冬支度

『おはようおはよう』

『起きて起きて』


 翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたが、すぐに起きる事が出来た。

「おはよう。昨日はたくさん寝たから、今朝は快適だよ」

 ベッドから身体を起こして大きく伸びをしながら、起こしてくれたシルフ達に挨拶する。

『お寝坊さんは誰?』

『居眠りしたのは誰?』

「もう、起きたから大丈夫!」

 髪を引っ張って笑うシルフ達に笑って文句を言うと、彼女達はレイの頬に次々とキスしていなくなった。

「でも、やっぱり、ちょっとまだ眠いかな」

 そう呟いて小さな欠伸を一つすると、服を着替えてから洗面所へ向かった。



「おはようさん、今朝はちゃんと起きられたな」

「おはようございます。起きてこないなら、今朝はどうやって起こしてやろうかって話してたのに。残念ですね」

 ギードとタキスが、笑いながら挨拶してくれる。

「おはようございます。自分でちゃんと起きられるよ。昨日のは……特別!」

 笑って舌を出すと、タキスの背中に抱きついた。

「おはようこざいます。じゃあ朝ご飯にするか」

 ニコスが、いつもの平たい鍋を持ってきて机の上に置く。蓋の上には、いつもの火蜥蜴が座っている。

「レイ、いつものお皿と、スープカップを出してくださいね」

 窯から出した焼きたての大きなパンを、カゴに入れながらニコスが言うのを聞いて、レイは急いで言われたものを戸棚から取り出した。

 ナイフとフォークを出してから、ちょっと考えて小さい方のスプーンも出した。

「あ、黒いパンだ」

 ニコスが切っている大きなパンは、濃い茶色をした皮の硬い、村で見慣れた少し酸味のあるパンだった。

「いつもの白いパンの方が、柔らかくて食べやすいんですけどね。黒パンは栄養が豊富なんですよ。特に、今の貴方には、こっちの方が良いかと思いましてね」

 野菜や豆のたっぷり入ったスープをカップにいれて、焼いたハムと目玉焼きをお皿に取り分ける。レイの前には温めたミルクも置かれた。

「黒パンなんぞ、食えたもんではないと思っとったが、ニコスが焼くと美味いのう。これこそ魔法のようだわい」

 黒パンの上に目玉焼きを乗せて、行儀悪く手で持って齧り付きながらギードが笑う。それを見て、レイも真似をした。

「こんな食べ方は、家ではしても良いですが、宿屋や他の人がいるところではダメですよ」

 ニコスとタキスが笑いながら注意して、同じ様にして食べた。

「今日は何をするの?スパイスの整理?」

 スープカップから顔を上げて聞くと、三人は顔を見合わせて、相談を始めた。

「スパイスの整理は急がないからな。俺が暇を見て少しずつやるよ。となると、急ぐのはやっぱり薪割りか?」

「薬草園も、必要なものはほぼ収穫しましたから、後は冬越しの為の干し草を被せる用意だけですからね。もう、それほど手伝ってもらう事はありませんよ」

「なら、ワシと一緒に行って薪を運ぶのを手伝ってもらうか」

 頷くと、ギードがスープを飲んでから、レイを見て言った。

「今日は、弁当を持ってワシと一緒に森へ行くぞ。薪割り小屋から、冬の間に使う薪を荷車に積んで、新しい薪を割って、また小屋に積み上げるんじゃ。一日中力仕事だから大変だぞ。出来るか?」

