昼食会と手合わせ
昼食は、竜達のいる庭に机を出して、肉を焼いて食べるマナーを気にしなくて良い立食式だった。
さすがに陛下と同席しての食事は、レイへの精神的な負担を考えて無理だろうとの配慮からだった。
それでも最初は緊張していたレイだったが、周りの気遣いもあり、最後には陛下の求めでタキスと共に、森での生活がどんなものかを一生懸命説明出来る程度には打ち解けていた。
「ほう、ドワーフの石の家か。それは是非この目で見てみたいものだな」
話を聞きながら、目を輝かせて嬉しそうに言う陛下にタキスが困った様に頭を下げる。
「それはさすがに、ここまで持っては来られませんのでご勘弁を」
「私が行けば良いではないか」
「お立場をお考えください!」
当然のように自分が行くと言う陛下に、真顔のマイリーが隣から止める。
「お前は一々反応が真面目だな。別に言う位良いではないか。私だって本当に行けるなどとは思っておらぬ」
マイリー相手の拗ねたような陛下の言い方に、レイとタキスは驚きを隠せなかった。
「気にしないで下さい。わが国の皇族方は皆、普段はだいたいあんな感じです。まあ、正式な場では勿論、堂々たるものなのですが……」
「四六時中威張り散らすほうが疲れるぞ。誰がそんな事やりたいものか」
「そうよね。威張り散らすのは疲れるわ。第一、そんな事しても周りの者達だって誰も喜ばないでしょう。それよりも、皆に機嫌良く働いてもらう方がずっと良いわ」
それを聞いたサマンサ様が笑って頷いている。
彼女が食べているのは、柔らかな子羊の肉を細かく刻んで小さな固まりにして焼いたもので、高齢の彼女でも楽に食べられるように作られていた。
「なんだか、考えてたのとずいぶん違うね」
「そうですね。もっとなんと言うか……」
「どんな風だと思ってたの?」
レイとタキスが顔を寄せて話していると、隣に座っていたタドラが笑いながら話しに参加して来た。
「えっと、なんて言うか……王様ってすごく偉い方だし、もっとこう、すごく威張ってて、とても近寄れない方だと思ってました。こんな風に気軽にお話なんて出来ないって思ってたから、沢山お話出来て嬉しいです」
「私だって妻だって、母上だって人間だ。他の皆と同じだ。王だからと差別されては堪らんな」
「王様を差別?」
思ってもみなかった言葉に、レイはタキスを見た。タキスも驚いていたが、レイを見てちょっと考えてから教えてくれた。
「先程のレイのように、相手が誰だか知らずに知り合った方が後で陛下だと知ったとしたら、まあ、次に会った時に前と同じ態度は取れませんね。された側にしてみたら……身分で態度を変えるというのは、確かに差別と言えるかも知れませんね」
「でも、それは……当然でしょ?」
それを聞いた陛下は、マイリーに縋って泣く振りをしている。
「つまり、どんな相手に対しても節度と礼儀を持ってお相手しましょう。という事です」
「節度?」
「相手が許してくれたからといって、厚かましく、どこまでも馴れ馴れしくしない事。と言えば分かりますか? 適切な距離を保ちなさい、という事です」
「分かりました。まさに今の状態だね」
「さあ、あなたは上手く出来ていますか?」
タキスは、わざと呆れた様な言い方でレイを見て首を傾げた。
「えっと、出来てる、つもり?……です」
「待て待て、なんで疑問形なんだよレイルズ。そこは自信持って、僕は出来てます!って、言うとこだろ」
焼いた肉の串を片手に、ロベリオが乱入してきた。
「え? だって、ちゃんと出来てるかどうかなんて、僕には分からないです!」
タドラの後ろに隠れながらレイが叫ぶ。
「特に叱られてないんだから、大丈夫だよ」
