面会準備

 タキスとガンディは、話があるからと別の部屋へ行ってしまったので、レイはロベリオとユージンと一緒に、昨日の書斎で午前中いっぱい本を読んだり、のんびり話をしたりして過ごした。

 嘘つき男爵の大冒険を一気読みしたレイは、すっかりこの本が気に入ってしまい、本気で冒険の準備を始めたロベリオの気持ちがよく分かった。

 出来る事なら自分もやりたい。そう言ったら、二人に大喜びされた。

 そして、次に手に入れるなら絶対この本にしようと、本気で考えてもいた。

「な、絶対気に入ると思ったんだよ。この本は絶対十代のうちに読むべきだぞ」

「良かった、気に入ってくれて。あ、こっちの本もお勧めだよ」

 ユージンが差し出したのは、また別の本だ。

「これは何の本なの?」

「虹を探して。夢の世界に繋がってるって聞いて、子供達が虹の架け橋を探しに行くお話だよ。これは、地理の勉強にもなる」

 そう言って笑いながら本を広げるユージンの手元を、レイは覗き込んだ。

「元々のお話は架空の街の出来事なんだけど、子供達が苦手な地理の勉強をさせる為に、少し前から話の内容はそのままで、実際にある街を使ったお話が作られているんだ。お話の始まりはここオルダム、西の街道沿いにフェアステッド、カムデン、クムスン、ブレンウッド。前半に西の国境までの主要な街が出てくる。物語の後半は、ブレンウッドから南へ下って、フルム、ハマー、クスライ、クレア……」

