お休みの日
翌日、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、小雨が降る外を見て残念そうに小さなため息を吐いた。
「雨が降ってる。じゃあブルーも今日はお休みだね」
まだ前髪を引っ張っているシルフ達にそう言うと、足元の籠に置いてくれてあった服に着替えた。今日の服は、いつも着ていたような普段着だ。これなら自分で着る事が出来る。
「あの、訓練生用の軍服? って言う服は、なんだか沢山
『頑張って上手く出来るようにならないとな』
肩に座ったシルフが、ブルーの声で喋り始めた。
「おはようブルー、雨だね。僕も今日はのんびりするから、ブルーもゆっくり休んでよ」
『うむ、おはよう。この雨はまだしばらく降るようだが、夕方までには止むようだから、その頃に顔を出そう』
「分かった。それじゃあ後でね」
頷いたシルフは、レイの頬にキスしてからいなくなった。
「おはようございます。朝食の準備が整いましたよ」
ラスティが起こしに来てくれた。彼は昨夜、皆と一緒に帰らずここにいてくれたのだ。
「あ、おはようございます。今行きます」
慌てて靴を履いて、ラスティについて部屋を出て行った。
「おはようございます。今日は雨ですな」
「ああレイ、おはようございます。今日は特に予定もありませんからゆっくりして下さいね」
部屋に入って来たレイに、ガンディとタキスが振り返って挨拶してくれた。
「おはようございます。今さっきブルーが言ってたけど、この雨は夕方には止むんだって。その頃に来てくれるってさ」
タキスは、普段からブルーが天候を教えてくれるのを聞いていたから驚かなかったが、ガンディは横で無言で驚いていた。
「古竜は……天候も分かるのか?」
ようやく気を取り直したガンディが、タキスに向かって尋ねる。
「シルフ達でも、ある程度は教えてくれますよ?」
「確かに、雨が降りそうな時などは教えてくれる事もあるが、午後からの天候までは分からんだろう」
レイとタキスは、不思議そうに顔を見合わせた。
「そうでしたか? 森にいると、街の常識と違う事も多いので、特に不思議に思いませんでした」
「ブルーが冬に、いざとなったら嵐ぐらい止めてやるって言ってたよ」
平然とそう話す二人に、ガンディが机に突っ伏して、これ見よがしの大きなため息を吐いた。
「タキスよ。せめて世間の常識は忘れんでくれ」
「そんなこと言われても……ねえ?」
「森ではこっちが普通だもんね」
「おおい……帰って来てくれ」
後ろでは、朝食を乗せたワゴンを持って来た執事とラスティも、ガンディの言葉に揃って頷いていた。
普段と変わらないような豪華な朝食の後、レイは執事に頼んで書斎を開けてもらった。
ラスティはついて来てくれたので、本を読みながら、彼と色んな話をした。
話を聞くうちに。彼がブレンウッドの街の出身だと分かり、なんだか嬉しくなった。
「今年の花祭りには、僕も行ったんだよ。綺麗な花の鳥が沢山あったよ」
「おお懐かしい。私は十六歳で志願して一年の訓練期間を経て軍人になりました。すぐに第二部隊に配属されてオルダム勤務になりましたから、もう十年以上ブレンウッドには帰っていませんね」
「ブレンウッドには、ご家族がいるの?」
「両親は健在です。それから姉が一人、結婚して子供が二人おりますよ。姉夫婦もブレンウッドにいます」
「じゃあ、花祭りですれ違ってるかもね」
「そうですね。もしかしたら何処かで会っているかも知れませんね」
そう言って笑い合った。
実際のブレンウッドの街の人口を考えると無茶な話だが、遠く離れた街で、故郷に近い街を知る者がいる事がレイは嬉しかった。
「ブレンウッド出身の者は多いですよ。第二部隊にも何人かおりますので、顔を見たら教えて差し上げます。中には実家が商売している者もおりますから、冗談抜きで、もしかしたらご存知の店があるかも知れませんね」
「そうなんだ。えっとね、街に行った時は、いつも緑の跳ね馬亭って宿に泊まってたんだよ」
「緑の跳ね馬亭? ああ知ってますよ。大きな宿ですよね。朝ごはんが美味しくて、何度か連れて行ってもらった事があります。懐かしいな、皆お元気なんですね」
「うん。えっと今年の春に息子のクルトの所に、フィリスさんって言う、とっても綺麗なお嫁さんが来たんだよ」
「クルト? ああ、確かに子供がいましたね。小さいのに宿の仕事をよく手伝っていましたよ。そうか、もう嫁が来るような歳なんだ」
苦笑いして、顔を上げた。
「それなら、今後、ブレンウッドの街へ行く事があれば、その時にでも顔を出したら良いのでは? きっと驚かれますよ」
ラスティにそう言われて、街へ行っていた時の自分の姿を思い出した。
「でも、僕は姿を変えてたから、今の姿で行っても、皆気付かないと思うな」
「姿を変える?」
不思議そうなラスティに、街へ行く時にタキスが自分の姿を竜人の子供に変えてくれていた事を話した。
「竜人とドワーフが、人間の子供を連れているのは不自然なんだって。それで、タキスの変化の魔法で竜人の子供になっていたんだよ」
納得したように彼は大きく頷いた。
「確かに、もし私が警備兵だったら、間違い無く一旦確保して質問攻めにしますね。ましてや、子供だけが街の住民登録をするとなると、事情説明だけで数時間は掛かるでしょう」
「そうなんだ。えっと、これも話して良かったのかな……?」
困ったようなレイの言葉に、ラスティは小さく吹き出しかけて堪えた。
