ギードの石とルークの容態

「おはようございます。皆揃ってるって、やっぱり良いね」

 全員揃った久し振りの朝の食卓に、レイは嬉しさを隠せなかった。

 昨日戻って来た時は泥と埃にまみれていたギードも、休む前にゆっくりと湯を使い、すっかり身綺麗ないつものギードに戻っていた。

「おはようさん、目が覚めて太陽が見えたのは久々だったわい」

 机の上に小さな原石を出してタキスと話をしていたギードは、その原石を箱に片付けて顔を上げて笑った。

「ええ? もしかして、ずっと鉱山の中にいたの?」

 夜は、てっきり手前の草原で天幕を張って寝ているのだと思っていたのに、ずっと穴の中にいたと言われて驚いてしまった。

「えっと、夜はどうやって寝てたの? ご飯は?」

「地上まで、毎回上がって戻る時間が惜しいですからな。当然、中で寝るし飯も食いますぞ。鉱山の中というのは、大きな縦穴が中心にあって、その壁面に足場が組まれておって、そこから無数の横穴が掘られております。なので、今掘っている横穴の入り口に、大きな部屋を掘って、そこで寝起きするんですわい。

 もちろんかまどや水場も作っておりますので、簡単な料理程度は出来ますから、案外快適なんですぞ」

「すごいや。じゃあずっと鉱山の中にいたの? 一度も地上に出て来てないの?」

「もちろんです。どんどん掘って、掘って掘って掘りまくって、疲れたら飯を食って寝る。鉱山に入ったら、やる事なんてそれだけですわい」



 お皿を出しながら、想像してみた。暗い穴の中で、たった一人で延々と岩を掘り続ける。



「絶対無理! 真っ暗な穴の中に何日もいるなんて、僕には出来ないや」

 頭の中で考えていた事を、思わず口に出してしまい慌てていると、隣でギードが大笑いしている。

「そりゃあそうだろう。レイは、太陽の光を好ましいと思う、地上で生きる事を定められた人間だからな。ドワーフにとって穴の中で岩を掘っておる時というのは、そうさな……人間や竜人が、太陽に当たって楽しく農作業しておる時、が、例えとしては一番分かりやすいじゃろうかの? その環境を快適で好ましく思う。ドワーフにとっては穴の中で、岩と対話して、ノームと協力して新しい鉱脈を掘る事ほど楽しい事はございません。もちろん、太陽の光も好ましく思いますが、岩を掘る幸せに比べたら、さほどの事はございませぬな」

「面白いね。でも、そのお陰で、色んな鉱石や宝石なんかが沢山採れるんだもんね」



「そうですね。それに採れる石の種類によっては、宝石では無く、薬や毒にもなるんですよ」

 タキスが、先ほど見ていた小さな石を見ながらそう言った。

「石が薬になるの? 毒にもなるって……」

「そうですよ。例えば、冒険者の間で、赤いダイヤなんて呼ばれている、その名の通り赤い希少鉱石があるんですが、それなんかはまさしく薬にも毒にもなります。まあ、薬はそのほとんどが、使い方次第で毒にもなりますけどね」

 簡単に言うその言葉に、レイは言葉を失ってタキスを見た。

「毒? 薬が毒になるの?」

 タキスとギードは顔を見合わせて、ひとまず、レイを机に座らせた。

「レイは、薬を一種の魔法のように思っているのかも知れませんが、薬というのは、要するに人の体に何らかの影響を及ぼす物なんです。人にとって有益なものが薬と呼ばれ、人にとって害のあるものが毒と呼ばれる。それだけです」

「身も蓋もない言い草じゃが、まあ確かにその通りだの」

 ギードまで苦笑いしながらそう言うと、タキスが手にしていた石を指差す。

「これが正に、今言っておった赤いダイヤと呼ばれる赤い鉱石じゃ。ごく稀にミスリルの鉱脈で見つかる事があるんじゃ。今回、少なかったがいくつか良い状態のものを採って来れたのでな、タキスに、売っていいかどうか相談しておったんじゃ」

