王都への帰還
時間は少し遡る。
東の国境では、ようやくタガルノとの賠償交渉が始まり、竜騎士達に帰還命令が出ていた。
負傷したルークも、ナディア達の手当ての甲斐あって、無理は出来ないものの何とか動けるまでに回復していた。
「ようやく帰れますね」
「花祭りどころか、もう六の月の半ばを過ぎたけどな」
帰還準備を終えたタドラとルークは、顔を見合わせて肩を竦めた。
ルークの腕は、しっかりと包帯と三角巾で固定されていて、左腕はまだ全く使えない状態だ。
しかし、体力の方は、何とか少しぐらいなら起きる事も出来るようになってきたので、出来る事は自分でやるようにしていた。
「この一月ほど色々有り過ぎて……正直言って、記憶が曖昧だよ」
「確かに……次から次へと色んな事が起こって、対応するのに必死でしたからね」
すっかり初夏の日差しになった、早朝の日差しが差し込む窓を見ながらルークがため息を吐く。
タドラも笑って同意した。
「帰ったら、まずは蒼の森の例の竜対策だな。こっちで騒ぎが起こってる時に、向こうで何かあればどうしようかって、実はちょっと怖かったんだよ」
「ああ、それは僕も思いました。万一、今、蒼の森の竜に何か動きがあったら、どうするんだろうって……」
「その時は、俺が行ってただろうな」
答えたヴィゴが、ロベリオとユージンを連れて、開いてあった扉から部屋へと入って来た。
「準備は出来たか? ルークは無理そうなら、地上組と一緒に……」
「無理は出来ませんが、大丈夫ですよ」
ルークは先を言わせない。自分だけ置いていかれるのは、絶対に御免だった。
「そうか? それならガンディと一緒に乗ってくれ」
「……やっぱり、そうなります? うわあ、爺いと二人乗りか」
苦笑いしながら、荷物を持った。
タドラが、横から黙ってその荷物を奪い取った。
「ああ、ありがとう。別に自分で持てるのに」
「でも、これを持ったら右手がふさがるでしょ。危ないですよ」
遠征用の袋をまとめて片手で持つと、立ち上がるルークに手を貸した。
「それでは、帰るとしよう」
ヴィゴの声に、皆頷いた。
中庭には、小柄なトリケラトプスが引く客車が用意されていた。
「……歩くのに」
「第一部隊の者達の気遣いだ、遠慮せずに使わせて頂こう」
苦笑いするルークを先に乗せ、順番に全員が乗り込むと、トリケラトプスはゆっくりと砦の外へと出て行った。
砦の外では、竜達が鞍を乗せて準備万端で待っていた。
ロベリオとユージンの乗る、アーテルとマリーゴールドの二頭には、通常とは違う装備が取り付けられていた。
竜の身体全体に回された太い鎖の先は、真ん中にいる、薄紅色の小さな竜を覆った網の両端に取り付けられている。これは、怪我をした竜を運ぶ為に作られたドワーフ特製の丈夫な鋼の網だ。
ロベリオとユージンが、それぞれ竜に乗り込むと、合図して同時にゆっくりと上昇を開始した。太い鎖が引かれて網に包まれた竜を持ち上げる。
「よしよし、それではユージン、ロベリオ、上手く運んでくれよ」
ガンディは、二人が竜を吊り上げるのを固唾を飲んで見守っていたが、無事に上手く上がったのを見て大きく頷いた。
「それでは我々も行くとしよう。よろしくなルーク」
「ええ、こちらこそ、よろしくお願いしますよ」
第二部隊の竜騎士隊付きの兵士が、ルークとガンディの荷物を持って横で待ってくれている。
まずは、ルークが片手とは思えぬ身軽さで鞍に乗った。
「失礼します」
荷物を持った兵士が竜に声を掛けて前足に乗り、ガンディがルークの後ろに乗るのを助けた。それから、専用の紐付きの金具に荷物を取り付けてから下に降りた。
「シルフ、俺とガンディを落ちない様に守ってくれよな」
ルークの声に、何人ものシルフが目の前に現れて、頷いてキスしてから消えていった。
「相変わらず、女性陣には人気じゃな」
背後から、笑いを含んだ声でそう言われ苦笑いした。
「俺より貴方の方が、精霊の扱いは上手いと思いますけどね」
「さて、どうであろうな」
後ろで楽しそうに笑うガンディを横目で見て、大きなため息を一つ吐いたルークは、自分の竜に声を掛けた。
「さて、パティお待たせ。それじゃあ王都までよろしくな」
「はい、無理はしないでください。ガンディ、ルークの事をよろしくお願いします」
首をあげてそう言うと、パティは大きく翼を広げてゆっくりと上昇した。
それを見て、ヴィゴとタドラもそれぞれ自分の竜に乗った。
五頭の竜は、子竜を下げた二匹を真ん中に隊列を組んで王都に向けて飛び去って行った。砦では、兵士達が皆、敬礼してそれを見送った。
アルス皇子とマイリーは、あと少し交渉とそれらの後始末をしてから戻ることになっている。