「何か悪事を企んでいるのなら、まあ、通報ぐらいはするでしょうが、わざわざ姿を変えていたのは面倒な問題を回避するためだけなんでしょう? それならまあ、誰にでも出来る事ではありませんし個人の自由です。聞かなかった事にしますよ」
「話の分かる大人って素敵!」
笑顔で親指を立てたレイを見て、今度こそラスティは堪えきれずに吹き出した。
昼食の後、レイはガンディに言われて少しお昼寝をする事になった。
血の検査をしたら、少し貧血気味だと言われたのだ。
「まあこれも、竜熱症の後遺症の一つじゃ。しかし、竜の主は普段から貧血になりやすいから、気をつけるようにな」
「どうして? 竜の主が、どうして貧血になるの?」
毛布をかけてもらいながら尋ねると、ガンディが椅子に座って教えてくれた。
「竜熱症の原因である竜射線を覚えておるな?」
「えっと、精霊竜が何かしたら発生するんだよね。目には見えなくて匂いもしないから全然分からないけど」
以前教えてもらった事を思い出しながら答える。
「よく出来ました。その竜射線が一番多く含まれるのが血液で、その事により少し血の量が減るんじゃ。正確には、血の中に含まれるある成分を破壊する。それで体内で小さな出血が頻繁に起こる。当然身体はそれを癒そうとして無理をする。その結果、どんどん血が失われて貧血になるわけだ」
驚くレイに、ガンディは頷いた。
「それを防いでくれるのが、苦草、つまりカナエ草のお薬とお茶って訳だ。な、苦くても絶対飲もうって気になるだろ?」
机の上に置かれた、お茶と飴の瓶を見る。納得して大きく何度も頷いた。
「レイルズが森へ帰る際には、タキスにお茶と丸薬の作り方を教えておくから、彼に作ってもらうと良い。ちゃんと毎日飲むんだぞ。あの森にも、沢山のカナエ草が生えておるらしいから、お前一人分位ならすぐに作れるだろう」
「苦草って嫌な匂いはするし、うっかり触るとかぶれる嫌な雑草だと思ってたけど、実はものすごく役に立つ薬草だったんだね」
感心するようなレイの言葉に、ガンディも頷いた。
「まあそうじゃな。しかし、だからと言うてお前はカナエ草には触ってはならんぞ。カナエ草に耐性のある竜人ならばいざ知らず、うっかり加工前に人間が触ると、手や皮膚がかぶれて、目も開かない位に腫れ上がる事になるぞ」
驚いて目を見開くレイに、ガンディは笑った。
「我々が薬やお茶を作るのに使うカナエ草は、大きな畑を作って栽培しておる。世話は全員革手袋だそうだ。まあ、世話と言っても基本水やり程度で何も無いがな。カナエ草には虫も付かん。ほぼ年中育てられて成長も早いし、栽培するのは楽で良いそうじゃ。収穫も、根元から切って終わりだしな」
それを聞いて、なんとなくやり方が分かった。確かに虫も付かず水やりだけで済むのなら、育てる側にとっては楽だろう。収穫の時だけ、カナエ草に触れないように皮膚を守れば済む事だ。
「そうやって育ててくれるから、お薬やお茶が飲めるんだね」
「まあ、絶対に必要な物だから自分らで育てるのが一番確実だ。そう言えば、例の蜂蜜を育てるのも、早速担当者が決まって、ロディナで準備に入っておるそうじゃ。竜騎士関係の事は、いつもながら行動が早いわい」
それを聞いて春に、蒼の森へ蜂蜜を取るために行った時のことを思い出した。
ギードが作ったという細かな金網を被って、シルフ達が煙で蜂を追い払ってくれている中で収穫したのだ。
大変だったけど、収穫した黄金色の蜂蜜は絶品だった。巣箱の場所によって、蜜の味が違うことも、その時始めて知ったのだった。
その時の事を話すと、ガンディは驚いた様に聞き返した。
「ほう、場所によって蜜の味が違うのか?」
不思議そうなガンディに、レイは頷いてその時にニコスから聞いた事を話した。
「僕も舐めてみて驚いたの。色も違うんだよ。そうしたらニコスが教えてくれたんだけど、花によって蜜の色や味が違うんだって。例えば、どんぐりの木が沢山ある場所に置いた巣箱の蜂は、当然どんぐりの花の蜜を取るでしょう。そうしたら、どんぐりの花だけの蜜になるんだって。逆にお花畑の近くに置いた巣箱だと、色んなお花の蜜が混じるから、収穫時期によってこれもまた味が変わるんだって」
「成る程のう。面白いな」
感心したようにガンディが呟き、レイも笑って頷いた。
その時、レイの着替えを持ったタキスとラスティが、ノックして入って来た。
「師匠、レイをお昼寝させるんじゃ無かったんですか?」
呆れた様なタキスの声に、二人は思わず吹き出した。
「そうじゃったな、すまんすまん。それでは邪魔者は退散するのでゆっくり休んでくれ」
苦笑いして立ち上がると、ラスティと一緒に部屋を出て行った。
「それじゃあ、ゆっくり休んでくださいね。夕食前になったら起こしてあげます。先程蒼竜様に連絡して、貴方がお昼寝する事をお伝えしました。夕食頃に、雨が止んだら来てくださるそうですよ」
「うん分かった。それじゃあお休み」
カーテンを引いて、部屋を暗くしてくれる。
「お休みなさい。夕食の後で、ちょっとお勉強しましょうね」
額にキスしてくれたタキスに頷いて、レイは目を閉じた。扉が閉まる音が遠くに聞こえたが、すぐに眠くなって分からなくなった。
扉が閉まると現れて枕元に座っていたシルフ達が、嬉しそうにレイの髪や胸元、毛布の隙間に潜り込んで、こっそり一緒に眠るふりをしていた。
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