 口を開けてこっちを見ているレイに、ユージンは吹き出した。

「ごめんごめん。でも、頑張って地理は覚えてもらわないとね。せっかくだから楽しんで覚えた方が良いでしょう?」

「分かった、頑張って読んでみるよ」

 とにかく受け取って椅子に座りなおすと、表紙を開きその本を読み始めた。




 皆で昼食を取った後、少し休憩をしてから、午後からは訓練所で、剣術の型の稽古や棒術の手合わせをした。

 ガンディとタキスは、午後からは訓練所で三人が汗を流すのを見ていた。

「ほお、わずかの間だが、ずいぶんと構えが様になってきたな」

 感心するようにガンディが呟く。

「彼は人の話を素直に聞くので、上達が本当に早いんですよ」

 自慢げなタキスの声に、ガンディは微笑んだ。

「まあ、確かに素直な良い子である事は認めるが……」

「なんですか?」

 自分を横目で見る何か言いたげな師匠の視線に、タキスは顔を上げてガンディを見た。

「いや、なんでも無い」

 笑って首を振る師匠に、タキスは首を傾げた。

「なんですか一体、気になります」

「いや、親の顔になっておるなと思っただけじゃ」

 笑ってタキスの背中を叩く。

「あの子のおかげで、私は……いえ、蒼の森にいた私達は、生きる事を思い出したんです」

 ガンディは無言で聞いている。

「あの子を取り上げないでくれてありがとうございます。師匠が何か言ってくださったのでしょう?」

 タキスの言葉に、ガンディは笑った。

「はて、なんの事やら分からんのう」

 素知らぬ顔の師匠に、タキスは笑ってもたれかかった。

「では、何か分かりませんが、ありがとうございます」

「なんじゃそれは」

 顔を見合わせて吹き出した。



『ロベリオユージンこちらマイリーだ』

 突然、ガンディの肩に座ったシルフがマイリーの呼びかけを伝えた。

「おお、ちょっと待たれよ。今、棒術の手合わせ中じゃ」

 代わりにガンディが答える。

『王妃様に後見人の件を話した』

『一応了解して頂けたが』

『まず一度会ってみたいとの事だ』

「確かにそうであろう」

『本日夕食の後にお時間を頂いた』

『今からそちらに迎えに行くので伝えておいてください』

「了解じゃ。伝えておこう」

 頷いていなくなったシルフを見送り、ガンディとタキスは立ち上がった。

「そこまでじゃ。マイリーから伝言で今から迎えに来るそうじゃから、せめて湯ぐらい使っておけ」

 声を聞いて手を止めた三人が、驚いて駆け寄ってきた。

「迎えにってどこに行くんです?」

「レイの後見人候補との面会じゃ。夕食の後との事だから、レイの身支度の為じゃろう。ほれ、まずは湯を使って綺麗にしてこい」

 すでにマイリーから連絡を受けていた執事が、廊下に迎えに来ていた。

 慌てた三人は、執事に続いて部屋を出て行った。

「果たしてどうなる事か……上手くいく様に祈っておくわい。おい、何をぼんやりしておる。お前も早く行け」

 その声を聞いて、タキスも待っていた執事と一緒に部屋を出て行った。

 それを見送ったガンディは肩を竦めると、慌てた三人がそのままにして行った模擬剣や棒を元の場所に戻した。



 三人とタキスが、湯を使って着替えた頃に、マイリーとタドラが、第二部隊の兵達と共にラプトルに乗ってやって来た。

「あれ? 竜と一緒じゃないんですか?」

 てっきり、また竜達に会えると思って楽しみにしていたレイは、思わずマイリーを見上げた。しかも彼はいつもの竜騎士の制服ではなく、第二部隊の一般兵が着ている制服を着用している。

「今日は、お前達もラプトルで移動だ。それから、これを着てくれ」

 マイリーの言葉に、タドラが持って来た包みを執事に渡す。

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 手早く使用人達が包みを開けて、それぞれの服を手にロベリオとユージン、レイの三人を別の部屋へ連れて行った。

「あの、どう言う事でしょうか?」

「まあ、口さがない連中の目を逸らす為です。とにかく、今のレイルズは王宮中の噂の的ですからね。あの竜に乗って戻ったら、また大騒ぎです。なので、第二部隊の兵達と一緒にラプトルで王宮へ戻ってもらいます。ああ、もちろん貴方も着替えるんですよ」

