雪の日の訓練

 降誕祭二日目と三日目も、吹雪になるほど激しくは無いが、雪がずっと降り続いていた。

 この期間は、夜にランプに火を入れる事と、寝る前の皆でする精霊王への祈りが長いくらいだ。



「ブルーに会えないし、魔法の練習も思いっきり出来ないし。雪ばっかり降ってつまんないの」

 広場で家畜や騎竜達の世話をしながら、レイは口を尖らせてずっと文句を言っている。

「天候に文句を言っても、何も解決しませんよ」

 タキスが笑いながらそう言うと、ギードが道具を片付けながら頷いた。

「確かに、天候に文句を言っても仕方なかろう。どうやらレイは元気が有り余っとるようだから、午後から少し運動してみるか?」

 それを聞いたレイは、不思議そうに振り返った。

「運動って何をするの?」

 タキスとギードは、お互いの顔を見て苦笑いした。

「私は遠慮しておきます。そっちは、貴方とニコスにお任せしますよ」

「なんだ、付き合いが悪い奴だな。まあ仕方なかろう。じゃあ、午後からはニコスに手伝ってもらって、護身術や体術の実技だな」

「やりたい! でも……僕でも出来るかな?」

 不安そうに言う少年を、ギードは改めて見た。

 最近のレイは、身長がかなり伸びている。当然、手足もそれに伴って大きくなっているのだが、本人の認識と多少ズレがあるらしく、よく躓いたりあちこちで頭や足をぶつけたりしている。

「自分の体の状態を正しく理解するには、体術を習得するのが一番だからな。まずは基本からだな。教えてやる故しっかり頑張れ」

 嬉しそうに何度も頷く姿を見て、皆笑顔になった。

 昨日のような事が、いつまた起こるかもしれない。何があっても対応出来るように、本人の身体能力を上げておく事も、大事な対策でもある。



 いつもの豪華な昼食を終えた後、食後のお茶を飲みながらギードがニコスに相談した。

「さっき話しとったんだが、レイに護身術くらいは教えておくべきかと思うんだが、お前さんはどう思う?」

 お皿を片付けていたニコスは、ちょっと考えて答えた。

「それは良いな。身体能力を上げておくのは、なんであれ無駄にはなりませんよ。特に今のレイは、背が伸びて手足も伸び、体が全体に大きくなってるだろうから、自分の身体の状態を把握するにも体術を学ぶのは良いと思いますね」

 その答えに満足して、ギードは頷いた。

「なら、休憩したら少し付き合ってくれ。ワシも久しぶりだから、やるならまずは準備運動からだな」

「俺もそうだよ。おい、年を考えて無理は禁物だぞ」

 顔を見合わせて二人同時に吹き出した。

「自分の方が年下だからと言うて、人を爺い扱いするな。よし、それなら何か賭けて三本勝負でどうだ?」

「受けて立ちますよ。で、何を賭けます?」

 二人とも、楽しそうに満面の笑みで話している。

「何を子供みたいな事を。貴方達、何の為に訓練するのか忘れてませんか?」

 お茶を飲みながら、タキスが呆れたように笑う。隣では、レイも笑いをこらえていた。

「あはは、でも、せっかくやるんなら楽しみもないとね」

 照れたようにニコスが言う。

「全くだ。ならタキスよ、お主が審判をしてくれれば良いではないか」

 開き直って笑うギードの提案に、タキスはちょっと考えてから頷いた。

「確かに、模擬戦も勉強になりますからね。審判役ならお受けしますよ」

「それならよろしく頼むわい。さて、それでは一服したら訓練所を開けるか。久しぶりだな」

 ギードが最後のお茶を飲んで席を立った。

「先に行って開けてくる。レイ、動きやすい汗をかいても大丈夫な服で来いよ」

 そんな服が有ったかと心配したが、ニコスが大丈夫だと請け負ってくれた。



「うわ、広い、それにあっちの広場より天井が高いや」

 柔らかな部屋着に着替えたレイは、同じ様な服に着替えたニコスとタキスに連れられて、ギードの家へ来た。

 案内された場所は、向こうの家には無い部屋で、家畜や騎竜たちのいる広場よりかなり広い、家具のない部屋で、高い天井からは、いくつものランタンが吊るされて明るい光を放っている。

