精霊竜と使役竜

 翌朝、やはり精霊達に髪を引っ張られて起こされたレイは、ワクワクしながらきちんと挨拶をした。

 しかし、風の精霊の姫は彼の鼻先にキスをしただけで、直ぐにいなくなってしまった。

 やはり、昨日の声は彼女の気まぐれだったらしい。

 残念に思ったが、早く自由に話せるようになるんだ、と、決意を新たにベッドから降りる。

 顔を洗って居間へ行くと、タキスとニコスがのんびりとお茶を飲んでいた。

「おはようございます」

「おはようございます。よく眠れたか?」

 ニコスが、レイの分のコップを出しながら笑う。

「おはようございます。今朝は彼女の声は聞こえましたか?」

 タキスが、レイのもつれた髪を手で梳きながら言う。

「聞こえなかった。鼻にキスしていなくなっちゃったの」

「それは残念でしたね。頑張って、早く話せるようにお勉強しましょうね」

 しょんぼりしているレイの肩を叩き、椅子に座らせる。

「ギードは?」

「彼なら、夜明け前に出掛けましたよ。言ってたでしょう、しばらく狩にりに出ると」

「さあ、まずは食べてしまいましょう。今日は忙しいですよ」

 ニコスがお皿を出しながら言った。

 お皿の上には、厚切りベーコンと目玉焼きと焼きたてのパンがひとまとめに乗っている。横に置かれた大きめのカップには、刻んだ野菜のスープ。

 やっぱり豪華な食事だった。



 食事が終わると、タキスに連れられてまずはラプトルの厩舎へ向かった。



「そう言えば、この前ここに来た時にはこの子はいませんでしたよね」

 厩舎の中に入って、風を入れ替える為の、壁に作られた大きな開き窓を開けながら、タキスが振り返って言った。

 彼の向こう、ラプトル達の一番奥の柵の中には、一際大きな、見たこともない使役竜がいた。

 ラプトルと違い、太く大きな四本の足で立ち、鼻先に一本、左右の目の上に二本、合計三本の大きな角と、首元に、扇のように広がったフリルが大きく張り出している特徴のある大きな竜だ。

 口元はラプトルと違い、大きく短い嘴が上下に付いている。

 レイの背丈なら、目の上の二本の角には届かないだろう。

「この子はトリケラトプス、主に畑で力仕事をしてくれる使役竜です。ツノと体の大きさのせいで怖がる方もいますが、とても気の優しい良い子ですよ。名前は……トケラ」

 名前のところで苦笑いしながら言う。

「トリケラトプスのトケラ……」

 笑いそうになるのを必死でこらえてタキスを見ると、彼も笑うのを我慢していたようで、二人同時に吹き出した。



「だ、誰が付けたの?」

「ギードですよ。この子は元々移動キャラバンで、荷を引く為の使役竜だったらしいんですが、足を折った為に、役に立たないからと街道沿いに捨てられていたんです。精霊達が騒ぐので見に行ってみたら、道沿いに倒れて……死にかけてました」

「捨てるなんて酷い!」

 思わず大きな声で言ってトケラを見ると、目を細めて鼻先を擦り付けて来た。まるで、怒ってくれてありがとう、と言ってるみたいだった。

「精霊達から捨てられた時の様子を聞き、二頭のラプトルに荷馬車を引かせてなんとか引っ張って、森の中に幾つか作ってある薪割り小屋まで連れて行き手当てしました」

 トケラの側へ行き、鼻先を撫でながらタキスは思い出すように目を閉じた。

「正直、もう駄目だと思ってました。一度折れてしまった足では、この体重を支え切れないだろうし……看取るつもりで助けたんですけどね」

「そんな……」

「それなのに、この子はあっという間に元気になり、半月も経たないうちには、立ち上がって歩けるまでに回復しました。まあ、その頃には我々も情が移ってましたしね。それで、もうここで働いてもらおうって事になったんです」

「それで、ギードが名前を付けたの?」

 レイも鼻先を撫でながら、タキスを見上げる。

「その頃、私は行商人から頼まれていた薬草作りで手が離せなかったので、薪割り担当のギードに薬を渡して、手当てや世話をお願いしていたんです。そうしたら、勝手にトケラと名付けて呼んでいたようで、元気になる頃には、自分の名前はトケラだと覚えてしまっていたんですよ。せっかく覚えた名前をまた変えるのは可哀想でしょ、それでこの子の名はそのままトケラに決定したんです」

「そっか、でも元気になって良かったねトケラ」

 笑って話しかけると、猫のように喉を鳴らして擦り寄って来た。

「怪我をしたのは左の前足です。今でも少しコブのように膨らんでいますが、特に問題なく歩いてます。この子のおかげで、畑のうね起こしも楽になりましたし、森で切った薪を運ぶのも、ほとんど一度で済みますからね。ありがたい事です」