 驚いて振り返ると、服を手にした執事が困ったようにこっちを見ていた。

「分かりました。着替えて来ます」

 苦笑いして、執事の後について行った。



「気苦労が絶えぬの」

 からかうようなガンディの言葉に、マイリーは肩を竦めた。

「貴方はどうなさいますか? まだ彼は療養中ですから、医者の同席は認められると思いますが」

「なら、ご一緒させてもらうとしよう。どうする? 儂も着替えた方が良いか?」

 良い事を思いついた! と言わんばかりに目を輝かせるガンディを、マイリーは無言でちらりと見て鼻で笑った。

「貴方はどんな服を着ても絶対分かりますから、無駄な事はしないでください」

 呆れたようなマイリーの言葉に、ガンディはため息を吐いた。

「なんじゃ、相変わらずお堅いのうお前は。ほれ、笑え。眉間に皺が寄っておるぞ」

 指先でマイリーの頬を突き、舌を出した。

「子供みたいな事しないでください。全く」

 苦笑いしながら、頬を突く指を掴んで押し返す。

「レイルズは騎士見習いとして紹介します。まあ、お茶程度ならなんとかなるでしょう」

「面会は王妃様だけか?」

「今回は何とかそれで納得してもらいました。しかし、陛下や皇太后様も彼らに会いたいと仰せです。まあ、順に機会を設けて密かに会っていただくより他はありませんね」

「ご苦労さん」

 笑うガンディに、マイリーは振り返って外を見た。

「こんな苦労なら、喜んでいくらでもしますよ。非常にやり甲斐のある仕事です」

「仕事中毒も大概にせいよ」

「貴方にだけは言われたくありません」

 笑ったマイリーは、そのまま庭に出た。

 庭では、第二部隊の兵士達が、ラプトルの準備をしていた。

「オニキス、アンバー、すまないが、今日はここで留守番していてくれるか。ちょっとした目くらましだ」

 庭にいる二頭の竜にマイリーは優しく話しかけた。

「我らがここにいれば、竜騎士がここにいると皆が思う。それは即ち、ラピスの主がここに居ると思わせる訳だな」

「そうだ。よく出来ました。あのラピスにも伝言して了解してもらった。シルフをレイルズに付けるそうだ」

「過保護だな」

「うん、過保護だな」

 二頭の竜が、大真面目に過保護だ過保護だと言うのを聞いて、マイリーは小さく吹き出した。

「確かに過保護だな。何しろ三百年ぶりの主だ、大目に見てやってくれ」

 二頭の竜は、揃って喉を鳴らした。




「マイリー、準備出来ましたよ」

 ロベリオの声に、マイリーは振り返った。

「おお、よくお似合いですよ」

 そこにいるのは、揃いの第二部隊の制服を着た四人だった。

 タキスは元々姿勢が良いので軍服も良く似合っている。レイは、如何にも新兵と言った感じで、まだまだ軍服姿がぎこちない。

「常に背筋を伸ばしてろ。そうだ。それでいい」

 そう言って、向かいに立って襟元を直してやる。

「……剣が思ったより重いです」

 困ったように言うのを聞いて腰を見る、剣帯に下げているのは内勤の一般兵用の一番小さなショートソードだ。

「まあ、すぐに慣れる。我慢してくれ。この服で剣を下げないのは逆に不自然だからな」

 剣帯の位置も少し直してやり、満足して頷いた。

「これで十四歳? またずいぶんと立派な十四歳だな」

 ロベリオ達と並んでも見劣りしない。軍服だと、若干負けている体格は殆ど分からないからだ。

「まあ、確かにでかいよな」

「そうだね。でも、話すとやっぱり十代の子供だよね」

 ロベリオとユージンは、自分の事を棚に上げてすっかり保護者目線だ。

「お前ら、聞いたぞ。昨夜は随分とやらかしたそうじゃないか」

 マイリーの言葉に、二人とレイは同時に吹き出した。

「あ、後でグラントリーさんに謝っておかないと!」

「そうだよな。一体いつの間にあの部屋、片付けてくれたんだろう」

「あ、戻ってきた」

 執事が戻ってきたのを見て、レイが走って行く。ロベリオとユージンも後を追った。

「あの、昨日はお部屋散らかしたままでごめんなさい。朝から片付けようと思ってたんだけど、グラントリーさんが片付けてくれたんですよね」

 レイにいきなりそう言われた彼は、にっこり笑うと軽く会釈した。

「どうかお気になさらず。それは我々の仕事です。それから、私の事はグラントリーとお呼び下さい。敬称は不要です」

「でも……」

 困っていると、後ろからロベリオ達が走って来た。

「グラントリー、豪快に散らかしてすみませんでした。綺麗にしてくれて、ありがとうございます」

 二人揃って頭を下げる。レイも慌てて頭を下げた。