 壁には、長い棒が何本もかけられ、剣の様な形のものもある。

 段差のない平らな床は、一面に隙間なく、綺麗な木目の木が敷き詰められていて輝きを放っている。

「さてと、まずは準備運動だな」

「久し振りですから、加減出来ないかもしれません。先に謝っておきますよ」

「ぬかせ。今度こそ這いつくばらせてやるぞ」

「望むところです」

 二人とも伸びをして身体を解しながら、何やら楽しそうに不穏な会話をしている。

 それから、二人は部屋の真ん中あたりで少し離れて向かい合った。

「さて、それではまずは準備運動からだな」

 ニコスが肩を回しながら言う。

「そうだな、まずは手馴しだな」

 同じく、ギードも肩から腰をゆっくり伸ばしながら言う。

 改めて向かい合うと、二人の体格差は歴然だ。背丈はさほど変わらないが、ギードの横幅はニコスの倍はある。腕の太さも桁違いだ。

 どうやら素手での対決のようだが、大丈夫なのか心配になってきた。

 一人だけ普段着のタキスを見ると、気付いたタキスは、笑って彼らを見た。

「まあ、見ていれば分かりますよ、ああ見えて、二人とも凄いですからね。さて、そろそろいいですか?」

 後半は、向かい合う二人に向かって大きな声で言う。

「おう、よろしく頼む」

「俺は、いつでも大丈夫だぞ」

 そう言うと、お互いの顔を見ながら腰を低く構える。

 ニコスの目がすっと細くなった。



「それでは、はじめ!」

 タキスが大きな声で言って、一つ手を打った。

 その瞬間、腰を落としたギードが、ニコスの腰を掴むように手を伸ばして突進した。

 しかし、ニコスの方が速い。

 軽く横に避けて、掴みにきた手を叩き落としてギードの体勢を崩すと、そのままの勢いで背中を打ち地面に叩きつける。

 転んだ勢いのまま一回転して立ち上がるギードの、もう一度掴みにきた手首を今度は逆手にひねって持つと、一瞬で懐に入って、背中に背負うようにしてそのまま肩越しに放り投げた。



 見事な背負い投げだ。



 ものすごい音がして、ギードが背中から叩きつけられた。

「そこまで!」

 タキスの声に、ニコスが肩から力を抜いて構えを解く。

「ああ! またやられた! 何度やってもあの動きは見えんわい!」

 仰向けに転がったまま、悔しそうに一度、掌で床を打つと、ニコスの差し出す手を取って立ち上がった。

「さすがじゃの、相変わらず速い」

「全く、いつも言ってるでしょ。力押しで通じる相手と、通じない相手があるって。まあ、馬鹿正直に正面から来るから、俺は楽で良いですけどね」

 勝って当然のようにニコスが言うのを聞いて、レイは驚きのあまり声も無かった。

「どうじゃ、ニコスはすごかろう」

 振り返ったギードに話しかけられて、ようやく反応する。

「凄い凄い凄い! 何がどうなってたのか全然分からなかった!」

 興奮の余り、飛び跳ねながら息もつかずに一気に喋る。

「まあ、言うておくが、いきなりこれをやるのは無謀だからな」

 興奮するレイの肩を抑えて、ギードは苦笑いする。

「今のは、力のある相手に抑え込まれそうになった時に撃退する方法ですよ。まあ、投げるのはやり過ぎですけどね。少しやってみますか?」

 そう言ってくれたので、喜んで立ち上がると駆け寄って行った。




 まずは準備運動で、身体を伸ばしたり解したりする方法を教わる。言われるままに地面に座り、身体を伸ばして二つ折りの状態まで持っていく。

「さすがに身体は柔らかいですね。羨ましい限りだ」

「全くだ、これなら怪我もせんじゃろ」

 それを見て感心したように、ニコスとギードが笑っている。

 屈伸運動の後は、腰を落として構える基本の型を習う。これはじっとしているだけで、足のあたりが痛くなる。

「これが全ての基本の型ですからね。体に覚えこませるまで何度でもやる事です」

 少し曲がった背中を直してやりながら、ニコスが言う。構えたまま、無言で頷いた。

 その後は、動きの基本を教わった。

 掴みに来る手を払い逃げる時の動き、打ち込まれた時の避け方。ギードに相手をしてもらい、何度も同じ型を繰り返す。

 始めは全く分からなかったが、だんだんと動きが分かってきた。もうちょっと、と思ったところで、一旦休憩になった。

「まだ大丈夫だよ」

 もっとやりたかったが、座って休むように言われた。

「お疲れ様、なかなか様になってますよ」

 冷たい水を渡しながら、ニコスが言ってくれた。

「ありがとう。喉乾いたよ」

 笑って受け取ると一息に飲む。冷たい水が、体の中に染み渡る。もう一杯貰ってから、床に座った。

「レイは覚えが良い。今までこう言った体術を誰かから習った事があるんですか?」

 ニコスも水を飲みながら、こっちを見て尋ねる。レイは水を飲むのをやめて少し考えてから答えた。

「以前、エドガーさんにナイフを貰った時、簡単な手合わせの仕方を教えて貰ったの……あの時に、役に立ったんだよ。最初に家に押し入ってきた奴に襲われた時、ナイフで抵抗出来たのは……教えて貰った通りに身体が動いたからなんだ。あいつは、僕が抵抗したのを見て驚いていたもの」

 右手を見ながら答える姿に、三人は絶句した。

 タキスが、一つため息を吐いて横からそっと抱きしめた。

「そんな風に簡単に言わないでください。それでも、彼の教えが役に立ったのなら良かったです」

 抱きしめてくれる手に、手を添えて握りしめる。

「強くなりたい。もう二度とあんな思いはしたくないもの。皆を守れるくらい強くなりたい」

 誓うように言うと、自分を抱きしめるタキスの頬にキスをした。

「本当の強さは、既に貴方に備わっていますよ。でも、身体能力を鍛えるのは良い事です。頑張って教えてますからもっと強くなってくださいね」

 ニコスが側へ来て手を差し出す。握り返した手を引かれて立ち上がった。



 この日から、午後の数時間が、体力作りと格闘訓練に費やされる事になった。

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