「やる!薪を積むのは村でもやってたよ」

「お、そうなのか。それなら頼りにしてるぞ」

 握り拳をぶつけ合って、顔を見合わせて笑った



 食事が終わると、まずはギードがトケラを連れて庭へ行き、納屋から荷車を出してきて引き具を取り付けている間に、タキスと手分けして厩舎の掃除をする。

 掃除を終えて外に出ると、ニコスが大きな包みを持って出てきた。

「森は寒いから、暖かくして行けよ。これは二人分のお弁当とおやつ。お茶の用意とミルクも入ってるからな」

 荷車に積み込んでいる間に、急いで部屋へ戻り、分厚い方のセーターを着てからマントを羽織る。腰のベルトにはナイフと小さな鞄を取り付けてある。

「よし、行ってきます」

 そう言うと、走って部屋を出た。


『お出掛けお出掛け』

『蒼竜様にお知らせお知らせ』

 棚の上で見送ったシルフ達が歌うように言うと、くるりと回っていなくなった。



 急いで外へ出ると、大きなクッションを持ったタキスが荷車の横に立っている。

「はいどうぞ。貴方は荷車に乗りますから、これを敷いて座ってくださいね。帰りは薪の上ですから、クッションは必須ですよ」

 納得して、クッションを受け取って荷車に乗り込んだ。

「それでは行くとしよう、乗り心地は最高だぞ。覚悟しておけ」

 ギードが笑って言うと、荷車は動き出した。



「うわぁ、ほ、んと、だ、乗り、心地、最、高!」

 草地から林を抜ける道に入ると、堪えきれずにクッションにしがみついて大笑いする少年に、ギードも遠慮なく大笑いした。

 とにかく物凄い揺れと振動だ。

 クッションを敷いていても、気休め程度。時々枯葉の溜まった場所を通る時に静かになるだけで、後はひたすら、ガタガタと下から誰か思い切り金槌で叩いているような、強烈な振動と揺れだった。

「帰りは、薪を積むから、まだ、楽、なんだがな。軽い方が、よく揺れおる」

「もう、歩いた、方が、楽、かも、ね」

 振動で途切れ途切れになりながら、そう言ってまた笑う。

「わしは慣れておるから平気だが、向こうへ着いて使い物にならんのは困るな。あ、それならお主、トケラの頭に乗せてもらえ」

 力綱を引いて荷車を停めると、ギードが振り返って言った。

「え? そんな事出来るの?」

 思わず聞き返すと、トケラが返事をするように鳴いた。

「何度かニコスと一緒に行った時も、彼奴は乗り心地が悪すぎると文句を言いおって、トケラの頭に乗っとったわい」

 それを聞いて、ちょっとワクワクしながら荷車から降りる。

「そのクッションは持っていけ。トケラ、乗せてやってくれるか」

 ギードも荷車から降りて、トケラの横に立つ。クッションを持ったまま横に来たレイの脇に手を入れると、軽々と持ち上げた。

 頭を下げてくれたトケラの、ツノの根元部分に乗せると、足を叩いて見上げながら言った。

「そのクッションを尻に敷いて、しっかり踏ん張っておれよ。額のところに小さい瘤があるから、そこに座るといい。不安定なら、角を掴んでおれ」

 言われた通りに、瘤の部分にクッションを敷いて座ってみる。背中に迫り出したフリルのお陰で、思ったよりも安定していて乗り心地は悪くない。丁度、椅子の手摺りのように突き出している角をしっかりと握った。

