大雨と家の中の不思議
レイに手伝ってもらって、切ってあった丸太を次から次へと割っていたギードは、不意に手を止めて顔を上げた。
「どうしたの?」
次の丸太を抱えたまま、レイが不思議そうに尋ねる。
「どうやら、一雨来そうだわい。早めに切り上げて帰るぞ」
「え? さっきまであんなに良いお天気だったのに」
レイの目には空に雨の気配は感じないが、森で暮らすギードが言うのなら、きっとそうなのだろう。
『雨が降るよ』
『間も無く降るよ』
『雨降り雨降り』
『強い雨降り』
『寒い雨寒い雨』
『冷たい雨冷たい雨』
シルフ達が、丸太の上に現れて次々に言うと消えていく。
「こりゃいかん。今、割った分だけ積んでしまおう。後は、もう来年でも良いわい」
そう言って、切った薪を一抱え持って小屋根の下へ行くと、急いで積み始めた。レイも、手近にある薪を持てるだけ持っていく。
「大変そうだな。手伝ってやれ」
見ていた蒼竜がそう言うと、何人ものシルフ達が現れて、散らばっていた薪を、浮き上がらせて一気に運んでくれた。
「おお、これは助かります。ありがとうございます」
シルフから薪を受け取って、ギードが嬉しそうに笑った。
二人で、大急ぎで積み上げてしまうと、手早く片付けて荷物も荷車に積み込む。
レイはクッションを抱えて、トケラの横に立った。
「トケラ、お願いします」
そう言うと、トケラが頭を下げてくれた。
「ごめんね」
一言謝ってから、鼻の上に乗り、ツノを持ちながら額まで登る。
それを見ていたギードが、笑顔で手を叩いた。
「なるほど。レイくらいの体なら、そこから乗れるのか」
感心したようにそう言うと、荷車に乗り込んだ。
「蒼竜様。慌しくて申し訳ござらぬが、雨が降りそうですので、我らはこれにて帰ります。お手伝いありがとうございました」
「うむ、そうだな。雨が降る前に早く帰るとよい」
「それじゃあね。雪が降るまでにまた会えるかな?」
トケラの頭に乗っているので、いつもより視線が高いレイが、手を伸ばしながら言う。
顔を寄せて鼻面を撫でてもらいながら、嬉しそうに目を閉じる。
「冬の森に迂闊に入るのは危険だからな。我の方から時々会いにいく故、安心して待っておれ」
そう言うと、翼を広げてふわりと浮き上がる。
ギードが、力綱を軽く打つと、トケラは力強く進み始めた。
食料庫でスパイスの整理をしていたニコスは、シルフの声に顔上げた。
「何? 雨が降るのか。それはまずいな」
そう言って立ち上がると、急いで居間へ向かった。
「タキス、雨が降るようだぞ」
居間で、乾燥させた薬草を刻んでいたタキスは顔を上げて頷いた。
「ええ。シルフから聞きました。ギードがついてますから大丈夫だとは思いますが、念の為、今、声を飛ばしました」
外を見ると、西の空にはもう、黒い雲が低く広がり始めている。
『帰り道急いでる納屋を空けててお願い』
突然目の前に現れたシルフの言葉を聞くと、二人は、急いで納屋へ行き、散らかった物を片付けて、荷車をそのまま入れられる広い場所を作った。
外に出て空を見上げると、北からの冷たい風が、分厚い黒い雲を一気に空に広げていた。
「あ、草原に出た!」
フードを被ったレイが、嬉しそうな声をあげた。
「何とか間に合いましたな」
ギードも、それを聞いて嬉しそうに笑った。
草原から続く坂道を下り、大回りして庭へ出ると、待っていたかのように霧雨が降り始めた。
「わあ、あとちょっとだから待って!」
レイの叫び声と共に、そのまま大きく扉の開いた納屋へ乗り入れる。待ち構えていたタキスとニコスが、手早くトケラの引き具を取り外した。
「何とか間に合ったな」
納屋の扉を閉めながら、降り始めた雨を見てギードがため息を吐いた。
「待って、トケラを厩舎に連れていかないと。納屋に入れちゃったよ」
トケラの額から滑り降りながら、レイが心配そうに言う。
納屋と厩舎は、共に谷の奥側に作られているが、出入りするには外に出ないと行けない。
本降りになった外の雨を見て、四人とも納屋にいるのも不味いんじゃないかと心配になった。
「少し早いですが、廊下を開けましょう」
「そうだな、扉の具合を見るわい」
ギードがそう言うと、納屋の奥へ向かった。
「え? 何の扉?」
使っていたクッションを抱きしめて、不思議そうな顔でタキスを見上げる。
「丁度良いですから、貴方も見てください。ドワーフの技は凄いんですよ」
そう言うと、レイの背中に手をやって納屋の奥へ向かった。
ギードが立っているのは、細かい道具などが置かれた奥行きの狭い背の高い二つ並んだ棚の前だ。
