竜騎士隊の到着とレイの容体

 先に竜達のための中庭に降りたのは、子竜を吊り下げたアーテルとマリーゴルドの二頭の竜に乗ったロベリオとユージンだった。

 二頭の息を揃えて、ゆっくりと子竜の入った網をまずは中庭の中央に下ろす。吊り下げた鎖を子竜に当てないように、少し離れた所に二頭の竜は着地した。

 それを確認してから、三頭の竜もゆっくりと、中庭に翼を広げて順に降りて来た。

「おかえりなさい!」

「ご苦労様でした」

 子竜の着陸を、固唾を飲んで見守っていた第二部隊の者達が、笑顔で駆け寄ってくる。

「この子ですね。連絡のあった、タガルノから引き受けた子竜と言うのは」

 駆け寄った兵士達が、手早く鎖を外し子竜の全身を覆っていた網を外してやる。

「今は、シリルの支配下にある。落ち着いたら解除してやるから、それまでよろしく頼む」

 ヴィゴの言葉に、第二部隊の者達は頷いた。

「もう大丈夫だぞ。どうだ、動けるか?」

 一人の兵士が優しく話しかけながら、子竜の首筋を撫でてやる。

「少しなら歩ける、ここはどこ? ……いっぱい人がいるね」

 少しぼんやりした子竜は、周りを見回して怯えたように身体を縮こまらせて震えている。

「ここは、オルダム。お前がこれから暮らすファンラーゼンって国の首都だよ。さあ、まずはゆっくり身体を癒して、早く元気にならないとな」

 もう一度、首筋を優しく撫でてからそっと背を叩いて歩くように促した。

「どこに行くの?」

 怯える子竜の側で付き添いながら、その兵士は近くにある水場を指差した。

「喉が渇いてるだろ?まずはしっかり水を飲むんだ。そうしたら身体を拭いてやるよ。それから先生に一度診てもらおうな。診察が済んだら、これからお前が暮らす竜舎へ連れて行ってやるよ。とっても広いところだぞ」

 驚く子竜に、もう一度笑いかけてゆっくりと水場へ誘った。



「元気そうだけど……あの子、紫根草の毒はもう抜けてるんですか?」

 ロベリオの呟きに、ヴィゴは首を振った。

「いや、今は落ち着いているだけで、まだ安心は出来ん。紫根草の厄介なところは、抜けたように見えて、簡単には抜け切らぬ所だからな」

「そうなんですか?一度体から抜けて仕舞えば、もう大丈夫なんだと思ってました」

「それなら良いのだがな。でもまあ、人間と違って、竜は薬への耐性も高い」

 嬉しそうに水を飲む子竜を見て、ヴィゴも笑った。

「それに、子竜であることも幸いしているらしいぞ。発育は不足しているが、身体そのものはかなり丈夫な子らしい。体力が回復しさえすれば、薬からの回復も早いのではないかとガンディは言っていたな。まあ、いずれにしても、しばらくは、発作を警戒して、一日中交代で誰かが付き添う事になるだろうがな」

