大掃除とパンケーキ

「おやつは食う暇が無かったからな。せっかくなので、これを頂くとしよう」

 ギードがそう言って、大きなお弁当の包みを机の上に置いた。

「昼は食ったのか?」

 包みを開きながらニコスが聞くので、レイは頷くと箱の蓋を取った。

「ほら、美味しかったよ。ご馳走さまでした。おやつは薪を割ってから食べるつもりだったの」

 お弁当箱の一段目と二段目は、綺麗に空になっている。

「それは良かった。ではお茶を入れますから、皆で残りのおやつを食べましょう」

 ニコスはそう言って、三段目だけ残して他を台所の流しへ持って行った。

「薪は半分も割れんかったわい。まあ、まだ他にもあるから大丈夫だが、春には頑張って割らねばな」

「幾らかは割れたんですね。まあ、濡れずに帰ってこれたのですから、良い事にしましょう」

 そう言うと、タキスは、四季のマグカップを出して並べてから、ポットに茶葉を入れた。



 外の雨はものすごい勢いで降り続き、雷も鳴り始めた。居間でお茶を飲んでいても雨音が聞こえる。

「このお家って、半分地下になってるけど、雨が降っても大丈夫なの?」

 村にいた時、大雨の日に村の近くの小さな川の水があふれそうになって、とても怖かった事があるので、実は大雨はちょっと怖いのだ。

 すると、レイの肩に水の精霊の姫達が座った。

『ここは守ってる大丈夫』

『心配無い無い』

『水は味方』

『大丈夫大丈夫』

 皆そう言うと、頬にキスしていなくなった。

「普通の森なら、地滑りや大水の心配がありますが、この森は、精霊達の力が強いですからね。その点は安心して良いですよ」

 タキスとニコスも、揃って頷いた。

「逆に言えば、精霊達でも防げない程の災害が起こるなら、前もって教えてくれるから、それも心配せんで良い。いざとなったら、先に教えてくれる安全な場所へ避難できるからな。ま、精霊達に聞く限り、そんな事は今まで一度もないそうだがな」

 ギードもそう言ってくれたので、ようやく安心した。

「そっか、それなら安心だね。皆、ありがとうね」

 キリルの実の上に座っていた姫に笑うと、彼女は嬉しそうに手を振ってくれた。

 夜まで、皆でスパイスの整理をして、食事の後のお勉強では、三度目の全問正解を出した。

 ご褒美は何が良いかと聞かれて、考える。

「あのパンケーキがまた食べたいです」

 恐る恐る言ってみると、ニコスが笑って快諾してくれた。明日のおやつに作ってくれると聞いて、すっかりご機嫌で、その夜はベットに入った。




 翌朝、いつものようにシルフ達に起こされて驚いた。部屋が寒い。暖かいベッドから起きたくなくて、思わず毛布に潜り込む。

『駄目駄目』

『起きるの起きるの』

 髪の毛を強く引っ張られて、仕方なく起きる。

「寒いよ……出たく無い」

 もぞもぞと毛布の中で寝間着を脱いで、足元の籠に入れてあった着替えを、毛布の中に引っ張り込んで着替えた。

「よし、僕って賢い!」

 ベッドからおりて、靴を履きながら呟くと、洗面所へ向かった。

「おはようございます。今朝は寒いですね」

「おはようさん。起きるのが辛い寒さになってきたな」

 タキスとギードが、お茶を飲みながら挨拶してくれる。

「おはようございます。寒いよね、ベッドから出るのが辛かったよ」

 笑って挨拶すると、タキスが不審そうな顔でこっちを見てから、手招きをする。

「レイ、ちょっとこっちへ」

「え、何?」

 言われるままに側へ行くと、いきなりセーターを脱がされた。

 驚いていると、脱がせたセーターをもう一度着せられた。

「レイ、セーターの前と後ろが逆ですよ」

 笑いをこらえた声で言われて、皆吹き出した。

「ちゃんと見てから着ましょうね」

「えへへ、ありがとう。寒かったからよく見ずに着たの」

「じゃあ、今度は首の空いた前と後ろを間違えそうにないのを作ってやるか」

 ニコスが平たい鍋を持って、笑いながら言う。

「首が寒いから、それは勘弁してください」

 ちょっと慌てて言うと、タキスに背中を叩かれた。

「それなら、前側に模様か印を入れてやるか。それなら分かるだろ。あ、レイ、スープカップも出してくれ」

 ニコスが、もう一つ鍋を持ってきて席に着く。

 いつもの豪華な朝ご飯だ。

「今日は何をするの?」

 燻製のハムを切りながら聞くと、厩舎や家畜小屋の掃除の後は、薪の整理と開いた廊下の掃除をすると言われた。

「昨日言ったように、もう間も無く雪が降ります。そうしたら、厩舎や家畜小屋は使えなくなるので、皆を廊下の横に作られた広場へ入れてやるんですよ。その用意もしますから、お掃除は大変ですよ」

