棒術の訓練

 プレゼントの開封が済んで大満足のレイは、左の手首に魔除けのブレスレットを結んでもらってから、貰った品物を順に部屋に運んで片付けた。

 リースは壁に飾り、鉢植えの方は机の上に置いた。マフラーと帽子は、壁に作りつけられた引き出しにしまう。改めて見ると、洋服やセーターも随分増えた。

 靴は、新しい方を履いて、今まで履いていたのを衣装棚の下の段に置いておく。

 もう一度居間へ戻り、籠手と胸当てを持って行こうとしたら、見ていたギードに止められた。

「それと革手袋、金剛棒は、上の広場で訓練するのに持っていくからここに置いておきなされ。装備の仕方と手入れの仕方も教えてやるから、それは自分で手入れするんじゃぞ」

 早速教えてもらえると知って、嬉しくて、籠手を持ったまま飛び跳ねた。

「元気が有り余ってるようだな。それなら遠慮なく、叩きのめしてやるなあ」

 ギードが悪そうな笑みを浮かべて、レイを捕まえようと腕を伸ばした。

「教えて欲しいけど、それはやだ!」

 笑いながら、椅子に座っていたタキスの後ろに隠れる。

「なにをやってるんですか、貴方達は」

 盾にされたタキスはそう言うと、にっこり笑って立ち上がってそのまま机を回って逃げ出した。

 置いていかれたレイが慌ててその後を追う。机の反対側から回ってきたギードにタキスが捕まりそうになって、更に逃げる。

 大きな居間の机を真ん中にして、三人が右へ左へ走り回る。

 だんだん楽しくなってきて、三人で机を挟んで緊迫した追いかけっこを楽しんでいると、後ろから呆れた声が聞こえた。

「なにをしてるのかな、家には大きな子供が三人もいたかなあ?」

 全員同時に吹き出した。

「こんな本気で、追いかけっこしたのっていつ以来でしょう」

 タキスが、笑い過ぎて涙を拭きながら呟くと、

「お主が、逃げるから、こんな事、に、なったの、だろう、が」

 まだ笑いの余韻を残して、ギードが文句を言う。

「だって、あんまり貴方が悪そうな顔してたから怖かったんですよ」

 怯えたフリをしてタキスがそう言うと、吹き出したギードとまた追いかけっこが始まる。

「俺を巻き込むな!」

 盾にされたニコスが、笑いながら叫ぶ。

「もうだめ、お腹痛い……」

 レイは、笑い過ぎて動けず、お腹を抑えて床に転がった。

『そこは危ない』

『避難避難』

 突然現れたシルフ達に、足を掴まれてツリーの下まで引きずられる。

「凄い! 力持ちだね!」

 引きずられながら、可笑しくてまた笑った。

 涙が出るまで、皆で笑い合った。



「キリがないわい。さて、広場の掃除をしたら、上へ上がるぞ」

 ギードが、気を取り直してそう言うと、少し位置のずれた大きな机を元に戻す。

「食後の運動にしては、少々過激でしたね」

 タキスとニコスも、椅子の位置を直しながら顔を見合わせて笑い合う。慌てて立ち上がったレイも椅子を直すのを手伝った。

「それでは行くとするか」

 金剛棒を持ってくれたギードに背を押されて、革手袋と籠手と胸当てを抱えたレイが居間を出て行った。

「さて、俺達も行くとするか」

 伸びをするニコスに、タキスが目に付いた床のゴミを拾いながら振り返った。

「ニコス、それはそうと足の具合はどうですか?」

 その声に顔を上げて、自分を見ている真顔のタキスと目が合いやや怯んだ。

「悪けりゃちゃんと相談してるって、本当だよ。今日はちゃんと固定してる」

 ズボンを引っ張り、膝から下に包帯を巻いているのを見せる。

 しばらくじっとニコスを見つめていたが、一つ息を吐いて頷いた。

「まあ、今日のところは信用しておきます。無理は禁物ですからね」

「その台詞……お前にだけは、言われたくないぞ」

 拗ねたようにニコスが言うと、二人は顔を見合わせて苦笑いをする。

「さあ、行きましょう」

「そうだな、まずは広場の掃除からだ」




 久し振りに晴れたので、上の草地にまずは家畜と騎竜達を連れて上がる。

 その後、四人で手分けして手早く広場を掃除した。掃除が終わると、装備一式を持ってもう一度草原へ上がる。

 牛や山羊達にブラシをかけてやり、ラプトル達とトケラも綺麗に拭いてやるともう世話は終了だ。



「ではまずは、装備の仕方からだな」

 胸当てと籠手を手にしたギードがそう言うのを聞いて、レイはもう嬉しくて仕方がなかった。

 実際に身につけながら、どこを引っ張ればどこが締まってどこが緩むのかを詳しく教えてもらう。

 何度かやり直して、自分で出来るまで繰り返した。

「これでいい?」

 籠手の紐を締めてギードに見せた。

「よしよし、さすがに覚えも早いな。あとは慣れだから、自分で何度もやってみる事だぞ」

 その時、上空に大きな影がかかった。

「ブルーおはよう! 今日はいいお天気だね」

「うむ、久し振りの良いお天気になったな。どうしたそれは、随分と勇ましい格好だな」

 革手袋をはめて、胸当てと籠手を装備した少年を見て、驚いたように言った。

「生誕の贈り物で貰ったんだよ。これから棒術を教えてもらうの。危ないから、これをつけてするんだって」

「なるほど、棒術は全ての武術の基本だからな。覚えておいて損はなかろう」

 いつもの定位置に、ブルーが座る。

 家畜や騎竜達も、最初こそ大きな竜に怯えていたが、今ではすっかり慣れて怯える様子もない。それどころか、黒頭鶏くろあたま達など、ブルーが歩いた跡が草が剥がれて地中の虫が取れると知ると、ブルーの周りに集まるようにさえなった。

