ギードの鉱山と王都の薬師

 ギードが鉱山から持って帰って来たのは、どれも、驚くほど高密度のミスリルの鉱石だった。

 ニコスやタキスは、ギードが次々に取り出して見せてくれる見事な鉱石の数々に、驚きのあまり言葉も無い。



「これ程の鉱石は、ワシも久しぶりに見ましたぞ。それにほれ、ミスリル鉱脈の近くには必ず、ダイヤモンドを含む宝石の鉱脈も有るんですわい。そちらは更に凄かったですぞ」

 しかし、目を輝かせるギードが手にしているのは、どう見てもただの茶色い石の塊にしか見えない。大きさはレイの頭より少し小さい位だ。

「僕にはただの石ころにしか見えないけど、これは何なの?」

「此処をよく見てくだされ。透明の石が幾つも付いておりますでしょう」

 ギードが指差す先には、黒頭鶏くろあたまの卵ほどの透明な石が、確かに重なるようにくっつき合っている。

「これがダイヤモンドの原石です。そのまま磨くわけではありません。状態の良い部分だけを取り出して、形を整えて磨きますのでかなり小さくはなります。しかし、これなら相当な大きさのダイヤモンドに削り出せましょうぞ」

 心底嬉しそうにそう言うと、大きな手で優しく石を撫でた。

「今回は、これらは原石のままギルドに卸します。まだまだとても取りきれぬほどありましたからな。自分で磨く石は、時間をかけてゆっくりと選ぶ事にします」

 そう言って笑うと、荷車の中に石を戻した。



「ねえ……ちょっと気になったんだけど、聞いても良い?」

 貰ったミスリルの石を見ながら、レイが口を開く。

「何ですかな? 改まって?」

 不思議そうに、手を止めたギードがレイを見上げる。

「鉱山ってギルドの所有じゃ無いの? ギードが掘り出したこの石は、誰の物になるの?」

 まさか、レイからそんな質問が来るとは思っていなかった大人達は、驚いたように三人が揃ってレイの顔を見た。

「えっと、あのね、以前、村で酷い揉め事が起きて大騒ぎになった事があったの。僕はまだ小さくてよく分からなかったんだけど……えっと、畑の横から大きな鉱石が見つかったの。大人たちが大騒ぎし出して……見つけた人と、見つけた場所の畝を管理してた人と、他にもたくさんの人が自分の物だって言い合って、大騒ぎになって、結局、村の共同って事で終わったって母さんが言ってたんだけど、その後、何人かが村からいなくなっちゃったんだよ。だから、もし……」

 何度もつっかえながら、レイが説明する内容を聞いて、三人は納得した。

 恐らく、村の大人達の言い争いは、子供達には相当怖い事のように思えたのだろう。挙句に、何人もの村人が出て行ってしまうほどの争い事を巻き起こしたのが、たった一つの鉱石だとしたら……同じように、ギードの身にも、何か災難が起こるのでは無いかと心配しているのだろう。

 それを聞いたギードは、笑ってレイを抱きしめた。

「大丈夫ですぞ。何の心配もありませぬ。何故なら、あの鉱山はワシが買い取ったものですからな」

「……買い取った? 山を買っちゃったの?」

 呆然とするレイに、ギードは頷いた。

「そうです。買い取りました。この家と一緒にな」

「えっと……」

 振り返ってタキスを見ると、彼は口元を押さえて笑いを堪えている。

「はい、売られた家に勝手に住み着いていた不法侵入者は私です。でも、そもそも此処が、ドワーフのギルドの所有物だって事すら知らなかったんですからね」

「所有物だと言うのなら、看板の一つも立てておけ、ってな」

 二人は、当時を思い出したのか、顔を見合わせて大笑いしている。

「じゃあ、此処はギードのお家なの?」

「書類上はな。別に大家だからと威張るつもりはありませぬ故、ご安心を。美味い飯をたらふく食えて、皆で仲良く暮らせるなら、それが一番でございましょう? と言うか、こう言う権利が絡む物事は、きちんと届けを出して、ギルドを味方に付けておくのが賢い大人のやり方ですぞ。覚えておきなされ。手続きが面倒だとか、ややこしいのは嫌だと言わず、後々の事を考えると、ここが誰のものなのか、正式にはっきりとさせておくのが一番じゃからな」

 そう言ってギードは、自信満々で頷いてみせた。

「冒険者時代に溜め込んだものを全て手放してこの山を手に入れました。とは言え、事故があって放置された曰く付きの鉱山じゃろ。正直言って、ほとんど家だけの値段で買えたんじゃよ。購入の際の唯一の条件というのが、この家に住んで、その鉱山を掘る事だった訳だ。あとで聞くと、買いたがるドワーフは他にもおったそうなんだが、誰も山を開く事が出来なかったらしい。しかし、試しにワシが行ってみたら……」

「もしかして、あの鍵のノーム?」

「ええそうです。呆気なく開けてくれましてな。で、ギルドに戻って報告したら、お前、この山を買えと言われて、ひっくり返ったんですわい」

「じゃあ、山を買うつもりでギルドに行ったんじゃ無くて?」

「ええ、まあ……その時のワシは、正直言って、いろんな事がどうでも良くなって、自暴自棄になっておったんですわい。全部手放して、死に場所を求めて来た山で、生き甲斐を見つけるとは……何とも皮肉なもんですな」

