マイリーとの再会

「そうなんですか?」

 先程目覚めたばかりの重傷者とは思えない程の強い声で詰め寄られ、答えに窮したガンディは、降参する様に両手を上げて大きな声で叫んだ。

「ああそうじゃ! わしがタキスに、紅金剛石を持っておらぬかシルフの使いをやって確認したら、その場にレイルズもおったのだ。それで、紅金剛石はあるが、届けるにはどうやっても数日掛かると言われて困っておったら彼が言うてくれたのだ。自分が持って行くとな」

「なんて無茶を……此処はタガルノとの最前線ですよ。十八番砦で何があったか、知らぬ貴方ではあるまいに。第一、今更ですが……何故貴方が此処にいるんですか?」

 その言葉に、ガンディは吹き出した。

「まさしく今更じゃな。其方の治療の為に来たに決まっておろうが!」

 堂々と言われて、今度はマイリーが答えに窮した。

「……質問ですが、今日は何日ですか?」

 何を聞いているのだと一瞬耳を疑ったが、マイリーが危惧している事に気付いたガンディは、マイリーの手を取って笑った。

「お主が寝ておったのは一日だけじゃ。正直言って、まさか一日で意識が戻るとは思っておらなんだ。さすがじゃな」

「一日……」

 目を閉じたマイリーは、大きく深呼吸をした。

「それでこの程度の痛み? ルークから話は聞いてましたが、本当にすごい薬ですね……待って。ガンディ、それなら貴方はどうやって此処に来たんですか? まさか、レイルズに途中で拾ってもらったんですか?」

「アルジェント卿に送っていただいた。カーマインは、昨夜は皆と一緒に緊急出動してくれたぞ」

 その言葉に驚いて目を見開いたマイリーに、ガンディはもう一度笑って手を取って軽く叩いた。

「お前もお会いするのは久しぶりじゃろう。呼んでやる故、待っておれ。ああ、今はレイルズと一緒におられるか。レイルズも呼んでやっても……」

 そう言って立ち上がろうとしたガンディは、ノックの音と同時に飛び込んで来た若竜三人組とルークの姿に苦笑いするしかなかった。

「こらお前ら、病室内では静かに、廊下は走るな。子供でも知っておる事だぞ」

「す、すみません。でも、マイリーの意識が戻ったって聞いて……」

 ベッドで横になったまま苦笑いしてこっちを見ているマイリーを見て、四人は同時に叫んでいた。

「マイリー! 良かった!」

 その後は全員バラバラな言葉を同時に喋った為、全く何を言っているのか分からず、ガンディの一喝で全員大人しくなった。

「同時に喋るな! それから病室内は静かに! 怪我に響くわい!」

「……ガンディ、今の貴方の声が一番傷に響いたぞ」

 マイリーの言葉に、部屋にいた全員が吹き出した。



「良かった。本当に良かった」

 ルークが駆け寄り、ベッドの端に突っ伏すようにして呟いた。

「あの、お聞き及びかもしれませんが、レイルズが此処に来てます。それで……」

「ああ聞いた。何て無茶をするんだって、今言ってたところだよ」

「でも、彼のおかげで貴方の薬が間に合ったんです。そうじゃなかったら、今頃……」

「まあ、それに関しては、心の底から感謝するよ。しかしこの薬、話には聞いてたが本当にすごいな。それに痛み止めの効果もあるんだな」

「でしょ。俺も驚きましたもん」

 顔を上げたルークは小さく笑った。

「でも、治ってる訳じゃ無いですからそこは勘違いしないでくださいよ。無理は絶対禁物です。重症なんですからね」

 無言で頷くマイリーを見て、ルークは立ち上がった。

「隊長やヴィゴと相談してから状況は報告します。だから……もうしばらくは、大人しく養生してて下さい」

 マイリーは無言でルークを見つめた。ルークも無言でその視線を受け止める。

「分かった。頼むよ」

「はい」

 短いやり取りの後、ルークはそのまま敬礼して部屋を出て行ってしまった。

「ええ、ちょっと待ってくれよ!」

「ルーク! 待って!」

 ロベリオとユージンが慌てたようにそう言って、ルークを追いかけて部屋を出て行った。部屋を出る時に、しっかり振り返って揃って敬礼して行き、それを呆然と見ていたタドラも、慌てて敬礼してから走り去って行った。

