楽しい日々
『寝てるね』
『寝てるね』
『起こしてみる?』
『起こしてみる』
『怒るかな?』
『怒るかな』
『起きるかな?』
『起きるかな』
耳元で誰かが囁く声が聞こえる。でもまだ眠っていたくて、いやいやをするように枕に顔を埋めた。
その時、不意に誰かに髪を引っ張られた。
驚いて飛び起きたが、部屋には誰もいない。
「あれ? 寝ぼけた……の、かな?」
部屋は差し込む朝日に照らされて、キラキラ輝いている。
視線を手元に戻した瞬間、
「おはようごさいます、起こしてくれたのはあなたですか?」
自分の声は精霊達に聞こえているようなので、話しかけてみる事にした。
『おはよう』
ごく自然に、返事が聞こえた。
そのまま、ベッドから降りようとして……振り返る。
驚きのあまり声が出ない。
何度か口をパクパクさせて、空中にいたシルフと目があった。しかし、笑った彼女はその瞬間くるりと回って消えてしまった。
大慌てで、ベッドから降り、足元に置いてあったふわふわのスリッパを履く。そのまま居間まで走っていった。
顔も洗わず、大慌てで居間に飛び込んで来たレイに、三人は驚いて立ち上がった。
「あのねあのね! 聞こえたんだよ!」
その様子に取り敢えず緊急事態ではないと判断し、落ち着かせるようにタキスがレイの前でしゃがんだ。
「まずは、挨拶が先でしょう?」
「おはよう」
「おはよう」
二人も座って言った。
「……おはようございます」
「はい、おはようございます。それで? 何が聞こえたんですか?」
ちょっと落ち着いていたのに、思い出したらまた息が止まりそうだった。
「あのね、寝てたら誰かに髪を引っ張られたの。それで目を覚ましたらシルフがいたんだよ。それで、朝の挨拶をしたら……おはようって、おはようって返事が聞こえたんだよ! 話せたよ!」
嬉しくてぴょんぴょん跳ねていたら、タキスに肩を叩かれた。
「それは良かったですね。でも、そう簡単にはいかないと思いますけど、まずは一つ進みましたね」
「そうなのか?」
ギードが空中に向かって言うと、シルフがふわりと現れた。そのままギードに何か言い、また消えてしまった。
「シルフ達は気まぐれじゃからな、一番声を聞きやすくもあり、最後まで話せぬ者でもある。頑張って、少しずつでも良いから声を聞くことじゃな」
「……どう言う事? まだ、話せるようになったんじゃないの?」
「言ったでしょう、精霊達は気まぐれです。きちんと挨拶してくれたから、ちょっとくらい良いか。ぐらいの軽い気持ちで、声を届けたりする事もあります。でも、まだ全てを許しているわけでは無いんですよ」
「なんだ、せっかく聞こえるようになったのかと思ったのに」
しょんぼりしながら言うと、肩にシルフが現れて座った。驚いていると、頬にキスして消えてしまった。
「嫌われているわけでは無いようなので、焦りは禁物ですよ。さあ、落ち着いたら顔を洗ってきなさい」
くるりと体の向きを変えられて、背を軽く叩かれた。
「うん、いってきます」
はしゃいだ自分がなんだか恥ずかしくなって、急いで洗面所へ向かった。
今朝も豪華な品々が並んでいる。食前の祈りの後、タキスにナイフの持ち方を教わってハムを切ってみた。
皆が使っているようには上手くは出来なかったけど、ちゃんと切れたので、これも頑張ろうと心に決める。
机の上には、焼きたてのパンや分厚いハム、刻んだ野菜とキリルの実のサラダ、それに別のカゴには卵が置いてあった。卵は何に使うのか分からなくて見ていると、手に取ったギードが机の上でそれを割り始めた。中から真っ白な丸いものが出てくる。じっと見ていると、気付かれたようで新しい卵を渡してくれた。
「ゆで卵は初めてですか?」
タキスに聞かれ、頷く。
「こうやって殻をむいてください」
タキスも手に持っていたそれを割って殻を剥きはじめた。真似してやってみると綺麗に剥くことが出来た。
「上手に出来ましたね。では、これをつけて食べてください」
砕いた岩塩をお皿の端に取ってくれる。
初めて食べたゆで卵は、とても美味しかった。
食後のお茶を飲んだ後、レイは自分の考えを言ってみる事にした。
「あの、お願いがあるんですけど……」
「なんだ改まって。遠慮するな。言うてみなされ」
こっちを見たギードが、笑いながらそう言ってくれる。
「あの、僕の事はレイって呼んでください」
三人が驚いたように目を見開いてこっちを見る。
「ですが貴方は……」
「だって、僕はここでは一番年下だし、全部お世話になってるし、それにこれからもいろんな事を教えてもらいたいし、教えてもらうのに、レイ殿……なんて言われたら困っちゃいます」
とりあえず、思っていたことは言えたと思う。黙って返事を待っているとタキスが笑って頷いてくれた。
「確かにそれも一理ありますね。分かりました、貴方がそれで良いのならこれからはレイと、呼ばせていただきます」
「分かった、レイ、これからもよろしくな」
「では、俺もこれからはレイと呼ぶ事にするよ」
皆、笑いながら言ってくれた。
「うん! よろしくお願いします!」
ちょっと恥ずかしくなって大きな声で言った。
「ではレイ、今日からしっかり働いてもらいますよ。頼りにしてますからね」
背中を叩かれて、大きな声で元気良く返事をした。
それからレイも手伝って、食べた食器を台所の水場に運んで片付けた。
まず連れて来られたのは、食料庫だという窓のない広い部屋だった。
壁の棚一面には、隙間なく見覚えのある保存食や穀物だけで無く、見た事も無い物も沢山積まれている。
「こっちは知らないものばかりだ……こんなに沢山あるけど、これはどこかで作ってるの? それとも誰かから買うんですか?」
不思議に思い聞いてみる。
「行商人や素材屋から買うものもたまにはありますが、大抵はここで我々が作ってますよ」
「これを? 全部?」
「そうですよ。まあ、布や食器などは街で買ったりもしますけどね。さて、家畜小屋も見ておきますか?」
「見る!」
目を輝かせて即答する少年を見て、タキスは笑った。
実は、レイは動物が大好きなのだ。
村では、共同で乳を取るための角山羊と赤牛を飼っていた。交代でする世話は大変だったけど、楽しい作業だった。
ここには何がいるんだろう。
ワクワクしながら連れていかれた厩舎には、立派な角を持った黒角山羊が二頭と、見たこともないくらい大きな、白と黒のまだら模様の牛がいた。
そして、足元には頭が黒く、それ以外は真っ白な尾の長い大きな鶏が何匹も走り回っていた。
「
黒頭鶏の雛はとても高く、卵も高級品だ。村では皆欲しがっていたが買うことが出来ず、
「良い卵を産んでくれますからね。家畜の世話は出来ますか?」
音がしそうな勢いで、何度も首を縦に振る。
「それは良かった。それなら、頑張って手伝ってください」
笑いながらタキスが木桶を渡した。
受け取りながら、レイはあることに気づいた。
「ねえ、もしかして……昨日から食べてるのって、黒頭鶏の卵?」
「そうですよ、美味しかったでしょ?」
当然の事のように言われて、言葉が出ない。
「あれは栄養がありますからね。あなたはまだまだ背も伸びそうだし、しっかり毎日食べてくださいね」
「黒頭鶏の卵を毎日、すごいや、王様になったみたい」
タキスが驚いたようにこっちを見て笑った。
「王様は毎日何を食べているんでしょうね」
「黒頭鶏の卵!」
二人で顔を見合わせて笑った。
午前中いっぱい家畜の世話をして、やっぱり豪華な昼食を食べた後、午後からはニコスとギードも加わって皆で畑の世話をした。
沢山収穫した固く葉が巻いた小さなキャベツは、綺麗に洗ってから半分に切って塩漬けと酢漬けにするのだという。
「明日からワシは狩りにいってくるで、しばらく留守にするぞ」
ギードがキャベツをカゴに入れながら言った。
聞くと、冬用の塩漬け肉や燻製肉を作るための肉の調達に行くのだという。
蒼の森とは反対側にある東の大きな森は、猪や鹿など獲物になる動物が沢山いるので定期的にギードが狩りに行っているらしい。
「一人で大丈夫なの?」
心配になって聞くと、ベラに乗って行くし、何かあったら精霊を通じてタキスやニコスに声を届けられると聞き安心した。
「出来れば大きい猪を仕留めたいのう。頑張ってくるから待っておってくれ」
「うん!頑張ってお手伝いするから、留守は任せてね!」
胸を張る少年の姿に皆笑った。
冬籠りの為の準備が、これからまだまだ沢山待っている。
村でもこんな風に沢山働いて冬に備えた事を思い出し、ちょっとだけ涙が出た。
今度はうまく隠せたと思う。
その時、夕食の準備のために戻っていたニコスが家から出てきた。
「皆、夕食の準備ができましたよ」
「僕、お腹空いた!」
タキスに掴まり大きな声で言った。
無邪気ないその様子に、皆笑い立ち上がった。
「さて、では戻りましょうかね。夕食の後は少しお勉強でもしましょうか」
お勉強と聞き、目を見開く。
どうやら、まだやる事は終わりではないようだ。
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