 しみじみとそう言うと、立ち上がって荷車の引き手を持った。

「さてと、とりあえずこれを片付けて来るわい。飯が出来たら呼んでくれ。それと、いつから街へ行くんじゃ? ついでに持って行く物の整理もしてしまうでな」

 それを聞いて、ニコスとタキスは顔を見合わせた。

「花祭りの初日と最終日は凄い人出だからな。行くなら六日目か七日目辺りが良いんじゃないかって話してたんだよ。その辺りなら、花の鳥に飾られてる花達も、枯れてきてても多少入れ替えられて逆に綺麗に戻ってるしな」

 ニコスがそう言って頷いた。

「タキスは行かないの?」

 せっかくだから、皆で一緒に行きたいと思ったのだが、タキスは笑って首を振った。

「すみません。私は人のいる所には行きたくはありません。今回も、前回と同じにあなたの姿を変えてあげますから、お祭りを楽しんで来てくださいね」

「そっか分かった。じゃあまた、何かお土産を探して来るね」

 残念そうに頷いて、それでも笑うレイに、タキスは謝る事しか出来なかった。




 一方王都では、国境から急ぎ戻って来たヴィゴが、白の塔の中庭にいた。

 側では、第二部隊の兵士達が運んで来てくれた水と、捌いたばかりの羊の肉を、シリルが嬉しそうに食べている所だった。

「ヴィゴ様、簡単なものですがお食事をご用意しましたので此方へどうぞ」

 案内の兵士に促されて立ち上がった時、背後から聞き覚えのある声がした。

「父上! 良かった、もうお戻りになってたんですね!」

 聞き覚えのある声に慌てて振り返ると、九才になる下の娘が、満面の笑みを浮かべて駆け寄って来る所だった。

 抱きしめようとして、自分は手も洗わず、戦場から汚れたまま戻って来ていた事を思い出した。



 こんな手で、愛しい娘を抱く訳にはいかない。



 咄嗟に目の前で両手を広げて、娘が飛びついて来るのを止めた。

 驚いたように立ち止まり、口を尖らせる娘の頬に、そっとキスをした。

「すまんがまだ仕事中だ。アミディア、一人勝手をするで無い、戻りなさい」

 後ろの廊下では、同じ年頃の少女達が、何人も並んでこっちを見ている。

 しゃがんで、目線を合わせて話しかけると、娘は頷いた。

「分かりました。お仕事頑張って下さい」

 少し寂しそうにそう言うと、ヴィゴの頬にキスをしてから列に戻った。

 引率の先生に一礼してから、食事の為に白の塔の中へと入って行った。

「社会奉仕か、まさかここで娘に会うとはな……」

 戦場という非日常的な場所と、余りにも長閑のどかで平和な娘が笑っている光景との違いに、ヴィゴはやり切れない思いを抱いていた。




「おお、ここにおったか。ご苦労様だな」

 案内された部屋で急ぎ食事をしていた時、ノックの音の後、大きな荷物を持った医療兵と一緒にガンディが入って来てそう言った。

 彼は、銀色に輝く長い白髪と、大きな鷲鼻が特徴の竜人で、この白の塔の薬学部の長を務めている。

 また、竜騎士部隊付きの薬師でもある。医術の知識と経験も豊富で、また竜の怪我や体調管理にも詳しい。

 竜騎士隊の面々は、ハン先生とガンディの二人組みを、実は密かに怖がっている。

 とにかく、怪我の治療に関しては、二人とも遠慮も容赦も無いからだ。

「紫根草の中毒だと聞いたが、またか?」

 向かいの椅子に座って、苦々しげに聞く。

「乗っていたのは、まだ子供と言っても良いような少年兵でした。竜の方も、まだ子竜と言っても良いような小さな竜でした。精霊魔法さえも使えぬほどに幼い竜です」

「全くあの国は……」

 無言で目を閉じて首を振った。




 食べ終えたヴィゴが、最後にお茶を飲んで立ち上がった。

「お待たせ致しました、とにかく参りましょう。それと、お聞き及びかと思いますが、ルークが怪我をしました」

「何だと! そんな話は聞いておらんぞ。シルフ達は何をしておったのだ。守りはどうなった!」

 驚いて手にした包みを机に叩きつけた。食器が大きな音を立てる。慌てた医療兵が駆け寄ってくるのを、ヴィゴは手を上げて止めた。

「落ち着いて下さい。命に関わる怪我ではありませんが、矢を左腕上腕部に受けました。かなり深かったらしく、私が向こうを出た時に、矢の摘出処置を始めたと聞きました」

「ならもう処置は終わっておるな。今頃は、確実に気絶してベッドの上だな」

 ため息と共に、苦笑いして荷物を持ち直した。

「そうだな。とにかく行こう。ルークの怪我も、場合によっては再処置せねばならぬ可能性もある。向こうへ行ったら、念の為診てみよう」

「よろしくお願いします。それと、保護した少年兵も怪我をしております。また場合によっては、竜熱症への対策も考えねばなりませぬな」

「まあ、カナエ草の丸薬とお茶は、野生の竜発見の報を受けてから、徹底的に増産しておるからな。かなりの予備在庫も出来たぞ」

「それは心強い。それと……、道中詳しくお話しいたしますが、例の野生の竜の方も大変な事になっております」

 小さな声でそう言うと、中庭で待っていたシリルの背に軽々と飛び乗った。

 上から引き上げて、ヴィゴの後ろに乗せる。手渡された荷物は、専用の紐付きの金具に取り付けてガンディの後ろに置いた

「さて、それでは参りましょう。シルフに守らせておりますが、しっかりと捕まっておいて下さい」

 ヴィゴの声に、シリルはゆっくりと上空へと浮き上がり、一旦上空を旋回した後、一気に国境目指して飛び去って行った。

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