励ます様に、タドラがレイの肩を叩いて笑った。
「ほら、お前らも食べろ。肉が焼けたぞ」
ヴィゴの言葉に、喜んだ若者達が肉に群がる。
「皆、見ていて気持ち良い位に食べるわね。若いって良いわ」
サマンサ様が笑いながら呟き、小さな肉を更に小さく切って口に入れた。
「羨ましいな。私の若い頃を思い出すよ」
笑顔で肉を取り合う彼らを見て、陛下は、先に自分の為に取り分けられた肉を食べながら少し寂しそうに笑った。
「馬鹿を言い合って戯れて遊べる仲間がいるのは、本当に幸せな事だ。大事にしろよお前ら」
小さな声で呟いた陛下の声は、残念ながら肉に夢中の若者達には届かなかったが、隣で聞いていたヴィゴとマイリーは、小さく頷いて同意を示した。
昼食の後、食後のお茶を飲んでゆっくり休憩してから、全員で手合わせの為に訓練所に移動した。
見学のサマンサ様には、車椅子が用意されて執事が付き添った。
「レイルズ、遠慮無くかかって来い」
やや長めの太い棒を持った陛下が、嬉しそうに満面の笑みでそう言って構える。
「はい、お願いします!」
前回と同じ棒を持ったレイは、一礼してから構えた。
ヴィゴが審判役を買って出てくれた。
「それでは、はじめ!」
ヴィゴが手を打った瞬間、二人が同時に打ち合い、甲高い音を立ててレイの棒が飛ばされた。
しかし、その場から咄嗟に下がったレイは、後ろ向きに手をついて回転して逃れ、すぐに棒を拾う。
「ほう、速いな」
更に嬉しそうになった陛下が、今度は受けてくれるつもりになった様で、構えたまま大声で言った。
「打って来い!」
「お願いします!」
叫んだレイが、上段から一気に連打を打ち込む。しかし、簡単に受け止められてしまい、息が続かなくなった所で、また棒を弾かれてしまった。
しかも陛下の持ったの棒先は、そのまま打ち込んでいたら、確実にレイの眉間を仕留める位置で止められていた。
「参りました」
両手を上げて、降参の姿勢を取った。完敗だった。
「思ったよりも良いな。しかし、まだ全体に身体のバランスが悪い。もう少し動きを考えて全身を鍛える必要があるな。ヴィゴはどう思う?」
「仰る通りかと。ただ、彼はまだ成長途中ですから、ある程度バランスが崩れるのはまあ当然です。逆に今、無理に筋肉を付け過ぎる方が不自然に体を痛める元になります。その方が後々問題が出ます」
「ふむ、ならば今はこれで良いか。今後に期待だな」
レイの手を引いて立たせると、振り返ってヴィゴを見た。
「ヴィゴ、せっかくなんだから、ちょっと付き合え」
満面の笑みの陛下にそう言われて、苦笑いしたヴィゴは頷いて自分の棒を取りに壁に走った。
「ええ、もしかして陛下とヴィゴの手合わせが見られるのか! レイルズ、ほらこっちに来て座れ。瞬きするなよ。すごいのが見られるぞ!」
タキスにお茶を貰って飲んでいたレイは、大急ぎで開けてくれたロベリオとルークの間に座った。
「陛下相手に、お前はよく頑張ったと思うぞ。何しろ陛下の棒術の腕前は相当だからな。今の王宮では、ヴィゴぐらいしか本気でお相手出来ないんだよ」
目を見開いて驚くレイに、ロベリオが頷く。
「今後の勉強になるから、真剣に見てろよ」
真ん中では、審判役のマイリーが立ち上がって真ん中に出た。それを見た二人が構える。
「構え、はじめ!」
声が響いた瞬間、二人が同時に動いた。
先ほどのレイと違い、何度も立ち位置を変えながら激しく打ち合う。一連の流れる様なその動作は、まるで一流の踊り手が、踊りを踊っているかの様だった。
しかし、動きが早すぎて追い切れない訳ではない。どうやら二人とも、レイに技を見せる事を考えてくれている様だ。