 手渡された石は、親指の爪ほどの大きさの物で、割れた土の隙間から、確かに血のような真っ赤な色がいくつも覗いている。

「それ一つでも、相当な値が付きますのでな、まあ、採れたもの全て売る訳ではありませんぞ」

「すごいんだね、はい、返すね」

 ギードに赤い石を返して、レイは箱の中を覗き込んだ。同じようなもっと大きな石が幾つも入っている。

「これ全部、その赤い石なの?」

「いいえ、全部ではありませんよ。他にも、薬になる鉱石が出たので持って来てくれたんです。その中でも赤いダイヤは本当に貴重なので、幾つかは手元に置いておきます」

 タキスはそう言って、箱の中から不思議な物を取り出した。

 薄べったくて向こう側が透けて見える、鱗のようなそれも鉱石なのだと言う。

「これは、細かく砕いてある種の薬草と一緒に煮込む事で、特別な薬が出来ます。まあ……普通は使わないような物ですけどね」

 不思議そうな顔をしているレイに、タキスは笑った。

「貴方も大人になれば分かりますよ。その薬は、新婚さんへの贈り物にする事が多いですね」

 ギードとニコスは、その言葉に二人して大笑いしている。

「まあ、今の我らには絶対必要ない代物だな」

「断言するのはどうかと思いますが、まあ否定できませんね。うん、要らないな」

「二人とも笑いすぎですよ。でもまあ……私にももう必要ないって事は、否定はしませんね」

 意味が分からなくて首をかしげるレイに、タキスは内緒話をするように教えてくれた。

「女の人が特別な時に飲むと、赤ちゃんの素になるお薬なんですよ。ね、私達には必要ないでしょ」

 意味が分かったレイも、思わず吹き出してしまい、タキスと顔を見合わせて大笑いした。

「確かに要らないね。じゃあ、そのお薬も街で売るの?」

「そうですよ。私が作る薬の中でも、最高の金額のつく薬ですからね。滅多に手に入らない材料がこれだけ手に入ったんですから、もちろん作れるだけ作りますよ」

 にっこり笑って胸を叩くタキスに、ギードが大笑いして、タキスの肩を叩いた。

「ギルドを破産させぬ程度にしておいてくれよな」

「大丈夫ですよ。この薬を持って行ったら、間違いなく商人ギルドも一枚噛んで来ますからね。彼らなら、たとえ金庫が空になったとしてもありったけ買い取ってくれますよ」

「違いないわい。な、今回の鉱山の収穫物はどれもなかなかの物だろう。しかし、ミスリルだけでも大騒ぎなのに、この薬まで持っていったら……バルテンの慌てる様子が目に浮かぶわい」

 箱に鉱石を戻して、ギードが楽しそうに笑う。

「さあ、もうすぐ用意ができますよ。机の上を片付けてください」

 いつもの鍋を持ったニコスに言われて、ギードは片付けた箱を足元に置くと立ち上がった。

「ほれ、タキスもレイも手を洗いに行くぞ。さすがに、あの石を触ったまま飯を食うのは不味かろう」

 手を見ると、たしかに埃っぽくなっている。頷いて、二人と一緒に手を洗いに行った。






 痛い……痛い……左腕に火がついているかのように熱くて痛い。



 だんだんはっきりしてくる意識の中で、ルークは間断無く襲うその余りの痛みに、唸り声を上げずにいられなかった。

 一度声を上げると、止める事が出来ない。

 最初は口を閉じて、柔らかいものにしがみついて唸っていたはずなのに、気付いた時には悲鳴のような声を上げていた。

 うるさい、これは一体誰の声だ?

 霞む意識の中でそう思ったが、悲鳴は止まらない。



 痛みを抑えようと右手で左腕を押さえていたら、誰かに力尽くで押さえつけられて、右腕を取り押さえられ、更には口を塞がれた。



 何をする!

 痛い! 痛い! 痛い!

 視界が真っ赤に染まり、悲鳴を堪えられない。



「ルーク、落ち着け! 砦を破壊するつもりか!」

 誰かが大声で耳元で叫んでいる声が、突然聞こえた。

「落ち着け! 頼むから、頼むから落ち着いてくれ……」

 力一杯抱きしめられて不意に意識が戻り、誰の声かが鮮明に分かった。

「ヴィ……ゴ……」

 自分の声とは思えない様な、掠れた声が僅かに出た。

「俺がわかるか?」

 泣きそうな顔で、すぐ近くでこっちを見つめているヴィゴに、そう言われてゆっくり頷く。

「ごめん。俺……何かした?」

 覆い被さるようにして抱きしめられたままなので、身動き出来ず天井しか見えないが、何やら周りで慌ただしく動く物音や声が複数聞こえる。

「大丈夫だ。心配はいらない。タドラが止めてくれたぞ」

 ようやく起き上がって離してくれたが、首を横にして見た部屋の光景に、ルークは絶句した。



 部屋中の、ありとあらゆる物がズタズタに引き裂かれて、床一面に散らばっている。



 タドラとユージン、ロベリオの三人が、ベッドの足元に立って、泣きそうな顔でこっちを見ていた。いや、二人に支えられて辛うじて立っているタドラは、完全に泣きじゃくっている。

 何か言おうとしたその時、周りに何人ものシルフが現れてルークの頬や額にキスをした。


『良かった』

『良かった』

『正気に戻った』

『もう大丈夫』

『怖かったの』

『怖かったの』

『ごめんなさい』

『ごめんなさい』


 それを聞いて、自分が何をやらかしたのか理解した。

「ごめん、本当にごめん。もう大丈夫だから心配しないで。怖い思いさせてごめんよ」

 ゆっくりと言い聞かせる様にそう言って謝ると、シルフ達は何度も頷いて嬉しそうに笑って、それからもう一度キスをしてからいなくなった。



 余りの強烈な痛みに感情を暴走させたルークに、シルフ達は同調してしまい、部屋中を暴れ回ったのだろう。

 感応力が高いタドラが精霊を落ち着かせる術を使い、自分の意識に同調させて無理矢理シルフ達を正気に返らせたのだ。

 だが、それは騒ぎの元凶であるルークの痛みの感情に、タドラも同調した事を意味している。


 無傷であの痛みをいきなり感じたら、自分だったら絶対に気絶してるな。と、痛みに霞む頭の中でルークは他人事の様に考えていた。

「あの、迷惑掛けてごめんよ。もう大丈夫だから……」

「この馬鹿、大丈夫な訳無いだろうが」

「全くだぞ、こっちの心臓が止まるかと思ったよ」

 泣きそうな声で、ユージンとロベリオに即座に叫ぶ様に言われてしまい、返す言葉がなかった。

 タドラはまだ泣いている。

「とにかく、お前は、今はゆっくり眠って傷を癒すことだけ考えていろ。いいな」

 熱っぽい額に冷たい布が当てられ、真顔のヴィゴにそう言われて、ルークは無言で頷いた。



 左腕の痛みは相変わらず酷いが、意識がしっかりしていれば、もうさっきの様な事は無いだろう。部屋を片付けてくれている第二部隊の兵士達にも謝って礼を言い、ルークはため息を吐いた。

 確かに、何かをしようとしても、動く事さえ出来ない自分は皆の邪魔になるだけだ。


「痛みがあるのは、生きてる証拠だよな……」


 今回は、命があっただけ儲け物だと思う事にしてそう呟いたルークは、そのまま気を失うように眠ってしまったのだった。

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