「どうかお気になさらず。それが我々の仕事です。ああそれから、寝ている時は、お腹を冷やさないようにお気をつけください」

 後ろで聞いていたマイリーとタキスは、堪える間も無く吹き出した。




「それではお気をつけて。お戻りをお待ちしております」

 見送りはグラントリーだけだ。

 それぞれにラプトルに乗った一行は、第二部隊の兵達に囲まれる様にして城へ向かった。

 素知らぬ風の竜達も、さり気なく首を伸ばして一行が城の方へ去って行くのを少し寂しそうに眺めていた。



 後見人って一体どんな方なんだろう。ラプトルに乗って走りながら、レイの胸は高鳴る鼓動を抑えられなかった。

 しかし、林を抜けた先に大きな塔の先端が見えて来た頃には、余りにも大きなお城と塔に、逆に気後れして急に緊張してくるのが分かった。

 手綱を握った手が汗で滑る。何度もズボンで手をこすり深呼吸を繰り返した。

『大丈夫だ、落ち着け』

 優しい声で、肩に座ったシルフが話しかけて来た。

「ブルー、来てくれたの?」

 嬉しそうなレイの声に、斜め前を走っていたタキスが振り返った。笑って頷き、また前を向く。

「後見人になってくださる方に会いに行くんだよ。どんな方だろうね」

 嬉しそうなレイの声に、隣にいたマイリーは小さく頷いて笑った。




 一旦、城の南西にある竜騎士の本部へ向かった。

 まだ日暮れまで間があるので、先にレイの服の準備からだ。その間に、タキスはガンディに連れられて白の塔へ行ってしまった。

「後程、城で会いましょう。皆様の言う事をよく聞いて勝手な行動は慎む様に。いいですね」

 白の塔に行く前のタキスに真面目な顔で言われて、レイは何度も大きく頷いていた。



 連れていかれた部屋には、先日レイの身体を採寸してくれたガルクールが待っていた。

「急ですので、とりあえず既成の服を補正致します。これを着てみてください」

 何枚もの服を渡されて、レイは戸惑った。

「えっと、どれから着るんですか?」

 着ていた服を脱ぎながら聞くと、三人がかりで手伝ってくれた。簡単に袖を通しその場で身体に合わない部分を手直ししてくれる。

 鮮やかな手つきに、レイは無言で見惚れていた。



「これは、竜騎士見習いの為の制服だからね。城に行ってから着替えるんだ」

 側で見ていたロベリオとユージンが教えてくれる。

「え? ここで着替えるんじゃないの?」

「城にも竜騎士専用の部屋があるから、そこで着替えるんだよ」

「俺達もついて行ってやるから、そんな顔するなって」

 不安そうなレイの顔を見て、二人は笑った。

「うん、お願いします」

 すっかり仲良くなった三人に、お茶を持って来てくれたタドラとルークも加わって、昨夜の大冒険の話をして、皆で笑い合った。

「まあ、いろいろ話さなきゃならない事は他にも山ほどあるんだけどさ……」

「詳しくは、また後でね」

 他の人たちもいるこんな場所で話せる内容では無い。困った様な二人に、ルークとタドラが拗ねた顔をする。

「ええずるいぞ、お前らばっかり。俺もレイと遊びたい」

「そうだよ。僕も遊びたい!」

 ルークとタドラが叫んで、また皆で笑った。



「心配しなくても、これから散々遊べるぞ」

 マイリーの声に、ルークが顔を上げた。

「それで、レイルズの後見人候補って、誰なんですか?」

 まだ、誰も後見人候補が誰なのか聞かされていない。

「後で教えてやる。言っておくが、今日の謁見の場にはお前達は入れないからな」

「ええ、ずるい!」

 若竜三人組が口を揃えて文句を言うのを、ルークは黙って聞いていた。

「……分かりました、俺達はここで待機でいいですか?」

 ルークの言葉に、振り返ったマイリーは頷いた。

「頼むよ。とりあえず、こいつらを見張っててくれ」

「了解です。何かあったらいつでも声を飛ばしてください」

 妙に大人しく納得したルークに、三人は呆気にとられた。当然一緒に文句を言ってくれると思っていたのだ。

「ルーク……」

「後で説明してやる。レイルズ、ごめんよ。俺達はここで待機らしいから、マイリーと一緒に城へ行ってくれるか」

 振り返ってレイにそう言うルークに、先程までのふざけた顔は無い。

「分かった。どんな方だったか戻ったら報告するね」

「ああ、上手くいく様に祈ってるよ」

 笑って背中を叩くと、マイリーの方へレイを押しやった。



「えっと、それじゃあ……いってきます」

 何と言ったらいいのか分からず、手を振ってくれる四人にそう言うのが精一杯だった。

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