今後の予定とクロサイトの容態

「とりあえず、こんな所でしょうかね」

「そうだな。最大の問題点だった後見人の件が片付いたから、後はまあ……正直言って、どうとでもなる。元老院のじじい共も、陛下がお認めになれば大人しく納得するだろう」

「それで、ガンディはレイルズの体調についてはなんと?」

「もう、ほぼ問題無いそうだ。念の為、もう一日様子を見てから帰らせる日取りを決めると言ってる」

 会議室で、アルス皇子とマイリー、ヴィゴの三人が、今後の予定について相談していた。

「畑仕事って、何をするんだろうな?」

 三人の中では、まだ一番農民の生活に詳しいマイリーが、ちょっと考えて答えた。

「今の時期なら、麦や葉物の野菜、豆類等が収穫でしょうか。世話は、水をやったり雑草を抜いたり……でしょうかね? 秋になると、果樹や薬草も収穫出来ますね」

「大変だろうに。でも、タキスはそれが楽しいと言っていたそうだね」

 アルス皇子の言葉に、マイリーは苦笑いしている。

「タキスはこう言っていたそうですよ。毎日くたくたになるまで働いて、日々の心配事は皆の健康と明日の天気、それで全部。それでも、街にいた頃よりもはるかに自分が生きているんだと、地に足をつけて立っているんだと思えるんだとか。危険な事や大変な事も含めての、楽しい。だそうですよ」

「何とも逞しいな」

 感心したようなヴィゴの言葉に、マイリーも頷いた。

「しかし、ガンディは嘆いていました。彼ほどの優秀な人物を野に置くのは、大いなる損失だとね」

「その件は、今後の展開次第じゃ無いか? レイルズがここに馴染んでくれれば、彼等だって、街で暮らす事を考えてくれるようになるかも知れんからな」

「確かに。その件は焦っても答えは出ない。まずはレイルズに、ここに馴染んでもらうのが第一だな。それなら予定通り、一の廓に彼の為の屋敷を用意してもらうように父上に進言しておこう」

 アルス皇子の言葉に、二人も頷いた。

「後は、兵士としての訓練を彼にどこまでさせるかですね。基礎訓練は出来ているようだが、兵士としての心構えは、また別だからな」

「半年、いや一年ぐらいか。基礎教育には最低でもそれぐらいの時間は掛けたいな」

 マイリーとヴィゴの言葉に、アルス皇子も頷いた。

「一年は見ておくべきだろうな。そうなると、まだ未成年であると言うのは良い言い訳になるな。元老院のじじい共や、社交界の煩い連中に紹介する迄の時間稼ぎが出来る」

「十四歳との事ですから、それなら二年有ります。それだけあればまあ、根回しも含めて何とかなるでしょう」

「それでは、明日は予定通りに彼を迎えに行って、ラピスと一緒にこっちへ来てもらいましょう。城の煩い連中はまた何か言いそうだが、それは陛下にお任せしましょう」

「ああそれは大丈夫だ。父上がそっち方面は任せろと言ってくださったよ」

「有難い事だ」

 ヴィゴの呟きに、二人も大きく頷いた。

 レイと面会した皇王は、すっかり彼の事が気に入ってしまい、一旦森へ帰らせると報告したら本気で寂しがっていたのだ。

「まあこんなものかな。後は何かあったか?」

 書類を手にしたマイリーが、それを見ながら答えた。

「国境からの定期報告は特に問題有りませんね。後、白の塔の医療棟に入院しているニーカですが、今週から杖を使って歩く稽古を始めるそうです。しっかり養生したおかげで、体力はかなり付いてきているそうですので、まあ若いですから回復も早いでしょう」

