降誕祭の贈り物

「さてと、こんなもんかの」

 立ち上がったギードが、二人を振り返りながら笑う。

「そうですね。綺麗に飾れたと思いますよ」

「さて、喜んでくれるかな?」

 タキスとニコスも、ギードを見返して笑っている。

 明日のレイへのプレゼントを、彼が眠ったことを確認してからツリーの下に置いて飾り付けていたのだ。



「後は、明日の朝のお楽しみだな。どうだ、久しぶりに一杯やるか?」

 机に散らかったゴミを片付けている二人に、ギードが声をかける。

「それはそれは。せっかくのお誘いをお断りするには忍びないですから、お付き合い致ししますよ」

 さも、仕方がないかのように言うタキスに、ギードが笑って背中を叩く。

「良いな。それなら、何か簡単なつまみでも出すよ」

 ニコスがそう言って、台所の戸棚を開けて、クラッカーやチーズ、干したキリルを持ってくる。

 ギードはその間に、家から何本かの酒瓶を持って戻って来た。



「お疲れさん。色々あったが良い年であったな」

 ギードが、盃を上げて精霊王への感謝を表す。

「お疲れ様です。本当に色んな事のあった一年でした。でも、概ね良い一年でしたね」

 タキスも笑って盃を上げる。

「お疲れ様。終わり良ければ全て良し! って事にしておこう」

 ニコスも笑って盃を上げた。

「精霊王に感謝と祝福を」

 三人は、そう言ってそれぞれ一気に飲み干した。



 机の上に置かれたクラッカーとチーズの上には、退屈そうな水の精霊の姫が、座って欠伸をしていた。

 三人が、酒を酌み交わすのをしばらく眺めていたが、つまみを食べるのを見て、もう一度欠伸をする。

「姫、いつもありがとうな」

 ギードがそう言って、新しく注いだ酒の入った盃を上げる。

 盃の縁に水の精霊の姫が現れて嬉しそうに酒の表面を叩き、その後、くるりと回っていなくなった。

「いつも思うが、あれは呑んでおるのかのう?酒が減ってる様子はないし、別に水臭くもなっとらんぞ」

 笑いながら、盃を傾ける。

「言われてみればそうですね。特にノームはお酒が好きだと聞きますが、実際に呑んでるところは見た事がありませんね」

 タキスがつまみのクラッカーを食べながら、首を傾げる。

「確かに、見た事が無いな」

 ニコスも、自分の盃に座ったシルフに挨拶しながら、頷いている。そのシルフも、嬉しそうにニコスの持つお酒の表面を叩いていなくなった。

「しかし、同じ精霊でもシルフや水の姫より、ノームの方が実体がある感じはするぞ。あいつらなら、普通に呑んでおっても驚かんわい」

 新しい酒を、ニコスに注いでもらいながらギードが笑う。

「違いない、一番呑んでそうなのはノームだな」

 その時、足元に話題のノームが現れた。そのノームはギードの足を叩いて笑っている。

「おお、噂話をしていたのが聞こえましたな。飲みますか?」

 飲みかけの酒瓶を渡すと、受け取って何度も頷いて順に三人の足を叩いていなくなった

「おやおや、酒の替わりに祝福をくれましたね。足の痛みが引きましたよ」

 嬉しそうに右の膝を摩るニコスを見て、機嫌よく呑んでいたタキスが顔を上げた。

「待ってくださいニコス。貴方、まだ痛みがあるんですか?」

 しまった……という顔をしてタキスを見たが、真顔のタキスと目が合ってしまい、気まずい沈黙が降りる。

「おいおい、痛みがあるならタキスに言ってくれ。歩けなくなったら困るのはお主だろうが」

 ギードもため息を吐いて盃を置いた。

「寒くなったので少し痛んだだけです。普段は何ともないから、本当に、本当に大丈夫ですよ」

 拗ねたように慌てて言うニコスを見て、タキスもため息を吐く。

「痛み止めを渡しますから、明日、まだ痛むようなら飲んでください。今夜はお酒を飲んでますので……薬はやめた方が良いですね。湿布はいりますか?」

 立ち上がり側へ行くと、横にしゃがんでニコスのズボンの裾を上げた。

 他の二人より、ゆったりと余裕を持って作られているニコスのズボンは、簡単に膝上まで上がる。

 剥き出しになった膝下からふくらはぎまで、ひきつれたような大きな傷跡があった。

「熱は無いようですね。腫れも無い。本当に痛みが出たのは最近ですか?背中の傷はどうですか?」

 完全に酔いの覚めたタキスが、ニコスの膝を診ながら医者の顔で質問する。

「だからちょっと痛んだだけだって。大丈夫だって、本当だよ」

 困ったように、ニコスが顔の前で手を振る。

 それを見て、タキスはズボンを戻して立ち上がった。

「薬を取ってきます。念の為湿布も渡しておきますから、寝る時だけでも使ってください」

 そう言うと、タキスは部屋を出ていった。

「……すまん」

 後ろ姿を見送りながら、ニコスが情けない顔をして謝る。ギードが黙ってニコスの空になった盃に酒を注いだ。

 薬を持って戻ってきたタキスも、もう一度席につき、その後は和やかに話しながら酒を酌み交わした。尽きない話題は、お互いの昔話と、ここにいない少年の事ばかりだった。



「さてと、明日は寝坊したら困るで、そろそろ寝るとするか」

 ギードが最後の盃を空けて立ち上がった。

「そうですね。ごちそう様でした。久しぶりの良いお酒でした」

 タキスも最後のチーズを摘んで立ち上がる。

