ミスリルの剣と革職人達
若者組が訓練場へ行った後、顔を寄せる様にして相談していた三人の元に、革職人達がブルーの鞍を作る為にサイズを測りに来たと、第二部隊の兵士から知らせがあった。
「了解だ。レイルズは訓練場にいるから、声を掛けてやってくれ」
返事をしたヴィゴは、マイリーを見て頷いた。
「その話は、後ほどタキス殿も加えて改めて聞かせてもらおう」
「分かった。まだ少し考えを詰めたい部分があるので、まとまったら報告するよ」
「しかし、さすがはマイリーだな。これは全く思いつかなかった」
苦笑いするアルス皇子にマイリーも笑った。
「どうなるかは分かりませんが、良い人選では無いかと思いますよ」
「確かに、これ以上の方はいないな」
「頑張って口説くとしよう」
三人は、顔を見合わせて頷き合った。
レイと、ユージンとロベリオの三人は、訓練場で棒術の手合わせを行なっていた。とは言っても、試合形式では無く二人が見本を見せて、レイがそれを真似ると言う形での訓練だ。
タキスとガンディは壁際に並んで、ロベリオとユージンの剣やマントを置いてある場所の隣に座っていた。
「棒術は全ての武術の基本だからね。これがきちんと出来てると、剣術の習得は早いよ」
「剣はまだやった事ないです」
打ち込まれたところを下から返して反撃する型をやりながら、レイが叫ぶ。
「そうなんだ? それなら一度やってみるか?」
ユージンの声に、レイは目を輝かせた。
「いいの? やってみたい!」
持っていた棒を横に置き、壁際にかけてある木剣を見せる。
「これが訓練の時に使う木製の剣。木製だけどさっきの棒と同じで、ものすごく硬い木で出来てるから、まともに受けると骨が折れる事だってあるぞ」
真剣な顔で頷くレイに、ユージンが何本か渡してやる。
「握りはあまり太くない方が良い。好みもあるけど、基本はこれくらいだな。持ってみて」
渡された木剣を何本か持ってみて、レイは驚いた。
「もっと、重いかと思ってた」
二人は顔を見合わせて、部屋の端に置いてあった自分たちの剣を持ってきて見せた。ガンディとタキスも、面白そうに黙って三人の様子を眺めている。
「それはあくまで訓練用だからな。実際は、こんな感じの重さだよ。持ってみるかい。危ないから鞘ごとだけどね」
「うわっ重い!」
ユージンの剣を両手で持たせてもらって、また驚いた。
「まあ、多少の差はあるけど、大体こんなもんだぞ。ミスリルは軽いからな。普通の剣なら、もうちょっと重いかな。でも、ヴィゴが持ってる特別製の鋼の両手剣は、すっげえ重くて、俺でも両手で持てなかったぞ」
レイの目の前で、軽々と片手で抜いた剣を見せながら、ロベリオが笑う。
その剣は、全体に薄い緑がかった銀色をしていて、剣の真ん中の部分には細かいラトゥカナ文字が刻まれている。濁りも刃こぼれの一つも無く、光を受けたそれは、怖いくらいに輝いていた。
「これって……もしかして、ミスリル?」
見覚えのある輝きに、思わず質問した。
「そうだよ。俺達竜騎士の持つ剣は、陛下から賜ったもので、素材は全てミスリルを使っている」
「驚いた、ミスリルを知ってるんだな」
剣を鞘に収めたロベリオとユージンが、二人揃って驚いた様にレイを見た。
「えっと、一緒に暮らしてるドワーフのギードに……見せてもらった事があるんだ」
大きなミスリルの原石を貰ったなんて言ったらまた驚かれると思い、咄嗟に言い換える。
「へえ、ギードってドワーフはミスリルを扱えるんだ。それじゃあ、
「剣匠って?」
初めて聞く言葉が出て来た。
「ああ、刀鍛冶の事だよ。その中でも、特に上手い人を剣匠って呼ぶんだ」
「そうなんだ。でも僕、ギードが鍛治をしてる所って、そう言えば見た事無いや」
仕事場を見せてくれると言っていたが、忙しさに紛れてそのままになっている。
「剣を打つ鍛冶場は神聖な場所だからね。ちょっと気軽に遊びに行ける様な場所じゃ無いよ」
「ロッカも、鍛冶場には入れてくれないよな」
二人は首を振りながら、そう言って笑った。
「それじゃあ、まずは構え方からかな」
ミスリルの剣を壁に立て掛けると、それぞれ木剣を手にレイの横に立って構え方を教えてくれた。
「そう、上手いぞ」
「脇は締める!」
二人掛かりで教えてくれて、レイは必死で、教えられた事を繰り返した。