「一段階成長したな。貫禄が出て来たぞ」

 嬉しそうなマイリーの言葉に、ガンディも同意するように頷いた。

「元々、なんと言うか、周りに遠慮して一歩引いたような所があったんだがな。誰かさんの怪我で腹を括ったようだな」

「俺が腹を括ったのもそんな感じだったな。そう言えば……」

「今此処に、アルジェント卿が来られてるというのも、そう考えれば時代を感じるのう。人の成長は早いな」

 しみじみ言われて、マイリーは声も無く笑った。

「人はそうやって色々なものを繋いでいくんですよ。多分ね」

 もう一度、ゆっくり深呼吸すると、改めてガンディを見た。

「話が途中でしたね。アルジェント卿が来られているなら是非お会いしたいです。呼んでいただいても?」

「呼んだらレイルズも一緒に来るぞ。構わんか?」

「構いませんよ、彼にもお礼を言わないとね」

 そう言って、ゆっくりと目を閉じた。少し息が早い。

「無理はするなよ」

 止めたところで、聞かないことは長い付き合いで知っている。それなら気が済むようにさせてやるべきだと判断して、ガンディはシルフに伝言を頼んだ。




 休憩室で、アルジェント卿と一緒にレイルズは、言われた通りにとにかく大人しく待っていた。

 先程ルークからの呼び出しで、せっかく食事を終えて一息ついていた三人は、また慌てて何処かに行ってしまったのだ。

 それでも庭の竜達が寛いでいるのを見て、出撃では無いのを確認してそれだけは安心した。

「えっと、昨日のお話の続きを聞かせてください。それからどうしたんですか?」

 振り返ったレイの笑顔に、アルジェント卿も笑って昨日の続きを話し始めた。



 何よりもレイが驚いたのは、ヴィゴとマイリーが竜騎士になったのは別々の時期で、実はマイリーの方が早かったという事だった。

 そして、見習い竜騎士となったマイリーの教育係を引き受けたのが、当時竜騎士だったアルジェント卿だったという事もだ。



「見習い時代のマイリーは今とは違って痩せっぽちでな。背は高いが体の厚みは全く無くて、とにかく身体作りに苦労したのを覚えておるぞ。まあ、なんというか……肉が付かなくてな、食もまだまだ細くて、とにかく太れなくて苦労したよ」

 今のマイリーもヴィゴと比べると確かに細いが、服の上からでも分かる、充分に鍛えた素晴らしい身体をしている。二十代の時に、まさかそんな苦労をしているなんて思いも寄らなかった。

「あいつが三十歳になった時に、私が大怪我をしてな。まあ、当時、もう立つ事は出来ぬと医者に言われて、竜騎士を引退したんだ。辛かったよ。正直言って、妻とフラウィスがいなければ……今、生きて此処にはいないな」

 自嘲気味に笑って、レイを見る。

「これだけは言っておくぞ。例えどんな辛い事があっても、決して諦めてはいかん。必ず何処かに望みは有る。希望が一つ潰えたところで、その時には既に別の小さな希望の苗はちゃんと育っておるのだよ。それに気付けるかどうかは、その人次第だ」

 レイルズの手を取ってそう言ったアルジェント卿は、笑っているようにも泣いているようにも見えた。

「はい。それは僕の家族も皆、いつもそう言います。生きてさえいれば、必ず何とかなるって。だって、僕は住んでいた村も、母さんも、一晩のうちに全部無くしちゃいました。でも、ブルーと出会って、タキスやニコス、ギードと出会って森で一緒に暮らすようになったよ。皆は、全部無くした僕に、全部をくれたよ」

 何度も頷くアルジェント卿に、レイも笑って手を握り返した。

「竜熱症で死にかけた時には、竜騎士隊の皆や、ガンディや、いろんな人達にまた助けてもらいました。だから今度は、僕が返す番だって思ってます。まだまだ半人前だし、全然何にも出来無いけどね」

 照れたように笑うレイを見上げて、アルジェント卿は頷いた。

「そうか。それならもう何も言う事は無いな。しっかり学びなさい。沢山の出会いと、別れも経験せねばな。それから、素敵な恋をして、竜とは違う生涯の伴侶も探さねばならんぞ。言っておくが子育ても本当に毎日戦いみたいなものなんだぞ。とにかく小さい子供というのは、可愛いが悪魔の顔も持っておるからな」

