痛いけど痛くない!
翌朝、いつものようにシルフに起こされる前に、レイは身体中の痛みで目を覚ました。
足が痛い、背中が痛い、腰が痛い、腕が痛い、そして掌が痛い。
要するに、痛くないところが無いくらいに身体中全部が痛い。
暫く無言で悶絶していたが、意を決して勢いよく起き上がる。
近くにいたシルフ達が驚いて飛び上がったが、彼にはそれを見ている余裕は無かった。
「昨日、タキスが湿布するかって言ってくれた意味がよく分かった……」
起き上がったはいいが、そのままの体勢で固まったまま暫く動けず、ようやく動けるようになったところで、情けなさそうにため息を吐いてそのまま毛布に顔を埋めた。
「今からでも、湿布した方が良いのかな」
包帯でぐるぐる巻きの両掌は、寝る前に痛み止めの湿布を貼ってもらったので、痛みはまだ一番ましだ。一番痛いのは、両腕と肩周り。
まあ、昨日あれだけ一気に動かしたのだから、これは仕方ないのかもしれない。
「今日は僕、役立たずかも……」
昨日の元気はどこへいったのか、正直、服を着替えるのも億劫だ。
「レイ、そろそろ起きてくださいね」
その時、ドアがノックされてタキスの声が聞こえた。
「お、おはようございます。タキス、どうしよう。僕今日は役立たずかも知れないよ」
ドアが開かれるのと、タキスがそれを聞いて吹き出すのはほとんど同時だった。
「言ったでしょう、湿布した方が良いって。」
笑ったタキスが側に来て、ベッドに座っているレイの腕をとった。
「特に部分的に痛むところや、動けないほどの痛みはありますか?」
ちょっと考えて首を振る。
「えっとそれは大丈夫。特に酷いのは、腕と肩です。昨日あれだけ動かしたら、そりゃあ痛いよね」
「後ろを向いてください。少し揉んであげましょう」
腕を持って、ゆっくり力を入れずに、さするようにマッサージしてくれる。肩周りを中心に、暫く揉んでもらっただけで、随分楽になった。
「ありがとう、楽になったよ」
やせ我慢して笑って、ベッドから降りる。
普通に降りたつもりだったが、タキスが笑いを堪えているので、多分変な格好になってるんだろう。
「レイ、生まれたばかりの仔山羊みたいになってますよ」
「……僕、見た事無いから、そんな事言われても分かりません!」
堪えきれずに、二人揃って吹き出した。
「今日はレイは戦力になりそうも無いから、当てにするなって皆に言っておきます」
「ダメ! ちゃんと頑張る!」
笑いながら部屋を出るタキスの背中に叫んだ。
「分かりました。それではごゆっくり」
振り返って笑うタキスに、大きく舌を出す。
「絶対いつもと同じに働くぞ!寒くたって構うもんか」
大きな声でそう言うと、一気に服を脱いだ。
「ダメだ。やっぱり痛い……」
服を脱ごうとして、あまりの痛さに腕をあげた体勢のまま固まり、ちょっと泣きそうになった。
「おはようさん。どんな具合だ?全身痛いじゃろう」
嬉しそうに、ギードがレイの顔を見て笑う。
「おはようございます。あまり痛むようなら、今日は無理しないようにね」
ニコスも、いつもの平たい鍋を片手に笑っている。
「おはようございます。元気だよ……タキスには、生まれたばかりの仔山羊みたいだって言われたけど」
それを聞いて、二人は同時に吹き出した。
「上手いこと言いおる。でもまあ、翌日にすぐ痛みがくるあたりは若い証拠じゃな」
「そうですよね。俺は明日か明後日辺りにくるんじゃないかと、ビクビクしてますけど」
「まあ、暫く不摂生しとったからな。丁度良いわい。我らも共に頑張って鍛えるとしよう」
そう言ってレイを手招きする。側に行くと、包帯を巻いた掌を取って嬉しそうに笑って手を重ねた。
「この痛みを覚えておきなされよ。訓練を始めた証である、記念すべき初めての筋肉痛じゃ。其方はこれからどんどん強くなるだろう、これはそのためのいわば通過儀礼じゃよ」
そう言って、眩しいものでも見るように、目を細めてレイを見る。
「この痛みもいつか笑い話になるだろう。今は柔らかい掌も、いずれ硬くなる。それが男になるってことだ」
「うん、頑張って覚えるからよろしくね」
ギードはもう一度笑って、レイの腕を叩いた。
「さあ、食べるとしよう。今日は天気が悪いようなので、広場の掃除の後は、ラプトルの鞍を付ける稽古をするか。レイの身体の様子を見て、午後からは屈伸を中心に、無理せず体をほぐすのが良いな」
「そうですね。シルフ達によると、昼前にはまた雪になるようですから、無理に外に出さなくても良いのでは」
ギードの提案に、タキスも同意する。
「それなら、俺は今日はスパイスの整理をしてるから、午前中は任せるよ。昼からは手伝うからな。レイ、いつものお皿とスープカップを出してくれるか」