「そうなんですね。第二部隊の兵士達が頑張ってくれるんだ。頼もしいですね。それにしても、紫根草について詳しいんですね」

 何気ないロベリオの言葉に、ヴィゴは思わず言葉を失った。

 脳裏には、タガルノから捕虜交換で帰って来た時の、別人の様に変わり果てた姿の友の顔が浮かぶ。

 無意識に握った拳が、真っ白になっていた。



「ヴィゴ? どうしたんですか?」

 後ろからユージンに声をかけられて、我に返った。

「ああ、何でも無い。ちょっと昔の事を思い出してな」

 誤魔化すように笑うと、ルークとガンディの乗ったオパールを振り返った。

 第二部隊の兵士の手を借りて先に降りたガンディは、後から降りて来たルークに付き添っている。

「大丈夫か? お前はこのまま、白の塔の医療棟に入院だぞ」

「ええ! 別に大丈夫ですよ」

 不服そうに顔を上げるルークに、ヴィゴとガンディは同時に同じ言葉を言った。

「駄目だ。その体で一人にしておけるか!」

「そうですよ。着替えも一人で出来ない癖に、わがまま言わないでください」

 その声に、ルークは一瞬硬直してゆっくり振り返った。

「ジ、ジル……ただいま。ハン先生も、只今戻りました……」

「おかえりなさい。ご無事のお帰りをお待ちしておりましたよ」

 にっこりと笑う二人の目は、全く笑っていない。

「それでは、ルークの事はお任せ致します故、よろしくお願いします」

 にっこり笑っているのに怖さしか無い二人に、完全に逃げ腰のヴィゴがそう言って、ルークの肩を叩いた。

「せいぜい看病されて来い。心配かけたのはお前だからな」

「ヴィゴ! 待って! 見捨てないで!」

 半分冗談、半分本気で腕に縋り付くルークの右肩を叩き、もう一度慰める様に背を叩いた。

「諦めろ。無駄な抵抗はやめて大人しくしてろ。やる事はまだ山積みなんだから、早く元気になって戻って来てくれ」

「……そんな言い方は狡い」

「ほら、待ってるぞ」

 怪我した腕に負担をかけない様に、優しく抱きしめる。その身体が少し痩せた様に感じて、ヴィゴは悲しかった。

「行きましょうルーク様、部屋の用意は出来ております」

 兵士から、鞍に取り付けていた荷物を受け取ったジルが、大人しくなったルークに付き添って医療棟へ向かった。

「さて、まずは陛下に帰還の報告だな。お前達は、それが終わったら今日はもう休め」

 無言で自分の顔を見る三人に、ヴィゴは思わず仰け反った。

「何だ、三人揃って?」

「それ、本気で言ってるんなら、俺達も本気で怒りますよ」

「そうですよ、やる事山積みなんでしょう? 俺達にも仕事させて下さい」

「自分一人で抱え込むなって、いつも言ってるのは貴方ですよね」

 まだまだ頼りないと思っていた後輩達の思わぬ頼もしい言葉に、ヴィゴはすぐに反応出来なかった。

「……ヴィゴ?」

 急に黙ってしまったヴィゴに、不安になったタドラが恐る恐る声をかける。

「いや、ちょっと感動しておった。ずいぶんと皆、頼もしい事を言ってくれるな、とな」

 笑ったヴィゴを見て、三人の顔にも笑顔が見えた。

「そうだな、お前らの言う通りだ。では、頼りにしているぞ。陛下への帰還報告が終わったら、例の竜対策だ」

「はい!」

 直立した三人を見て、ヴィゴは頷いた。

「では付いて来い」

 駆け寄って来た第二部隊の兵士と共に、まずは王城の中へ入って行った。




 陛下への帰還報告を済ませ、一旦、竜騎士隊の本部のある建物へ向かった。

 王城の一部でもある南西の方角にある大きな建物は、左右に二つの塔を持つ独立した建物だ。

 王城に近い右側が、司令室や執務室、会議室などの幾つもの部屋があり、左側の部分が、竜騎士隊付きの兵士達の為の兵舎になっている。

 竜騎士隊の者達は、各自家はあるが、基本的に彼らもこの兵舎で寝食を共にしている。

 一旦、各自の部屋へ戻り、通常勤務の制服に着替えてから昼食を取った。それから手分けしてマイリーが書いた手紙を書き写しながら、各ギルドへの問い合わせを行なった。

 蒼の森に出入りしている者を、何としても探し出すためだ。

