと三人に力説していた。
「見事な剣をお持ちだったからな。それにあの体格じゃ。そりゃあ戦う姿はさぞかし美しかろう」
レイの話を聞いて、ギードは嬉しそうにそう言って目を細めた。
「よい目標を見つけられたな。しっかり精進しなされ。どれくらい強くなるか楽しみにしておりますぞ」
眩しいものでも見るように目を細めてそう呟いたギードは、ニコスと組み合うレイをずっと見つめていた。
夕食の後は、タキスと一緒に持って行く薬の数を数えるのを手伝い、それが終わるとギードと一緒に重い荷物を先に荷馬車に積むのを手伝った。
翌朝、いつもよりかなり早く起こしてもらったレイは、身支度を整えてマントを羽織りリュックを手に居間へ向かった。
ベルトの後ろ側には、ギードから貰ったミスリルの剣が装備されている。
「おはようさん。そろそろ起こしに行くつもりだったのに、自分で起きて来たな」
「おはようございます。その包みは朝ごはんですから、荷馬車に積んでおいてください。貴方の分のお茶はこれですよ」
タキスに大きな包みを渡されて、レイは先にそれを納屋の荷馬車まで運び、戻ってリュックに自分のお茶とお薬、予備ののど飴の瓶を入れた。
荷馬車にギードが乗り、ベラにタキスが、ポリーにレイが乗り、ヤンにはニコスが乗った。そして鞍を付けたオットーも荷物を積んで一緒に行く事になった。そうすれば、街では全員がラプトルに乗れる。
「リュックが小さく見えます。それに、肩のベルトが少しきつそうですね。大丈夫ですか?」
レイの後ろ姿を見たタキスが、マントを捲ってそう言った。
「うんちょっときついんだ。でもこれで一番長いんだよ」
「それなら、街へ行ったら買った店に持って行こう。同じ革でベルトを継ぎ足して貰えばいい」
ギードの言葉に、レイは驚いて振り返った。
「え? そんな事してもらえるの?」
「やってくれるぞ。まあ、当然金は払うが、新しく買うよりもずっと安く済むからな。肩紐丸ごと取り替えるか、繋いでくれるかは聞いてみなくては分からんがな」
「この革の部分、気に入ってるから出来たら変えないで欲しいな」
模様の入った部分を撫でながらそう言うレイを見て、ギードも頷いた。
「なら、頼む時にそう言いなされ。気に入っているから残して欲しいとな」
そんな話をしながら、いつもの小川沿いに到着して朝ご飯を手早く食べた。
『おはよう。しばらく良い天気が続くぞ。街へはシルフ達を付き添わせるからな』
パンを食べているレイの肩に座ったシルフが、ブルーの声でそう言った。
「あ、おはようブルー。じゃあ、ここに入っててね」
レイは胸元から木彫りの竜のペンダントを取り出した。現れたシルフ達が次々とペンダントに消えていった。
「おおそうじゃ。レイよ、これをしておきなされ」
それを見たギードが思い出したようにそう言って、ポケットから小さな袋を取り出した。
「ほれ、左手を出してみろ」
差し出したレイの左手の中指に、袋から取り出した石の嵌った銀細工の指輪をそっと差し込んだ。
「これがラピスラズリじゃ。綺麗じゃろう」
誂えたように指にぴったりと嵌ったやや幅のあるその指輪には、綺麗な大きな青い石が入っていた。よく見ると金色の粒が石の中に輝いている。
「この金色は元々の石の中に入っている色じゃよ。ラピスラズリは蒼竜様の守護石だそうじゃないか。それなら身につけておかないとな」
「ありがとうギード。この石も鉱山で出たの?」
嬉しそうに光にかざしながら、そう言うレイに、ギードは首を振った。
「いや、ラピスラズリはこの辺りでは採れませぬ。もっと南の方ですな」
「じゃあこれってどうしたの?」
不思議そうに尋ねるレイに、ギードは笑って腕を叩いた。
「ワシが昔、冒険者時代に使っていた腕輪の石じゃよ。もう今更、それを装備して旅に出る事も無かろう。それでその石を外して作り直したんじゃ。石も削って整えたぞ。長い事、ワシの腕で共に旅してくれた良き石じゃ。其方のこれからの人生にもきっと役に立ってくれるだろう」
目を見張って改めて指輪を見つめた。