ニコスの声に、レイは必死でいつものようにお皿を出した。お皿を持つ手がちょっと震えていたのは、気のせいって事にしておく。
食事の前に、まずタキスに湿布を外してもらう。部分的にマメが出来て赤くなった掌は、痛く無いと言ったら嘘になるが、物が持てないほどの痛みでは無い。もう一度手を洗ってから、皆で一緒に食べた。
「ナイフの使い方も、すっかり様になりましたね」
ハムを切っているレイの手つきを見て、タキスが感心したように言う。
「確かに上手になったな。じゃあ今度は骨つきの肉や魚の食べ方を教えてやるよ」
以前、骨つき肉に苦戦したことを思い出して頷いた。
「うん、よろしくお願いします!」
「ま、覚えておいても役に立つことは、まずないと思うけどな」
苦笑いしながら、ニコスが肩を竦める。
「知識と技術は邪魔にならぬから、出来るだけ覚えておきなさい」
踏ん反り返ったレイが、低く声を変えて言う。
「って、いつも村長が言ってたの、今なら分かるや。確かになんでも覚えておいて損は無いよね」
「全くだな、じゃあ、頑張って教えてやるから色々覚えておくれ」
その言葉に、ニコスも嬉しそうに笑った。
食後の休憩の後はいつものように広場の掃除だが、正直言って昨日の訓練よりも辛かった。
とにかく身体中が痛い。いつもは簡単に持てる鋤鍬の柄が、今日は何倍も太くて重く感じる。いつもよりかなり慎重に、ゆっくり寝床の干し草の汚れを取った。
皆それを心配そうに見ていたが、特に何も言わず、レイが頑張っていつもと同じだけ働くのを止めもしなかった。
「それじゃあ、鞍の付け方を教えますから、やってみますか」
ベラとポリーと連れてきたタキスが笑う。何度も頷いて、ギードと一緒に昨日運んでおいた道具一式を、全部持って来た。
まずはタキスがベラに鞍と手綱を装備させる。それから、一つずつどんな風に繋がって、どこを締めているのかを解説した。実際に見ながら教えてもらうと、とてもよく分かった。
次に、実際にベルトを締めてみて、どれ位の強さで締めるのが良いか教わる。強く締め過ぎると騎竜の負担になるし、逆に緩いと、乗っている時にずれたりして危険だ。
「これも経験ですからね。何度もやって身体で覚えるのが一番ですよ」
「うん! 頑張って覚えるよ。ポリーよろしくね。早く一人で君に乗れるように頑張るから、待っててね」
満面の笑みで答えてポリーを撫でているレイを、タキスが嬉しそうに見つめていた。
ギードに教えてもらって、まずは鞍にベルトを取り付けていく。
全部出来るとギードにチェックしてもらい、また外して一からやり直す。
「地味な作業ですが、これがきちんと解ってないと、万一ベルトが切れた時に代用できなくなりますからな。これはしっかり覚えてくだされ」
「ベルトが切れた時に代用って、どうして? ベルトを変えれば良いだけでしょ?」
疑問に思い聞いて見ると、ギードが真面目な顔で教えてくれた。
「考えてみなされ、騎竜に乗ってるって事は、大抵何処かへ出かけとる時じゃろう。予備の装備がすぐに手元にあるとは限らんだろうが」
「そっか。街へ出かけてるなら、道具も売ってるだろうけど、森の中で切れたりしたら困るよね」
納得して頷くと、ギードはベルトを見ながら言った。
「絶対に締めておかなければならない箇所が切れた時、他のベルトを持ってきて代用するんじゃが、どこを持ってくるのか、構造を理解してないと解らんだろ?」
「うん、そうだよね。じゃあ、例えばこれが切れたらダメだよね」
鞍を取り付けてあるベラを見て、お腹の下に回っている一本を指差して聞いてみる。
「そうですよ。じゃあ、もしこれが切れたら貴方ならどうしますか?」
側でポリーの
「えっと……」
教えてもらったベルトの繋がりを思い出す。お腹の下を屈んで見て、真ん中に通った少し細くなったベルトを指さした。
「これ……かな?」
「正解ですよ、素晴らしい。これは言ってみれば予備のベルトで、締めるのに必ず必要なものではありません。万一の時にはこれを使います」
「短いのなら、これか、これだね」
「凄いな、もう完全に理解しとるな」
感心したように、後ろでギードが呟いている。
「それなら、今度晴れた日に、上の草原でいよいよポリーに乗ってみるか」
嬉しくて、ぴょんぴょん飛び上がって二人に笑われた。そんなレイを見て、ポリーも嬉しそうに一緒に飛び跳ねてくれた。
身体の痛いのも、この時だけは忘れていた。
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