「大丈夫だから、出発しようよ」

 大きな声で言うと、荷車に戻ったギードが力綱を軽く打つ。トケラはゆっくり歩き出した。

「うわぁ、すごい眺め。揺れもラプトルに乗るのと、全然違うよ」

 ラプトル程の振動もなく、頭を少し左右に振りながら思ったよりも速く歩くトケラに、最初は少し怖かったが、動きに慣れてしまえば、乗り心地は快適だった。

「僕、帰りもトケラに乗せてもらおうっと。よろしくね」

 そう言うと、軽く角を叩いて笑う。トケラは答えるように喉を鳴らしてくれた。




「お、見えてきたぞ。ようやくの到着じゃ」

 そう言って、開いた草地の横で荷車を停める。

 そこは、森の中だが明るくて広い空間になっていて、薪が列になって積み上がっていた。

「さて、まずは積み込みじゃな」

 そう言って荷車から降りると、滑り台の様に、トケラの鼻先へ滑り降りてきた少年を見て笑った。

「おお、上手いこと降りおったな」

 頭をなでてから、クッションとお弁当の包みを、側にあった大きな切り株の上に置く。

「どれでも良いの?」

 マントを脱いで切り株の上に乗せながら、働く気満々で見上げる姿に微笑むと、指示を出す。

「まずは、ここの薪を積み込むぞ。ほれ、これを使え」

 そう言ってレイに革の手袋を渡した。自分も手袋を嵌めながら、薪の山の側へ行く。

「トケラ、ここへ来てくれ」

 薪を叩いて呼ぶと、トケラが薪の山の横に荷車を引いて来て止まった。

「凄い。賢いんだねトケラは」

 腹を撫でながら感心して言うと、トケラは嬉しそうにまた喉を鳴らした。



 薪の山からギードが荷車に積み込むので、荷車の上で、薪を綺麗に並べる作業を手伝った。働き始めてしばらくすると、暑くなってセーターを脱いだ。

 乾燥した薪は軽いとは言っても、かなりの重さがある。途中からは喋る余裕もなくなって、ひたすら黙々と薪を積んだ。

 一つ目の山が終わると、そのまま隣の薪の山へ移動して、また積み込んでいく。三つ目の山を崩して、荷車いっぱいに薪の山が積み上がった。

 縄をかけて固定すると、ようやくお昼の休憩時間だ。

「御苦労さん、二人おると楽で良いわい」

 まだまだ余裕のありそうなギードと違って、レイはかなり疲れていた。腕が重いし腰が痛い。草地に敷いた大きな布の上に寝転がった。

「湯を沸かすから、ちょっとでも休んでおれ」

 それを見たギードが、即席の竃にやかんをかけながら笑った。



 その時、上空を大きな影が通った。

 一度通り過ぎた影は、上空を旋回してからゆっくり草地に降りて来た。

「ブルーだ。どうしたの? お散歩?」

 起き上がって、駆け寄って鼻先に抱きつくと、嬉しそうに見上げて笑った。

「シルフ達が、またお出掛けだと言っておったのに、森でレイの気配を感じたから、何事かと思って来てみたまでよ」

 嬉しそうに、頬擦りしながらそう言った。

「冬の間に使う、薪を運びに来たんだよ。お昼ご飯の後は、次に使う分の薪割りをするの」

 頭に抱きつきながら、嬉しそうに説明する。

「人の子と言うのは、面白い事をする。切った薪をすぐには使わぬのか?」

 不思議そうに聞く蒼竜に、ギードが答えた。

「切ってすぐの薪は水気が多いですからな、こうやって積み上げて、風に晒して乾燥させるんです。そうすれば、よく火のつく良い薪になります」

「なるほど、人の子の使う火なら、薪の水気程度を気にするのか」

 感心したように言う。

「まあ、本気で火蜥蜴の力を借りれば、生木でももちろん使えますが、煙も出るし大変ですからな」

 お茶をカップに入れながら、やかんを沸かしてくれた火蜥蜴を突いた。

 それから、水の精霊が出してくれた綺麗な水で、交代で手を洗った。

「さあ、とっとと食って割ってしまおう」

 手を拭きながらそう言うと、お弁当の包みを開く。蓋の上に座っていた水の精霊が、手を振って消えた。

 三段になった箱の一段目には、分厚いハムやベーコンを挟んだ白と黒のパンが、彩りよくぎっしり入っている。

 二段目には、燻製の卵やチーズ、茹でた豆。芋のサラダ、綺麗に切った林檎も入っていた。

 三段目はおやつのビスケットと、干した果物が入っていた。

「すごいすごい。どれも美味しそう」

 それを見て大喜びするレイを見て、ギードも嬉しそうに笑った。

「おお、確かにこれは美味そうだな。さあ、好きなのを取りなされ」

 そう言うと、小皿とフォークを渡した。

 美味しそうに次々に平らげる少年を、草地で丸くなって座った蒼竜が嬉しそうに見ていた。

 食後の休憩は、レイはブルーのお腹の上で寝転がっている。

「良い天気が続いておったが、そろそろ冬将軍が来るぞ。備えは大丈夫なのか?」

 蒼竜が聞くと、足元に寝転がっていたギードが顔を上げた。

「食料も衣類も、できる限りの用意はいたしましたからな。まあ大丈夫かと」

「そうか。冬の間にもし何か問題があれば力になる故、いつでも声を飛ばせ。嵐を止めるくらいの事はしてやるぞ」

 それを聞いて、やや引きつった笑顔でギードは頷いた。

「おお、何かございましたら、その時はよろしくお願いいたします」

「其方達は、思った以上に良くやってくれておる。顔色も良いし、背も伸びたようだ。人の子の成長は早いな」

 己の背で、気持ちよさそうに寝息を立てる少年を見て、嬉しそうに目を細めた。

「言っておったのですが、今年の冬は、成長痛で寝られぬかもしれませんぞ」

「成長痛? なんだそれは?」

 不思議そうに聞き返す蒼竜に、説明する。

「人間の子供、特にこの位の歳の子供は、寝ておる時に背丈が伸びますが、その時に、骨の成長で痛みが出るんですよ。まあ、大人になる前の通過儀礼みたいなもんです。そのうち、声変わりもするでしょう」

「声が変わるのか?」

 また不思議そうに聞き返す。

「子供の時は、少し高い可愛い声でしょう?でも、大人になると、大抵が図太い男の声になります。これもまあ、大人になるって事ですわい」

 そう言って笑って立ち上がった。

「さて、レイ起きてくだされ。薪を割りますぞ」

 大きな欠伸と伸びをして、降りてきた。

「うん、だいぶ元気になったから頑張るよ」

 斧を持ったギードの後をついて行った。蒼竜は興味津々でそれを見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る