障害物競走

 甘いもので大満足したレイは、少しの休憩の後、また訓練場で、ユージンとロベリオと一緒に夕食まで汗を流した。

 タキスとガンディも、ずっと横で見学していた。



「ねえタキス。森のお家には、上の草原にすごい訓練場所があるんだよね」

 棒術の手合わせを終えて休んでいたと思ったら、振り返って突然そんな事を言い出した。

「ああ、ニコスの提案で作った林の訓練場所ですね。まあ、確かに……すごいですかね」

 二人は、興味津々だ。

「タキス殿、どんな風なんですか?」

 レイと同じように目を輝かせるユージンとロベリオに、タキスは笑いを止められなかった。

「どうぞ、タキスとお呼びください。元からあった林や岩場を使って作っているんですが、障害物を避けながら足場を使って飛んだり木に登ったり、時には岩を駆け上がったりしながら、決められたルートを攻略して進むようになっています。止まらずに走り抜けられたら攻略完了です。最近はかなり難易度が上がってますから……私でも、一度では攻略出来ませんね」

「……僕はまだ、一度も止まらずに攻略出来てない」

 拗ねたような言い方が可笑しくて、タキスは笑いを堪えるのに苦労した。

「文句はニコスに言ってください。ああ、帰ったらまた、そろそろルートが変わってる頃かもしれませんね」

「ニコスの意地悪!」

 レイの叫びに、とうとう堪えきれずに吹き出した。

「でも、あれのおかげで、垂直の壁でも登れるようになったでしょう」

「それはそうだけど……」

 その言葉を聞いた二人の目の色が変わった。

「何だよそれ! 見たい!」

「やって見せてよ!」

 あまりのすごい食いつきっぷりに、レイとタキスは仰け反った。

「それは良いけど、えっと……でも、ここじゃあちょっと狭いよね」

 壁を見ながら困ったように首を振る。

 いくら天井が高いと言っても、ここは室内だから直ぐに天井当たって危険だからだ。

「建物の外なら、何とかなるんじゃありませんか?」

 タキスの言葉に、ロベリオが顔を上げた。

「それなら、南側の噴水横の壁が良い。行ってみよう!」

 ほとんど引きずるように、レイの腕を掴んで嬉しそうにロベリオが部屋を出て行く。

「さあ、タキスも」

 笑ったユージンに手を取られて、苦笑いしたタキスも後に続いた。

 立ち上がったガンディが後ろをついて歩いていたが、ふと立ち止まりこっそりシルフを呼び出した。

「レイルズとタキスが、何やら楽しそうな事をするらしいぞ。すぐに南側の噴水横へ出て参れ」

 シルフが消えるのを見送って、急いで後に続いた。




 今日の天気は晴れてはいるが、やや薄曇りなので野外での運動も大丈夫だろう。

「へえ、素敵な噴水だね」

 円形の石の枠に囲まれた水場の真ん中には、二頭の竜が向かい合って首を上げた状態の石像になっていて、それぞれ翼を広げて、口から水を噴き出している。

 周りの水の中には、飛び石状に、睡蓮の葉に座った精霊達が思い思いに寛ぐ様子が同じく石で作られていた。

「そのまんま、水遊びって名前が付けられてる噴水だよ」

 噴水の周りは石畳になっていて、石の椅子や石柱があちこちに置かれている。

「ここから始まって、あそこへ飛んで、ここへ降りて……あ、タキス、ルートを見てよ」

 ガンディと話しながら来たタキスに笑って手を振る。

 笑って側に来たタキスと二人で、あちこち指差しながら小さな声で相談を始めた。

「ノーム達に確認してもらいましたが、強度は大丈夫そうですね。準備運動がてら一度走ってみましょうか」

 石の椅子と、水場の石像を叩いたタキスは、振り返ってにっこり笑った。

「やろうやろう!」

 はしゃぐレイがそう言った時、アルス皇子とマイリーとヴィゴが建物から出て来た。

「どうした?」

「こんな所で何をする気だ?」

 不思議そうな三人を振り返って、ロベリオ達が側へ行く。

「タキスとレイルズが、壁登りを見せてくれるそうですよ」

「壁登り?」

「もちろん、精霊の助けは無しですよ」

 振り返ったタキスがそう言うと、大きく伸びをして屈伸運動を始めた。隣でレイも、小さく飛び跳ねて足首を動かしている。

「ぶつかるといけないので、その道まで下がってて頂けますか」

 タキスの声に、観客達は道の端まで下がった。

「じゃあ、私がルートを取りますから、ついて来てくださいね」

「うん! よろしく!」

 楽しそうなレイの声が開始の合図になった。



 彼らにとっては、場所が変わっただけで、普段の訓練と変わらない事をやっているのだが、見ていた人達にとっては、空いた口が塞がらない程の驚きだった。



 走り始めたタキスは、まず噴水のヘリに飛び上がると、そのまま丸くなった縁に沿って全力で走り出した。当然レイも遅れずについて行く。

 そのまま噴水の中に飛び込んだ二人だったが、水しぶきは上がらない。

 伸び上がったヴィゴが驚きの声を上げた。

「精霊の石像を足場にして、一度も水に足を入れていないだと!」

 次々と飛んで足場を変えながら、真ん中の竜の石像の背中に飛び乗った。さすがにここでは飛沫がかかる。

 構わず背中を駆け上がって二匹の頭の上を飛び越えて、反対側の竜の背中に飛び降り、そのまま尻尾伝いにまた精霊達の石像を飛ぶ。

 しかも、精霊達の乗っている睡蓮の葉を足場にしているので、精霊達は蹴っていない。

 石畳に降りたタキスは、そのまま次々と椅子を飛び越え、石柱に手を掛けて一気に駆け上がり、上に一瞬立ってポーズを取りそのまま飛び降りる。当然、遅れずにレイが後に続く。