「それは朗報だな。クロサイトに知らせてやらないと」

「明日、若竜三人組が様子を見に行くと言ってました。そのまま離宮に行って彼を連れてきてもらいます」

「了解だ。それでは以上だな。じゃあ私は母上から呼ばれているので行ってくるよ」

「ご苦労様です。せいぜい愛想を振りまいてきてください」

「マイリーも来るか?」

「さすがに、やらなければならない事が溜まってきてましてね。残念ですが、遠慮させて頂きます」

 書類の束を見せると、一礼して先に部屋を出て行ってしまった。

「また逃げられたな。まあ良い。今一番忙しいのは嘘では無いだろうしな」

 肩を竦めて苦笑いすると、二人も立ち上がった。




 翌日は、良いお天気になった。朝からブルーが来てくれて、レイはご機嫌で庭でブルーと遊んでいた。

「レイ、今マイリー様から連絡がありました。午後からロベリオ様、ユージン様、タドラ様の三人が迎えに来てくださるそうなので、蒼竜様と一緒に一旦お城へ来て欲しいそうですよ」

「そうなんだって。今度はブルーと一緒に行けるんだね」

 嬉しそうなレイの言葉に、ブルーは喉を鳴らした。

「もうすっかり元気になったからな。何処へでも連れて行ってやるぞ」

「早く森へ帰れると良いのにね」

 昨日、ガンディから近々森へ帰れると言われて、レイはもうすっかりその気になっていた。

「早く、ニコスやギードに会いたいよ」

 大きなブルーの頭に抱きついて、レイは小さな声で呟いた。

「ここの皆は、とっても良くしてくれるし楽しいんだけど……自分で何もしないのって、こんなに楽で良いのかなって思うよ。何だか悪い事してる気分」

「まあ、森では働く事が当たり前だったからな」

 面白そうなブルーの言葉に、レイは大きく頷いた。

「だって、自分で食べた食器も片付けないんだよ。部屋のシーツは、いつの間にか綺麗になっているし、散らかした部屋まで片付けられちゃって……」

「普通は、世話をされたら楽だと喜ぶのでは無いのか?」

「不安しかないよ。僕、こんなんで本当にここでやっていけるのかな」

 不安そうなレイの言葉を聞いて、ブルーは小さく喉を鳴らした。

「慣れぬ環境を不安に思う事は当然だ。だが、あのアメジストの主人も言っておっただろう。竜の主はそれだけ大切にされているのだと。逆に言えば、食器を片付けたり部屋を綺麗にするのは誰でも出来るが、我の主はレイしかおらぬ。其方は、代わりの効かない存在であると言う事を忘れないでくれ」

 無言で力一杯抱きついて来る愛しい主に、ブルーは堪らない気持ちになった。

「約束しよう。常に其方の側にいると。嬉しいことがあったら教えてくれ。辛い事や悔しかった事も。其方の全てと共にありたい」

「ありがとうブルー。大好きだよ」

 額にキスして、笑顔で顔を上げた。



 少し離れた所で、タキスは仲睦まじい二人の様子を無言で見つめていた。

 その時、部屋から慌てた様子のガンディが走って出て来た。

「レイルズ、ラピス、緊急事態じゃ。其方らの力を貸して欲しい」

 驚いたレイが振り返った。

「どうしたんですか?」

「少し前にタガルノとの戦闘で、竜とその主を保護した、竜はまだ子竜と言っても良いような小さな竜で、主も、まだ幼い子じゃ。紫根草の中毒にされておったその竜は、今養生中なんだが容体が急変したらしい。非常に危険な状態だと知らせがあった。頼む、ラピスよ。オニキスの怪我を癒したあの癒しの術をその子竜に使ってやってはくれぬか」

