光の精霊と試験

「お前、すげえな。これが見えるんだ……」

 呆気にとられたロベリオの呟きが、静まり返った部屋に響く。

「どうしたの?」

 一人、全く状況を理解していないレイが、不思議そうにロベリオを見る。

「いや、なんでもないよ。そっか。お前も見えるんだな」

 ロベリオが嬉しそうに笑って、レイの頬を突いた。

「お前の精霊は? 紹介してくれよ」

「えっと……」

 思わず、首からかけていたペンダントを手に取る。

「出て来てくれるかな?」

 そう呟くと、不意にペンダントが跳ねて、レイの頭の上に大きな光の玉が三つ現れた。

「おお、こりゃまた大きいんだな」

 嬉しそうなロベリオの声に、光の精霊達はクルクルと辺りを飛び回った。

『ここは別なる要石の場所』

『なれど求める場所はここでは無い』

『残念なり残念なり』

 残念そうにそう言うと、三人の精霊達はレイの両肩と頭の上に座った。

「お前……」

 呆気にとられて精霊達を見つめたまま、ロベリオは考えている。

「ガンディ、殿下。お願いします、見てください。こいつらもしかして……」

 その声を聞いて、側に来ていたガンディとアルス皇子が、レイの肩と頭に座る光の精霊を見た。

「おお、これはまた大きな精霊達じゃな。初めまして、ガンディと申します」

「初めましてアルスです」

 嬉しそうに笑って二人は精霊達に挨拶した。

『要石の主』

『良き主』

『強き主』

『古き友の友』

『良き友の友』

『懐かしき友の友』

『ここは良き場所』

『ここは良き場所』

 口々にそう言うと、レイの肩にいた二人は、レイの頬にキスをした。頭の上に座った精霊は、レイの頭を撫でている。

「要石の主?」

 頷く光の精霊に、意味が分からなくてレイは首を傾げた。

「気にしなくていいよ、いずれ教えてあげるから、まだ今は分からなくてもいい」

 アルス皇子の声に、レイは頷いた。

「えっと、ガンディの事、知ってるの?」

 レイの質問に、精霊達は一斉に頷いた。

『彼は古き友の友』

『良き友の友』

『懐かしき友の友』

「えっと、ガンディが、君達の友達の……友達、って事?」

 レイは、頷く精霊達を見て、ガンディを見た。

「はて、この歳になると、相当な数の知り合いがおりますからな。果たしてどなたの事を言っておるのやら」

 困ったように笑うガンディは、肩を竦めた。しかし、彼の視線はレイの胸元のペンダントに釘付けだった。

「あ、戻っちゃった」

 レイが言った通り、いきなり立ち上がった光の精霊達は、あっという間にペンダントの中に戻ってしまったのだ。

「ごめんなさい。実はまだ、あんまり仲良くなってないんです」

 ガンディは、申し訳なさそうに言うレイを黙って見つめ、それからロベリオを振り返った。

「な、何ですか。俺は何もしてませんよ」

 ガンディの強い視線に、降参するように両手を目の前に上げてロベリオが慌てて言う。

「ロベリオ。お前、明日の予定は?」

 唐突な問いに驚いたロベリオだったが、すぐに答える。

「え、明日ですか? 青年会の会合があるので、ユージンとタドラと一緒に参加予定ですが……」

 青年会とは、貴族の青年達の所属する倶楽部の一つで、未婚で次男以下の者達で作られた会だ。

「それなら、参加は必須ではあるまい。明日の予定はやめて、お前は今日はここに泊まれ」

 一方的だが、彼がこんな言い方をする事は滅多に無い。何か重要な意味があると判断したロベリオは、何も聞かずに頷いた。

「分かりました、後で連絡しておきます」

「無理を言うてすまんな。其方らも一旦戻られよ」