「ブレンウッドのドワーフのギルドには、手紙と一緒に、精霊の枝と薬とお茶ですね」

 ギルドの長への手紙と一緒に、ガンディが届けてくれた薬とお茶の箱を包みに入れる。

 用意が出来たら、それを隣の部屋で待っている第三部隊の兵士に託した。

 第三部隊は主に各地への伝令及び郵便を総括する部隊だ。物流を総括する第六部隊との合同で仕事をする事も多い。

 伝言だけならば精霊通信を使って頼めるが、実際の文書などを届ける時には、彼らが活躍してくれる。

 通常六日かかるブレンウッドの街への移動も、彼らにかかれば二日も掛からずに届ける事が出来る。

 受け取って部屋を出て行く彼らを見送り、四人はひとまず安堵のため息を吐いた。

「今の所、やる事はこれくらいですかね?」

「そうだな。とりあえず、陛下からもゆっくり休む様に言われている。今日のところはこれで解散だ。ご苦労だったな、明日一日ゆっくり休んで、それからは一旦通常勤務だな」

「愛おしきかな、平和な日常! ですね」

 タドラの言葉に、皆、笑って頷いた。

「それじゃあ、後片付けはしておきますから、ヴィゴはもう家へ帰って下さいよ。可愛い娘さん達と奥様が待ってますよ」

「生意気言いおって。しかし……そうだな。お言葉に甘えさせてもらおう」

 嬉しそうに笑うと、三人に背中を叩かれながら早足で執務室を後にした。

 その数日後には、各ギルドに手紙と薬とお茶の包みは無事に届けられた。



 国境から、アルス皇子とマイリーが戻ったのは、それから半月近く後の、七の月に入ってからの事だった。

 しかし、国境での紛争により、ひと月以上対応が遅れた事で、結果として、蒼の森にいる彼らの元に、薬を届ける事は叶わなかった。

 正にこの時、ついに牙を剥いた竜熱症により、レイは蒼の森で生死の境を彷徨っていたのだ。






 レイが倒れた翌日、全く意識の戻らないレイの容体に、タキスは打つ手を無くしていた。

 処方した、全ての薬が全く効いていない。

 何とか水だけは飲ませているが、こんな症状が続けば、もう先がない事は明らかだった。



 レイの首筋の汗を拭く手が震える。

 隣で、同じ様にレイの額を拭いているニコスの手も震えていた。

 タキスの脳裏には、エイベルを看取った時の事が鮮明に蘇る。

 あの子も、こんな風に急に倒れて意識を失い、高熱を発して数日後に酷い引きつけを起こし、大量の血を吐いて亡くなったのだ。

 タキスの指先の震えは、やがて全身へと広がり、立っていられなくなってその場に座り込んでしまった。

 目の前が、涙で滲んで何も見えなくなる。驚いたギードが、座り込んだタキスを支えた。

「おい、どうした大丈夫か?」

 声も無く泣いているタキスを見て、息を飲んだギードは、大きく一つ息をして、大きな声でタキスを怒鳴りつけた。

「しっかりしろ! お前が諦めてどうする! 考えろ! 他に、何か出来る事は無いのか!」

 ギードの大声に、我に返ったタキスが、無言でギードを見つめる。

「……そうだ、蒼竜様ならば……何かご存知かも知れない。何でも良い。何か、彼の病の原因になるものが判れば、或いは……」

「シルフ! 大至急蒼竜様をお呼びしてくれ! レイの容体が急変して危険な状態だ! 何でも良い、何かご存知の事があれば教えてくれとな!」

 姿を現したシルフ達が、慌てて次々に消えていった。



 それを見送った三人は、誰一人言葉を発する事が出来ず、沈黙が部屋を支配した。



 しばらくして、目の前に大きなシルフが現れた。

『レイの声が聞こえない! 一体何があったのだ!』

 叫ぶ様な蒼竜の声に、タキスはレイが倒れて酷く吐いて意識を失い、高熱が続いていることを報告した。

「何でもいい。何かご存知の事があればお教えください。私の知識では、全く原因が判らないのです」

 泣く様な声で叫ぶタキスの声を聞き、蒼竜は小さな声で呟いた。



『まさか……まさか、これが竜熱症なのか?』

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