お休みとマークの試験

「それじゃあ、行ってきます」

「私だけお休みなんて、本当に良いんですか。ええ、分かりました。それではレイと二人で楽しんで来ます」

 早朝来てくれたブルーの背に乗り、お弁当を手にしたタキスとレイは、庭に出て見送ってくれたギードとニコスに揃って笑顔で手を振った。

「それでは参るとしよう。竜の背山脈の草原は、今まさに花盛りらしいぞ」

 そう言って大きく翼を広げたブルーは、ゆっくりと上昇して東に向かって飛び去って行った。

「揃ってお休みをあげると言うのは、思い付かなかったわい。確かに、じっと部屋に閉じこもっているより、タキスにもこの方が良かろう」

 遠くなる姿を見送りながら、感心するように言うギードに、ニコスも笑って頷いた。

「前回、一人で寝込んでるタキスを見て思ったんですよ。ああ、レイと一緒に遊びに行かせてやれば良かったってね。まあ、喜んでくれたようで何よりだよ」

「さて、それじゃあ、我らは先ずは厩舎の掃除からかのう」

 大きく伸びをして笑うと、ギードとニコスは厩舎に向かった。




 少し前、馴染みの行商人からシルフを通じて、森に来るとの伝言があり、行商人が来る度に体調を崩しているタキスに、その日は、レイと一緒に遊びに行く様に提案したのだ。

 最初は遠慮していたタキスだが、確かに部屋で一人で寝込んでいるよりはずっと良いからと、最後には笑って頷いてくれた。

 なので、今朝起きて来たレイに、タキスとレイの二人は今日はお休みだと伝え、蒼竜様と一緒に遊びに行く様に言って、お弁当を一式持たせたのだ。

 事情を理解している蒼竜も素知らぬ顔で迎えに来て、誰が休むか決まったのか? などと、レイの目の前でギードに尋ね、ギードも、くじ引きでタキスに決まりましたと素知らぬ顔で答えたのだった。



「交代で休む。中々良い考えだな。どうだ。行商人が来なくても、時々やってみるか?」

 楽しそうに笑うギードに、ニコスも笑った。

「確かに良いですね。たまには、何もせずにのんびりするなんてのも」

 干し草を広げながら、二人は、自分だったらレイと何をしようかと、頭の中で考えていた。




 ブルーが連れて来てくれたのは、前回とはまた違う場所だった。

 竜の背山脈の中腹に広がる、なだらかな丘から続く平原は、見渡す限り一面に、色とりどりの花達が咲き誇っていた。

「これは見事ですね。正しく花の絨毯ですね」

 ブルーの背から降りたタキスが、呆然と見惚れてそう言った。

「秋の花畑より広いね。すごいや」

 レイは、ブルーの背に乗ったまま周りを見回した。一面の花畑は、四方どこを向いても花が切れる事は無かった。

「ここが一番広い花畑だな。黄色の髪の竜人は、薬を作れるのだろう? 春の花は、薬になるものも多いぞ。レイの為にも少し摘んでいくと良い」

「はい、そのつもりで蓋付の籠を持って来ましたからね。持てるだけ摘んで帰ります」

 嬉しそうに笑うタキスに、レイは自分も籠を手にしてブルーの背から降りた。

「じゃあ手伝うから、どれを摘んだら良いのか教えてよ」

 レイの声に、タキスは振り返って頷いた。

「もちろんです。折角ですからあなたも覚えてくださいね。家に帰ったら、保存の方法や薬の作り方も教えてあげます」

 そう言うと、二人は花を摘むために並んで歩いて行った。

 ブルーは、その場に丸くなって座り、しゃがんで話しながら花を摘み始めた二人を、そこからじっと嬉しそうに見守っていた。




 お昼過ぎに、いつもの行商人が、三匹のラプトルと共に家に到着した。

「久し振りだのガナヤ、遠い所をご苦労さん。無事で何よりだな」

 ギードが笑って出迎えると、ガナヤは笑顔でラプトルから降りた。

「ご無沙汰しております。ギード殿、お変わりありませんでしたか」

 笑顔で握手を交わした後、まずはラプトルの世話をしてやり、水を飲ませてから荷物を降ろしていった。

 いつものように、ガナヤに売る分の薬と鉱石などを数や品物を確認しながら台帳に記入し、今度はギードが買い取る物を、ガナヤが持って来た荷物の中から取り出していく。

 かなりの時間をかけて全部の金額合わせがようやく終わると、二人揃って大きなため息を吐いた。

「今回は、薬に珍しい鉱石、綿兎の毛まで売っていただけて、本当にありがとうございます」

 荷物を整理しながら、ガナヤは嬉しそうだ。

 洗浄済みの綿兎の原毛は、特に中々手に入らない品で、このまま王都へ持って行けば、買い取った金額の何倍もの価格で商人ギルドが買い取ってくれる。

「ワシの方は、ブレンウッドの街のギルドに綿兎の原毛を卸すつもりだから、お主は王都のギルドに売るのが良かろう」

「そうですね。そう言えば、ここへ来る前にブレンウッドの街の商人ギルドにも寄って来ましたが、とんでもない話を聞きましたよ。私もその後、シルフ達に聞いて確認しました」

「一体何事だ?」

 お茶とベリーのジャムのクッキーを出しながら、ギードは驚いてガナヤを見た。

「実は、東のタガルノとの国境で、また大掛かりな戦闘があったようです。王都から、竜騎士隊の方が全員出撃されました。王都の第四部隊も派兵されたそうですから、いつもの小競り合いとは、少し違うみたいですね」