 ガンディは頷いてそう言うと、後半はロベリオの頭に座っている光の精霊達に向かって言った。

「ガンディ、一体何事ですか?」

 黙って見ていたマイリーが、背後から不思議そうに尋ねたが、ガンディは首を振った。

「分からん事が多すぎる。後ほどまとめて報告する故、しばらく待っておってくれ」

 何か言いたげだったが、マイリーは黙って頷いた。



「さてと、お前達、昼食は食べたのか?」

 気分を変えるように、マイリーが尋ねる。

「庭で、お肉を焼いて食べました!」

 嬉しそうなレイの答えに、マイリーがにっこり笑った。

「そうか、それなら大丈夫だな。それでは片付けて試験を始めようか」

「マイリー、それ怖いって。目が笑ってないよ」

 ロベリオの言葉に、彼の後ろに隠れたレイも、無言で何度も頷いていた。




 机の上は綺麗に片付けられて、レイの前には、算術盤と数本のペンとインクの瓶が置かれた。

 机の向かい側に座ったマイリーの手元には、三つの砂時計が置かれていた。

「それでは試験を始めようか。分からない問題があっても別に構わない。これは、君を評価する為の試験では無く、君の現在の学力を確認する為の試験だ」

「はい、よろしくお願いします」

 緊張したように答えるレイを、少し離れた席で残りの者達は見ていた。

「それでは、計算問題からだ。質問があればいつでも言いなさい。時間はこの三つの砂時計が全部落ちるまで。六個で一刻だから、試験は半刻だ」

 そう言って、先ほどよりも大きな問題用紙と答案用紙を並べてレイの目の前においた。

「始め」

 そう言って一番端の砂時計をひっくり返した。

 レイは、いきなり計算を始めるのでは無く、まずは問題用紙を手にして黙って見ている。

「ほう、ちゃんと問題を読むか。大したもんだな」

 ヴィゴが感心したように呟く。

 問題用紙を置いたレイは、答案用紙を見て、算術盤を手にして計算を始めた。

 静かな部屋に算術盤を弾く音が響く。

 一問解く度にペンを手に答えを書き込み、またすぐに次の問題に進む。途中、分からない問題を何箇所か飛ばして先へ進んだ。

 三つ目の砂時計が落ち始めて間も無く、最後の問題を解き終わったレイは、先程飛ばした問題を順番に解き始める。

 しかし、二問目を解いている最中に時間切れになってしまった。

「そこ迄」

 すぐに問題と答案用紙を回収してまた砂時計をひっくり返した。

「これが終わるまで休憩だ」

 机に突っ伏したレイの頭を突いて、マイリーは答案用紙をヴィゴに渡した。

「採点を頼む」

「了解だ」

 二人が振り返った机では、疲れ切ったレイに、ロベリオとユージンが冷たいお茶を持って行っていた。

「ほら飲んで。手洗いは行かなくても大丈夫?」

 ユージンからグラスを渡されて頷いたレイは、一気にお茶を飲んで、大きなため息を吐いた。

 ついでに、渡された瓶からのど飴を一粒口に入れた。

「これ、美味しいよね」

 ユージンもロベリオも同じ様に飴を口に放り込み、三人は頷き合った。

「タキスがいつも作ってくれるんだよ。普段は、ベルトに付けた鞄に瓶ごと入れて持ち歩いてる」

「分かるよ、これは持ち歩きたくなる。でも、ガラスの瓶を俺達が持ち歩くのは危ないよな……そうだ! ロッカに頼んで、飴を入れる入れ物を作って貰えばいいんだよな」

「あ、それ良い考えだね。ロッカなら、飴が湿気無い方法を考えてくれるんじゃ無いか?」

「ロッカって誰?」

 ロベリオとユージンの会話に、レイが質問する。

「王宮にいる、竜騎士隊の武器や装備を作ってくれるドワーフ達の班長だよ。気の良い奴でね。無理なお願いも聞いてくれるから、個人の細かい装備の相談なんかをよくするんだ」

