新しい住処

 傾きかけた秋の夕日が、緩やかな草地から続く浅い谷間に差し込み、その色を変えていた。


 谷間の底には平らな草地があり、壁面は切り込まれたようにむき出しの岩場になっていた。

 その岩には大小様々な丸い穴が幾つも空いており、よく見るとその穴は丸い窓や扉になっているのだった。

 ここは、固い岩盤をくり抜いて作られた岩の中の半地下の家になっていて、中はトンネル状の廊下で全ての部屋が繋がっている。それぞれの部屋は、綺麗な曲線を描く半円形のお椀を被せたような形になっており、窓のない完全に岩の中の部屋と、外に面した丸い窓のある部屋がある。

 半地下といっても空気の通りはとても良く、住み心地はなかなかのものだ。

 過去には多くのドワーフが住んでいた時代もあるが、今は一人のドワーフと二人の竜人が住んでいるだけだった。

 そこに新しく家族になった少年は、未だ目覚める事なく眠っている。


 台所横の勝手口から出たニコスは、顔を上げて差し込む夕日に目を細めた。

 西の空に、少し黒い雲がかかっている。

 このところ良いお天気が続いていたが、今晩か明日あたりには少し雨が降るかもしれない。

 騎竜のベラと共に、少年の住んでいた村へ出かけたギードは、まだ戻って来ていない。

「雨が降り出す前に、早く戻られよ」

 空を見上げて小さく呟く。



 ギードの冒険者時代からの友人であるエドガーは、竜人達も知る人物だった。

 大柄だが穏やかな性格の彼は、竜人である彼らとも分け隔てなく付き合える、数少ない貴重な人間の一人だった。

 心配ではあるが、今の自分に出来る事はない。

 ため息を一つ吐いて戻ろうとした時、こちらへ掛けてくる騎竜の姿が見えた。

 あっという間に近づいてきて、家の前の草地に作られた小さな畑の横で止まる。

 手を上げて駆け寄り声を掛ける。

「おかえり。それでどうだった? エドガー殿は無事だったのか」

 ギードはニコスの顔を見ると、足を止めたベラから降りるなり逆に聞いてきた。

「彼の様子はどうだ?目覚めたか?」

「……いや、まだ眠ったままだ。熱は下がってきたから、もう間もなく目も覚めるだろうとの事だ」

 ベラを厩舎へ連れて行くのについて行き、一緒に世話をしながらギードから聞いた村の惨状に息を飲んだ。

 絶句しているニコスを見て、ギードはため息を吐いた。ベラを撫でながら、野盗達の真の狙いが何であったのか、守備隊の隊長の話も交えて更に一通りのことを話した。

「村の一件は、どのように彼に話すのが良いか考えねばならぬな。それと、朝方にまたひと騒ぎがあったらしい。先程立ち寄って参った蒼竜様から聞いた。こっちは良い話もあるぞ」

 今度は、森で起こった事件の顛末を話しながら居間に戻った後、二人は、タキスの元へ向かった。




 少年の怪我の手当てのための薬草を刻んでいた彼は、ギードを見ると口を開きかけたが、厳しい顔の彼を見て口を噤んだ。


 ギードは眠る少年の側へ行くと、そっと優しく額に手を当てた。確かに熱は下がったようで、寝息も穏やかになっている。

「見たところ落ち着いておるようだが、まだ目は覚めんのか」

「本当に酷い経験でしたからね。彼にとっては、眠る事が今は一番の癒しとなりましょう」

 タキスが横に来てそう答える。

「……ゴドの村は全滅だ。ブレンウッドの守備隊の兵達が来ておったが、酷い有様だったわい」

「全滅? ……確かに、野党に襲われたと言っておりましたが、全滅とはどういう事ですか」

 大きな声を出しかけて、慌てて小声で言いなおした。

「言葉通りじゃよ。ちょっと話があるで、すまぬがここはニコスに任せて来てくれ」

 絶句しているタキスをちらりと見て、部屋を出ていった。

 居間に戻ったギードは、先程ニコスに話したのと同じ事をもう一度話した。

 無言で聞いていたタキスは、大きなため息を一つ吐いて首を振った。

「彼の母親が一体何者であったのか……今更ながら、助けられなかった事が悔やまれます」

「同感じゃが、それは今更言うても詮無い事じゃ」

 二人は顔を見合わせて同時にため息を吐いた。




 ぼんやりとした意識の中で、誰かの話す声が遠くで聞こえる。

 何か言おうとしても、体が全く言うことを聞いてくれない。

 傍の声はすぐに聞こえなくなり、そのまままた意識が遠くなった。


 次に目が覚めた時、彼は自分がどこにいるのか全く分からなかった。


 ぼんやりと開いた目に入って来たのは、見たことのない丸い形の天井と丸い窓から差し込む朝の光だった。

 寝ているベッドはフカフカで柔らかな毛布が体を包んでいる。体が動くのを確認するように右手を目の前にかざしてみる。

 丁寧に布の巻かれた手を見て、これを巻いてくれた竜人を思い出した。と言う事は、ここは彼らの家なのだろうか?

 起き上がろうとしたその時、軽いノックの音がして誰か入って来た。

「おや、ようやくお目覚めですね」

 笑みを含んだ優しい声で話しかけてきたのは、タキスと名乗った竜人だった。

「お、おはようございます」

 どう言って良いか分からず、とりあえず朝の挨拶をした。

「はい、おはようございます。お身体の具合はどうですか?どこか痛むところは?」

 ベッドの横に来て、額に手を当てて話しかけて来た。

「どこも痛く無いです。えっと、ここはどこですか?」

「ここは我々の家です。覚えてないかもしれませんが、葬儀の後、あなたは倒れたんですよ。それでここへ連れ帰りました」

 立ち上がり、足元の籠から何かを取り出した。

「なかなか目を覚まさないので心配しました。さて、起きられそうですか?」

「は、はい起きます」

 ゆっくり体を起こし、大丈夫そうだったのでそのままベッドから降りてみる。

 足元には、綺麗な毛織物のスリッパが置いてあった。

 タキスを見上げると、彼は笑って頷いたので、そのスリッパを使わせてもらった。

 ふんわりと暖かく柔らかで驚いた。

「このふわふわも魔法なのかな?」

 思わずスリッパを見ながら呟くと、タキスは笑って頭を撫でながら言った。

「毛布とスリッパに使われてるのは、魔法ではなく綿兎の毛ですよ。知りませんか?」

「綿兎!」

 思わず大きな声が出た。

 話に聞いたことはあるが、見るのも使うのも初めてだ。綿兎の毛布といえば、貴族のお姫様が使う物じゃないのか?

 固まる彼に気付かないのか、平然として手に持った服を渡した。

「さあ、大丈夫なようですからこれに着替えてください」

 手渡されたのはあの時着ていた自分の服で、破れて傷んだところは全て丁寧に繕ってあった。

 お礼を言って、服を着替えて靴を履く。それから、彼に案内されて居間へと向かった。

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