「薪を片付けるのはワシがやるから、レイは二人と一緒に掃除を頑張ってくれ。頼りにしてるぞ」

 切ったハムを食べながら何度も頷いた。

 ちゃんと、自分にも出来る仕事があると、頼りにしてると言われるのは、本当に嬉しかった。



 食後のお茶の後、厩舎に向かう。ギードは納屋へ向かった。

 もうすっかり作業にも慣れて、皆で手分けしてお掃除していく。

 しかし、外に出してやれなくて退屈しているラプトル達が、遊んで欲しくて、寝床の干し草の汚れを取っているレイの肩や腕を甘噛みして戯れてくる。

「こらこら、お前達の寝床を掃除してるんだよ。邪魔しちゃ駄目!」

 軽く首筋を叩いて、ふと気がついた。

 鋤鍬すきくわを横に置くと、おもむろにポリーの背中に手をやる。

 何事かと、じっと大人しくしていたポリーだったが、いきなり飛び跳ねた少年に驚いて後ろへ下がる。

「タキス、見て! ほら、ポリーの背中に手が届くよ」

 ベラは、他より体も大きく背も高いが、他の三匹は、筋肉のつき方はまだかなり差があるが、背の高さは然程変わらない。

「ポリーの背中に手が届いたら、鞍の付け方を教えてくれるって言ってたよね」

 満面の笑みで、タキスに報告する。

 水桶の掃除をしていたタキスは、振り返ると笑顔になった。

「おや、本当ですね、それじゃあ、冬の間にしっかり練習して、自分で装備を整えられるように頑張りましょうね。春になったら、一人で乗る訓練をしましょう」

「やったー!」

 嬉しくて、ポリーに抱きつくと、ポリーも嬉しそうに鳴いて、頭を擦り付けてきた。

「人間の子供の成長ぶりはすごいな。しかもまだまだ背は伸びそうだ」

 ニコスも、それを見て嬉しそうに呟くと掃除を再開した。




 午後からは、廊下全体を掃除した。

 半年使っていなかった廊下には、埃が積もっているので、まずは箒で埃を取ってから、幅広のモップで床を拭いていく。ピカピカになったら、今度は家畜や騎竜達を放すという広場の掃除だ。

 廊下のちょうど真ん中、厩舎の横辺りの壁に、大きな扉があって、そこを開くと真っ暗な広い空間が広がっていた。

 壁や天井には、いくつものランタンがぶら下がっていて、火蜥蜴達が、一斉に火を入れてくれた。

「うわあ、本当に広いや。これって、居間の倍どころじゃ無いよね」

 一歩部屋に入って、思わず声をあげた。

 天井も高く、地下の部屋だという圧迫感は全く無い。

「これだけの空間を、柱無しに削って作ってしまう。しかも、ちゃんと空気が流れるように作られてる。何度見ても、ドワーフの技とは素晴らしいですね」

 タキスも感心したように言った。

「奥側から、まずは掃き掃除ですよ。そのあと、ここにもモップをかけますからね。さてと、毎年の大仕事だ」

 ニコスが箒を手に笑った。

「僕、頑張るよ! ニコスはおやつをよろしく!」

 レイも箒を手に笑って言うと、壁沿いに部屋の奥へ向かった。

 全体の掃き掃除が終わったところで、ニコスがおやつの準備のために、台所へ戻っていった。

「こちら側の壁には、持ってきた薪を積みます。その奥には干し草の在庫を運びます」

 教えてもらいながらモップをかけていると、ギードが手押し車に薪を積み上げて入ってきた。

「おお、随分綺麗になったな。あと一息頑張ってくれよ」

 見回して笑うと、タキスが言った壁側に薪を積み始めた。何度も運んで、壁が薪で埋まった頃、部屋の拭き掃除も終わった。

「さて、それじゃおやつの時間ですね」

 タキスに言われて、大きく頷いた。

「そうじゃ、ワシがいない間にニコスのパンケーキを食ったらしいのう」

 ギードが低い声で、レイの背中を突きながら言った。

「だって、あれはご褒美だもん!別に意地悪したんじゃないもん」

 笑って、ギードの背中を突き返す。

 さらに擽り返されて、また擽り返して、皆で顔を見合わせて大笑いした。

「さて、それではお楽しみのパンケーキの時間じゃ」

 綺麗になった廊下を移動して、居間へ戻った。



 母さんのキリルのジャムが乗せられた、五段重ねのパンケーキは、涙が出るほど美味しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る