「それじゃあここでお開きだな。ありがとう、楽しい酒だったよ」

 ニコスも、盃を集めながら笑う。

 ツリーの飾りの横に座ったシルフや、お皿の淵に座った水の精霊の姫が、そんな三人を見て眠そうに欠伸をした。




 翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、着替えて顔を洗うといつもよりゆっくり歩いて居間へ行った。

 居間では三人が、いつもの席でお茶を飲んでいた。

「おはようさん。今朝はよく晴れとるぞ」

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 ギードとタキスが、振り返って挨拶してくれる。

「おはようございます。えっと、ちょっと足と背中が痛いです」

 照れたように笑う彼を見て、二人は吹き出した。

「まあ、普段と全く違う動きだからな。こればかりは仕方なかろう」

「そうですね。まあ、無理しない程度に頑張って動かしてくださいね」

 いつものお皿を出す動作も、どこかぎこちない。笑って手伝うタキスとギードだった。

「おはよう、食事の前に開封するか?それとも後にするか?」

 いつもの平たい鍋を持ったニコスが笑う。

 何の事かと首を傾げたレイは、皆の視線につられてツリーを振り返って、そこに置かれたものを見て堪えきれない歓声を上げた。

 ツリーの下には、大小様々なプレゼントの袋が山積みになっていたのだ。

 袋には花が飾らたりリボンが掛けられているものもあった。

 振り返ると、三人が笑いながらこっちを見ている。

「これ……全部、全部僕が貰っていいの?」

 恐る恐るそう聞くと、当然だと言わんばかりに三人が頷いた。

「た、沢山あるから、朝ご飯の後で開けます」

 嬉しそうに言うレイに、三人は頷いた。




 食事が終わり、三人が食後のお茶を飲んでいる間に、レイはツリーの側に行き床に座ると、一番手前の袋を開けてみた。

 中には 手編みの毛糸の帽子とマフラーが入っていた。

「綺麗な色、これはニコスからだね」

 取り出したそれらはふかふかの柔らかな手触りで、持っているだけで手が温かくなってきた。

「すごく手触りが良いね。素敵なプレゼントをありがとう」

 マフラーに頬をすり寄せながら笑った。

 後二つ、ニコスからのプレゼントがあった。

 柔らかな革で作られ、内側がふわふわの毛皮になった、膝の下まであるブーツと、革手袋だ。

「ありがとう、大切にするね」

 この嬉しさをなんて言ったらいいのか分からず、ニコスに抱きついてキスをした。

 照れたように笑ったニコスは、抱き返して頬にキスしてくれた。



 次は、ツリーの鉢の縁に置かれていた小さな袋を手に取ってみる。

 中には、細い何本もの糸で結ばれた、細かな模様のブレスレットが入っていた。

 途中には、何本もの色の違う糸が入れられて、小さいが複雑な幾何学模様を描いている。

 これは誰からだろう。

 ニコスを見たが、彼は首を振って隣を見た。

 タキスが照れたように笑っている。

「これ、タキスが作ってくれたの?」

 とても細い糸で、細かく丁寧に結ばれていて、簡単に作れるものではない。

「それは、私の母から教わった魔除けの模様のブレスレットです。蒼竜様の守りのある貴方には、無用のものになってしまいましたが、飾りとしても綺麗でしょう?」

 手にしたそれを見ながら、照れたようにタキスが説明してくれる。

「ありがとう、すごく綺麗だね。えっと、これはどうやって手に結ぶの?」

 両端に何本かの紐が切らずに残されているだけで、金具は付いていない。

「後で、手首に外れないように結んであげます。先に他のプレゼントを開けてください」

 頷いてブレスレットを袋に戻すと、隣の包みを開けてみる。

 木の箱に入れられたそれは、細い蔓で作られた土台の輪に、綺麗に乾かした花や木の実を飾り付けた見事なリースだった。

 その隣の包みも、開けると同じように木の箱に入っていた。

 乾かした花や木の枝、木の葉や木の実で綺麗に丸く山になるように飾られた、陶器の鉢に入れられた置き物だ。爽やかな良い香りがする。

 これもタキスが照れたように手を挙げた。

「凄い凄い! とっても綺麗だね。良い香りがするよ。ありがとう、大事にお部屋に飾ります」

 壊さないように、慎重に箱に戻して包む。

 嬉しくて抱きついて、タキスの頬にもキスをした。



 次はツリーに立てかけるようにして置いてあった、細長い大きな包みを開けてみる。

 中には、綺麗に磨かれた長さの違う二本の木の棒が入っていた。よく見ると、棒の両端には綺麗な模様の刻印された金属が付いている。

「それは、我らはそのまま棒と呼んでおるが、正式な名前は金剛棒と言う武器の一種じゃ。とても硬い木で作られていてな、木の棒と馬鹿にすれば本当に痛い目を見るぞ」

「これはギードが作ってくれたの?」

 しっかりとした重さと、握りやすい 太さの棒を持ってギードを見ると、笑って頷いた。

「ナイフは良いものを持っておるだろう?剣よりまずはそっちの方が良いかと思ってな。扱い方はワシとニコスで教えてやる故、しっかり鍛錬なされよ。棒術は全ての武術の基本だ」