土台の銀細工にも精緻な模様が隙間無く彫り込まれていて、見事な造りだ。青い石の周りには、ごく小さな煌めくダイヤモンドが取り囲むように嵌め込まれていた。
「ありがとう。大事にするよ」
それしか言えなかった。
すると、胸元のペンダントから、シルフ達が勝手に飛び出してきた。
『綺麗な石』
『綺麗な石』
『銀細工も綺麗』
『素敵』
『素敵』
口々にそう言うと、レイの腕に並んで彼を見上げた。
『入っても良い?』
『入りたい』
『素敵な寝床!』
『入りたいよ』
『入りたいよ』
「良いよ。ギードが作ってくれたんだよ」
笑ってそう言うと、次々とシルフ達が石に溶け込むようにいなくなった。
レイの肩には、火の守役の火蜥蜴まで現れて、何か言いたげにレイを見て指輪を見た。
「君も入る? 良いよ、どうぞ」
レイのその言葉を聞いて、火蜥蜴も嬉しそうに目を細めると、腕を伝って指まで行き、スルリと指輪に溶け込むようにいなくなった。
「良かったな。素敵な指輪だぞ」
ニコスの言葉に、レイも頷いて嬉しそうに笑った。
「さてレイ、ちゃんとお薬を飲んでくださいね。飲み終わったら行きましょう」
タキスの言葉に、レイは残っていたパンの最後の一口を食べてから、いつものお薬をカナエ草のお茶で飲んだ。
手早く片付けて、出発した一行は、間も無く本街道に出た。
早朝の為、まだそれほど人もいなくて快適に進み、太陽が頭の上に来る前に街に到着する事が出来た。
「ブレンウッドに入るのは初めてです。見事な城壁ですね」
「旧市街の建物は、すっごく綺麗なんだよ」
「オルダムの城壁よりも、なんと言うか……分かりやすそうですね」
その言葉に、ギードが堪える間も無く吹き出した。
「確かに、オルダムの城壁は、はっきり言って慣れるまでは殺意を覚えるよな。ワシは本気で打ち壊したくなった事があるぞ」
「話には聞いたけど、そんなに凄いんだね。僕、大丈夫かな……」
心配そうなレイを見て、三人とも吹き出した。
「レイ、もし街へ出る事があっても、絶対に一人では行くなよ。行くなら必ず案内人は必要だぞ」
「うん、覚えておくね」
照れたように笑うレイの肩には、シルフが現れて座り、一緒に笑っていた。
『大丈夫大丈夫』
『私達が教えてあげるよ』
『知ってるもんね』
『知ってるもんね』
それは、マイリーがブルーに許可を得て供に付けたオルダムのシルフ達だった。
「あはは。よろしくお願いします!」
開き直ってシルフ達に丸投げするレイに、また皆で笑った。
到着した城壁横の受付で、二人はいつもの住民票を取り出して見せた。
タキスは、仮の住民票を発行して貰う為にギードとニコスと一緒に横にある建物に向かった。
その間にレイは、出掛ける前にタキスから渡された小さな札を教えられた通りに受付の兵士に見せた。
「え? これは……」
受け取った兵士が、驚いたように札を見てレイの顔を見る。
「えっと、これを見せれば良いって言われたんだけど?」
「し、失礼いたしました! どうぞ良い旅を!」
慌てて札を返した兵士が、直立して敬礼してくれた。
「ありがとう」
よく分からないが通っても大丈夫みたいなので、札を受け取ってベルトの鞄に戻すと、三人の向かった横の建物の前に進み、ギードの荷馬車の隣でそのままポリーに乗って待った。
「無事に通れましたな。では二人が出て来たらドワーフギルドに行きましょう。身軽になったら食事だな」
その言葉に頷いて、レイは大きく伸びをした。
しばらくして出て来た二人と一緒に、一行はドワーフギルドの建物に向かった。
街の中に消える一行を、先程の受付の兵士が呆然と見送っていた。
「初めて見たよ。保証人が皇王様の名前で発行された身分証明書。一体何者だ?あの若者」
そのつぶやきを聞いた隣にいた兵士も、驚きのあまり目を見開いて慌てて振り返っていた。
しかし、もう街の中に消えた一行は何処にも見えなかった。
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