 素知らぬ顔でいるが、ブルーがいつも、わざと爪を立てながら歩いているのをレイは気付いていた。




「それでは始めるか。基本はこの長い方を使う。短い方は重いので、扱いに慣れるまでは使わぬ方がいいぞ」

 自分用の棒を手にしたギードとニコスが、まずは模擬戦を見せてくれると言うので、離れたブルーとタキスの側へ行った。

「軽く打ち合ってみましょうか」

「そうだな、まずは手馴しからだな」

 少し離れて向かい合うと、棒の先をわずかに合わせる。

「はじめ!」

 タキスの声に、二人が同時に動いた。

 上、下、突き、払い。何度も棒が打ち合わされて甲高い音が草原に響く。二人の息はぴったりで、まるで踊りを踊っているかのようだ。

 しばらく打ち合ってから、二人同時に後ろに下がって棒を下ろした。

「すごい! 昨日の格闘術もそうだけど、どうなってるのか全然分からないよ」

 満面の笑みで拍手をしながら言うと、笑った二人に手招きされた。

「気をつけてね。しっかり学んできなさい」

 タキスに背中を叩かれて、喜び勇んで走って行った。

「ドワーフは、元冒険者だと聞いたので驚かぬが、黒い髪の竜人の技は凄いな。明らかにあちらの方が腕は上だ。加減して相手しておるぞ」

「それが分かる貴方様も凄いですよ。私には縁のない世界ですが、彼にはこれが日常だったそうですからね」

「そうなのか?レイからは料理上手だと聞いておったが」

「詳しくは知りませんが、貴族の館で教育係をしていたと聞きました。護身術は当然でしょう」

「なるほど、それなら納得だな。レイは良い教師に巡り会えたようだな」

 二人に、手取り足取り教えて貰って嬉しそうなレイの姿を、満足げにじっと見ていた。




 基本の型をいくつか習った後、実際に手合わせしてみる。

 構えているギードにレイが教えられた通りに何度も打ち込み、形を身体で覚えていく。ギードは受けるだけで一切反撃しない。

「腕が痛くなってきた。革手袋をしなさいって言った意味がよく分かったよ」

 一旦休憩をして、座って水を飲みながらレイが革手袋を外すと、柔らかな掌と指に、赤いマメが何箇所も出来ていた。

「痛いがこれは訓練した証のようなもんじゃからな。勲章だと思っておれば良いわ」

 硬くなった自分の掌を見せながら、ギードが説明する。頷いて、真剣な顔で何度も棒を握って確認しているレイを、興味深げにブルーが見つめていた。



 その後、ブルーと一緒に風の精霊魔法の訓練をして、日が暮れる前にもう一度棒術の訓練をした。

 本人の希望でギードが一度だけ打ち返したが、打ち返された瞬間握っていた棒が飛ばされてしまい、そのまま後ろに倒れてしまった。

 呆然とするレイの首筋に、ギードの持った棒が軽く当てられる。

「今ので一度死んだな」

「すごい! 全然違うや。せめて受けられように頑張るよ!」

 目を輝かせる姿に、ギードが笑って棒を引いた。

「頑張れよ。せめてワシに打ち込めるぐらいにはなって欲しいもんだな」

 手を握って立たせてやる。棒を拾ってブルーを見た。

「僕頑張るよ。見ててね、絶対強くなるから」

「楽しみにしておるぞ。だがまあ、無理はするなよ」

 嬉しそうに頬ずりすると、翼を広げてゆっくりと浮き上がり、上空を旋回した後、森へ帰っていった。

「それでは私達も帰りましょう」

 今日は観客に徹していたタキスが、立ち上がって家畜たちを呼び集めた。

 皆を連れて家へ戻った後、食事の前に、ギードから道具の手入れの仕方を教わった。真剣な顔で一生懸命聞いている姿を、タキスは嬉しそうに見ていた。

「これからは、天気の良い日は上の草原で、交代で魔法の訓練と、棒術、格闘術の訓練だな。それから、ラプトルに鞍を取り付けるやり方も教えてやるから、頑張って覚えてくれよ」

「貰った鞍だね。すごく綺麗で嬉しい。頑張って覚えます。えっと、それで質問なんだけど、僕はどの子に乗ればいいの?」

 ツリーの下に置いたままになっていた鞍を撫でながら、タキスとギードを見た。

「考えてたんですが、ヤンとオットーはまだ若いでしょ。男の子だから多少乱暴な面も見受けられます。ポリーに乗ってもらうのが一番いいと思うんですが、どう思います?」

 タキスがギードを見ながらそう提案する。

「それはワシも思っとった。ポリーならレイに懐いとるし、よく分かっとるからそう無茶もせんだろう」

「じゃあ、貴方はポリーに乗ってもらいましょう。頑張って覚えましょうね」

「この冬は、覚える事がいっぱいだね」

 鞍を撫でながら、レイが嬉しそうに笑った。

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