「おお、構えは随分と様になって来たぞ」
「そうですね。少しの時間なのに大したもんです」
すっかり観客になっているタキスとガンディは、楽しそうに、レイの構えを好き勝手言いながら評価しあっていた。
その時、第二部隊の兵士が、開いた扉の前に立った。
「失礼いたします。王宮より革職人が参っております。鞍を作る為に、ラピスの大きさを測らせて欲しいとの事です」
「ああ、そんな事言ってたな。分かった、片付けたら外へ出るよ」
ロベリオが答えて、レイを見た。
「剣の稽古はまた今度な。折角だから、きちんと教えてもらえよ。剣術だったら絶対ヴィゴに教わるのが良いぞ」
「俺たちの憧れだもんな」
二人がそう言って笑うのを見て、レイは嬉しくなった。
「僕も、ヴィゴはもの凄く格好良いと思った! 頑張ったら、僕でもあんな風になれるかな?」
「おお、すごい食いつきだな。頑張れよ。お前はまだまだ大きくなりそうだし、鍛える余地もまだまだありそうだからな」
笑って背中を叩かれて、レイは大きく頷いた。
使った剣や棒をそれぞれ元の場所に片付けて、軽く汗を拭いてから表へ出た。
庭のブルーの周りには、三人の人間と二人のドワーフが並んで待っていた。
「これはなんと美しい竜だ」
「しかも、この大きさを見ろ」
「これは作り甲斐がありそうだな」
「腕が鳴るわい」
「主殿はまだ来られんのか」
皆、ブルーを見上げて嬉しそうに言い合っている。
「お待たせしました」
ロベリオが声を掛けると、一斉に振り返った。
「おお、ロベリオ様。お忙しい中、申し訳ありません」
前に出たのは大柄な人間で、皆、揃いの繋ぎになった服を着ていた。
「モルトナ、ご苦労様」
ロベリオが、レイを横に立たせた。
「レイルズ、蒼竜の主だ。まだ療養中だから、無理は禁物だ」
「はじめまして、レイルズ・グレアムです」
「はじめまして、モルトナと申します。竜騎士様方の鞍や剣帯など、革の装備を作らせていただいております」
握手したその手は、幾つものタコの出来た大きな硬い掌をしていた。
「よろしくお願いします」
にっこり笑うと、モルトナと名乗った男の人は、ブルーを振り返って見た。
「それにしても、なんと美しい竜でしょう。私もこの仕事をして長いですが、本当に惚れ惚れするほどの美しさですね。最高の装備を作らせて頂きます」
「えっと、それで何をするの?」
竜の鞍と言われても、何をどうするのかレイには分からない。
「この大きさでございますから、まずは必要な部分の大きさを測らせて頂きたいのです。レイルズ様は、竜に、我らが体に乗ることを許す様に言ってください」
確かに、正確に計ろうとすれば、ブルーの背中に乗る必要があるだろう。
レイは頷いてブルーの側へ行った。
「えっと、この人達が、鞍を作る為にブルーの大きさを測らせてもらいたいんだって。背中に乗ってもらっても良いかな?」
ブルーはちらりと彼らを見て、レイを見た。
「分かった、好きにするが良い」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
返事を聞いた彼らのうち、人間とドワーフの二人があっという間にブルーの腕に乗り、そのまま背中に登った。
首の根元部分の太さ、背中から翼部分の大きさ、他にもあちこち手際良く測っていった。
ブルーは、何か言いたそうだったが、身体の上で動く彼らに気を使って身動きせずにじっとしていた。
「あの、ラピス、お願いがあるんですが……」
「何だ?」
恐る恐る話しかけた人間に、ブルーが律儀に返事をする。
「翼を広げて頂けますか。根元の部分がどれ位広がるか確認したいのです」
「分かった。こうか?」
畳んでいた翼を大きく広げる。それを見た庭にいる他の竜達が、慌てた様に端に寄って場所を開けた。
「おお、何と大きいんだ」
「これは素晴らしい」
「いかんいかん、見惚れておる場合ではない」
我に返ったモルトナが周りの皆の背中を叩き、慌ててそれぞれに位置についてまた測り始めた。
「こんなものかな……よし、これで必要な部分は全部測ったな。ありがとうございました。これで終わりです」
「ご苦労様。暑かったでしょ。用意してあるから中でお茶でも飲んでいってよ」