 首元のフリルを軽く叩いて、角を撫でる。

「先日の、ラプトルを二匹連れて帰って来た日は、上の草原に食事の為に放していたんですよ」

「そっか、トケラは草食なんだね」

「ラプトルもそうですが、我々と違って、一度お腹いっぱい食べると、数日は水以外は何も食べなくて良いんですよ」

「そうなの?」

「あまり食べ過ぎは逆に駄目なんです。その代わり、上の水源から湧き水を直接ここに引いてますからね。年中温度の安定した良い水です」

 タキスの指差す方には、横に長い大きな水飲み場があった。一段下がったところにも、もう一つ水の溜まる大きな桶があり、ここは道具を洗ったり掃除に使う水を取ったり、使役竜達の体を拭く時にも使う水だと教えられた。

「さあ、お掃除しますから、お前達は庭に出ていてください。いいお天気ですからお昼寝でもすると良いですよ」

 柵を開けて、三匹のラプトルと、トケラを庭へ出す。ラプトル達は、揃ってタキスを見た後、彼が頷くのを見てから上の草原へ走っていった。食事に行った様だ。

 トケラは上の草原へは行かず、のんびりと庭で寝転んでいるのを確認すると振り返って笑った。

「さて、では順番に掃除していきますから、手伝ってくださいね」

レイは、満面の笑みで頷いた。



 寝床に使っている干し草の塊を解しながら、汚れを取り除き新しい干し草を足しておく。こうしておけば、ラプトルが寝る時に、自分で勝手に干し草を踏み固めて寝床を作ってくれる。

「作業しながらですが、ちょっとお勉強しましょうか」

 タキスが、水飲み場の底の栓を一旦抜きながら言った。

「いいけど何をするの?」

「そうですね……じゃあ、せっかくラプトルとトリケラトプスがいるんですから、竜についてお教えしましょうか」

「うん! 聞きたい!」

 流れる水で床を磨きながら、ちょっと考えてから話し始めた。

「竜には、大きく分けて二つの種類があります。一つが今ここにいた使役竜と呼ばれる竜達。ラプトルとトリケラトプスですね」

「使役竜は二種類しかいないの?」

 同じように床を磨きながら不思議に思い聞いてみると、タキスは苦笑いしながら頷いた。

「人間が飼い慣らすことが出来たのが、主にこの二種類って事です。もっと北のほうへ行くと寒冷地用の羽根の生えた竜がいますし、私は見たことがありませんが、海沿いの地域では塩水でも平気で潜って泳げる竜もいるそうですよ」

「もう一種類って?」

「精霊竜と呼ばれる竜です。あなたと縁を結んだ蒼竜様は精霊竜と呼ばれていますね」

「えっと、以前ブルーが自分としている精霊達の使う魔法なら使えるって言ってたのがそうなのかな?」

「そうですね、精霊竜とはその名の通り、精霊と共棲する事の出来る竜です。当然、蒼竜様が言われた様に、共棲している精霊の加護を受けて魔法を使えます。使役竜達は、精霊の加護はなく、当然魔法も使えませんし、話すことも出来ません」

 話をしながら床のゴミを拾い集めて綺麗にすると、水飲み場も手分けして綺麗に磨いていく。

 何度も水をかけて汚れを落とし、栓をしてまた水を溜め始めた。

「ブルーはどんな魔法を使えるのかな?」

「私の知る限り、風と水の魔法は使われてますね。光の精霊も仲間にしたと仰ってましたから、光の魔法も使えるのでしょうね。蒼竜様は古竜ですから、もっと持っておられてもおかしくないですよ」

「古竜って?」

「ああ、精霊竜は千年以上の時を生きると言われています。なので、年齢に応じて共棲出来る精霊の数や魔力の強さが桁違いに大きくなっていくんです。蒼竜様は一番強い古竜だと、森の精霊達が皆言ってますね」

「古竜以外はどんな竜がいるのかな?」

 タキスは濡れた床に砂を撒きながら、ちょっと考えてから

「王都の竜騎士隊って、知ってますか?」

 と、質問と違うことを言った。

「もちろん! すっごく格好良いんでしょ! 以前村に来た行商のおじさんが、王都に行った時に見たって言ってた!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら答える。

 見た事の無い辺境の地の少年でもそれほどに憧れる。王都にいるこの国を守る竜騎士隊は、皆の憧れの的であった。

「その、竜騎士隊の方々が乗っておられる竜も、全て精霊竜です。なので、竜騎士隊の方々なら、精霊竜の詳しい分け方や能力についてもご存知でしょうね」

「そんなの無理だよ。絶対無理!」

「まあそうでしょうね。いっそ蒼竜様に今度お会いした時に聞いて見たらどうですか。きっと詳しく教えてくださいますよ」

 笑いながら言って肩を竦めた。

 その後は、汚れた干し草を手押し車に乗せるのを手伝った。これは畑の横にある堆肥置き場に運んで置いておき、畑の肥料にするのだという。

 厩舎と堆肥置き場を何度も往復しながら、村でも男達が畑の横で堆肥置き場を作っていた事を思い出した。



 掃除を終えて厩舎から出ると、昨日キャベツを収穫した畑の隣にある薬草園では、ニコスが籠を抱えて薬草を摘んでいた。

「厩舎の掃除は終わりましたよ。そっちが片付いたら食事にしましょう」

 最後の干し草を運びながらタキスが声をかける、ニコスは笑って手を挙げた。

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