「すごい、すごい、すごい」
レイは無意識に呟きながら、瞬きする間も惜しんで二人の動きを目で追った。
「そこまで!」
突然マイリーが叫び、ピタリと二人の動きが止まる。ヴィゴが棒を下げて構えを解いた。
「陛下、余りご無理はなさいませんように」
直後に陛下は大きく息を吐き出して、片膝をつくようにして座り込んだ。それを見たガンディが、慌てて立ち上がって陛下に駆け寄っていく。
「構うな、大事無い。何だ、これから良いところだったのに」
息を切らしながらも口を尖らせる陛下に、ヴィゴも困ったような顔になる。
「お気持ちは分かりますが、体調をお考えください。訓練で体を悪くするのは感心しませんぞ」
「ああ年は取りたくないな。若い時の半分だな。言っておくがお前らだって、そのうちにこうなるんだぞ」
見学している若者達にそう言って舌を出す陛下を見て、心配していた全員の口から大きなため息が漏れた。
「父上。良い加減にしてください。レイルズより子供に見えますよ」
呆れたようなアルス皇子の声に、全員吹き出すのを我慢してあちこちから妙な音がした。
「お疲れ様。二人とも見事だったわ。まるで踊りを見ているみたいだったわ」
拍手したサマンサ様の声に、二人が一礼してから下がる。
ガンディが陛下に付き添って脈を診ていたが、すぐに笑って立ち上がった。
「早めに止めてくれたので、問題ないですぞ。少しお休みください」
「それなら、お前らも順番に稽古を付けてもらえ」
「お願いします!」
皆一斉に立ち上がって、自分の棒を取りに走った。
夕方、陛下とサマンサ様が戻る時間まで、若者達の訓練は続けられたのだった。
迎えの馬車が来て二人が去っていくのを、全員で庭に出て見送った。
「それじゃあ俺達も今日は帰るよ。明日は、ちょっと来るのは無理だと思うから、レイルズ達もゆっくりしててくれよな」
ロベリオの声に、レイは頷いた。
「忙しいのにごめんなさい。じゃあ、書斎で本を読んでます」
「そうだね、明日はちょっと天気も悪くなりそうだし、ゆっくりしててよ。明後日は来れると思うからね」
タドラもそう言ってレイの背中を叩いた。
「はい、ありがとうございました」
少し下がって、全員が竜に乗って飛び去るのを見送った。
「ブルーも戻るの?」
一気に広くなった庭に座っていたブルーも、大きく伸びをして翼を広げた。
「うむ、我は明日も来るからな。それではもう部屋に戻ると良い。おやすみレイ」
レイに頬擦りしてから、ブルーも静かに湖に飛び去って行った。
「皆、帰っちゃったね」
寂しそうなレイに、タキスが笑って背中を叩いた。
「置いてけぼりの寂しん坊、ついて行きたきゃ早くしな。置いてけぼりの寂しん坊、泣いても戻って来ちゃくれぬ」
「それでも泣いたらどうなるか。うるさうるさとムクドリ泣いて、涙の雨がざあざあざあ」
タキスがからかって歌った続きを、レイが継いで歌う。顔を見合わせて、二人で笑い合った。
「さあ、戻って湯を使って着替えてください。今日もまた、汗を沢山かいたでしょう」
「うん、でも始めの頃に比べたら、汗も普通になって来たよ。息が切れることも殆ど無くなったし」
嬉しそうなレイの答えに、タキスも笑った。
「良かったですね。これならもうすぐ森の家に帰れるかもしれませんよ」
「ニコスとギードに早く会いたいよ」
タキスの手に縋って、レイが言った
「もう直ぐですよ。あと少し、頑張りましょうね」
堪らずに抱きしめて額にキスをした。
レイの頭に座っていたシルフ達が、嬉しそうに揃って頷いていた。
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