「さあ、ニーカ、我々も参りますよ」
飛び去った竜の方角を、ずっと車椅子に座ったまま無言で見ていた少女に女性兵士が声を掛けた。
ニーカと呼ばれたのは、黒い髪の小柄なタガルノの少女だ。
彼女は、ガンディの説得を受け入れて、竜と共に王都へ行く事を了承した。
竜の主である彼女は、表向き死亡したとタガルノには報告され、竜はファンラーゼンが戦利品として貰い受ける事となった。しかし、具体的に国同士でどの様なやりとりがされたのかは、彼女は聞かされていない。
ただガンディからそう聞かされ、その時に竜騎士隊の副隊長だと名乗る男を紹介された。
マイリーと名乗ったその男は、彼女は地上部隊と共に王都へ来る事、その際、彼女は負傷兵として扱われる事、王都へ到着後は怪我が治り次第、女神オフィーリアの神殿の見習い巫女として勤める事などを丁寧に説明してくれた。
「縄を打って、裸で引きずられて行くものだとばかり思っていた……」
彼女の呟きに、マイリーとガンディは揃って顔をしかめた。
「ニーカよ、覚えておきなされ。例え敵国の捕虜であったとしても、わが国ではそのような扱いは決してせぬ。場合によっては縄を打つことはあるが、少なくとも、歩くか馬車に乗せるぞ」
「そうです。貴女は、この国のやり方をその目でしっかりと見ると良い。その上で、いずれ大きくなった時には、自分の生き方を選びなさい」
優しく言われたその言葉は、彼女の頑なだった心に響いた。
自分が教えられた事が間違っているのだと認めるのは辛かった。しかし、敵国の人間である彼等に、彼女は生まれて初めて親切にされたのだ。
今までの彼女の人生は、一方的な男達の暴力と支配しかない人生だったのに。
彼らの事を信じてみても良いのかもしれないと、少しだけ思えるようになった。
何よりも、愛しい竜が、少しずつではあるが元気になっていくのが目に見えて分かったからだ。
竜も、彼女が共に王都へ行く事を決めたと伝えたら、とても喜んでくれた。
幼い竜と出会い、敗北を受け入れた事で、彼女の人生もまた激変する事となった。
昼過ぎ、竜騎士達の前に、ようやく懐かしい王都が見えてきた。
「やっと帰って来られたな。長い一ヶ月だったよ」
「本当だよね。なんか色々放り出したまま来ちゃったから、帰ったらまた忙しいよね」
「まずは、例の竜対策だよな。大人しくしててくれて良かったよ」
上空で、仲良く話しをしている若竜三頭の主である、ユージン、ロベリオ、タドラは、ようやく帰ってきた安堵感か、皆とても嬉しそうだ。
「そう言えば確認してないけど、あれから竜の目撃情報はあったのかな?」
ルークの呟きに、ヴィゴが首を振った。
「一応定期報告は聞いていたが、特に目撃情報は入っていなかったぞ。忙しかった我らに気を使ってくれておったのかもな」
ヴィゴの冗談に、皆笑った。
「まずは、言っておった各種ギルドへの問い合わせからだな。薬は、どの程度の単位で届けるのが良いですかね?」
ヴィゴの問いに、ガンディは少し考えてから答えた。
「まずは十日分程度で良かろう。念の為、伝言の術を封じた枝を入れておけば、相手は、竜人とドワーフなのであろう? 術を封じた枝を見れば、必要になれば呼んでくれるのではないか?」
伝言の術を封じた枝、と言うのは、一方的な伝言などを寄越す際に、同封される事が多い精霊魔法の道具で、その名の通り、その枝を折れば一度だけシルフを通じて送り主に連絡が取れるようになっているものだ。
「主の元に、無事に薬とお茶が届くように祈ってるよ」
間近に古竜の恐ろしさを体験したルークの言葉に、ヴィゴも頷いた。
「どんな奴なんだろうな。古竜の主になった奴って」
ロベリオの声に、皆考えた。
「女の子だったらどうする?」
「良いなそれ!」
「僕もそれが良い!」
「案外、ヴィゴみたいな筋肉隆々の野郎だったりして」
「うわあ、それはやだ!」
若者組は、好き勝手な事を言って笑っている。
「お前ら、良い加減にしろよ。でも、もし女の子だったら……そうだな、どうするかな?」
「お前まで、一緒になって戯れておる場合か」
ヴィゴの言葉にガンディが答えて、皆同時に吹き出した。
「さて、そろそろ王都上空だ。皆、背筋を伸ばせよ」
街中から、湧き上がるような歓声が聞こえて来た。
「おかえりなさい!」
「おかえりなさい!」
「竜騎士様!」
皆、空を見上げて手を振り、紅潮した顔で大声で歓迎の声を上げている。
綺麗な編隊を組んだ五頭の竜と網に吊られた幼い竜は、ゆっくりと街の上空を通り過ぎ、王城の竜騎士専門の広場に降り立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます