文字を書く事と算術盤の使い方

 夕食は、塩漬け肉と色んな野菜がたっぷり入った真っ白なシチューと焼きたてのパンだった。初めて食べる野菜もあり、食べる度にこれが何か聞き、その度に皆丁寧に答えてくれた。



「ご馳走様でした。僕この白いシチュー大好き!」

 綺麗に平らげたお皿を渡されて、ニコスが笑う。

「それは良かった。また、作ってあげますよ」

「村では、こんなシチューは無かったよ」

 お皿を片付けながら聞くと、ニコスがちょっと考えてから答えてくれた。

「これは、かなり北の地方の料理ですからね。体を温めるために、黒山羊のミルクやハーブを沢山入れるんですよ」

「黒山羊のミルクって、お料理にも使うんだね」

「お菓子を作るのにも使いますよ。チーズやバターも作れますし、少しですが毛糸も紡げますからね。色々と役に立ってくれます」

「チーズも作るの?僕、作った事無いよ」

 バターは村でも作ったことがあったが、チーズは作った事が無い。

「もちろん、じゃあ今度作る時には手伝ってもらいますね」

 ニコスが笑って頭を撫でてくれた。




 食後のお茶も終わった頃、タキスが机の上に包みを出しながら聞いた。

「レイ、字は書けますか?」

「文字? えっと、ラディナ文字は書けるよ。ラトゥカナ文字はまだ勉強中だったの」

 ラディナ文字とは、この世界に広く使われている公用語で、ラトゥカナ文字とは、主に精霊王への古い祈りの言葉や宗教的な行事に使われる古い文字だ。

「ラディナ文字だけでなく、ラトゥカナ文字まで途中とは言え勉強していたとは驚きですね。文字は誰から教わったんですか?」

「村長だよ、えっとね……『知識と技術は邪魔にならぬから、出来るだけ覚えておきなさい』って、いつも怖い顔して言ってたの」

「それは素晴らしいお考えですね。、全くその通りだと思います。それなら算術は? それも教わりましたか?」

 タキスが感心したように言いながら包みから取り出したのは、数冊の本と二台の算術盤だった。

「あ、大きな算術盤だね、村にあったのは、もっと小さくて玉も傷だらけだったよ。それに一台しかなかったから、村長に教えてもらってみんなで順番に使ってたんだよ」

 笑いながら算術盤を手にして当たり前の事のように言う。そんな彼を見て三人は驚きのあまり声も無い。

 しばらくの沈黙の後、顔を寄せ合って話し始めた。

「どう言う事だ? ラディナ文字だけでも驚きなのに、ラトゥカナ文字まで教えておって……」

「算術盤を子供達に触らせて教えていたと?」

「しかも、それを村長が一人で?」

「やはり、ただの村ではないな……」

「そうですね、どう考えても一介の農民に出来ることではありません」

「どうしたの?」

 皆が急に内緒話を始めたので、不安になってきたのか小さな声で尋ねる。

「ああ、すみません、なんでもありませんよ。それなら、基本は分かっているようですので、まずは出来るところからやってみせてください」

 大きな本を広げると、計算問題を書いたページが何枚もあった。

「あ、これ村長のところにあったのと同じだね。あれはもっとボロボロだったけどね」

 当然のことのように言うが、本一冊の値段を考えると、自由開拓民の村にあるようなものではないし、第一、欲しいからといって一介の農民が簡単に買えるようなものでもない。



 レイは計算問題の二ページ目を開くと、算術盤を置いて指で打ち始めた。慣れない様子だが二桁と二桁の足し算がちゃんと出来ている。

 様子を見ていたタキスが、答えを書くための小さな黒板と白墨はくぼくを渡してやると、時々打ち間違えてやり直しながらも、書かれていた問題を計算し、順に答えを書いていく。

 黒板に文字を書くのも慣れた様子なのが分かり、タキスは安心した。

 これならば、教えれば難しい計算も直ぐに出来るようになるだろう。覚えが良いと褒められたと言っていたのは、どうやら本当のことだったようだ。

「出来たよ!」

 満面の笑みで黒板を渡す、得意げな顔に皆笑顔になった。

 答え合わせをしたところ、一問間違っていただけで後は正解だった。

「惜しかったですね。全問正解できたらご褒美をあげますので、明日はもっと頑張りましょうね」

 間違った問題をもう一度やらせて、その日の勉強は終了した。

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