「ええ? そうなんですか?」

 小さな子供は可愛い、というイメージしか無かったレイは、今度は子供の事を聞きたがり、アルジェント卿も笑って色々と子供が小さかった頃の事や、今の孫達の事を話してくれたのだった。



「其方が王都に来たら、また会う事もあるだろう。孫達と、良ければ遊んでやってくれ」

 自分より小さな子供と遊んだ事の無いレイは、目を輝かせて頷いた。

「はい喜んで! 楽しみにしています!」

 丁度来てくれたオリノスが、お茶の用意をしてくれたので、揃ってお茶を飲んでいると、ガンディからの使いのシルフが現れた。

『マイリーの意識が戻りました』

『アルジェント卿に会いたがっております』

『来てやっていただけますかな』

「おお、もちろんだ。レイルズ、行くとしよう」

 当然のようにそう言って笑う彼を見て、レイは戸惑いを隠せなかった。

「えっと、僕も行っていいの?」

「当たり前だろうが。何を遠慮しておる。ああ、すまんが立つのに手を貸してもらえるか」

 言われるままに握った手を引っ張って、立ち上がるのを手伝った。



 第二部隊の兵士に案内されて、廊下を歩いて別の部屋に向かう。

「マイリー!」

 ベッドに横たわってこっちを見ているマイリーと目があった時、レイは我慢出来ずに思わず叫んで、ベッドに駆け寄った。

「レイルズ、わざわざ薬を届けてくれたんだってな。ガンディから聞いたよ。ありがとうな。おかげで痛く無いぞ」

 いつもより、少し低めの弱々しい声だったけど、ちゃんと自分を見て笑ってくれた事で、レイは胸が一杯になって、何も言えなかった。差し出された冷たい手を握って、必死で涙を堪えていた。

「感謝するよ。君にも、ラピスにも」

「お役に立てたなら、良かったです」

 そう言うのが、やっとだった。



「ようやくのお目覚めだなマイリー。全く、心配かけおってからに」

 からかうようなアルジェント卿の声に、我に返ったレイは慌てて場所を譲った。

「アル、お久しぶりです」

 恐らく若竜三人組やルークは聞いた事が無いだろう、マイリーの少し照れたような声だった。

「言いたい事は山程あるが、取り敢えずこれだけは言っておこう。よく頑張ったな」

 マイリーは驚いたように何か言いかけたが、目を閉じて首を振った。

「分かっておる。今は何も言うな」

 何度も額を撫でて腕をさすり、一度だけその額にキスを送った。

「其方の人生に幸多からん事を。忘れるな。希望の苗は必ず有るぞ」

 ベッドの端に座ったアルジェント卿は、そう言って横になったままのマイリーをそっと抱きしめた。

 レイは、背中に回されたマイリーの手が、縋り付くようにアルジェント卿の服にしわが出来る程に握りしめられているのを、言葉も無く見ている事しか出来なかった。

 呆然としているとガンディに合図されて、そのまま二人を置いてそっと部屋を出た。



 何故か廊下には誰もいなくて、小さなため息を吐いたレイに、ガンディは申し訳なさそうに話した。

「驚かせてすまんな。アルジェント卿はマイリーの新人時代の教育係でな。マイリーも彼にだけは素直に弱みを見せおる」

「はい、ちょっとだけ聞きました。マイリーの若い頃の事」

「そうか。其方の教育係はマイリーになる予定だったんだが、これは、ちょっと分からなくなったな」

「お怪我って酷いの?」

「……足がな、かなり重症だ。どうなるかまだ分からんが、正直言って完治するとは到底思えん」

「それって……」

 無言で頷いて、廊下の小さな窓から外を見た。

「こんな事は言いたく無いが、医者としては言わねばならん。現場に立つのは恐らくもう無理だ」

「だって、持って来たお薬があれば治るんでしょう? 足りないの? もっと持ってくれば良いの?」

 泣きそうな声でそう言うレイを、ガンディは無言で抱きしめた。

「違う、其方のおかげでマイリーは死なずにすんだ。力及ばぬのは儂の方だ」

 悔しそうにそう言うガンディに、レイも悔し涙があふれるのを止められなかった。

 窓辺に座ったシルフ達は、そんな二人を黙って哀しそうに見つめていた。

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