「またあの国か……」

 ギードが首を振るのを見て、ガナヤもため息を吐いた。

「本当に、あの国はどうしようも無いですよね。西の国のオルベラートとの国境が平和なのとは大違いです」

「まあ、あっちとは良好な関係だしな。ちなみに、オルベラートは、飯も美味いぞ」

「ギード殿は、オルベラートへ行かれた事があるんですか?」

 ガナヤが驚いたように顔を上げた。

「冒険者時代には何度も行ったぞ。彼処には、幾つか面白い洞窟が有ってな。まあ……若気の至りというやつだ」

 苦笑いしたギードは、誤魔化すようにお茶を飲んで首を振った。

「すごいな。いつかは私も商人として行ってみたいと思ってます」

 国境を越えて取り引き出来るのは、商人の中でも数える程だ。いつかは自分も。商人なら、誰もが考える成功例の一つだろう。

「頼もしいの。しかし、お主が来てくれなくなると、ワシらは困るがのう」

 からかうように笑って、ガナヤの肩を叩く。

「だ、大丈夫ですよ。お得意様を放り出すような事は、絶対にしませんから」

 慌てて言い訳する姿に、ギードはまた笑った。

「さてと、美味しいお茶をご馳走様でした。暗くなる前に私はお暇します。今回も良い取引をさせて頂きました。また、次回もよろしくお願いします」

 もう一度握手してから、ガナヤは荷物を手に立ち上がった。

 ギードも手伝ってやり、ラプトル達の背にバランス良く荷物を積み込んでいく。

「綿兎の毛は、さすがに嵩が高いですね」

 苦笑いしながらガナヤが見上げた荷物は、来た時よりも大きくなっていた。

「まあ、軽さはかなり違うから、ラプトル達は楽だろうよ。風が吹いたら危ないだろうが、今の季節なら大丈夫だろう。気を付けてな」



 三頭のラプトルが走り去るのを見送ると、ギードは部屋へ戻って荷物の整理を始めた。

「とりあえずこれは、まとめて倉庫に置いておく、だな」

 何度かに分けて、買い取った品を倉庫に運ぶと、ニコスに帰った事を伝えて、ギードは街へ持って行く分の鉱物の整理を始めた。




「お弁当、美味しいね」

「そうですね。ニコスの作ってくれる食事は、いつも美味しいですけど、こんな綺麗な景色の中で食べると一段と美味しいですね」

 二人は、敷布を敷いた上で並んでお弁当を広げていた。

 蝶が時々お弁当の縁に止まり、蜜が無いと分かるとすぐに飛んでいなくなる。

 その度に、レイは嬉しそうに笑ってそれを見ていた。

 食事の後、即席の竃でお茶を沸かして飲み、のんびりお昼寝をした。

 レイのお腹の上と前髪の上、タキスの胸元にも、シルフ達が潜り込んで、一緒に楽しそうに寝るふりをしていた。



 殺伐とした東の国境とは違い、ここでは余りにも平和な毎日が続いていた。






「マーク上等兵。今回の試験の結果だが……君、これは本当に、わざとじゃ無いんだよな」

 担当教官の真顔の質問に、マークは消えてしまいたい程の情けなさを感じていた。



 無事に王都に到着した途端に、東の国境で戦いが始まり、第四部隊にも出撃命令が出て、大勢の兵士達がその任務に就いた。

 国境まで、一般ならラプトルで急いで二日の距離だが、軍隊ならどれくらいで到着するんだろう。

 見送りながら、マークはぼんやりとそんな事を考えていた。

 その日のうちに、部屋を割り振られ、キム上等兵と同じ部屋になった。

「よろしくな。明日は、お前は試験をするって聞いたぞ」

 部屋に入って寛いでいたら、そんな事を言われて驚いた。

「ええ? なんの試験?」

「さあな。そこまでは俺も知らないよ。まあ、頑張ってこい」

 気軽にそんな事を言うが、マークは早くも不安でいっぱいだった。

 驚く程大きな食堂で夕食を取った後、その日は早めに休んだ。



 翌日、キムの言った通り、試験をするから会議室に来いと言われたのだ。

 てっきり、前回の適性試験のような事をするのだと思っていたら、全部筆記試験だった。

 午前中いっぱい何枚もの試験用紙を渡されたが、はっきり言って拷問のような時間だった。何しろ、まず質問の意味がさっぱり分からない。

 マークに答えられた唯一の問題は、火蜥蜴は、何をするのが得意か。と言うものだった。

 火蜥蜴って言うぐらいだから、火をつけるんだろう。その程度の考えだった。

 ウィンディーネの特性について述べよ……ウィンディーネって何だ?

 シルフの特性について……以下同文。

 最初の一枚目は、まだそんな感じで、適当でも答えられる問題があった。

 しかし、二枚目以降は、もう問題そのものが分からなかった。

 ようやく解放された時には、精も魂も尽き果てていた。




「お前これは……いや、もう良い。部屋へ戻りなさい。今日はもう特に無いので休みなさい」

 何やら、妙に優しくなった教官にそう言われて、マークはとぼとぼと部屋へ戻った。

「もう駄目だ。絶対、出戻るぞこれ。二枚目以降は確実に零点だよ」

 ベッドに倒れこむと、枕を抱きしめて顔を伏せた。

 折角、皆で笑顔で見送ってくれたのに、出戻ったらどんな顔をされるだろう。

 考えただけで、本気で泣きたい気分になったマークだった。

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