「へえ、ドワーフもいるんだ」

 嬉しそうにレイが言って笑った。

「そっか、ドワーフと一緒に暮らしてるって聞いたよ。それなら、大丈夫だな。彼らって結構気難しいところが有るから付き合うのにちょっとコツがいるんだよ」

 苦笑いしてるユージンとロベリオに、レイは不思議そうに言った。

「ギードは優しいよ。もちろん、教えてもらう時は厳しいけど……」

「でも頑固だろ?」

「あ、それは……」

 誤魔化す様に笑うレイを見て、タキスは堪える間も無く吹き出した。

「ギードに言いつけますよ、レイ」

「やめて!ごめんなさい!」

 叫ぶレイに、ロベリオとユージンも吹き出した。

「そろそろ時間だぞ。お前らは戻れ」

 立ち上がったマイリーに返事をして、レイの肩を叩いて激励すると、二人は席に戻った。

「それでは二つ目は文章問題だ」

 座り直したレイの前に、問題用紙と答案用紙が置かれる。

「始め」

 砂時計がひっくり返された。



 文章を読んで、話の内容に関する質問に答える。

 文章を読み解く読解力と、答える時の文章をきちんと書く事が出来るか判断する為の問題だ。

 黙って黙々と答えを書いていくレイを、皆感心して見つめていた。

 特に苦労する問題はなく、順調に時間内に全て答えることが出来た。

 また休憩を挟んで、次は歴史と地理の問題だったが、これはどちらも全く歯が立たなかった。

 渡されて問題を見たレイだったが、一通り読み終わって悲しそうな顔でマイリーを見た。

「あの、答えられる問題が有りません。そもそも問題の意味が分からないです」

「分かった、それならこれは切り上げて次に行こう」

 マイリーは特に叱ることもせず、返された問題と答案用紙を受け取り砂時計を止めた。

「休憩は必要か?」

「いえ、大丈夫です」

 首を振るレイを見て、マイリーは別の問題用紙と答案用紙を渡した。

「それでは、次はこれをやってみなさい」

 次に渡されたのは、精霊魔法と精霊達に関する問題だ。

 問題を読んだレイは、頷いて答えを書き始めた。

 しかし、前半は答えを書く事が出来たが、後半は全く質問の意味が分からず答えられなかった。

 諦めてもう一度、前半の問題を確認しながら読んでいく。二度読み返したところで時間切れになった。

「お疲れ様。これで試験は終わりだ」

「ありがとうございました!」

 叫んで、机に倒れこんだ。

「何かもう……自分が本当に馬鹿だって分かった気がする。書いて有る文章の意味が分からないって、初めてだよ」

 悲しそうなレイに、側に来たタキスが座って頭を撫でた。

「いえ、あなたは頑張ったと思いますよ。歴史や地理は教えていないんですから知らなくて当然です」

「精霊の問題も、半分以上分からなかったよ。あれも質問の意味が分からなかった」

 慰めてくれるタキスに、思わず拗ねた様な口調で答えてしまう。

「拗ねないでください。知らない事は答えようが無いでしょうが」

「どうして教えてくれなかったんだよ」

「歴史や地理は、森での暮らしに直ぐには必要ないでしょう? 精霊魔法の系統については、順番に教えるつもりだったんです。一年かからずにここまで出来る様になったんですから、大したものですよ」

 まだ拗ねていたが、顔を上げたレイはタキスを見た。

「本当にそう思ってる?」

「思ってますよ。貴方は私の自慢の息子です。ほら、いつまで拗ねてるんですか。しっかりなさい」

 肩を叩いて立ち上がった。

「レイルズ、気分転換にちょっと運動しないか」

 ユージンとロベリオの誘いに、レイは喜んで立ち上がった。

「やります! お願いします!」

「じゃあ、訓練場へ行くぞ」

 ロベリオの言葉に頷き嬉しそうに走って行くレイに、ガンディとタキスがついて行った。

「さてと、それじゃあ、採点をしてしまおう」

 部屋から出て行く五人を見送って、ヴィゴとマイリー、それにアルス皇子はそれぞれに回答用紙を手に、赤い色のペンを取った。

「へえ、計算問題は殆ど出来てるじゃないか。間違いは三つだけだよ」

「文章問題は素晴らしいな。しっかり理解してきっちり答えている。おお、満点ですぞ」

 ヴィゴの声に、二人も感心した様に声を上げた。

「本を読んでるって言ってたからな。素晴らしい。将来が楽しみだ」

 マイリーが嬉しそうに笑っている。

「精霊魔法については、知識はあるが、系統立てた知識は皆無。これはタキス殿も言われてたな、まだ実践段階を勉強中で、系統立てた教え方はしていないと」

 マイリーの書き込んだ回答用紙を見ながら、ヴィゴが呟く。

「まあ、普通はそうなるだろう。こっちは順番に教えていけば問題無い。歴史と地理は……これからに期待だな」

「それから、ここの執事から聞いたが、最低限のマナーの知識もあり、ナイフやフォークもある程度は使えるらしい。こっちも、順に教えていけば問題無かろう」

 マイリーが笑って言うと、ヴィゴも回答用紙を返しながら頷いた。

「そうなると、やはり最大の問題は……」

「誰を後見人にするかだな」

 ヴィゴの言葉をアルス皇子が引き取った。

「難しい問題だな。誰を指名したところで、どこかに無理が出る」

「父上は、自分がなっても良いと言ってくださるが、それはそれでな……」

「殿下や陛下は、本当の最後の手段です。さて、どうしたもんかな」

 答案用紙をまとめながら、マイリーは突然手を止めて顔を上げた。



「政治に無関係で、宮廷でのある程度の権力がある。そうか、どうして思いつかなかったんだ。これに勝る方は……」

 アルス皇子とヴィゴは、思わず天井を見上げて考えるマイリーを見つめた。

「誰だ? その様な方がおられるなら言ってくれ」

「そうだ、何なら私が説得に行っても良い」

 ヴィゴとアルス皇子が勢い込んで話すのを見て、マイリーは笑った。

「これ以上ない方を思いつきました。是非とも殿下に説得をお願い致します」

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