「はい、よろしくお願いします!」

 嬉しくて堪らず、両手に金剛棒を捧げるように持って、大きな声でそう言った。

 その隣の包みには、革の籠手が入っていた。

 肘から手首までで切り替わり、重なったもう一枚が手の甲まで覆うタイプだ。革紐を使って全体を締めるように作られていた。

「棒術を習うなら、これは必要ですからな。お主はまだ大きくなるだろうから、太さと長さが調節できるようにしましたぞ」

 ギードが籠手を見ながら教えてくれた。

「うん、頑張ります!」

 革の籠手は凄く格好良い。持っているだけで強くなったみたいだ。

 その隣の大きな包みは、何と革の胸当てが入っていた。

 胸当てと言っても、しっかりしていて厚みもあり、かなりの防御力がありそうだ。それなのに軽い。

 胸の部分には、細かな模様が刻印されている。

「まあ、籠手と胸当ては基本の防具じゃからな、やっぱり一緒に欲しかろう」

 笑ってウインクするギードにも、抱きついてキスをした。髭がチクチクしたが構わなかった。



 そして、籠手と胸当ての包みの奥に隠されていたのは、革製の鞍と細い革を編み込んで作られた手綱だ。

 鞍の横側には細かな模様が彫られている。

 隣には、何本もの革のベルトもまとめて結んであった。

 振り返ると、三人がこっちを見て笑っている。

「その鞍と手綱は貴方の分ですからね。ベルトはそれだけ使います。ああ、予備のベルトも入ってますから、それは全部は使いませんよ」

 タキスが、レイの持っていたベルトの束を見て教えてくれた。

「これは、三人からのプレゼントだよ。早く一人で乗れるようにならないとな」

「手綱はまだ少し硬いですが、使い込むと柔らかくなりますぞ」

 ニコスとギードも、笑ってそう言ってくれた。

「あ、ありがとう。でも僕、こんなに貰っていいのかな」

 思ってた以上の沢山の贈り物に、何とお礼を言っていいのか分からなくなった。

「これから、毎年、貴方に沢山の贈り物をさせてくださいね」

 タキスが、もう一度レイの頬にキスをして笑う。

「そうだぞ、何にしようか、考えるのが楽しかったわい」

「そうですね、誰かに贈る物を楽しんで作ったり選んだりするのは、本当に楽しいですよね」

 ギードとニコスも笑ってそう言って、順にレイの頬にキスをしてくれた。



「あの、こんなに沢山貰った後で……こんなもの渡すの、恥ずかしいんだけど……待っててね」

 レイは、そう言って部屋から走って出て行くと、すぐに戻ってきた。

 手には三通の封筒を持っている。

「この前、街でインクを買ったでしょ。その時のお店にあったの。とっても素敵だったから、どうしても欲しくて一緒に買ったんだよ」

 そう言って、三人に一通ずつ手渡した。

 顔を見合わせた三人は、それぞれゆっくりと手にした封筒を見て、それを開く。

 中には二つ折りのカードが入っていた。

 三人がそれを取り出して開くと、切り込まれた花や鳥の模様が、重なって立体になって浮かび上がった。

 下の部分には、あの時に買ったインクの色で文字が書かれている。



『いつも沢山のキスをありがとうございます。心からの感謝と敬意と愛を貴方に捧げます。これからもどうかよろしく』

 たどたどしい文字で書かれたそれを見て、タキスの目には堪えきれない涙があふれる。



 ニコスも目を閉じて上を向いた。そこにはこう書かれていた。

『いつも美味しい食事をありがとうございます。心からの感謝と敬意と愛を貴方に捧げます。これからもどうかよろしく』



 ギードはカード持ったまま、瞬きもせず固まっている。そこにはこう書かれていた。

『いつも色んなことを教えてくれてありがとうございます。心からの感謝と敬意と愛を貴方に捧げます。これからもどうかよろしく』



 それぞれ大切にカードをしまうと、三人は次々とレイを抱きしめてキスをして、肩や背中、頭を撫でて揉みくちゃにした。

「本当に貴方って子は」

「全くだ、全部返してくれたぞ」

「いや、我らの方が足りぬくらいだ」

「ありがとう、皆大好きだよ」

 もう一度タキスに抱きしめられて、心からそう言った。



 最高の、生誕の感謝と恵みの日になった。

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