ユージンの声に、五人は嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。ですがその前に、レイルズ様のお身体も測らせて頂きます」
「へ?僕も測るの?」
「もちろんです。それでは中へ入りましょう」
何だかよくわからないままに、部屋へ連れていかれ、三人がかりで、あちこち測られた。
「ですが、レイはまだ成長期で背も伸びていますので……」
タキスが申し訳無さそうに言うのを、モルトナは笑って首を振った。
「年齢的な事を考えると、まだまだ伸びそうですからね。もちろん、それも配慮いたします」
「ちなみに、彼は去年の秋からこっちで、確実に15セルテは伸びています。いえ、また伸びていますから、20セルテ近くでしょうか」
タキスの言葉に驚いた様にレイを見たモルトナは、嬉しそうに笑った。
「それはすごい。どこまで伸びるか楽しみですね。ああ、レイルズ様はこちらへ」
案内されて、部屋の奥へ行くと、また別の人達が待っていた。
「ガルクールも来てたんだね。レイ、彼は竜騎士隊の制服を作ってくれる第五部隊の人だよ。色々とお世話になる部署だから、しっかり挨拶しとけ」
ロベリオが、後半は小さな声で耳打ちしてくれる。
「えっと、レイルズ・グレアムです。よろしくお願いします」
「ガルクールです。よろしくお願いいたします」
握手したその手は、軍人の手とは思えないくらいにとても柔らかかった。
「それでは失礼いたします。そのままじっとしていてください」
また三人がかりで、腕の長さや首回りに始まり、それこそ身体中ありとあらゆる所を測られた。
それだけでなく、言われるままに腕を伸ばしたり身体を曲げたり伸ばしたりもした。
正直言って、何をしているのかよく分からなかったが、どうやらうまく測れた様だ。
「お疲れ様でした。これで全て終了です」
慣れない事に、終わる頃には、レイはもう疲れ切っていた。
「お疲れ様。どうぞ座ってお茶を飲んでください」
タキスが笑って椅子を引いてくれる。
「ありがとうタキス。慣れない事って疲れるね」
お礼を言って座ると、すぐに目の前に冷たいお茶が出てきた。
「いただきます」
飲もうとすると、その隣に、綺麗な丸いグラスに入れられた見た事の無いものが乗ったお皿が置かれた。スプーンがあるという事は、これは食べ物なのだろう。
「えっと、これは何ですか?」
「ルーク様からの、差し入れのお菓子です。冷たく冷やしてありますので、どうぞそのスプーンですくってお召し上がりください」
執事はそう言って下がってしまった。
「お前が甘いもの好きだって聞いて、ルークが今の時期しか食べられないお菓子を差し入れてくれたんだよ。美味いから食べてみな」
皆の前にも置かれたそれは、やや赤みがかった透明な色で表面は平らだ。
「冷菓ですね。これはゼリーですね」
嬉しそうなタキスの声に、レイはタキスを見た。
「タキスは食べた事あるの?」
「ええ、アンブローシアと、夏にはわざわざお店まで食べに行きましたよ。まさか今になって食べられるなんて、ルーク様に、後でお礼を言わないといけませんね」
そう言って、スプーンで器の中の透明なものをすくって口に入れた。
笑顔になるタキスを見て、レイも食べてみた。
不思議な弾力のある透明なものをすくって口に入れてみた。思わず目を見開く。周りは皆、面白そうにレイの反応を見ていた。
「何これ! 口の中で溶けて無くなったよ。美味しい!」
果物の酸味と優しい甘さのそれに、レイは夢中になって食べた。
「気に入ったみたいだったって伝えておくよ」
ユージンの声に、ロベリオも笑って頷いた。
「レイ、こっちは焼き菓子が色々入ってる。パイは食べた事あるかい?」
四角い金属製の箱から、執事が細長い棒のようなものを何本か取り出して、お皿に乗せて出してくれた。
スプーンもフォークも付いていない。
「そのままお手に取ってお召し上がりください」
頷いて、手前の一本を持って齧ってみた。
「サクサクで美味しい!ニコスの作ってくれるビスケットと全然違うね」
「これは美味しいですね」
満面の笑顔であっという間にパイを平らげたレイを見て、執事がまた追加のパイをお皿に出してくれた。
午後のお茶の時間は、すっかり甘いものだらけになってしまった。
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