「死にそうなの?その子竜」

 頷くガンディを見て、レイはブルーを見上げた。

「ブルー、助けてあげられる?」

「紫根草の中毒か……どの程度その子竜に力が残っておるか、それによるな。我の癒しの術とて万能では無い。尽きる命を繋ぐ事は出来ぬ」

「もちろんじゃ。ならば直ぐに用意を。レイルズ、ラスティが準備をしてくれておるから着替えて参れ」

 今のレイは、ゆったりとした部屋着を着ている。確かに、この格好では外に行くのは不味いだろう。

「分かった、待っててねブルー。直ぐに戻るから」

 走って部屋に行くレイに、タキスも付いて戻った。

「感謝するラピスよ」

「子竜は貴重だ。我も助けられるのならば喜んで役に立とう」

 大急ぎで着替えたレイとタキスが走り出て来たのを見て、ブルーは大きく翼を広げた。

「私は邪魔になりますから、ここで待っています。レイ、知らない方が大勢いますから失礼の無いようにね」

「はい。直ぐ戻って来るから待っててね」

 タキスの頬にキスすると、レイは素早くブルーの背に飛び乗った。

「シルフが案内してくれる。急ぐぞ」

 ブルーはそう言って一気に上昇すると北に向かって一気に加速して飛び去って行った。







 ロベリオとユージン、タドラの三人は、早朝からそれぞれの竜に乗ってロディナの竜の保養所に向かっていた。

「前回来た時は、ラピスと接触した時だったね」

「あれはな……本気で死ぬかと思ったもんな」

 ユージンとロベリオの二人が、前回ここに来た時の事を思い出して首を振った。

「結果的に上手くいったから良かったけど、一歩間違えたら、今頃僕達全員……ここにいないよね」

 タドラの呟きに、二人も頷いた。

「まあ、無駄死にせずにすんで良かったよ」

 ロベリオがしみじみ言うのを聞いて、二人は吹き出した。

「まあ、冗談を言えるのも生きていればこそだよな」

「冗談なんか言ってないぞ、おい」

「タキス殿が許してくれなかったらどうするつもりだったんだろうね?」

「違う意味で命がなかったかもね」

「あ、待てこら。それは言わない約束だろ」

 ユージンとタドラは声を上げて笑うと、二人揃って一気に加速した。置いて行かれたロベリオも、笑いながら一気に加速して後を追った。



 ところが、竜の保養所に着いた彼らを待っていたのは、真剣な顔のシヴァ将軍だった。

「お待ちしておりました。先程クロサイトの容体が急変して、ひどい嘔吐とひきつけを起こしました。現在懸命の処置を行っておりますが、正直言って非常に危険な状態です」

 三人は驚きのあまり言葉も無かった。

「どうして? 回復は順調だって言っていたのに」

「紫根草の怖いところです。抜けたように見えても容体が急変することが多々あります。今回も、付き添いの兵士がいなければ、気付かずにいて手遅れになるところでした」

「そんな……」

 その時、ロベリオが急に顔を上げた。

「おい、ラピスに頼めないか? アーテルの怪我だって、あっと言う間に直してくれたんだ。竜同士なら癒しの術が良く効くって言ってたよな」

 その言葉に、二人も頷いた。

「確かに! じゃあすぐに行って連れてこよう」

「シヴァ将軍。例の古竜を連れて来ます。なんとかそれまで頑張って保たせてください。あの竜は高位の癒しの術を使えるんです」

 何の事だか分からなかったシヴァ将軍だったが、彼らの話を聞いて大きく頷いた。

「分かりました、お願いします。もう一刻の猶予もありません」

 頷いた三人は、そのまま一気に竜に飛び乗ると離宮を目指して飛び去って行った。

「シルフ、離宮のガンディに声を飛ばしてくれ。ガンディ、ロベリオです。竜の保養所のクロサイトの容態が急変しました。非常に危険な状態です。ラピスに癒しの術を使ってもらうように頼んでください。もう、それしかありません。今そちらに向かっています」

「シルフ、マイリーに声を飛ばして。クロサイトの容態が急変しました。非常に危険な状態です。ラピスに癒しの術を使ってもらうように頼んで、今離宮に向かっています」

 離宮に向かいながら、シルフを通じて現状を報告した。

「ロベリオ、ラピスは治療を承知してくれたそうだ。シルフの案内でこっちに向かってくれるって」

「了解だ。って……多分あれがそうだよな。どんだけ速いんだよ。おい」

 彼らが向かう方角に見えていた小さな影は、みるみるうちに竜の姿になり、目の前にその大きな姿が一気に迫って来た。

「ロベリオ! 何処にいるの? その子竜って」

 レイの声に頷いた三人は、竜の向きを変えながら叫んだ。

「こっちだ。来てくれ!」

 弾かれたように一気に加速した四頭の竜は、直ぐに目的の竜の保養所に到着して、兵士達が待ち構えていた広場に降り立ったのだった。

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