 驚きのあまり声も無い一同を尻目に、二人は建物の壁に減速する事無く突進する。

「危ない!」

 思わず叫んだアルス皇子だったが、二人は壁に足をかけると、そのまま一気に壁を駆け上がる。出っ張ったひさしに手を掛けて、その上に飛び上がって当然のようにその庇の上に立ち上がった。

「到着!」

「おお、良い眺めですね」

「あ、ブルーがこっちを見てる」

 普段と変わりなくブルーに手を振って、そのまま地面に一気に飛び降りた。

「こんなもんか。もうちょっと段差がある方が面白いね」

「そうですね。壁が一箇所ですから、もうちょっと縦の動きが欲しいですね」

 息も切らさず噴水の方を見て、今度はどこからなら飛べるかと改めて相談を始める二人に、ロベリオとユージンが駆け寄った。

「二人とも凄い! 足に羽が生えてるみたいだったぞ」

「凄い! 凄い! どうやったらあんな事が出来るんだよ」

 笑ったレイが、石の椅子を飛び越えるのをやって見せて、それを見たロベリオが挑戦する。。

「駄目だ、上に飛び乗る事は出来るけど、そのまま飛び越えるのは無理だよ」

 ユージンは、辛うじて飛んで見せたが、そこで止まってしまってそのまま走れない。

「僕も最初は全然出来なかったよ。順番に練習したの」

 自慢げに笑うレイに、どんな訓練をしたのか二人が質問ぜめにしていた。



「これは見事なもんじゃな。どこかで以前見たような気がするのは、気のせいだと言うことにしておくわい」

 笑ったガンディの言葉に、タキスも堪えきれずに笑った。

 不思議そうにするヴィゴ達にタキスが心底楽しそうに笑って言った。

「私のこの反射神経と運動力は、学生時代のやんちゃの賜物です。何しろ厳しい寮生活でしたからね、門限を過ぎてから、いかに見張りの門番の目をかすめて夜遊びに行くか! って事に、皆、必死でしたからね」

 堪えきれずにマイリーとヴィゴが吹き出した。

「おいおい、どこかで聞いた話だぞ」

「まあ、よくある話だ。気のせいって事にしておけ」

 顔を見合わせてまた笑う。

 何となく一人取り残されたアルス皇子が、ガンディに尋ねた。

「学生寮って事は、タキス殿も士官学校に?」

 その声に、ガンディも笑いをこらえて振り返った。

「タキスがいたのは、大学の薬学部の特別寮です。あれは学生時代から抜きん出て優秀でしたからな」

 薬学部の特別寮とは、その名の通り医学関係を志す者にとっては正に最高峰の場所だ。

 そもそも大学自体が簡単に入れる場所では無いし、入れたとしても卒業出来るのは半数にも満たないと言われている。

 そこで優秀と言われた者ならば、将来は約束されたも同然だろう。

「出来れば白の塔に戻って欲しいと伝えたんですがな……」

 驚くアルス皇子に、ガンディは肩を竦めた。

「素気無く振られてしまいました。森での生活が自分に合っていると言われてしまっては、無理も言えん」

「しかし、それほどの人材を手放すのは如何なものかと……」

「まあ、無理強いは出来ませぬが、長い目で見て考えます。取り敢えず、まずは彼に白の塔の図書館を開放してやろうと考えております」

「良いのではありませんか。そうすれば、知る事の出来なかった五十年分の知識を得る事が出来る」

「それから、殿下に一つお願いがございます」

 改まったガンディに、アルス皇子が驚いて顔を見た。

「レイルズに、王宮の図書館を見せてやりたいのですが、お許し頂けますか?」

「王宮の図書館……ああ構わない。どれでも好きなだけ読ませてやれば良い。司書に伝えておこう」

「ありがとうございます」

 そこでアルス皇子は、小さな声で、先程三人で話していたレイの後見人候補の話をした。

「それは……素晴らしい。確かにそれなら申し分無いですな。なら、その方向で話を進めるのですか?」

「とりあえず、一度話してみる。全く駄目なようなら、無理は言えないからまた別を考えないと」

「上手くいけば、これ以上ないお味方になってくれましょう」

「頑張って説得するよ」

 ため息を一つ吐いて、顔を上げた。

 視線の先では、ヴィゴとマイリーまで加わって、タキスとレイの実践付きで壁や段差の登り方講座が始まっていた。

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