何をするのか見ていると、いきなり棚の枠の真ん中を持って、左右に開いた。重い音を立てて棚が左右にゆっくりと開く。
開いた棚の奥には、大きな空間が広がっている。いや、その空間は左右両方に続く広い廊下だった。
「すごい! 棚の奥から廊下が出た!」
シルフが何人か廊下に入ると、左右に分かれていなくなった。
納屋から廊下へ風が抜ける。
「大丈夫なようだな、それでは、まずはトケラを厩舎へ戻そう」
そう言うと、ギードが廊下へ足を踏み入れた。当然のようにトケラが後に続く。
「この廊下が、厩舎に繋がってるの?」
そうとしか思えず尋ねると、タキスが笑って教えてくれた。
「そうですよ。この廊下は、厩舎だけでなく私達の家とギードの家、更には上の草地へも、ちょっと遠回りしますが直接出られるようになってるんです。厩舎の奥には広い空間があるので、雪が降り始めると、トケラもベラ達、家畜達も皆この廊下に入れてあげるんですよ」
驚きのあまり、レイは言葉も出ない。
「さあ、行きますよ」
そう言うと、タキスとニコスも廊下へ入って行く。慌ててレイも続いた。
暗いと思われた廊下だが、壁にいくつものランタンがかけてあり小さな明かりが灯っていた。
よく見ると、火蜥蜴が壁を走り回っている。
「この明かりは火蜥蜴達がつけてくれたの?」
「誰かが通ると火をつけてくれるんです。良い子達でしょ」
火蜥蜴に手を振ると、ランタンの上から口を開けて小さな火を吐いて見せてくれた。
「ありがとうね」
そう言うと、タキスの後を追いかけた。
ついて行くと本当に厩舎に出た。しかも、同じように厩舎の奥にあった戸棚がそのまま扉になっていたのだ。
「すごい、ほんとに厩舎に来ちゃった」
嬉しそうに笑うと、皆も笑顔になった。
トケラの全身を固く絞った雑巾で拭いてやり、水を飲ませたら世話は終わりだ。
戻ろうとして、厩舎の隅に積み上がっている干し草の塊を見て、ふと疑問に思った。
「ねえタキス、聞いてもいい?」
「ええ、いいですよ。なんですか?」
横にいたタキスが、しゃがんでこっちを見てくれた。
「干し草って、ここと納屋以外に何処かに置いてるの? 冬の間に使う量が、これだと全然足りないよね? 寒くなるし、ここに運ばなくて良いの?」
「ああ、干し草はそれと納屋に積んでる分で全部ですよ」
簡単に答えるタキスに、レイの方が驚いてしまった。
「え? そんなはずないでしょ。だって、一冬これだけなんて、牛一頭分にもならないよ」
何か勘違いしてるのだと思って、 積み上げている干し草を見る。
確かに沢山積んではあるが、以前の村で共同で世話していた家畜の為でも、もっと沢山用意していたと思う。
「冬になったら外には出せないでしょう? どうするの?」
不安になって聞き直したが、タキスは平気な顔をしている。
「大丈夫ですよ。この辺りは雪は沢山降りますが、上の草原は早朝の風が強くて雪が積もらないんですよ。日当たりも良いので、草もそれなりに生えてますからね。お天気の日はいつもと同じように放してやれるんです」
「雪が積もらないの?」
村での凄い雪の量を思い出して聞いてみたが、タキスは肩をすくめた。
「それは見てのお楽しみですね。きっとびっくりしますよ。まあ、薬草園は冬の間はお休みしますけどね」
「そうなんだ。じゃあ、どんな風なのか楽しみにしてるね」
笑って言うと、ベラ達にも挨拶してから家へ戻るのだが、廊下を厩舎から見て右に進むと、家なのだと言う。
「家のどこに出るの?」
ワクワクしながら聞くと、進んだ先にある扉をギードが開いた。
「それは出てみてのお楽しみじゃ」
そう言って、どうぞ、と先を譲ってくれたので、一番に扉の先へ出る。
「あっ!洗面所だ!」
そこは、いつもの見慣れた洗面所で、布や石鹸の在庫が積んであった戸棚が、扉に変わっていた。
引き戸になっているので、真ん中に廊下への空間が開いて、左右に棚が移動した状態だから、棚としても問題なく使える。
「すごいすごい!魔法みたいだ!」
なんだか嬉しくてぴょんぴょん跳ねていたら、皆に笑われた。
「冬の間は、この扉は開いたままになりますので、棚の場所がちょっと変わったわけですね。寝ぼけて間違わないようにね」
タキスがそう言って、開いた拍子に倒れた布の山を戻した
「そこまで酷くない」
舌を出して笑うと、タキスも笑った。
「お疲れ様でした。夕食までまだ間がありますから、まずは居間で休憩しましょう」
ニコスの提案に、皆笑顔で頷いた。
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